曖昧トルマリン

graytourmaline

ローズウォーターのビスケット

「オリバンダーはね、ジェーンお嬢様に合う杖はございません、なんて言ったわ。私が両親に、女の子の格好が好きだってカミングアウトする前に。しかもその後に、魔法使いはマグルに比べて同性愛者への偏見は少ないだなんて見当違いな事まで続けてくれたのよ」
 僅かに反応した杖が好む持ち主の傾向からそうに違いないと指摘され、両親はその言葉を信じたのだと、青い瞳に薄暗い炎を灯しながら、ジョン・スミスはあの店の店主が如何に人間として酷いかを告げた。
「あの老人、頭と口の軽薄さは昔からですか」
「きっと生まれた時からでしょうね。腕が良くなきゃあんな店とっくの昔に潰してるんだけど、坊やもあの男に家族を侮辱されたんでしょう」
「本当に良い耳をお持ちで。それにしても、性自認と性的嗜好と趣味は全て別物なのに、異性装指向だから同性愛者と決め付けるのは感心出来ない傾向ですよね、そこには関連性が何一つ見当たらないのに」
 私は自身を男性と定義しているし染色体も男性であり女装嗜好はない。しかし過去には同性と肉体関係込みの恋愛をしていたし、今は基本的に男性にも女性にも性的興味がない。彼の場合は、ただの女装趣味で異性愛者の男性である。
 横で私達の会話を聞いていたレギュラス・ブラックが、成程そういうものなのかと何やら納得出来た表情で頷いている。杖を見比べていたメルヴィッドやエイゼルも彼の性愛対象が女性と聞いて警戒心を緩めているようだった。3人の心境変化を感じ取った青い瞳が見開かれ、肩に腕を回されて抱き寄せられる。男の体臭を掻き消す甘い菫の香りに、化粧品の華やかな匂いが加わり鼻孔を擽った。
「坊やみたいに綺麗で可愛くて話の判る子って大好きよ」
 この世界にやって来てから話が通じないとは四六時中言われたが、逆に話が通じると言われたのはこれが初めてである。否、元の世界でも割と頻繁に言われていた気がするが、それはそれとして、対外的な仮面を被っていても変人と断言されて来ている私をそう評するのならば、彼の思考回路も何処か可怪しい可能性が出て来た。尤も、外見は兎も角、ほぼ初対面の私達に杖を売りたいと他者を通してまで接触する辺りが、既に十分過ぎる程に頭が可怪しいのだが。
 どうにも彼、ジョン・スミスからは私に近しい匂いがする。私のような中々周囲の同意を得られない倫理観を持った、所謂極端な犯罪者傾向はないようだが、スーツ姿の色男を演じる事も可能なのに初対面の相手を呼びつけて厚化粧のゴツイ女装姿を晒す辺り、ごく一般的な日常生活に埋没する事が出来ない、又は振る舞えない社会不適合タイプだ。私から幾分か犯罪性を削り取って、多少の罪悪感や共感性、女装癖等の別要素を加味すれば、彼のような人物が出来上がる気がする。
 或いは単に不器用なだけかもしれないが、そんな考えは一瞬後に打ち消した。不器用な人間がホラス・スラグホーンに気に入られ、賭博関係の店を経営出来るはずがない。
 まだ時間に余裕はあった。あの2人の杖選びもまだ終わっていない。幸いここにはあの時の事をよく知るレギュラス・ブラックが居る。
 ならばもう少し、突っ込んでみようか。
「知っていた、といえば、エリザベスは何故あの店に? 偶然ではありませんよね」
「もう、坊やったら知りたがりさんね。実はね、あそこは知り合いの店なの、よく顔を出すんだけど、中々美味しくならなくて……なんて言っても、誤魔化せれてくれないわよね」
 ゴールドピンクのアイシャドウでウインクされ、私とは関係のない周囲の青少年3名が折角近付けた距離を再び先程と同程度まで離したが、彼は気にする事なく続けた。
「仕方ないわ、坊やの質問だから答えてあげちゃう。貴方にね、興味が湧いたの。後は、というよりも初めは、ダンブルドアをどうにかしたくて、だったけど」
「何故、に興味を? そもそもダンブルドアを何故貴方が気に掛けるんだ?」
「あら、ご当主様はご存知ないの。ブラック家の情報収集力はこんな程度のものだったかしら? まあ、いいわ。2つ目の質問から答えてあげる。私、ホグワーツで理事もやってるのよね。でもあの男、学校の私物化や教育者らしからぬ言動が昔から酷くてね、いい加減校長職から退かせたいんだけど、他の老害理事は思考停止してるし、ルシウスは表側でよく動いてくれるんだけどちょっとお馬鹿さんだから、私が裏で動かないと中々ねえ」
