曖昧トルマリン

graytourmaline

うずらたまごの和風スコッチエッグ

 クリスマス気分が大いに残る、慌ただしい1年の最後。今年の大晦日も例年通り夕食に力作を用意していると、すっかり自分達の誕生日を忘却の彼方に飛ばしているらしいエイゼルが今日は一体何事かと暇を潰しに近寄って来た。
 どんな失態を演じてメルヴィッドを怒らせたのかだの、食事でご機嫌取りなんて単純過ぎて馬鹿らしいだの言いながらも皿の用意を手伝ってくれる姿は大変可愛いらしい。ただ、本日は使用するつもりのないクリスマスカラーのタバスコが何故かテーブルの真ん中を陣取っているので、きっとまた何か些細な悪戯でもしたのだろう。
 食卓を眺めると案の定、ダイニングの雰囲気を変える為に作ってみたテーブルクロスにはスリザリンカラーで死の呪文が書かれ、ご丁寧にグリフィンドールカラーで地獄へ墜ちろとの文句まで添えてあった。犯人であるエイゼルに視線を遣ると、幼い子供のような仕草で何かいけない事でもしたのかと態とらしく首を傾げられる。全く、彼が内心何を思っているかは兎も角、仕草だけは非常に微笑ましい光景だ。
 何はともあれ、これを放置したままメルヴィッドに見付かると色々煩そうなので杖を振って元の状態に戻し、タバスコの瓶も調味料棚へ移動させる。後はカトラリーを運ぶだけだ。
「日頃の感謝を伝える為に折角書いたのに、もしかして嬉しくなかった?」
「私もメルヴィッドもテーブルクロスに料理を直置きする時代の人間ではありませんし、過度の辛味も口に合わないので、今回はお気持ちだけ受け取っておきますね」
「じゃあ次はケチャップとマスタードで皿に書く事にするよ」
「ボイルかロースとしたソーセージの上でやっていただけると手間が省けて助かります。それと、ケチャップだけでスマイルマークを描くとお手軽な殺人鬼ごっこが出来ますよ。私にしか通じませんが」
「そう、じゃあ覚えておこうかな。やるかどうかは判らないけど」
「輪郭は上からの書き出しで、両目は曲線にして下さいね。それでないと意味がなくなりますから」
「注文が多いな。面倒臭くなって来た」
 楽しく会話をしながら一通りカトラリーを並べ運び終わり、メニューという名のカンニングペーパーを2人分用意した後で、2階で書類整理中のメルヴィッドに夕食が出来た事を書いた紙切れを飛ばす。
 さて、今の内に他の用を済ませておこう。元が同一人物だけあって誕生日を忘れ切っているエイゼルに両手を出すように告げると、とても素直に両手の平を上の状態にして差し出してくれた。顔には、少しだけ意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「何かくれるの?」
「その通りですよ」
 彼の言葉を肯定し、ハッピーバースデーと簡単な祝いの言葉を述べながら片手に収まるか収まらないかくらいの立方体を手渡した。それだけでは質量を持たない手をすり抜けて落ちてしまうので、正確には彼の手の平の上でふわりと浮遊させたのだが、どちらにしても渡した事には変わりない。
 予想していない事態、というよりは前述した通り己の記念日を完全に忘れていたエイゼルは驚愕に目を見開き、まさかと言いたげな表情を私に向けてくる。
 全く、その様子の何と可愛らしい事か。この表情を見る事が出来ただけで、プレゼントを贈った甲斐があると言うものだ。
「クリスマスにも貰ったばかりだ」
「生憎私は日付が近いだけでクリスマスと誕生日を纏めて祝わない派なんです。クリスマスの時に渡したトランクキャリーバッグはエイゼルの欲しい物、今回のこれは単に私が差し上げたい物ですから、迷惑でなければ貰って下さい。不必要だと思ったら売って下さいね、ある程度纏まった額に換金は出来ると思いますから」
