曖昧トルマリン

graytourmaline

海鮮餡かけ炒飯

 私は、イギリスの配達業者が嫌いである。
 唐突に何を言い出すのかと思うかもしれないが、どうか聞いて欲しい。
 まず、指定日当日に荷物が届けば運が良いと言われる程に配達日が守られない事が既に駄目だ。勿論、時間指定等は到底不可能である。
 次に、呼び鈴を鳴らさずに不在票が入れられるレベルに不在確認が大変雑である事。
 更に、不在の場合は配送センターまで荷物を引き取りに行かなければならない事。これに関しては依頼すれば再配達も可能なのだが、1番始めにループする可能性が非常に高いので個人的には全くお薦め出来ない。
 そして最後のこれが嫌いな要素の大半を占めているのだが、荷物の扱いがなっていないのだ。天地無用をガン無視だとか手荒に扱われるとか既にそういった域を超え、陶器だろうが小型家電だろうが精密機械だろうが宙を舞い地に叩き付けられる。荷物を積み込む際に荷台へ投げるのは日常茶飯事、受け取りのサインをお願いしますとボールペンを取り出そうとして荷物を重力に任せたりもされる。しかも、目の前で。
 長々と愚痴ったが、要は、である。現在、私達はこれ等を全て経験し終わった後なのだ。
 事の発端は件の老教授からの電話で、内容は大雑把に言うとこうである。
「君達からのクリスマスプレゼントが今届いたよ(以下感謝の言葉)ただ1つ残念なのはプレゼントが年明けに届いた事なんだ(以下配達人への罵詈雑言)所で私が贈ったプレゼントはもう見てくれたかな? まだ届いていないって? (再び配達人への長い長い罵倒と紛失させていたらただじゃおかないと言う殺意と嘆き)それでは良い1日を」
 元日の朝にこの電話を受け取った数時間後、老教授の祈りだか呪いだかが天国の神様と地獄の魔王の両方に通じてしまったのか、家の周囲に張り巡らされた警戒用の魔法が呼び鈴を鳴らさない配達人を捕まえ、そして私達は揃って逃してしまった。
 後は正月三が日目の午後までかけて前述した通りなので詳細は省略をさせて貰う。配達人や電話口で応対した事務員、配送センターの人間達を皆殺しにしなかったメルヴィッドには心からの拍手を送りたい。些細な呪いや魔法さえ使っていないのだから、今回の件は本当によく頑張って耐えてくれたと思う。
 たとえ、小動物ならば即死してしまいそうな程に現在の車内の空気が殺伐としていても。
「マグルの頭は梟以下だ。脳の代わりにクラゲの死骸でも詰まっているのか?」
「狂牛病に感染しているんでしょう。クラゲが大量死し始めるのは次の世紀を待たなくてはなりませんが、狂牛病の露見はもう少し後の事になりますから。一昨年に禁止令が出たものの未だ実害は対して露見していないので、あと数年、イギリス人は好んで牛肉を摂り続けると思うと気が滅入ります」
「ああ、未来で発覚するあの伝染病か。何があっても絶対に牛肉だけは食卓に上がらない理由をお前に聞いた時の事を今でも思い出すな」
「嗄れた記憶が確かならば牛肉自体に問題はないはずなんですが、今の所は特定危険部位が完全に除去されている可能性が非常に低いのでリスクはある程度避けるべきでしょう。牛肉を使用した加工品に脳やら脊椎やらが骨が入れられていたら、どの道アウトですが」
「怖い事を言うな」
「質の悪いミンチ肉の内容をご存知ですか? まあ、貴方の本体は髪飾りですし、私は何時でも捨てられる借り物の体ですから、これでも一般人と比較すればまだリスクが少ない方ですよ。そう考えると、代表的な一般人の彼等が多少哀れにも思えます」
「かもしれないな。しかし脳に空洞があるからといって許すつもりは毛頭ない」
