曖昧トルマリン

graytourmaline

アボカドとライムのタルトレット

 磨き上げられた床、天井で輝くシャンデリア。落ち着いた飴色の調度品や柔らかいタッチの風景画、上品なクラシックの音楽。料理の良い香りが漂う洒落たホールに着飾った老若男女が合わせて11人。内、子供だと言い切れる外見の人間は私を含めて3人で、残り2人は親から少し離れた料理テーブルの前で微笑んでいる可愛らしい姉妹だった。
 幼いながらに親が談笑しているのを邪魔してはいけないと悟っているのか、2人は真っ白な皿に並んだ料理を持ったまま何処に行こうかと首を傾げ合わせる。その視線が、彼女達を観察していた私に固定された。
 まあ、何と言うか、開始早々非常に申し訳ないが、中身が爺の私としては非常に居辛い空気である。今現在、このロンドンのブラック邸で開催されている、レギュラス・ブラック曰く軽い立食式のクリスマスパーティは。
 一体これの何処が軽いものなのかちょっとそこで主催者をしているブラック家現当主様を捕まえて問いただしたいが、生憎彼は大人組の対応に追われていてそれ所ではない。ただ一言話し、是非見えない所で給仕に専念しているクリーチャーの方へ混ぜて欲しいと頼みに行きたいだけなのだが。
 否、判っているのだ。客として招待されている以上、そんな願いは叶えられないと。笑顔で近付いて来る少女達を避ける事が出来ないので、ちょっと現実逃避してみただけである。
 グレープフルーツとクランベリーのジュースを混ぜたピンク色のウエルカムドリンクを片手に持ったまま、現実逃避ついでに2つのグループに分かれて談笑している大人達の中で誰が何なのか推測してみた。
 まず今回のパーティの主催者であるレギュラス・アークタルス・ブラックと、彼の友人で書類上は私の里親で保護者だが、色々面倒なので父ではなく兄の立場に近いメルヴィッド・ルード・ラトロム=ガードナー。この2人に説明は不要なので次へ行く。
 彼等と同じグループ内にいる私よりもやや年下の老人が、恐らくレギュラス・ブラックの祖父であるアークタルス・ブラックだろう。並べて見ると孫と雰囲気が何処となく似ていなくもないが、思っていたよりもずっと細く小さい。服で大分誤魔化しているが、首筋や袖と手袋の間から見える皮膚は酷く不健康だった。
 その3人と一緒に居る若い夫妻が、恐らく今こちらに歩いて来ている少女達の両親であろう。夫婦組はもう1つあったが、年齢や髪と目の色、顔の作りからしてもこちらで間違いない。となると、恐らく夫妻の姓はグリーングラス、私の世界で丁度この姉妹の妹がマルフォイ家のドラコと結ばれていたはずだ。この世界の話ではないが、将来的にあの悪評判のマルフォイ家に嫁ぐ女性とその家族である、メルヴィッドも苦痛や不快を感じるような顔をしていないので人格的に相当出来た人間達なのだろう。
 もう片方のグループはというと、老人夫妻と30代から40代の男性の3人組みで成り立っており、夫妻の方の姓はバグノール、夫人の方が今年の8月末に任期を終えた魔法大臣のミリセント・バグノールに間違いないのでこれも確定であった。さて、残るその30代から40代の男性であるが、彼の名前が判らない。私の萎びた記憶が確かならばマーリン勲章の受章者として新聞で見た顔なのだが、一体どのような功績持ちだったか全く思い出せない。
 それとは別に、パーティが始まる前のレギュラス・ブラックの話で0,はあと1人、どうも遅刻している男性もいるらしいのだが、それが誰なのかは知らされていない。ただ、クリーチャーと一緒に食事の下準備をした際に単品でパイナップルのコンフィという少々場違いな物を用意していたので一応その事はメルヴィッドに伝えておいた。私でも判ったので、彼もそれだけで誰が遅刻者なのか十分予想が付くだろう。
 さて、現実逃避はこのくらいにして、あまり気は進まないがこの姉妹の相手をしなければなるまい。特に姉の方は同級生としてホグワーツへ入学するはずなので邪険にするのは悪手にしかならない、それに今後の事も考えてレギュラス・ブラック以外のスリザリン寮出身者とのパイプも作っておいた方が無難だろう。
 今の世の中、何が起こるか判らないのだし。
「初めてお目にかかります、可愛らしいお嬢様方」
 全力の打算を押し込んで話し掛けると、外見と内面が一致せず背伸びをした子供と見られたのか、少し可笑しそうに微笑まれながら挨拶と自己紹介をされた。多分馬鹿にしている訳ではなく、これくらいの年齢の女の子は同世代の男の子に比べて精神的に先へ進んでいる事が多いので、無理して大人振りたい少年として見られたのだろう。
