春菊と油揚げの煮浸し
記憶喪失という使い古された設定を引っ提げてやって来たエイゼルからの話を全員が聞き終え、外見上最年長者として司会進行をしていたメルヴィッドがサラダから取り分けていたグリーントマトを皿の上で転がしながら打ち合わせ通りの事を空に羅列して行く。
「彼の出会った・は10代前半の少年で、出会った場所は空港の国際線到着出口、彼の記憶はそこから始まっている。香港から来た事になっているけど広東語は理解出来ない。手紙の本文はナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」
ドレッシングに塗れたトマトのピクルスをフォークで突き刺し、ダイニングの真上に位置するエイゼルの部屋を見上げながら続けた。
「トランクの中身は海外旅行や生きて行く上で必要な書類の詰め合わせ。それと・は私達を兄弟だと説明していたけれど、公的には完全に他人だね。よく似た外見だから対外的にはそっちの説明の方が楽だし、お陰ですぐ君を見つける事が出来たけど。ああ、それと紙束の山に埋もれて少女趣味な人形が数体入っていたかな」
「人形って、ピーター君みたいな人形ですか?」
「目を輝かせている所悪いけど、ぬいぐるみでは無くて球体関節人形だったよ。まあ、アレはアレで君の好きそうな感じはするけど」
完熟しても青いままの実を口の中に放り込んでメルヴィッドが会話を途切れさせると、エイゼルが隣に座る私に笑いかけ、人形が好きなのかと優しそうな青年の演技で尋ねて来る。こちらも面食い気質をだだ漏らしながら人懐っこい表情で話題に乗り、会話を弾ませようとした所、エイゼルの正面でブロッコリーと合い挽き肉の餡かけオムレツを食べようとしているレギュラス・ブラックが非常に不服そうな顔をした。
彼はあれである、弟のように可愛がっているお気に入りの少年のお兄ちゃんポジションを盗られそうなので焦っているのだろう。主にダンブルドアとヴォルデモート両名の所為で涙なしには語れない過去を持つ事になった少年の姿をした私は、ブラック家の人間にとって、年齢的にも立場的にも丁度いい愛情の捌け口となっているので。
今後の事を思うと、出来ればエイゼルとブラック家の人間も適度に結び付けておきたい。なので、ここで仲違いをされては困るのだが、さて、私はどうすればいいのだろうか。
全く気付いていないふりをしているエイゼルと、不機嫌そうに食事を続けているレギュラス・ブラックを見比べて、違う命令を同時に出されて困惑する犬のような表情をすると、正面に座っていたメルヴィッドが呆れた色を瞳の奥底の更に一部に宿しながら助け舟を出してくれた。
「レギュラス、そんな怖い顔をしなくてもは君から離れて行ったりしないよ」
「怖い顔なんかして」
「いるからね?」
笑いながら鏡でも貸そうかと茶化し、その笑みを少し下げてからメルヴィッドは続ける。
「不安に感じる気持ちも判らないでもないよ。私も、君がと親しそうにしている時は何時も不安を抱えていたから。その顔は信じていないね」
「だって、メルヴィッドとは家族じゃないですか」
「心理的にはね。でも社会的には紙1枚で繋がっている、里親と里子の関係だ。行政が私に里親の資格なしと判断を下せば、私達が泣いても喚いてもただの他人に戻ってしまう。身元や記憶がはっきりしていて、遠縁でもこの子と血の繋がっているレギュラスとは正反対の、不安定な立場なんだ。私という人間は」
丁度エイゼルと同じだと会話に彼を招き入れながらチキン南蛮を取り分けたカトラリーを置き、ただ最初の自分とは大きく違う箇所があると黒い瞳を見つめた。
「どうにも、彼にはマグル界だけじゃなく魔法界の知識もあるらしいんだ」
「呪文が使えたり、魔法薬を作れるって事ですか?」
「うん。杖も持っているみたいだし、正しい知識も持っていたよ。空港で実証する訳にはいかなかったから実際使えるかは判らないけど」
でも多分使えるんだろうねと、皿の上のチキン南蛮を一口大に切り分けながらメルヴィッドが続ける。