「あくまでも多少、ですよ。メルヴィッドの意見は当然でしょう。遅延、紛失、破損が当たり前、自分は悪くないと客を脅せばそれで済むと思っているようでは、仕事に対するプライドも鳥類以下ですよ」
 御機嫌斜めのメルヴィッドの荒い運転に加え路面の状態が悪いのか、後部座席に放置されていた箱の中から陶器の破片や木製のビーズが擦れる音が聞こえたような気がした。否、箱のそのものに消音魔法をかけているだけなので本当は内部でしているのだろうが。
 老教授の話に拠るとプレゼントの中身はメルヴィッドには中国茶と茶器セット、私には中華鍋とお玉と16進法対応の中国式算盤であるらしいので、何が壊れたのか、そして彼が私達をどういった目で見ているのかは大体見当が付く。
 因みに算盤は使用方法を全く知らない老教授が興味本位で購入するも見取り算の時点で音を上げて長年オブジェと化していた物らしく、私が扱える事を知ると是非受け取って欲しいと贈られた品であった。ホグワーツでは電卓を使用出来ないので非常に有難いが、さてダンブルドア辺りに突っ込まれた場合は誰に習ったと嘘を吐けばいいのだろう。何時だったかの級友に中華系の子が居て、程度の嘘で誤魔化せるだろうか。
 それにしても茶器は兎も角、算盤が破壊されるとはどんな衝撃が加わったのだろう。私の記憶では、あれはかなり頑丈な作りになっていたような気がするのだが。
 何はともあれ、帰宅したらまずは老教授にお礼の電話、メルヴィッドには昼食の準備をして、お腹が満たされ機嫌が僅かでも回復したらレパロで修理だと予定を立てていると、車内に短い警告音が軽く響く。周囲から見えないようダッシュボード下に展開したモニターが、もう間もなく到着する家に訪問者がやって来た事を告げていた。
「誰だ。まさかまた配達人じゃないだろうな」
「中年の黒人と初老の白人、2人組の男性ですが配達人ではありませんね。多分、警察関係者だと思いますよ。少々お待ち下さい、今確認しますから」
 こちらの世界に来てから矢鱈と世話になっている所為か外見や仕草、格好等で見分けが自然と付くようになってしまったが、所詮は勘なので断定は出来ない。
 人間よりも路駐されている車を見た方が早いと判断し、彼等が乗って来たと思われる車の中を確認すると、矢張り普通の車には絶対に搭載されていない物が見え隠れしている。近所の噂の種になるので警察車両で来られるよりはずっとマシかと思いながらメルヴィッドに報告すると、運転席から殺気が漏れて来た。今日はもう何もしたくないが、これを後日に引っ張るのは絶対面倒事になると葛藤しているのだろう。
「……仕方がない。どうせ用は私ではなくだろう、手短に済ませろ」
「努力します」
 最後の信号を通り抜け、見慣れた赤レンガのテラス・ハウスを視認してから、2人の映るモニターを閉じて警告画面がしばらく現れないよう設定を変更した。ここまで来れば観察は不要だ、擦れ違う事もないだろう。
 駐車場に車を入れる為、路上に停止すると、玄関前で諦めの表情を浮かべていた2人が安堵のそれに変化した。矢張り職業や身分、立場は違えど擦れ違いは誰もが嫌だと思う事の1つなのだろう。
「それと、ヘマをしないよう気を付けろ」
「肝に銘じておきます。最初の挨拶だけお願いしますね」
「判っている。一応、書類上はお前の保護者だからな」
 表面上は見知らぬ男性に戸惑う里親と里子を演じ、車内では普段通りの砕けた会話を続けながら駐車場に車を停めた。こちらに近付いて来る2人を目視しエンジンを切ると同時に、メルヴィッドは面も口調も優しくて立派な好青年となる。
「車を降りずに待ってて」
 弟を心配する兄の顔で私の頭を撫でながらメルヴィッドは笑い、職業も身分も知らない事になっている男性達に会う為に車を降りた。