 妹君のアストリア・グリーングラスが子供の癖に気障で格好付けだとストレートな指摘をしながら微笑い、姉君のダフネ・グリーングラスがその失言をどうフォローしようか慌て始めたので、その必要はないと遠回しに告げた。
「聡明で可憐な女性の前では、男の子は皆、大人も子供も格好付けたがるものなんです。どうか今日だけでも大目に見て下さいませんか」
「仕方がないな、は褒めるのが上手だから大目に見てあげる。でも、本当に格好付けたいのなら、女の子の前でピンク色のジュースは駄目かな」
「アストリア、初対面の人にそのような事を申し上げるのは失礼にあたるでしょう。申し訳ございません」
「いえ、大変参考になる意見なので、寧ろ嬉しいくらいです。アストリア様、ピンク色はいけませんか?」
「そんな顔しても駄目なものは駄目。雰囲気のあるゴブレットに入った赤ワインとか、逆三角のグラスにチェリーの入ったお酒とか、細いグラスに入った白いシャンパンとか、もっと大人でスマートな飲み物がいいわ」
「アルコールは飲み慣れていないのでご容赦下さい、前後不覚になってしまっては皆様方に迷惑が掛かってしまいます。代わりと言っては何ですが、慣れる頃合いの年齢になったら、是非もう一度、お相手をお願い申し上げても宜しいでしょうか」
「貴方、意外にしっかりしてる人ね」
「お褒めに預かり光栄です」
「残念、本当に残念。ピンクのジュースで全部台無し」
 ピンクのジュースもといヴァージンブリーズではなくサラトガ・クーラー辺りを作っておけばよかったと今更ながらに思ったが、手に持っているノンアルコールカクテルのお陰で会話を広げる事が出来たので、結果的には良かったと言うべきなのだろう。
 まだ小学生の低学年か中学年程度の年齢だというのに中々可愛らしい事を言う妹君は、自分の意見に素直に従った私の反応に十分満足したようで、私の知っている男の子の中では一番素敵だと最後に褒めてくれる。姉君の方はというと悪気なく溌剌としている妹の発言に振り回されているようで、可哀想なくらいに困った顔をしていた。フォローをしておいた方がいいだろう。
 さて何を振ろうかと考えながらピンク色の液体を飲み干して、おもむろに現れたトレーに乗っていたトマトジュースと空のグラスを交換する僅かな間で、怪しまれない程度に観察した。ドレスの足元付近に細い毛が付着していたのでさり気なく猫の話題を振ってみると姉妹で思い切り食い付いて来たので一安心する。
 家族の一員である猫が好きで好きで仕方がないらしく、嬉々として語る姉妹の相手をしながら僅かに視線を外し屋内の変化を確認すると、意外な光景を見る目で娘達を見る親の姿が拝めた。どちらかというと大人しいダフネ・グリーングラスが今会ったばかりの他人と笑顔で会話している事が珍しいのだろう。
 ホグワーツに入学していない事と蛙を飼っている事と格好付けている癖にトマトジュースを飲んでいる事を告白し、姉君に個性的、妹君にダサいと連呼されながら会話を保たせていると、話の流れとしてはやや不自然な形で姉君の方が口を挟んだ。
は、あの方……レギュラス様とは、仲がよろしいのかしら」
「親しい友人ですが、彼が何か?」
「本日のパーティには、お父様に連れて来ていただいた身ですので、主催者の方がお父様の後輩であらせられる事しか存じ上げなくて」
 言葉に嘘はないが、どうにもそれだけではないような不安そうな表情を見て、もう一度横目で彼女達の両親の表情を盗み見る。先程と表情は似ていたが、何処か見覚えのあるような目付きをしていた。
 私の勘が正しければこのまま3人で楽しくお喋りをしていたら些か拙い事になりそうなので、心配そうな表情をしている姉君に大丈夫だと笑って言い聞かせる。
「レギュラスは、優しい人ですよ。胸が痛くなるくらい気高くて、優しい人です。落ち着いた大人の男性で、頼り甲斐もあって、安心出来て、紳士的で。とても、眩しい人です」
「それは、何だか、彼の事を愛していると告白してるように聞こえます」
「愛しく思っていますよ。彼の事は、愛して、そして尊敬しているんです。友人としても、一人の人間としても」
 姉君の指摘を笑顔で肯定すると、妹君からは男の子同士の友情らしくないと鋭く切り込まれた。尤も、私が変人だからだと言うとすぐさま納得してくれたが。