「……これ、腕時計だね。売らないよ。でも、まさか君から貰えるとは思わなかった」
「どういたしまして。矢張り腕時計は箱と重みが独特ですから一発で正解を当てられてしまいますね、サプライズにならなかったのは少し残念です」
「驚く演技ならしてあげられるけど?」
「寂しい事を言わないで下さいよ」
「そう? 気を遣ったつもりなんだけど」
 手の平の上で包装された立方体をゆっくり回転させながらエイゼルは言う。黒い瞳が箱の中を見透かそうとしているように見えたが、流石にそれは私の思い込みだ。
 因みに箱の中身は、昔メルヴィッドに贈り、今も使ってくれているフォーマルな物とは違い、チョコレート色の革ベルトにクリーム色の文字盤というカジュアル向きの腕時計となっている。デザイン自体は4年前に選んだ時計同様に当たり障りがない無難な物であり、エイゼル自身何でも着こなす規格外の美青年なので目を背けたくなる程に似合わないと事にはならない。一応年寄りなりに気を遣い、あまり自己主張をしないシンプルなデザインを選んだのだが、果たして彼はどのような感想を述べるのだろうか。
 深くではないが、時計という贈り物に関しては本当に心から感謝されているのか、普段よりも穏やかに笑っているように見えるエイゼルを眺め、ゆるりと微笑み返してみた。
「本当に無欲だね。なら、お礼に君の誕生日でも訊いておこう、覚えていて、尚且つ気が向いたらプレゼントの1つでも贈らせて貰うよ」
「では、366日後を楽しみに待つ事にしましょうか」
 穏やかな笑みから少し困ったような笑みに変化させると、エイゼルは苦虫を噛み潰したような何ともいえない顔をして黙ってしまう。まあ、相手に誕生日を尋ね翌日と返されればこんな表情をしたくもなるだろう、おまけに今は冬季休暇期間真っ只中でプレゼントを購入出来るような店は開いていない。
「もっと、早く言ってくれればよかったのに」
「そろそろ祝われる回数が3桁に届きそうなので5、6回飛ばすくらいが丁度いいかと」
「……メルヴィッドは何もしていないのか、4年も一緒に居るのに」
「友人同士ならば話は変わってくるかもしれませんが、彼との関係は協力者ですからね。私が貴方達にプレゼントを贈るのは家事と一緒で、個人的な趣味みたいなものです」
 第一、若者であるメルヴィッドが真っ当に稼いだ金銭が遊び呆けている老人の私に費やされるのは完全に無駄である。それに彼等の誕生日の翌日が私の誕生日と知ったら、物凄く嫌そうな顔をして、最悪、もうご馳走もプレゼントも要らないとまで言われそうな気がした。そんな事になったら、寂しいではないか。
「彼は、君の誕生日すら知らない訳だ」
「と、思いますよ。不要な情報なので、誰にも言った覚えはありません」
「ふうん。それじゃあ、明日の午前0時ぴったり、ニューイヤーより先に私が祝って上げるよ。プレゼントも何もないけど」
「それは大変嬉しいのですが、その事が後で知れたらきっとメルヴィッドやユーリアンに小衝かれますよ?」
 特に最年少のユーリアンは道を違えてしまった未来軸の自分が気に入らないのか、何かにつけてエイゼルやメルヴィッドに突っかかる。勿論それが彼なりのコミュニケーションだという事は承知の上なのだが。
 考えてみて欲しい。普段は化物だとか狂人だとか悪魔だとか好き勝手言われているが、実体はそろそろ1世紀を生きようとしている老人に過ぎない私の誕生日を言葉だけでも祝った事がもしも知れればどうなるか、若いあの子は必ず口を出すだろう。
 しかし私でも簡単に予想出来てしまう未来図をエイゼルが描かない訳がない。当然、そんな事は予想の範疇内だと返された。
「別にいいじゃないか。私の何が減る訳でもないし、君がそれで困る訳でもない。ただの自己満足だよ」
「然様ですか」