「ルシウスって、もしかしてマルフォイ家のルシウス様ですか」
「あら意外、坊やルシウスの事知ってるのね。私達同期なのよ。ホグワーツ時代、彼がスリザリンの監督生で、私がハッフルパフの監督生だったから、今でも交流があるの」
 鮮やかなフラミンゴ色に覆われた唇から続々と飛び出してくる予想外の発言に、突っ込んでよかったと内心で拳を握り、表面上は何故そこまでダンブルドアに拘っているのだろうと首を傾げる。視線の端のレギュラス・ブラックは本気で驚いていたのでルシウス・マルフォイと彼の関係を知らなかったらしい。杖を手に取っているメルヴィッドとエイゼルは、興味深い発言にトランクから顔を上げていた。
「1つ目の答えは、坊やにはちょっと辛い話になるわね。切っ掛けは坊やの恩人、リチャード・ロウがバンスに殺害された裁判の件よ。勿論、魔法界じゃなくてマグルの世界のね。聡明な坊やならきっと知ってると思うけど、あの裁判、裁判所が証拠品が紛失した所為で不起訴処分になったでしょう」
「……ええ、なりました。想像していた通り、犯人は魔法使いなんですか」
「恐らくは、そうよ。魔法省で保管されている当時の魔法反応記録を閲覧したら、普段全く魔法とは縁のないマグルの裁判所で意図的に魔法を使った痕跡が拾われていたわ。何者が使用したかは判らないけれど、丁度、裁判が始まる前日の深夜に」
 それなら私も盗み見た事がある。同時に、プリベット通りで生活していた時代は定期的にその記録を改竄しておいてよかったと誰にも判らないように安堵した。無論、メルヴィッドやエイゼルの体を手に入れる際の魔法反応記録も全て綺麗に消している。
 ダンブルドア対策として取っていた行動だが、矢張り他にも彼のような私が危惧した方向から仕掛けてくる魔法使いが存在するのだ。
 おまけに、ルシウス・マルフォイの知人且つホラス・スラグホーンのお気に入りで情報収集能力に長け魔法省の公的記録を閲覧出来る権限を持つホグワーツの理事、間違いなく彼は旧家の中でもかなりの権力を保持したまま繁栄し続けている一族の末裔だ。
 否、ジョン・スミスという平凡極まりない名前の所為で今迄浮かんで来なかったが、スミス家といえばホグワーツ創始者の1人、ヘルガ・ハッフルパフの子孫に当たる家系だ。しかも私の記憶が確かならば、リドルがハッフルパフのカップを手に入れる為、色仕掛けの末に強殺したのは当時スミス家の当主であったヘプジバという女性、成程メルヴィッドとエイゼルが踵を返して逃げ出したくなった理由がここでようやく判った。
「元々魔法界ではこの事件がメディアに流れないよう規制されていたけど、まあ昔から言われてるように悪事千里を走る、人の口に戸は立てられないって事かしら。バンスってダンブルドアと仲良いから、もしかしてと思ってそこから遡ったらね、まあ出て来るわ出て来るわ、坊やを破滅させようとしたダンブルドアの汚らしい手の数々」
「性格が悪そうなあの人が関わった情報は、普通消されて……ああ、でもレギュラスも調べてくれたんでしたっけ」
「旧家の情報網は、一般人のそれとは違うから。色々とね」
「そういう事よ。まあ、私のはブラック家程じゃないけどね、それでも就業時間中の教員への不正指示と殺人未遂教唆、マグルの職務妨害、子供への脅迫。ストーキングに住居侵入、窃盗、保護責任者遺棄、魔法界の裁判所員への口利き、それに詐欺未遂。坊や1人が関わった案件だけでこれだけあるの。教育者どころか人として、これはねえ?」
 全部身に覚えがあるでしょうと尋ねられ躊躇しながらも頷き、人脈を築くのが得意なハッフルパフ系の人間にブラック家程の情報収集能力はないとはまたとんでもない嘘をと思いつつ、内心で話題を掘り下げようとした本能に感謝を示す。
 私やメルヴィッドが散らし、レギュラス・ブラックが律儀に拾い集めた情報を、まさか彼のような人間が再収集するとは思ってもみない幸運だが、逆に不運でもあった。ダンブルドアが私に接触したのは1回きりだというのに、詐欺未遂事件を働いた事実を知っている、という事はほぼ確実に、彼はあの日店で交わされた私達の会話内容を知っている事と同意である。そして知っている事を今、態々報告して来たのは何らかのアクションを取る為だ。
