■ 時間軸:お爺ちゃんが意識を取り戻した後
■ 68話『キウイのパヴロヴァ』以降の話
■ 肖像画オリオンさんから遡った、親子3代の話
■ お爺ちゃんの狂気に気付いている肖像画達の話
■ 肖像画オリオンさんの扱いが酷い
■ 本当どうしようもないブラック家その2
■ 肖像画シリウスさん視点
Fan Fic
それが、・と名乗るポッター家の末裔に抱いた最終的な印象だ。
問い掛けに対して珍しく正直に告げてみせると、正面で紅茶を嗜んでいたアークタルス・ブラックの肖像画がさもありなんと緩い笑みを滲ませる。対照的に、オリオン・ブラックは目を見開き驚愕の表情を浮かべた。
「貴方の仰る通り、あの子供は、頭が可怪しい。恐らく、先天的に素質があり、後天的なものに後押しされた生粋の物狂いでしょう」
「だろうな。オリオン、何故驚くのだ」
「何故と、それはこちらの質問です。お祖父様、彼はレギュラスを守り抜いたのです。命懸けでブラック家の当主を守った人間を、物狂いなどと」
「あの子供が純血の教育を受けた者であれば、それで良かったのだがな」
私の言葉の持つ意味を理解しているアークタルスが言葉を遮り、何も理解出来ていないオリオンへ角砂糖の数を訊いた後で紅茶を渡す。添えられた角砂糖は1つ半、空腹も感じなければ味覚も存在しない紛い物の世界でも、オリオンはオリジナルの嗜好を模倣する。
額縁の向こうに見える応接室の窓から春の鳥が顔を覗かせ、高らかに歌い上げる。穏やかな午後に目を細めながら、気怠げな言葉を舌の上に乗せた。
「がレギュラスに恩を与えられたのではない。あの子供は、レギュラスに、アークタルスに、ブラック家に恩恵を齎したのだ。里親のように、恩に報いる為助けたのならば未だ理解は及ぶが、そうではない」
「父は、いえ、貴方ではなくモデルとなったオリジナルの父からは、が命の価値を正しい天秤で量った結果だと聞きました。それならば納得出来ます」
「そうだな、納得は出来るだろう。より、あの子は狂っていると」
スコーンにクロテッド・クリーム、クランベリーのコンフィチュールをオリオンへ差し出し、幼い者を眺める親の顔でアークタルスが微笑む。描かれた年齢には然程開きがないが、このアークタルスにとっては私は父であり、オリオンは息子なのだろう。
アークタルスの為に絵筆を取った男は、印象主義者且つ後期人情派に属する画家だ。名前の通り、彼等の手で作り出された肖像画は総じて人間味に富み、義理堅く、他者へ愛情を注ぐ事に躊躇わない。モデルとなった人物が、どのような人間であろうとも。
ドリアン・グレイの如く良心を取り出して肖像画に封じ込めたのだと一時期馬鹿げた噂にもなったが、そのように便利な魔法があるのならば是非ご教授願おうと無表情、無感情のままに返すのがアークタルスという男だ。
近頃では現実世界では様々な凶事が重なり箍が外れかけ始め、ある種の人間らしさも見せているようだが、あの程度ならば目溢し出来る範囲だ。いっそ厚かましいくらいに義理堅いあの子供が相手ならば、世話をした分の見返りが十分にある。
「は父親こそポッター家の嫡男だったが、マグル育ちで魔法界の基本構造すら知らない。たった10年、幼児期を除けば多く見積もっても5年の間に、誰にも教育されず、自力で命の序列まで辿り着き、即座に実行へ移したのならば、あの子供は紛れもない狂気の世界の住人だ。本質的に何処かが必ず、破綻している」
アークタルスの意見に同意するよう口端を上げる。オリオンは異議を唱えたいようだが、言葉が見付からないようだ。見付かる筈もない、美談に仕立てあげられ判り辛くなっているが、現実に起こった事件があの子供が含有する狂気を証明しているのだ。
純血の生家から10年の間、絶えずブラック家こそ至上だと洗脳されたのならば、理解出来る。その環境であれば、王を守る忠実な騎士にように幼い命と魂を燃やし尽くしても、納得が出来る。
しかし、話に聞いたはそうではない。寧ろ、貴族と相反する底辺労働者の環境の中、その日を生きる事すら危うい、欺瞞と虐待が蔓延る人生を歩んで来た少年だ。
人間は環境の中で育ち、環境の中で知見を広げる。あの子供の中には絶対的な忠誠を誓う王も、祈りを捧げる全知全能の神も、育まれる事はない。唯一神と成れる男、リチャード・ロウも平然と人を殺す程度には狂っている。
所謂まともな神経をした人間ならば、我が身可愛さにレギュラスとメルヴィッドを見殺しただろう。たとえその2人が魔法界にとって有益な人材だと頭では理解出来ていても、常人であれば咄嗟に足が竦む。いいや、反対呪文すら唱える時間を与えられなかった背後からの急襲であったと伝え聞いた、常人ならば反応すら出来ず共に殺されていた。鍛え上げられた反射神経と運動能力、常に杖以外の得物を携帯する心構え、その武器を一瞬も躊躇わずに使用する判断力と、生物に向けられる残虐性。昨日今日では身に付かないものばかりだ。