 確かにエメリーン・バンスが死んだ日から色々と自由になったと自己申告したエイゼルらしい台詞かもしれないが、どの辺りが自己満足なのか全く見当が付かない。
 ちょっと何を言っているのか理解出来ないと顔に出ていたらしく、形の良い眉が顰められ態とらしい溜息が唇から漏れ出した。次辺りに鈍器のような言葉が降ってくると思ったがそうではなく、黒い瞳が宙を漂い口に出すべきそれを探しているような素振りをする。
 ややしてから、目的の言葉を組み立て終わったエイゼルが、あの時のメルヴィッドと同じ様に困ったような顔をして、笑った。
「時計は、自分で稼いで買ったんだ。消耗品なら兎も角、口に入れる物や身に付ける物を有象無象に貢がれるのは嫌悪感が勝ってね。懐かしい記憶だ、全部暖炉に投げ入れた」
「……それは」
「言う必要はないよ。メルヴィッドがいつも腕に嵌めている時計、あれも君が贈ったんだろう。それで、アレが喜んだから私にも贈った。単純で明快だ、別に責めるつもりもない」
 そこまで言った後でおもむろに髪を掻き乱しながら、そうじゃないそんな事が言いたい訳じゃないと視線を逸らしながら大きな独り言を口にする。
 もう一度、時間をかけて彼の内部で言葉は組み立て直され、やがてとても小さな声が私の耳に届いた。
「感謝が、したいんだ。君が理解出来る方法で」
 果たして私は、この可愛らしい生き物に、どのような言葉を返せばいいのだろうか。
 丁度4年前のメルヴィッドを相手にした時と同じような、あのどうしようもない感情に襲われ、結局己の欲望を素直に口に出してしまった。
「エイゼル、無性に貴方を抱き締めたいんですが、どうすればいいと思いますか?」
「さあ、知らないよ」
 私の素直に過ぎる欲望を切り捨てたエイゼルは、4年前のメルヴィッドとリアクションこそ違えど、天使か何かではないかと疑いたくなる程に愛らしい。本当に、抱き締めたり頭を撫でたり出来ればよかったのだが、生憎それはまだ出来ない段階であった。
 実体を持たない彼を至近距離で観察していると、指を振りリボンを解こうとした矢先、黒い瞳が私を見て、どうせユーリアンのプレゼントも用意してあるのなら渡しに行けばいいと言って来た。ほんの数秒待てばいいだけなのに何故かと尋ねれば、曰く、プレゼントを開けて喜ぶ姿を見られたくないらしい。
 出来る事なら包装紙を取った瞬間の顔も拝みたかったが、こうもストレートに見られたくない理由を語られては仕方がない。大人しくその言葉を受け入れて、宙に浮いている癖にリビングのソファで腹這いになりゲームをしていたユーリアンの目の前まで移動する。
 特にクリスマスプレゼントのリクエストがなかった彼に贈ったのは、今年イギリスで発売されたばかりの日本産携帯型ゲーム機、ゲームボーイであった。勿論画面はカラーではなくモノクロの、初代ゲームボーイに他ならない。多分私の時代の若い子は知らないか、現物を見た事はないが名前だけは知っているレベルだと思う。とはいえ、この時代ではまだこれが最新型の携帯ゲーム機なのだ。
 ソフトの種類はまだ少ないものの遊び方は然程複雑ではなく、頑丈で持ち運びが出来、乾電池だけで動くので暇潰しに丁度いいと与えてみた結果、壊されない程度には気に入って貰えたようである。勿論、電子レンジ類のように魔法の干渉を受けなくなるようメルヴィッドに頼み込んでから渡したのは、内緒だ。
 機械化された非魔法界製のゲームに興味はないと最初こそ突き返されたが、VHSデッキをプレゼントとして受け取ったメルヴィッドがこの時代は魔法界以外の知識もなければ掌握するのは難しい云々と説得し、エイゼルが要らないなら自分が貰って転売すると悪乗りしてくれたお陰で渋々ながら受け取って貰った遣り取りは記憶に新しい。
「ユーリアン、今お時間いただけますか」
「いいよ、丁度ゲームオーバーになった所だし」