 挨拶を交わしながらも最初は不審者を見る目、次に身分証明を見て警戒心を解き、二言三言会話をした後で窓越しに私を呼ぶ。予想通り、彼等はメルヴィッドではなく私に用があるらしい。
 助手席から降りて3人の元へ向かうと、不審者達こと警察関係者が自分達は刑事だと名乗り所属先と身分証明を明示する。本物か偽物か区別する知識もないが9割方大丈夫だろうと思っていた所に、チャールズ・チャップリンのような形の白髭が印象的な老刑事が私の知る警察官の名前を出して来た。
「あいつとは同期でね、今でも偶に会うんだ。君の事を随分心配してたよ」
「そう、だったんですか。今も変わりなく、お元気ですか?」
「元気さ、甘党で下戸なのも相変わらずだ。この間、一緒にポーカーをやったらボコボコにされたよ、私が酒臭くて気分が優れないと言いながらね。あいつの好物のチョコレートケーキを買う前にスコッチを1杯引っ掛けただけなのに、全くあの時は参った」
 チャップリン刑事が出した名はダーズリー家から私を保護した警察関係者の1人で、非常に物腰が柔らかく人当たりの良い初老の刑事であった。彼としてはこの名を出す事で私の警戒心を解こうと思ったのだろう、確かにそれは私に対して非常に有効な手段である事に間違いはない。とはいっても懐かしさで警戒心を緩める訳ではなく、彼等が魔法使いの変装である可能性が低い事が判ったからなのだが。
 念入りな下調べと小道具持参で変装した魔法使いの可能性も残ってはいるが、言動にこれといって不審な点もないのでひとまず信用する方向で問題ないだろう。手短に済ませるようメルヴィッドに言われているので、そろそろ無駄な会話は切り上げなければいけない。
 会話は弾んでいるが全く進んでいないと感じていたのは老刑事の相方である黒人の中年刑事も同じだったようで、少々困った顔をして会話に入って来た。
「あの、そろそろ本題に入りませんか」
「それもそうだな」
 縦に長く横にも広い体にしては威圧感を感じさせない愛嬌のある顔立ちをしている中年刑事は、何処が似ているという訳ではないのだが、森の中に昔から棲息している隣の例の生き物を彷彿させる。もしくは、温泉宿でぎちぎちになりながら湯船に使っていた団体旅行客の巨大なヒヨコの神様だとか、所謂そういった系統の顔だった。
 この2名の組み合わせは一応外見は子供である私に対しての、警察なりの配慮だろうか。しかし事前にハリー・ポッターであった時の私の情報を書類だけではなく、身内であれど関係者から調べて来ている辺り、顔立ちだけの判断で油断し過ぎると痛い目に遭いそうだ。何せ、尋ねて来た理由が理由である、下手な人材は寄越せないのだろう。
 案の定、老刑事の方が周囲にさり気なく視線を投げてから、否定の言葉を続ける。平和そのもので退屈な住宅街に警察関係者らしき人物が現れた事により、野次馬根性が発達した近所の住民がカーテンの隙間から観察している事に彼も気付いたようだ。
「この寒空の下、人様の家のガレージで長話をする訳にもいかないな。ガードナーさん、申し訳ないが、30分程度この子を預からせて貰っても構いませんか」
が了承するのなら私は構いませんが、態々遠くへ連れて行かなくても家のリビングでどうぞ。きっとこの子も退屈なドライブで疲れていると思いますから」
 優しい保護者の声で私はどうしたいかとメルヴィッドが問い掛けて来たので、是非リビングでと答えると2人の刑事が少し驚いたような顔をしたのだが、何故だろうか。更にもう1つ疑問があるのだが、面倒臭いので手短に済ませるよう言ったにも関わらずこの2人を家に上げるよう誘導先を変更したメルヴィッドの心理もよく判らない。
 ともあれ、会話する場所は決定したので移動を開始しなければならない。何時までもこの低温多湿の室外に居ては、唯でさえ融通が利かず想像力のない脳が冷え固まってしまう。