だから、・は何も彼もが不気味で、歪で、可怪しい。
純血の価値に関して何の教育も受けておらず、ブラック家が権力者と判明して尚、媚び諂いもしない少年が、自分自身で考えを組み立て、可能な限り損害が少なく済む行動を起こしたのだ。まるで絵空事の群像だが、現実に起こった。
これを、狂気と言わずして何と言おうか。
「オリオン、何故そこまであの子供に自身の理想を押し付ける」
「そんな、お祖父様、押し付けてはいません。そんなつもりはないのです」
「そう必死になるな。ならば事実をあるがままに受け入れてやればいいだけの話であろう。私にしても、アークタルスにしても、あの子供は不気味な物狂いだと評しているだけで、排除するつもりはない」
「それは、どういう事ですか」
「彼は歪な異常思考者だが、結果として出される言動は誠実で、目的も恐ろしく明瞭だ。目先の利益の為に平然と他者を裏切る常人よりも遥かに良識的で信用に足る。どのような経緯であれ、ブラック家の当主を命懸けで守り、これからも守り抜くと誓った子供を、レギュラスから引き離す必要はない」
仮に危うくなったとしても、あちらには舵取りとしてアークタルスのオリジナルが存在している。分不相応な分家の女の肖像画を言葉一つで処分し、幼少の頃から慕っていたフィニアスすら世界の為に殺したあの男が、自らの命を救ったというだけのの動向を見過ごす筈がない。そしてまた、自分が何時死んでもブラック家が残るよう、レギュラスには徹底的な教育を施すだろう。周囲の人間を巻き込むようにして。
これが最後の機宜だろう、年齢的に追い詰められた現実世界のアークタルスは間違えられない。あまりに早く、息子に権力を譲渡してしまった、そのたった1つの間違いを繰り返す事は許されない。自覚しているからこそ、幼い当主の行動を見張り、教育を施す為に居を移し、抜け殻となったそこへ使えそうな駒を囲った。悪足掻きと言えばそうだろう、しかし、生きているからこそ可能な足掻きだ。死人は足すら動かせない。
オリジナルのオリオンは悉く間違えた。アークタルスの教育を蔑ろにし、当主の役目に口出しながら剰え乗っ取ろうと考えていた最低の女を娶り、当主権限で一族内に布かれていた死喰い人加入禁止措置を廃棄し、グリフィンドール寮に組み分けされただけのシリウスを一族から排除し、何も取り返せないまま死んだのだ。
当主と夫と父の役割を両立しようとして、全てを台無しにした働き者の無能は10年余り前に死んだ。目の前に座するオリオン・ブラックはもう何も取り返せない、精々生者の気を紛らわす程度しか出来ない。
「お祖父様?」
「そろそろ、オリジナルのアークタルスと会う時間だろう。我々はお暇するよ」
「あの、はい……」
「どうした?」
「偶にはお会いしたらどうかと、そう思っただけです」
肖像がでしかない私とアークタルスが、現実世界のアークタルスと。全く面白い事を言ってくれる。どのような類の気遣いかは知らないが、一切無用なものだ。
「今更告げなければならない言葉は、持ち合わせていない。私は19世紀が死んだ頃に生まれた亡霊に過ぎないのだ、100年越しの声に意味があってはならない」
「私にしても、老いて場数を踏んだオリジナルに会った所で相手の時間を無駄に浪費させるだけだろう。それとも、彼が会いたいとでも言ったのかな?」
「それは、違いますが」
「ならば我々は席を外そう。またお茶をいただきに来るよ。精々今は、息子として可愛がって貰いなさい」
息子の姿を模した代替品として、だろう。当主としての会話は期待していないとあからさまに告げるアークタルスの本音に苦く笑いながら席を立ち、倉庫へ格納された肖像画へと戻る。エントランスホールに再設置されたオリオンは私がこちらを選んだ事に不満を露わにしたが、歴代ブラック家の、特に無能な人間に限ってあの場を陣取ろうとする事実に何故気付かないのか。
我々は肖像画、過去に生きていた者の残滓にして亡霊。現実世界の人間をモデルにして絵筆を取った複数の他者達が都合良く解釈し、画布が増える度に植え付けられた設定に折り合いを付けていくだけの二次的存在の集合体に過ぎない。現実世界に対して我々に出来る事など、精々言伝の使い走り程度だろう。自身の正体が創作された物質であると考え付かない間抜けだけが、エントランスホールような派手な場所を望むのだ。
けれど、言った所でオリオンは納得しないだろう、あれは自身が現実世界のオリオン・ブラックの一瞬を切り取った存在だと定義している、謂わば奴等と同類の無能なのだから。