「杖で操作しているのに相変わらずの高得点ですね。50万点超えとか都市伝説の間違いではありませんか?」
 私の記憶通りに歴史が進めば来年解体消滅するはずのソビエト連邦が作り出した、元祖落ち物パズルの画面を覗き見て簡単な感想を述べると、彼自身満更でもない点数だと思っているのか普段よりも少し上機嫌で返事をされる。
「お前の要領が悪いだけだろう。まあ、爺だし仕方ないかもね。それで、何の用?」
「お誕生日おめでとうございます。プレゼントを受け取って下さい」
「……ああ、そうか。今日だっけ。乙女趣味のが覚えてるのは意外でも何でもないけど、ご丁寧にプレゼントまで用意してるとはね。今は機嫌がいいから貰って上げるよ」
 差し出された手の平の上に箱を浮遊させると、こちらは杖を一振りして包装を剥ぎ、目の前に現れた黒の平たい箱の蓋を期待もしていない表情で開ける。黒い布地の上に収められた銀色の懐中時計が目に入った瞬間、ユーリアンの表情が固まり、次いで大きく息を吐きながらソファに突っ伏してしまった。
 耳や首筋が僅かに赤くなっている所を見ると、プレゼントの内容を嫌がっている訳では無さそうである。ただ反応が可愛らしいからと長く観察し過ぎた所為で、ジロジロ見るなと叫ばれながらピーター君とスノーウィ君を投げつけられたが。
 物理的な照れ隠しを至近距離で受け止め、クリスマスプレゼントに編んだお揃いのセーターを着た彼等が再び投げられないよう、いつもの場所でいつもの様に鎮座しているギモーヴさんの両脇に避難させる。
「そうだ、ギモーヴさんにもプレゼントがあるんですよ。ちょっとクリスマスから遅れてしまいましたけれど、どうか許して下さいね」
 パールビーズでミルククラウン型に作った白く小さなティアラを頭に乗せると、丸い目が満更でもなさそうに細められ、柔らかい頬というか横腹が手の甲に触れた。可愛らしい蛙の姿を取っていても実際彼女はかなりの年月を生きているはずの霊獣で、きちんとした意思を持つ女の子なのだろう。
 実は彼女と内部のユーリアンの身を守る為、ティアラにかなり強力な守護魔法をかけていたりするのだが、その点に関しては特に気にしてはいないようだった。
 ギモーヴさんに金貨を与えながら撫で返していると、丁度メルヴィッドが夕食の為に降りて来たので、満足そうな様子の彼女に別れを告げてキッチンで手を洗い食卓に着く。同じく席に着いたメルヴィッドは律儀な事に、今朝プレゼントした手編みのセーターを着てくれていた。
「馬鹿共が妙に静かだな、どうしたんだ?」
「誕生日プレゼントを差し上げたんです」
「あの2人の分も用意していたのか、真面目な男だな。今日は食後にコーヒーが飲みたいから用意しておけ」
「そう言われると思って、夕食は過度な魔改造なしのフレンチで統一しましたよ。コーヒー豆もブラック家のキッチンを預かっているクリーチャーお薦めの逸品です」
「お前は本当に、食に関してだけは抜かりがないな」
「料理だけは胸を張って特技だと言えますからね。それだけは大切にしているんです」
 誕生日プレゼントとして贈った物はセーターだけではなく寧ろおまけだ、本命のプレゼント、直火式のエスプレッソマシン購入を強請って来たメルヴィッドの為に豆やらミルやらも一緒に買っておいて正解だったようだ。ブラック家のクリスマスパーティで出された食後のコーヒーを矢鱈気に入っていたので近い内に家でも飲みたいと言われる可能性を予測して、全国的なクリスマス休暇に突入する前に色々と動いておいてよかった。
「という事でメルヴィッド、何から食べますか」
「問答無用でオードブルから出さない事に君らしさを感じるよ。魚料理とルルヴェとフランにしよう、見てる私が面白いから」
「失せろエイゼル。、オードブルと肉料理」
「じゃあ、それとアントルメ」