 特に追求されて困るのがの事である。いずれバレる事ではあるが、幾ら何でも早過ぎた。
 私は彼の内部にここまで突っ込んだ、ならば彼もそれなりに突っ込んで来るだろうか。私が彼の立場ならば、居合わせている人間が保護者2名に魔法界の権力者1名と少々拙い顔触れなので切り上げるが、何せ彼は先程も考えたように、初対面のメルヴィッドやエイゼルを相手するのに態々テキーラ娘の格好でやって来た度胸と神経の持ち主である。
 最悪、この件を尋ねられた場合は言いたくないとはぐらかせばいいが、マイナスイメージが強くなる応対は出来るだけ避けたかった。何せ彼は私と同じ匂いのする人間である、先程口にした尤もらしい正義感だけで母校の校長退任を望むとは考え難い。
 今迄の発言を総括すると、彼はダンブルドアに恨みを抱いていると考えてまず間違いないだろう。どうせ碌でもない事なので何があったのかはさして興味はないが、ダンブルドアを憎悪する権力者は私にとって非常に美味しい立ち位置だ。
 ただ、駒にしたいかと問われれば、是非と言う程ではない。彼の持つ力は魅力的だが、既にメルヴィッドの手持ち駒であるレギュラス・ブラックと比較すると数段扱い辛い性質をしている。ジョン・スミスには盲信の気質が備わっておらず、また逆境にも強い。弱点を意図的に作り上げ、抉じ開けた心の隙間に毒を流して付け入る事は困難だ。
 敢えて私が手出しする必要は感じられないので現状維持という名の放置が適当だろう。私が誘導しなくても彼は既にダンブルドアを敵視している、不必要に介入すると怪しまれ、最終的にこちらまで敵対勢力認定されかねない。
 このまま誤魔化しつつそれなりのお付き合いを続けて行きましょう、で十分である。
「いやだわ、私ばかりお喋りしちゃったみたい。面白くないお話はここでお終いにしましょうか、お兄さん達2人の杖も決まったみたいね」
 青い目がゆっくりと細められ、ふいに広げられたトランクの方へ向けられた。唐突に会話を切り上げられ、懸念していた突っ込みが来ず肩透かしを食らったが、単にタイミングがよかっただけらしい。確かにトランクの中の杖の数が10本になっている。
「も、ってはまだ触れてもいないのに?」
「ちょっとちょっと、そんなので本当に大丈夫かしら、お坊ちゃんの当主様。この子トランク開けた瞬間にこの杖に決めたって目してたわよ?」
 別に隠している訳ではなかったが、観察眼に関しては彼の方がレギュラス・ブラックよりも優れているようで、そう言いながら私がフィーリングで選んだ杖を間違う事なく手渡して来た。私の脳味噌の構成内容を把握しているメルヴィッドやエイゼルも、ああ矢張りそれかそれしかないと思っていたと全く同じ表情で語っている。
 手に取った杖をふるりと振れば、待ち侘びていたかのように黄金色の光が花の間を舞う蝶のようにぱらぱらと溢れ出した。この出会いを喜んでいるのだろう、この杖も、私も。
 私と妙に波長の合うこれを一言で表現するのなら、警棒。
 これは、杖と呼ぶには常識外に長く、鋼で出来ているのではないかと疑ってしまう程に到底考えられない重量で作られた物質だった。蝋のような手触りをした飾り気のない濃緑褐色の木肌からは、薬のような独特の匂いが微かに香っている。
 呪文を唱えて魔法を使うよりも振り上げて殴打に移った方が手っ取り早く問題を解決出来そうな武器であるが、杖だって本来は打撃系の立派な武器であるのだし、寧ろ正しい原点回帰で非常に宜しい。
 それにこの杖は重さといい長さといい、心行くまで初手から相手を殴り殺して下さいと言わんばかりの形態をしている。左腕でブレスレットと化しているセレモニアルメイスと攻撃手段が被ってしまうが、一方は両手持ちで間合いが広く、もう一方が片手持ちで特殊効果が付随している等の違いがあるので時と場合によって使い分ければ問題はない。
「リグナムバイタにドラゴンの骨、66センチ。魔法がおまけの物理攻撃所望タイプ。私が集めた杖の中でも特に型破りの子。坊や、もしかしなくても殴り合いとか得意かしら?」