「ダイアゴン横丁やホグズミード村の場所、魔法省やホグワーツの事も知っている。ただ、何と言うかな、表面をなぞっただけでリアリティがない、現物は知らないみたいなんだ。私見だけど、教科書やガイドブックを読んで得た知識のような気がする」
元あった知識が中途半端に消されたからなのか、メルヴィッドの感じた通りの付け焼刃の知識なのか、双方取り合わせたその複合なのか、そもそも本当に最初からこの程度の知識しかなかったのか、様々な憶測がテーブルの上を数秒飛び交ったが、憶測は所詮憶測に過ぎないと司会進行役のメルヴィッドがばっさりと切り捨ててくれた。
それもそうだと納得した顔できのこの焼き飯を取り分けて各人に振る舞うと、斜向かいで難しい顔をしていたレギュラス・ブラックの表情が僅かに緩む。取り敢えず納得してくれたのはとても喜ばしい事だが、同時に、心の何処かで出来れば腹の中では全く別の考えを持っていて欲しいとも思った。
だってそうだろう、私達は彼が逆境に立たされた時に隣にいただけの正体不明な人間である。付き合っている期間も短ければ腹を割って話す間柄でもない、そんな人間の言葉を丸呑みしてしまう当主様では今後が不安に過ぎる。
彼がただの、その辺りに生息しているような一般人ならば別にいいのだ。扱い辛くなっても縁を切れば済む。
しかし、彼は魔法界に多大な影響を与える事も出来るブラック家の当主である。情報統制の効果が現れブラック家の信頼が回復すれば、甘くなった蜜を求めて私達以外の輩も彼に擦り寄って来る事は容易に想像出来た。ある程度は仕方がないとしても、以前彼とかなり親しくしていた学友辺りが私達が目を離した隙に擦り寄って来て要らないことを吹き込んだりするのは困る。最近メルヴィッドも私も彼の事を1人の人間として大変可愛がっているので忘れがちになってしまうが、レギュラス・ブラックはメルヴィッドの単なる駒なのだ。
拘束時間の短い今なら対症療法的に引き摺り込み直せば事足りるが、9月から補助役の私がホグワーツに入学してしまった場合、レギュラス・ブラックの側近であるクリーチャーと物理的な距離が開くのが痛い。勿論、彼だけでなくアークタルス・ブラックとも離れてしまう。ブラック家の内情や動向を探るには彼等を通じてが一番正確で早いのだが、残念ながらメルヴィッドは私程この2人と親しくはない。
そろそろ次の手を打っておくべきなのだろうが、残念ながら私には策を考える脳味噌も、私の代わりに構想を練ってくれる持ち駒も存在しない。ブラック家をこちら側に引き止める事が出来て、尚且つ、騎士団にも闇の陣営にも与していない有能者。判っている、そんな都合のいい人物、その辺に転がっているはずがない。
今後の事で悩んでいる素振りを表に出さないようにして温かい麦茶の入ったマグカップを手に取る。炒られた麦の香ばしい匂いがふわりと広がって安心出来た。ブラック家の作るワインも決して嫌いではないのだが、他人の体の舌でも私の味覚は日本茶を好み欲しているのでこちらを愛飲している。
茶外茶な上に古代ギリシアでも煎じ薬として処方されていたらしいので純粋な日本茶ではないかもしれないが、平安時代から存在しているらしいのでひとまず日本茶として括ってもいいだろう。脳内だろうと脳外だろうと食べ物の歴史は議論すると大変長くなりそうなのでこの辺で断ち切って、残った部分はついこの間前の家から持って来たハーブ等を植え終わった裏庭にでも埋めておいて欲しい。相変わらず成長の遅いローリエの木の下でも放置しておけばいい肥料になるだろう。まあ、だからといって大木になられても困るのだが。
そろそろ話を戻そう、本当に私は、大切な事を考えていても常に脱線する癖をどうにかしなければいけない。
「設定の都合が良過ぎますが、私達自身がエイゼルをどうこう言えるような経験をしていませんから、信じない訳にもいきませんよね」
「確かに、僕等の存在や出会い自体があからさまに作為的だからなあ。僕自身の経験も、他人から見たら信じられない事象だし」
「何かあったんですか」
「まあ、色々と」
「そうだね、色々あるよ。僕は、10年以上前に1度死んだかな。この間生き返ったんだ」