「ユーリアン、消滅させて欲しいのか?」
「へえ、破れぬ誓いを立てたのにそんな事言うんだ?」
「皆さん本当に自由ですね。プレゼントの確認はもう宜しいんですか」
 フランス語で書かれたカンニングペーパーを指でなぞり机の端を軽く指で小突くと、パイ生地に包まれた小さなオードブルが数点とホロホロ鳥のローストが現れる。
「ああ、そうだ。いつもと違うこんなスタイルを取っていますが、おかわりはちゃんとありますから食べたくなったら今の私の仕草で呼び出して下さいね。ちょっと作り過ぎてしまってテーブルに乗らなかっただけなので」
「何をどれだけ作ったんだよ、2人暮らしの癖に張り切り過ぎだろ」
「メニュー借りるよ。スープ1点、オードブル2点、魚料理1点、ルルヴェ1点、アントレ2点、肉料理1点、野菜料理1点、アントルメ3点、フラン1点。フルコースじゃなくて満漢全席かな、よく作ったね」
「どうしてもフランス料理が作りたいとクリーチャーに頼んだら、デュボワとベルナール共著の古典料理を貸して下さったので、それを見て作ったらこうなってしまって」
「名前からするとフランス人で、私は知らないからマグルの本?」
「ええ、そうですエイゼル。非魔法界で書かれたフランス語の本ですよ」
 純血主義の家に非魔法界の本が存在する事に3人は不思議そうな顔をしたが、毎日得体の知れない魔法界製の料理を食べ続けられる自信はあるかと問いかけると、各々明後日の方向に視線を逸らした。特にここ4年程は視覚だけではなく味覚や嗅覚で私の料理と捉えているメルヴィッドは全速力で。
 第一、ホグワーツの料理にしても魔法界、特に、菓子類特有の訳の分からなさが存在しない。料理という点だけに関して言えば2つの世界は共通なのだと思っている、ただ、満遍なく大体不味い事まで似なくてもいいと思わないでもない。
「フランス語の読み書きが出来たとは聞いていないが」
「出来ませんよ。レシピは文章が短く、形式と出て来る単語がほぼ決まっているので、辞書片手に奮闘しただけです」
「興味のある物に関する勉強は怠らない、と言っていたのは真実だった訳か」
「それに必要な事に関しても、ですね。ああ、そうだ。以前馬鹿をやった反省から非魔法界の証明書の類も一通りの知識は手に入れましたので、エイゼルは魔法界経由ではなく直接そちらで行こうと思っています。そもそも魔法界の書類関係はダンブルドアが目を光らせていて、今の時期は偽造が困難でしょうし」
 現時点のダンブルドアがその手の機関に何処まで介入出来るかは不明だが、私があれの立場だったらメルヴィッドの事が発覚した時点でどんな手を使ってもバックアップを取るだろう。万が一、相手が同じ手で書類偽造をしようものなら、そこから尻尾を掴み正体を引き摺り出してやる、そのくらいは考えるに違いない。
 思考では他者に劣る私ですらそう考えるのだ、ダンブルドアが考えない筈がない。
 メルヴィッドはオードブルと肉料理を手早く胃に送り、もう一度肉料理と、今度は野菜料理とスープを同時に呼び出した。その姿を眺めていたエイゼルが、意外と技術の幅が満遍なく広いと口を開く。
は、私達のように卓抜した才能を持つ魔法使いじゃないけど、組織の裏方に最低1人はいて欲しい人間だよね。メルヴィッドがやってる店、あの事務関係も一手に引き受けてるみたいだし」
「私には貴方達のような才もレギュラス・ブラックのような力もありませんからね。それに私が誰でも出来るような些細で膨大な物を引き受ければ、その分メルヴィッドはもっと有意義な事に時間が使えるでしょう」
「ああ、そうだ。事務仕事で思い出した」
 卵黄が滴るアスパラガスを口に運ぼうとしていたメルヴィッドが一度カトラリーを手放し、杖を振って私の膝上に大量の書類を出現させる。契約書の類のようだが羊皮紙で書かれているので魔法界の物だろうか。
