■ 時間軸:10話台辺りのIF
■ ユーリアンの復活近辺
■ 1部IFの変な性癖に目覚めちゃってるメルヴィッドの続編
■ 気色悪い感じでエロいので多分R15
■ ユーリアン視点
覆水が往く先
毎晩とまではいわないが、3日置きくらいの頻度で起こっている事だ。気付かない方が可怪しい。
「何がですか」
「アレが色に狂って頻繁に女を連れ込んでるって事」
視線で階上を示しながら、ポッター家の末裔の体を乗っ取っている愚鈍な爺にそう告げると、途端に奇妙な表情を浮かべて沈黙された。
空っぽの脳味噌で一体何を考えているのか。これの思考回路は独創的過ぎて判らないし、判りたくもない。そもそも付き合いの長いアレだって理解は無理だと匙を投げているくらいに酷いのだから、理解出来なくて寧ろ当然だろう。
タイプライターで異国語を翻訳していた手を止めた爺は僕を見上げ、やがて何でもないと呟いて傍らに置いてあったマグカップを手に取った。中身は冷えたココアだという、100年近く生きている爺の癖に味覚がガキ臭い。
「何でもない筈がないじゃないか、その反応は気付いているんだろう。年長者としてはっきりと言ってやればいいのに」
「あの、ユーリアン。この話題止めませんか」
「お前が嫌がってるのに何で止めなきゃいけない訳?」
嫌がらせだと断言してやると、爺は困ったような顔をしてココアを飲み干した。緑色の視線が退路を探しているのを察したので親切な僕が丁寧に塞いでやる。
「煩いんだよね、商売女だか素人女だか知らないけど下劣な声で喘いでさ。しかも揃ってクソみたいなマゾばかりで、打ってだとか詰ってだとか懇願する癖にすぐ犯せ犯せ言い始めて反吐が出る。ああ、お前は爺だから耳が遠くて聞こえなかった?」
「ねえ、ユーリアン。本当に止めましょう、この話題。ダウジングが金属に反応したからといって勇んで掘り起こしても、そこには不発弾しか埋まっていませんよ?」
「大いに結構な事じゃないか。死ぬのは精々あの下半身が緩い馬鹿だけだろう、それとも爺は耳が遠いどころか僕の言葉が聞こえない訳? それとも理解が及ばない?」
「聞きたくないし理解したくない、が最も正確です」
「ああ、なら理解出来る迄きっちり聞かせて上げないとね」
現実を直視したくないと言う爺につい最近聞こえてきた情事を事細かに説明してやると勘弁して欲しいと疲れた声で告げられた。子供の体に爺の精神が入っている所為なのかは判らないけれど、体も反応していなければ赤面した様子もない。言葉で詰られただけで反応しようものなら即刻変態と罵ってやろうと思ったのに。全く残念ではないけれど。
赤面どころか顔色が悪くなって来た爺に更に過去を振り返りながらあの色狂いがどんなプレイをしていたかを語っていると、爺の視線が何時の間にか僕ではなくその背後で固定されていた。どうせ魔法薬作りが一段落したアレが鬼の形相で立っているのだろうと予想して振り返ると、飄々とした表情をした色情魔が立っていた。少し意外だ。
「随分楽しそうだったな、ユーリアン」
「別に楽しくはないさ。ただ色狂いのお前の相手する女のマゾっぷりを聞かされて苦しむ爺を見てるのは愉快だったよ」
「そうか」
僕とは色の違う瞳が爺を見つめ、爺も訴えるような強力な視線をアレに送る。このアイコンタクトに何の意味があるのか判らないが、僕を挟んで下りた沈黙に嫌な予感がした。
「」
「却下します」
「それを却下する。どうやらこれは気にしない性質のようだからな」
「最悪だ、開き直られた」
折角未成年の僕をダシにしてTPOを守らせていたのに、上手く行っていた筈なのに、この家のモラルが再崩壊すると頭を抱えてテーブルに伏した爺を見て、本来なら愉快になる筈なのに脳が警鐘を鳴らし始める。何かが変だ。
「ユーリアン、私は止めたんですからね」
腕の隙間から川藻を混ぜ込んだ泥のような緑色が覗き、恨むような掠れ声が漏れて聞こえる。そしてその内容を詳しく吟味する前に、部屋の入口にいたはずの色狂いが爺に手を伸ばしていた。
テーブルに伏した黒髪を撫でる手付きのいやらしさに全てを悟ったが、僕が何か言う前に今度は幼児愛好で老人嗜好の色狂いが違うと否定の言葉を投げてくる。何が違うものか、要はその爺が今迄散々罵っていたマゾ女の正体だったのだろう。それなら頑なに話題を避けようとしていた事にも合点が行く。
ボケた爺のふりをしてた変態を望み通り罵ってやろうと口を開こうとすると、部屋の中に乾いた破裂音が響き思考が停止した。
今迄色狂いの好きなように髪を触らせていた男が、急に目の色を変えてその手を叩き落とした光景を見せつけられれば、そして未来軸の自分自身が接触を拒絶された事に恍惚とした表情を浮かべていれば、多少はそうなるだろうと必要のない言い訳をする。
「何時、その汚らしい前脚で触れる事を許可した」
見た事もないような鋭い視線をした男が、怒りと侮蔑の言葉を吐き捨てた。
常に滑稽な穏やかさで物事に挑んでいたあの爺とは似ても似つかないその男の前で、僕に似た顔をした何かがうっそりとした笑みを浮かべて膝を付き、宙で揺れていた細い脛に唇を寄せる。突如として変貌した日常の理解を脳が拒絶している。一瞬で崩壊した現実に思考が追い付かない、悪夢なら早く醒めて欲しい。
テーブルに肘を付き、本性を剥き出しにした男の急所を足裏で圧迫しながら、精神だけが老いている子供の淀んだ沼色の瞳が僕を射抜いた。
「だから、止めましょうと言ったのに」
零れたミルクは戻らないと呟きながらは足首を捻り、不愉快そうな顔をする。
悪夢は醒めず、現実感を持った粘着質な水音だけが、僕の耳の中に入って来た。