「一般の方より、多少は。護身として雑誌や本を読んで得た、嗜む程度のものですが」
「そうよねえ、経歴が経歴だものね」
 納得している青い視線の認識範囲外で、嗜むとかどれだけ面の皮が厚いんだと無言で非難されたような気がするが、別に嘘ではないのだから構いはしないだろう。数年前メルヴィッドに言ったように、私は前衛としても後衛としても火力不足で、その方面の上位者が出て来るとたちまち詰むような人間なのである。周囲に比べて多少脳筋なだけで物理攻撃のみに特化している訳ではない。
 しかし非常に硬く、世界で最も重い木とも言われるリグナムバイタに、あの巨体を支える頑丈なドラゴンの骨を芯材として選ぶとは、この杖自体は冗談を遠くへ投げ捨てた本気の物理特化型であるらしい。もっとこういう本来の杖としての役割を持つ物が市場に出てこればいいのにと、強く思わざるをえない。
「で、ニッシュさん、だったかしら。桃の木にドラゴンの心臓の琴線、18センチ。社会性よりも持ち主の価値観を優先して、独善的な魔法を増幅させる効果があるらしいわ」
 次に説明された平均よりもやや太めで短い、中華風の繊細な透かし彫りがされた白い杖の特徴は、説明を聞く限りエイゼルによく合っていた。本来は邪気を払う神聖な木である桃には不釣り合いな特徴だが、その辺りはこの杖の持つ曰くが関係しているのだろう。
 いずれにしても、自由人という称号の元に様々な悪巫山戯する彼ならば、あの杖と上手くやっていけるに違いない。そう思ったのは私だけではないようだ。
「ああ、それはエイゼルの為の杖だね。君は独り善がりの塊みたいな男だから」
「どの口が言うのやら。レギュラス、この杖を買い上げたら真っ先に君の上唇と下唇を縫い合わせてあげようか。君の低能さを露骨にバラ撒いているお喋りなその口を閉じれば独り善がりの正確な意味も少しは理解出来るだろう」
 相変わらず敵対しているエイゼルとレギュラスを表面上は狼狽えながら見守っていると、彼等の関係には興味が湧かないらしいテキーラ娘が話を次へ進めて行く。
「ガードナーさんは最後まで悩んでたみたいだけど、こっちの杖にしたのね」
「ええ、もう片方のスネークウッド製の杖は反応が薄かったので」
「その子ね、外見は素敵なんだけど、実はお似合いの芯材が未だ見つかってないのよ。杖自体が強力過ぎて芯材がすぐ駄目になっちゃうみたいで。今の状態で薄い反応が出来るんだから、完成したら強力な杖になると思うんだけどね」
「杖として完成していない、ない物強請りは止めておきます。それで、こちらの杖は」
「菩提樹にユニコーンの色々な部位、33センチ。強欲や不正を憎む性質があって、蒐集した子達の中では比較的真面目で堅実なタイプよ」
 不正を嫌うのではなく憎むタイプである事や、芯材として使われているユニコーンの色々な部位が気になるが、それはそれとして、杖に使われた木材が菩提樹とは大変興味深い。菩提樹は愛と誠実さの象徴であり、美の女神フリッグに捧げられ、神々の祝福を受けた木とまで呼ばれるが、その木で作られた杖がメルヴィッドを選ぶとはちょっと予想出来なかった。先の杖であり永遠の命や復活の象徴であるイチイの木と、調和と真実を追求する裁きの木である菩提樹、比較するとかなり面白い変化である。
 しかも、菩提樹といえば雷に対しての不死性が広く認知されている木でもあった。験を担ぐ話ではあるが、稲妻型の傷跡を額に有するネビル・ロングボトムに対して有効な杖になればいいと、僅かながら期待する。
 3人が3人共、納得出来る杖に出会えた事に感謝していると、ジョン・スミスが青く美しい目をこちらに向けて来た。
「てっきりガードナーさんが選んだ子が坊やの杖になると思ってたけど、所詮は素人の予想だったみたいね」
「エリザベスがどのように考えておられるのか存じ上げませんが、私、自分の欲望に素直ですし、身内のアレコレに関しては目を瞑るタイプなので、きっとこの杖とは合わないと思いますよ?」
「あら、そうなの?」
「刑法理論も私利私欲を交えた主観主義的なものですから。メルヴィッドより人格的に優れた点も特にありませんし」
「私も別に人格者じゃないよ?」