 会話が途切れたのを狙って両親が姉妹を呼び、2人から解放された私はやっと食事にありつくべく、料理の並ぶテーブルの前まで来て真っ白な皿を手に取る。
 雲丹のコンソメゼリー寄せに帆立貝のタルトレット、舌平目のムニエル、牡蠣の白ワイン蒸し、フォアグラのコロッケ、鹿肉のローストと、クリーチャーから産地を聞きとても自宅では手に入らないと諦めた高級食材を使用した料理から、カリフラワーのムースやルッコラとエビのサラダ、マッシュルームのソテー等のお洒落感を廃せば普通に食卓へ上る料理まで多くの種類が並ぶ中から好みの品を少しだけ取り、さて何処へ行って食べようかと顔を上げた。その先の壁際に並べられた椅子の端、休息の為に座っていたらしい老人と目が合い手招きされる。
 手招きの相手、アークタルス・ブラックの誘いを無視する事も出来ず、皿を持ったまま近寄ると柔らかい笑みで迎え入れられた。互いに簡単な自己紹介を済ませ、食べながらでいいので話し相手になって欲しいと言われたのでそれならばと快諾する。
「レギュラスが、世話になっていると手紙に書いていたよ。オリオンは少し変わった子だと言っていたが、変わっていると言うよりは愉快な子のようだね。それに何より、聡い子だ」
 色眼鏡にも程があり単に変人で愚鈍なのだと反論したかったが、生憎タルトレットを咀嚼し終え、飲み込みかけていた最中なので言う事も言えずに次の言葉を紡がれてしまった。今更気付いたが、食事をしながらの会話を薦めたのは私に話を遮らせない為だったらしい。
 好々爺然としていても流石はブラック家の先々代と褒めるべきなのだろう。一応中身は同い年くらいなのだが私とは比較にならない程優秀らしく、まともに正面からやりあったら瞬殺されそうな相手であった。
「君は気付いたのだろう、グリーングラス家のお嬢さんを招待した本当の理由に。だから彼女達を両親の元へ返した」
「ご両親が呼ばれてからの反応なので、寧ろ遅過ぎたような気がします。もっと早くに気付く事が出来ればよかったのですが」
「いや、君のお陰で彼女達の緊張も解れたようだ、感謝しているよ。しかし全く残念だ、君が誰にも文句を付けられない純血であれば彼女達を呼ぶ必要もなく、性転換でも法律の改正でもさせてレギュラスの正妻として迎えていたのだが」
 口に物を含んでいなくてよかったと強く安堵しながら、隣で椅子に座っている老人を無言で見つめ、視線だけで今の言葉はどういう意味なのかと問いかける。どういう意味も何も言葉通りだとは判っていたが、それでも問わずにはいられなかった。
「レギュラスは君の事を愛しているように見える」
「愛されている事は実感しています。ただ、彼の愛は兄弟愛と友人愛を織り交ぜたものだと認識していますが、そうではなく性愛や恋愛なのでしょうか」
「さてね。全てが合わさって、本人でも未だ区別が出来ない段階なのだろう」
 何時の間にか、孫を見ていた灰色の瞳が私に向いている。
「君の愛は、そのどれとも違うようだね。少年には不釣り合いな深い母性愛を持っている。自ら変人と称しているのならば、自覚はしているのだろう」
「自覚して受け入れているので、確かに理由の1つではありますね」
 答えた後に鴨のロティを口の中に放り込み、鴨肉独特の味を楽しみながらレギュラス・ブラックを遠くから眺めた。大人しい姉君と積極的な妹君、そして2人の両親に囲まれながら笑顔で対応している。
 ただ、結婚を前提とした交際にはあまり乗り気ではないように見えた。
 メルヴィッドはどうしたのだろうと視線を移動させると、元大臣のグループに入り込んで談笑している。例の名前も功績も思い出せない男性とかなり親しげに話しているので薬学の関係者か何かなのだろうか。
「君が純血と、周囲から認められる子ならばよかった」
 消えてしまいそうな程小さく、奇妙な呟きを聴覚が拾い、視線をアークタルス・ブラックへ戻した。先程と同じ言葉だというのに重みがまるで違う。年老いた目は私ではなく談笑を続けているブラック家の現当主を見つめていた。
「愛のない結婚、そこから生まれた子は悲しい。だが長く続いた血は個人よりも優先しなければならない。あの子はブラック家の最後の希望だ、ここで絶えさせる訳にはいかない」
「……貴方の結婚にも、愛はなかったのですね」
「ブラック家歴代当主の結婚に愛は存在しない。あるとしたら」
 レギュラス・ブラック、そしてオリオン・ブラックと同じ灰色が、目を守るように閉じられた瞼の裏に消える。