「バースデーカードと店舗賃貸契約書……これ、ダイアゴン横丁でブラック家が管理している例の居抜き物件ですよね」
 手に取った書類に書かれた番地と契約内容を斜め読みで確認して、思わず絶句した。
 何も彼もが上手く働いてこうなってくれればいいな、程度の淡い期待が実ったのは嬉しいが、良家の金持ちとはこういうものなのかと戦慄する。
「初期費用と家賃がタダ同然の契約内容じゃないですか。あの人、メルヴィッドへの誕生日プレゼントだからって気前が良過ぎでしょう、クリスマスプレゼントに桁の1つ飛んだループタイといい貴族の金銭感覚を垣間見ましたよ」
「お前の圧力鍋も同じくらいの値段だっただろう」
「ああ、あれですか。どうしてもプレゼントしたいからとパーティの後に散々言われて押し負けて仕方なく、3、4人用の圧力鍋があると便利ですねと言ったら何故か届いた15Lのプロ仕様業務用両手圧力鍋」
「質問。私には馴染みのないリットル換算で言われても、よく判らない。それって4人用には多いの、少ないの?」
「1Lが約1.76英パイントですから、大体3.3英ガロンになります」
「ああ、それは多いね」
 中身が空の状態で重量は約6kg、安全装置が6箇所も設置され、容量的にいえば白米1升半を1回で炊ける一般家庭にはまず不要の代物のお陰で実は本日の料理がこんな事になってしまったのだが、今は余計な話なのでその辺りの事は割いておいた。代わりという訳ではないが、ユーリアンが挙手をしながら別の質問をしてメルヴィッドが答える。
「僕らも質問、店を開く為の初期費用や家賃ってそんなにかかる物なのかい?」
「かかる。魔法界の物価自体はマグルよりもかなり安いが、それでも過去に私やエイゼルが店を自力で開業出来ないと確信を持てる程度にはな。内装工事の費用も馬鹿にならないが、その辺りの面倒な事は全てに一任すればいいか。頼んだぞ」
「承知していますよ。さて、タイプライターは羊皮紙と相性が悪いですし、この量の書類に目を通して控えを取ってだと、そうですね……自動速記羽ペンなので少し時間がかかりますが、クリスマス休暇が終わって役所が再開するまでには仕上げておきます」
「そんな羽ペンに頼るよりも手書きの方が速いと思うけど。爺だけあっては字も綺麗だし読み易いから、受け取る側がストレスになる事はないと思うよ」
「珍しい、ユーリアンがの事褒めてる。熱でもある?」
「別に。今日は機嫌がいいだけだよ」
「褒めていただけた事は大変嬉しいのですが、残念ながらこの手の書類に私の筆跡が残るのは好ましくないので、その案は見送らせていただきますね」
「10歳児の筆跡が契約書類に使われている事をダンブルドアが気付いたら面倒だからな」
「そういう事ですね」
 専門的な知識や犯罪捜査経験が皆無でも、筆跡鑑定ならば素人でもある程度までは可能である、と未来の科学捜査系ドラマに毒された私や、現代科学に侵されたメルヴィッドは考え至ったのだ。
 メルヴィッドも私も字体の美しさや書面の読み取り易さにはそれなりの自信があるが、文字が似ているかと問われれば誰もが首を横に振るレベルで違っていた。メルヴィッドとエイゼルとユーリアンのレベルで似通っていれば科学的筆跡鑑定法でも見分けが付かないとは思うが、そうではないのだ。
 危ない橋は、渡るべきではない。
 そして当たり前の事だが、私が体を乗っ取る以前のハリーの物的証拠は可能な限り消去してある。何度も言っているが、私程度の人間が考え付く事はダンブルドアも既に考え付いているのだ。
 私達を臆病者と罵るユーリアンと、それを馬鹿呼ばわりするメルヴィッドと、私と一緒に兄弟喧嘩の傍観を決め込んでいるエイゼルを見て、口元を綻ばせる。
 今年の大晦日は、去年よりもずっと幸せに過ごせそうだと、そう思った。