「メルヴィッドの短所は逆にそこが良いと言える長所ですが、私の短所は普通に短所です」
 私はメルヴィッドを選んだあの杖に触れた瞬間、原因不明の魔法で丸焦げにされる程度には欲に素直で不正に手を染めている人間である。逆に、メルヴィッドはメルヴィッドと成ってからというもの犯罪には出来る限り手を染めず、また多少の限定主義気質はあるものの今の腐った魔法界を是正するというはっきりとした目的も持っているので、あの杖が気に入るのも無理はないだろう。
 しかし、私がここ数年、裏で何をやらかして来たか知らないレギュラス・ブラックは、すぐさま私の言葉に反論してきた。それに保護者の顔をしたメルヴィッドも乗って来る。
「それでもは、僕の知る限り誠実な人間だと思うけど。刑法理論は特に物証重視で客観主義的だと感じたよ」
「誠実と平等を一緒くたにするべきではないね。君は身内に甘いから平等主義でない事は確かだけど、刑法理論は時と経緯と相手を考えて手段を選ぶから、そう考えると君はどちらか極端に偏った言動はしないかな。碌でなしには一切の容赦がないけど」
「説得力に欠けるね、メルヴィッド。そこの当主様は非常識レベルの碌でなしなのに」
「エイゼル、表に出ないか。君とは一度、じっくり話し合う必要がありそうだ」
「今の君と話し合っても変わらないよ、無駄な事はしない主義なんだ。ほら、私の所においで。怖い人攫いに捕まってしまう前に」
「あらやだ何。貴方達ゲイの三角関係なの? それとも、まさか四角関係?」
「いいえ、エリザベス。どちらも違います」
「次男と三男が歳の離れた末弟を取り合っているだけです」
 一気に逸れた話題にジョン・スミスが疑問を呈し、私がそれを高速で反応しながら切り捨て、メルヴィッドが蹴り飛ばしながらフォローすると、彼も2人のやり取りを観察し、やがてただのブラコンもどきかと納得したのか私を解放しメルヴィッドの元へ返す。
 エイゼルの方へやらない辺り、彼には場の空気を読む技術と良識があった。
「それで代金は」
「そうねえ、3本合わせて65ガリオンって所かしら」
「65ガリオンか。13、エイゼル5、私が2、辺りが妥当かな」
「2だと少し低いよ、メルヴィッドは3でも良いんじゃない?」
「3は高過ぎる」
 杖の目利きが出来ない私にはそれが相応の値段なのか全く判らないが、2人の経歴から考えるときっとそうなのだろう。
 となると、メルヴィッドの杖は大体8ガリオン辺りが相場なのだろうか。13と言われたこの杖の芯材に使われているドラゴンの骨は兎も角、希少種で加工が困難なリグナムバイタは品質状態は良好且つ曰く付きならばその程度でも不思議ではない。しかしリグナムバイタ以上の希少種であるスネークウッドを除いたとしても、相場の6倍程度で済むとは驚いた。蒐集家相手ならば正直もう1桁上の金額をふっかけられるかと思ったが、彼は商売人として良心的な人物らしい。
「お兄さん達、良い目を持ってるわね。薬屋に飽きたら連絡を頂戴。私、趣味が高じてアンティークを扱うお店も経営してるの」
「そうですね、考えておきます」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
 社交辞令を口にするメルヴィッドは私から離れてサインを書きに行き、それを見計らって私を呼び寄せたエイゼルは柔らかいが明確な拒絶の言葉を口にした。私が何の躊躇もなくエイゼルの元へ行く事にレギュラス・ブラックが苦い顔をしているが、未だ例の発言を気にしているものの撤回は出来ないもどかしさからか、それ以上は何も言って来なかった。
 必要な書類にサインをしたメルヴィッドは人を待たせているからとジョン・スミスからの誘いを丁寧に断り、この部屋から出ようと踵を返した。続いてエイゼル、それを追うようにしてレギュラス・ブラックが扉を潜り、最後に残された私に彼が声を掛ける。
「また、会いましょうね。ちゃん」
「ええ。またいつか会いましょう、エリザベス」
 濃厚なキスを投げてきた女装姿の筋肉質な男性に笑顔を返すと、今手に入れたばかりの杖を片手に私も部屋から退室した。扉を閉める際にふわりと立ち上った香りは、ペンハリガンで作られた甘い菫の匂いだった。