「……死んだ? 死にかけた、の間違いですか?」
何時かのメルヴィッドや私と違い、魔法界の知識があるので常人の反応を示すエイゼルを見てレギュラス・ブラックの表情が、似ているだけで矢張り違う人間だと納得したように見える。態とそういった風に見せているとはいえ、彼等は根底が一緒なだけで最早完全な他人なのでその認識は間違っていない。
自分自身の死は確認しようがないので断言は出来ないけれど、と続けられたレギュラス・ブラックの言葉を、更にメルヴィッドが引き取る。
「どうにも、・が何かしたみたいで生き返ったらしいんだよ、彼。魔法界ではありえない事態だから、対外的には時間跳躍に似た現象だろうって暈したみたいだけど」
「2、3年ならまだ何とかなるけれど、10年分のサバを10代で読むのは大分苦しいから。だからと言って、一生秘密を抱えて老け薬の世話にもなりたくないので」
幸い、実家が権力を持っていたので都合の悪い部分は全部握り潰したと穏やかな笑顔で告げれば、エイゼルは正統派一般人のように口端を引き攣らせながら何とか笑う演技をした。本当に彼は役を演じるのが上手い。
その横で人参と隠元の肉巻きを所望するメルヴィッドに応え、彼の皿と、何時の間にか空になっていたエイゼルの皿にも5、6本放り込んでいると、正面から少し暗い顔をして溜息を吐かれた。メルヴィッドならば余裕で食べる事が出来ると思って大量投下したが、こんなに要らなかっただろうかと考えた矢先、目を奪われるような美しい仕草で唇が開く。
「老け薬、か」
「どうかしましたか?」
「ん、いや。何でもないよ。それより、どうしようか」
思わせぶりな事を呟いたメルヴィッドは大きく肩を竦めてからチキン南蛮の最後の一切れをフォークに突き刺し、大量のタルタルソースに塗れた肉を咀嚼してから赤い瞳をレギュラス・ブラックに向けた。
自分達の事をエイゼルに話すべきかどうか灰色の瞳とアイコンタクトを取り、微かに首肯した事を確認してから黒い瞳へと視線が戻った。
「少し、長くなるから時系列順に纏めよう。私達の過去を話せば、君の突拍子もない身の上を疑わない理由も判るだろうから」
そう前置きし、の接触により1986年の夏から起こった不可解な現象を虚実交えながらメルヴィッドが中心となって話し始める。
各々の杖が軽やかに舞い、私やメルヴィッド、レギュラス・ブラックが経験した事が光る文字となって時系列順に空中に固定されるにつれ、よくここまでやって来たなと静かに感心した。爺の私にとってはたった4年ちょっと、人生の5%にも満たない出来事だが、年若いメルヴィッドにしてみればそれはもう濃くて焦れったい4年だったに違いない。
あと少し、あと数ヶ月でヴォルデモートが本格的に再稼働し、ダンブルドアが対抗する歴史が始まる。私達は両者を派手に争わせ、疲弊した所を叩き潰す所謂漁夫の利狙いだ。軟弱な手だと罵られるかもしれないが、幾ら私でもあの勢力相手に正面から仕掛けて勝てると思う程お目出度い脳筋ではない、メルヴィッドならば尚更である。
はっきり言って、言うは易し行うは難しであるが、勝算がない訳ではない。
エイゼルが何時か言ったように、メルヴィッドは最早トム・リドルでもなければヴォルデモートでもなく、更にバックにはこちら側に引きずり込んだブラック家を控えさせた。出来れば後2、3人、彼を強力にサポートする人材が欲しいが先程も考えた通り、そんな都合のいい人物はいない。大抵の有力者はホラス・スラグホーンが押さえているので、そこからリストアップするか、後は彼の目の届いていない現役ホグワーツ生をそれとなくスカウトするかの2択だろう。
ホラス・スラグホーン自身も候補に入れていいのだが、如何せん彼も老齢なので出来れば若い子、せめて老衰とは縁がない40~50代の子が欲しい。更に若く、今の所接点のない10代の子達の勧誘は私では力不足なので教師として潜り込むエイゼルの力を借りたい所だが、そういえばメルヴィッドはどのようにしてエイゼルをホグワーツに入れるつもりなのだろうか。まさか彼に限って忘れていたなんて事はないだろうが。
