■ 15話『舞茸と薩摩芋の炊きおこわ』(セカンドコンタクト話)のIF
■ ド変態メルヴィッドと化物お爺ちゃんのしょうもない話
■ エイゼル崩壊ルートだけど一番の被害者は多分ユーリアン
■ エロくもスプラッタでもない、グロテスクな感じでR15
■ エイゼル視点
破れて裂けた隙間から
劣化した精神、空洞だらけの脳と思考、皺の寄った肌、薄汚い欲望に塗れた目、まともに立つ事すら不可能な骨と筋肉。どれを取っても気味が悪い。老人は人間ではない、昔は人間であった何か。人間の残り滓、成れの果てだ。性別に関係無く、私は今迄の経験から老いた人間を殺したい程に嫌っている。
目の前にいる異常に若作りの男も、聞いた話では1世紀を生きる老人だと言う。そんな枯れ腐った人間、いや、この男は人間ですらないが、それに向かって甘い言葉を囁く自分自身に吐き気がして来た。さっさと私に落ちて来ればいいものを。利用するだけして、要らなくなったら殺してやるのに。
「私を選んでくれ、」
そして死ねと笑顔の裏で続けると、男の黒い目が私の背後に固定された。腹立たしい、邪魔が入った。
「離れろ。に近寄るな」
「ああ、嫉妬深い騎士様の登場だ」
滑るようにして口から出て来た単語、嫉妬深い騎士様、自分で言っておいて、これはかなり的を射ていると思った。全く、滑稽で馬鹿馬鹿しい事この上ない。
これが何をしたのか、あれがトチ狂ったのか、その両方か。メルヴィッドと下らない名前で呼ばれている未来の私だった存在は、嫉妬に狂った人間の目をして私を睨んでいた。演技ではない、狂っていても私は私だ、本心かどうか程度なら見分けが付く。
「君の命令に従う義務はないよ。ねえ、。こんな酷い男は止めなよ、私が優しく愛してあげる」
「に触れるな、今すぐ消えろ! は私のものだ、私だけのものだ!」
態とらしく伸ばそうとした指先に火花が散った。私に痛覚がない事が判っていても牽制しなければ気が済まないらしい。あの男は、メルヴィッドは、本当に心の底から焦り、嫉妬しているのだ。よくもここまで落ちぶれる事が出来たといっそ感心してしまう。
痛くもない手を振って酷い男だと嘆いて見せると、それまで黙っていた男がやっと口を開いた。コールタールのような瞳には蔑みの色と殺気が等分で乗せられ、メルヴィッドに向けられる。この程度の演技に騙されたらしい、矢張り老人の萎んだ脳は手の施しようがない。
「メルヴィッド、私の部屋から出て行け」
「」
「二度言わせるな。後でぶちのめしてやる」
今迄穏やかそのものだった男が突如として変貌し、メルヴィッドは衝撃を受けたかのように俯いて、その場に立ち尽くした。良い気味だ、これの何処が良いかは理解出来ないし、したくもないが、独占欲が強過ぎても碌な事にはならないのは何時の時代も一緒だ。
握り締めた拳と唇を震わせながら、それでも何も言えず部屋から出て行ったメルヴィッドを見送ると、男の黒い瞳から殺気が消失する。私に向けられた視線は穏やかそのものだ。
さあ、メルヴィッドは情けなく敗走した、後はこの馬鹿な老人を上手く丸め込んで力を奪い、殺してしまえばいい。
「君は君だけの物なのに、メルヴィッドは本当に酷い男だね」
「あんな風に、激しく嫉妬出来る人だったんですね。関わり合って何年も経ちますが、まさか、あそこまで本気だとは思っていませんでした」
「独占欲の事? 醜いよね、ああいうの」
「まあ、貴方にはそう見えるでしょうが、私は好きですよ。あの子の、あのような所は」
「……何それ。どういう事?」
「こういう事です」
何時の間に出現させたのか、大人の手の平程に育ったナメクジが数匹入ったガラスケースを持って、が、背筋が凍りそうになる柔和な笑顔を浮かべながら私に向かって聞き覚えのない呪文を唱えた。同時に、世界が回転する。
「ユーリアンを閉じ込めた呪文を習っておいて正解でしたね」
「爺、僕が何だって?」
「おや、ユーリアン。珍しいですね、こんな時間に」
「そろそろ新入りの間抜けが交渉に失敗してる頃だろうと思ってさ、確認ついでにドアの向こうでド変態が股ぐらおっ勃ててたから水差して来た。で、僕が何だって? って言うか、それ何? メルヴィッドに食べさせる新しいプレイ? きっと泣いて喜ぶよ」
「エスカルゴ料理があるとはいえ、ナメクジは殻がありませんし、ほとんど水分なので料理が難しいんですよね。かといって生だと寄生虫が怖いですし」
「あのさ、今のは冗談で言ったんだから、性質が悪くてもいいからお前なりの冗談で返して欲しかったな」
「また爺の私に難しい注文をするんですから。まあでも、料理はしませんよ。しばらく飼って観察します。知っていますか、ナメクジの交尾って結構神秘的且つ官能的なんですよ」
「……爺、今、何て言った?」
「交尾です。生殖行動ですよ、ナメクジは雌雄同体で自家受精も可能ですが」
「よし。この話はここで終わろう。その中に誰が入っていようが僕には一切関係ない。今からお前がそれに何をしようとしているか詳しく聞くと僕の精神が死ぬから絶対そうした方が良いおやすみ永眠しろ異常思考の気違いクソ爺!」
「……おやまあ、行ってしまいましたね。相変わらず気分屋さんなんですから、でも、そこが可愛らしいのも確かですし。ねえ、貴方もそう思いますよね?」
つい先程、私を見ていた目と変わらない、あの穏やかな目で、この男は何を言っているのだ。表情と行動とが重なり合わない。
この男は何を考えている。何故私がこんな下等な、知能も存在しないような軟体動物の中に入れられなければならない。あの男に、メルヴィッドに愛想を尽かせたのではないのか。
「ああ、声帯も手足も存在しないその姿ではまともにお話する事も出来ませんね。尤も、もう二度と、誰とも会話する事もないでしょうが、そうですね、未だ人間の言葉を理解出来る内に貴方がどのようにして消えるのか言い聞かせておきましょうか」
殺気も邪気も侮蔑も憤怒も存在しない、余りに普通過ぎる笑い方に血の気が引く。演技をしている訳ではない。この男は、何故そんな表情でこんな台詞を吐ける。
狂人、悪鬼、気違い、異常者。これはあの2人が、そしてこの男自身が告げたままの、文字通り化物だ。こんなモノが真っ当な人間であるはずがない。あってはならない。
「塩なんて怖い物質を投入する事はないので安心して下さい。取り敢えずは同種のナメクジさん達と乱交していただくだけです。快適な寝床も作って、餓死しないように定期的に共食いもさせて上げますから、産卵出来るようになったら卵や赤ちゃんも食べましょうね。大丈夫、何が起こっても貴方は魂だけの存在なので死にはしません」
だから安心してメルヴィッドの前から消えて下さいと、最後に男は私に言った。