 車のキーを受け取り、白い息を吐き出しながら後部座席から荷物を取り出すと、玄関を開けに行っているメルヴィッドの代わりに中年刑事がやって来て、運ぶのを手伝おうと申し出てくれた。確かにこの量を1人で運ぶには往復する必要があり、その分余計な時間が掛かってしまう、箱の中身は壊れ物もあるが前述の通り既に壊れているので問題はない。
「では、これをお願いしても宜しいですか。少し重いかもしれませんが、割れ物ではないので普通に扱っていただければ大丈夫です」
「ああ、確かにちょっと重いね。それにしてもラッピングが普通の荷物より綺麗だ、もしかして君もクリスマスプレゼントを配送センターに取りに行った口?」
「刑事さんもですか。この時期は本当に多いですね」
「全くだよ、もう少し何とかして欲しいね」
 配達に対して愚痴りつつ手前に置いてあった私宛てのプレゼントを彼に持って貰い、奥に置いたメルヴィッドの物を取ろうと身を乗り出すと、配送センターで乗車した時には存在しなかった走り書きのある小さな紙切れが箱の脇に落ちていた。走り書きの内容は、監視されている、その一言。
 それ以上詳しくは書かれていないが、誰が監視しているなど考えなくても見当が付く。留守を預かっていたエイゼルとユーリアンが騎士団の監視に気付き、私に向けて警告を発してくれたのだ。恐らくメルヴィッドも別の手段で既にその警告を受け取ったに違いない、だからこそ面倒臭さに目を瞑り彼等を家の中に招いたのだろう。
 非魔法界の警察に話す内容なので別に聞かれて困るような会話にはならないと思うが、メルヴィッドもレギュラス・ブラックもいない状態の私に接触されるのはよくない。残念ながら私は失言という単語と縁が切れていない人間なのだ。うっかり何をどう間違うのか自分自身ですら想像が付かない。
 メルヴィッドのプレゼントを抱えて車をロックし、先に家に入って行った2人の背を追って歩き出すと、丁度目の前、両手が塞がれた私達の為に開け放たれていた玄関付近から小さな破裂音が聞こえた。招かれざる客を排除する為に設置した外敵侵入防止用の魔法が働いたと見て間違いないのだが、タイミングが最悪である。
 設置者はメルヴィッドなので誤作動という事は考え難い、侵入者だとしても透明マント等の不可視の魔法を使った形跡はないので恐らく人ではない。偶然、或いは操作され意図的に侵入しようとした虫か何かだろうか。
「今何か、玄関から破裂したような音が聞こえたね。誘蛾灯みたいな」
「私の静電気の音だと思いましたが、玄関からも何か聞こえましたか?」
「ああ、静電気か。うん、言われてみれば、確かにそうだったかもしれない。結構大きな音したけど大丈夫だった?」
「そんなに痛くはありませんよ。冬ですから、仕方ありません」
 ポケットの沢山付いたモスグリーンのミリタリージャケットを翻すと、中年刑事は人生は諦めこそ肝心だと苦笑してプレゼントを抱え直した。
 魔法の件はなんとか誤魔化す事が出来たようで、彼は玄関から聞こえた不可思議な音についてそれ以上の追求をして来る様子は見受けられなかった。
 今が真冬でよかったと胸を撫で下ろし、これからリビングで起こるであろう事に備え心構えをする。警官相手に心構えをしなければならないとはまるで犯罪者ではないかと内心笑いそうになったが、そういえば私は公文書偽造から大量殺人まで一通り経験済みの、世間的に言えば割りと凶悪で立派な犯罪者である事を思い出した。
 全く、相変わらず私はこの手の自覚症状が欠けている。色々とやらかしている最中には証拠隠蔽もそれなりに気が回るのだが、時間が少しでも開くとこのザマだ。
 今日だって、彼等はその事について私を訪ねて来たというのに。