ちょっと不安な未来予想図を描きながら波瀾万丈だったり一部能力値が振り切れている年表を眺め、時折投げかけられる質問に答えていると、年号が1991年に辿り着く頃には食卓の上が随分綺麗になってしまっていた。
長かった話も丁度終わったのでデザートにしないかと問い掛けてみれば、赤、黒、灰色と若い子達の瞳が輝く。男の子だって甘い物は別腹なのだろう、そもそも甘味は女子供だけのものではない、私だって子供の頃から青年時代、爺になった今でも甘いものが好きだ。
杖を振って皿を交換すると、4人で食べ切れるのだろうかと思える量の洋菓子がテーブルの上に出現する。セミフレッドのティラミス、シャンパンとフルーツのゼリー、カスタードアップルパイ、マドレーヌ、カスタードカナッペ、ドライフルーツとナッツのパウンドケーキと、食事同様少々彩の乏しいデザートをメルヴィッドが取り分けていると、カナッペを摘んだレギュラス・ブラックがハウスエルフがいなくても当日これだけの料理が出せる事に感心していた。
正面に座るメルヴィッドの口元が僅かに引き攣ったが、幸いレギュラス・ブラックには見られていなかったらしい。全く、危ない事をする。
「質より量で攻めていますので、作り方を聞いたらきっと手抜きだとがっかりしますよ」
「そんな事ないよ。前にも言ったけど、僕はの料理が好きなんだ、凝っているかどうかは関係ないから」
「……ありがとうございます」
料理に関して褒められるのは素直に嬉しいのだがしかし、何故、スリザリン系は揃いも揃ってこうなのだろうか。
メルヴィッドやエイゼルの時同様、その台詞は是非可愛い女の子に言ってやれと諭したくなったが奥歯を噛んで堪える、よくよく考えると彼に嫁ぐのは名家のお嬢様なので家事全般は当然ハウスエルフの仕事になるだろう。そうなると今度はクリーチャーの立場が心配になってしまうが、幸い私は彼に料理の手解きを受けている最中なので問題はない、ということにした。
この質問を予想していたのかと問いかけるメルヴィッドの長い指が、レギュラス・ブラックの死角でテーブルを叩く。別に予想はしていなかったが問題なんて存在しない、料理に関する事だけは、私はメルヴィッドよりもしっかりしているはずだ。
「でも本当に、量だけ立派で、大した物は作っていませんよ。デザートなら、パウンドケーキとマドレーヌはいつもストックしてある焼き菓子で、リンゴはソテーしただけ、パイシートも冷凍です。アップルパイとカナッペのカスタードは同じものですし、カナッペとゼリーのフルーツも矢張り同じものですから」
「感謝の言葉の後にこれだからね、どうやったら君のその癖が治るんだろう。ああ、このアイスクリーム美味しいな、何処の国のデザート?」
「北イタリアのデザートになります。比較的歴史の新しいデザートですが、ティラミスのセミフレッドと伝えればきっとクリーチャーも作ってくれると思いますよ」
「うん、クリーチャーなら確かに喜んで作ってくれるだろうね」
たとえクリーチャーの脳内にティラミスのレシピが存在しなくても、私が作ったと判れば手紙でそれとなく尋ねて来てくれるに違いない。私の作ったものは間違いの少ない素人用の簡単レシピだが、彼ならばプロ用の本格的なレシピを渡しても決して面倒臭がらず数段美味なものを作ってくれる事だろう。
しかし混ぜて重ねて冷やすだけなのにここまで美味しいのは流石イタリア料理と言うべきなのだろうが、同時に去年のクリスマスプレゼントにエスプレッソマシンを強請ってくれたメルヴィッドにも感謝を述べたい。
「でも僕は、君が作ったものが食べたいんだ」
「それは私ではなく可愛らしい女の子相手に告げるべき台詞ですよ?」
続けられたまさかの台詞に先程奥歯で止めたままの言葉をぼろっと出すと、そうだねと同意され、更に、君が女の子だったらよかったのにとの見当外れな返答がやって来る。
初めてアークタルス・ブラックに出会った時の事が瞬時に脳裏を駆け巡るが、男である私は恋愛対象外と宣言している風にも取れるのでこれ以上の思考は凍結後、冷凍焼けした事を理由に廃棄処分とした。性転換薬やそれに似た魔法の存在は都合よく忘れる事にする。前に言った通り、私は彼に純血同士の結婚をして欲しいのだ。
レギュラス・ブラックを煽る為、というよりは私を困らせる為に、自分は男女の境や年齢差は気にしないタイプだとおもむろに宣言する自由人のエイゼルを無視してメルヴィッドに視線を送る。雲行きが怪しい。話題転換の救難要請であった。
メルヴィッドもこの流れはよくないと思っていたようで、後でユーリアンに弄られろと邪念を込めた厳しい視線をエイゼルに送りながら強引に話の筋を変更してくれる。
「そういえば、帰った時にレギュラスが言ってた何かって」
「ああ。僕じゃなくての事、なんだけど」
レギュラス・ブラックの口からは言えないような事なので灰色の瞳が私を見つめた。それを受け取り、少々言い出し辛そうな表情をしながら、私はゆっくりを口を開く。
「実は、リックの事で、先程警察から電話が」
「もしかして、また君の命の恩人が辱められたのかい?」
「……棺に入れてあった彼の遺品が、全て盗まれていたそうです」
金目の物が狙われたのだと言うと、和気藹々としていた食卓に重く冷たい沈黙が下りた。しかし、その沈黙は長く続かず、すぐにメルヴィッドが唇から重さや冷たさを振り払うような爽やかさを持った、処刑の言葉を吐き出す。
「よし、犯人を見つけ次第、息の根を止めよう」
「いきなり殺すなんて生温いと思うな、私としてはその前に血祭りという拷問を推すね」
「僕もエイゼルさんに1票」
「エイゼルでいいよ、どうやら君とも話が合いそうだ」
「僕も今、初めてそう思ったよ」
人を殺す話をしているはずなのに、食卓が互いに打ち解けた空気に変化して行っているのは何故なのだろうか。
話の流れのお陰でエイゼルとレギュラス・ブラックの2人が友情を結ぶのは大変喜ばしいのだが、如何せん内容が物騒に過ぎた。私を介しての友情というのも不安要素が満載で、出来れば早急に別の接点を見付けて更なる発展をして欲しい所である。
拷問もいいねと駄目保護者を演じるメルヴィッドに、レギュラス・ブラックが凛々しい表情で更に駄目な事を言って来た。
「メルヴィッド、ブラック家の力で社会的に抹殺する事まではの了承も得てるから遠慮しなくていいよ。死人から金品を奪うような犯罪者なら死んでも揉み消せる」
「ま、待って下さい! 確かに社会的なアレコレはちょっと迂闊に流されて同意してしまいましたが、お願いですから法の範囲内で収めて下さい!」
表情や私との関係性からしてメルヴィッドとエイゼルは明らかに冗談で言っていると判るのだが、レギュラス・ブラックが相当いただけない。彼は本気で殺人を、表側から揉み消すつもりだ。
私の所為でブラック家の名に傷が付くのは耐えられないから社会的制裁に留めておいてくれと必至に説得するも、その意見は受け入れられないと却下される。何故だろう、つい先程まではそれで落ち着いていたというのに。
こうなったらアークタルス・ブラックに先に根回しをして大っぴらな計画殺人が如何に割に合わない行動かを説いて貰おう、ただアークタルス・ブラックは私が関わると周囲が見えなくなるのであまり期待し過ぎるのは禁物である。なので、それでも駄目だった場合は犯人への社会的制裁を私が率先して行いブラック家に拷問する隙を与えず廃人にしてしまうのが大変に平和的な解決法だ。
尤も、最善なのは今ここでレギュラス・ブラックの暴走を止める事なのだが、彼の反応を面白がるエイゼルが無責任に煽っている間は話を聞いて貰えそうにない。私に対しても自由人を貫くその姿勢は大変素晴らしいが、出来ればレギュラス・ブラックのような他人の影響を受け易い子を巻き込まないで欲しかった。
「レギュラスなんて嫌いです!」
「僕はが好きだけどね」
「ああ、もう! 私だって好きですよ!」
「本当には可愛いなあ」
以前、全く同じ内容の会話をしたなと比較的新しい記憶を掘り返しつつ、矢張り同じ様に私も好きだと返せば、レギュラス・ブラックはとても嬉しそうに顔を綻ばせた。それでも肝心な所は決して譲ってくれなかったが。
もうこの件に関しては、彼の説得を諦めよう。人生は諦めが肝心なのだ。