「それは、思い込みか錯覚だ」
 ゆっくりと瞬きをして、つまらない話をしたとアークタルス・ブラックは話題を打ち切った。変人と自称してはいるが、子供に話すべき話題ではないと今更ながらに思ったのかもしれない。
 最後の言葉から考えると、きっと彼も錯覚していたのだろう。彼の終わらせたがっている話題を蒸し返すのはどうかと思い、魔法界の経済についてでも振ろうかと思ったが、間近で彼の素肌の状態を見て話題の続行を決定した。
「貴方が奥方から受け取った愛も、実は錯覚だったのですね。奥方が亡くなった後、貴方の身に何が起こっているのですか」
 かなり無神経で失礼な話題にアークタルス・ブラックは不愉快そうな表情を繕って私を睨み、私は無表情のままその感情を正面から受け取る。後ろめたい気持ちが押し寄せるがここで視線を逸らしてはいけない。
 彼は虚勢を張っているだけだ。今迄培い、保ち続けた矜持が邪魔をしているが、本当は誰かに気付いて欲しいのだろう。誰にも気付いて欲しくないのならパーティ相応の服を着てきたはずだ、否、そもそも高齢を理由に今日のパーティを欠席すればよかったのだ。
 幸い周囲の人間は、常に辺りに気を配っているメルヴィッド以外は、私達の空気が変化した事に気付いていない。メルヴィッドも今ここに入って来るのは得策ではないと感じ取ってくれたのだろう、他グループがこちらに来ないように更に歓談を続ける。
 数十秒の沈黙の後、根負けしたアークタルス・ブラックが椅子に深く座り直し、何故判ったのだと囁くように問いかけて来た。一目見た時から違和感に、ブラック家先々代当主として相応しくない出で立ちに気付いたのだ、判らない筈がないだろうと言いながら緊張させていた顔の筋肉を元に戻す。
「気付いて欲しかったんですよね、本当は」
 空になった皿とフォークをサイドテーブルに置き、右指で自身の左の手首を示した。私の手首には縮小されたメイスがブレスレットのように煌めいているだけだが、アークタルス・ブラックの手首には縛られた跡がほんの僅かに覗いている。
 緊縛の形から見ても被虐嗜好から残された性的趣味の物ではない、これは明らかに虐待の跡であった。薬で強制治療されているらしいが使用されている物の純度は高くない、大元の細胞が劣化し治癒力の弱い老体では本来の効力を発揮出来なかった事もあるだろう。
 懐かしさを全く感じたくない跡だ、何回目かの里親の元でベッドに縛り付けられた子供達が同じような痣を腕や脚に付けられていた。
 国や自治体からの助成金目的で大量に里子を受け入れて、碌に世話をせず折檻ばかりしていた夫婦の元での事だった気がするが、もう名前も顔も思い出せない。学校だったか病院だったかが警察に通報し、子供達は里親の元から解放され、しかしだからといって行く宛もない1人が、それでも殴られる為だけに引き取られた前の場所よりはマシだったと言って新たな里親へ引き取られて行った事だけは印象に残り、今でも覚えている。
 しかし世の中、そんなものなのだ。不幸から解放されたからといって幸福になるとは限らず、より大きな不幸が訪れる事だって予想される。予定調和でメルヴィッドに引き取られた私は、他の里子に比べて随分幸せなのだろう。
 思考が逸れた。大事なのは過去の子供ではなく目の前の老人である。
「それは、奥方の血縁の方が?」
「いや……そうとも言えるが、違う。ハウスエルフだよ。妻の一族に頼まれて派遣されて来た、若いね。私に、ブラック家に仕えていたハウスエルフは随分前に死んでしまった」
「そうでしたか。お辛かったでしょう、誰にも言えずに」
「情けない。かつてはブラック家当主として、魔法界に影響を与えていた私が」
「心中、お察しします」
 嗚咽を漏らすアークタルス・ブラックに絹のハンカチを差し出し、ようやく異常を察知してやって来たレギュラス・ブラックに心配はない大丈夫だと微笑みかけた。
 老人虐待に気付いたばかりという全く大丈夫ではない状況なのだが、全ての客人が興味のないふりをして聞き耳を立てているので馬鹿正直に告げる訳には行かなかったのだ。
「昔に贈った服や小物が、こうしてまた日の目を見ている事に感極まってしまわれたようです。普段飲まれていないようなので、お酒も回ってしまったんでしょうね」
「そうなのかい? 大丈夫ですか、お祖父様。別室で休憩なさいますか」
「少し涙腺が緩んだだけですから、大丈夫ですよ。ねえ、アークタルス様」
 ただの老人の酔っぱらいかと他の客がこちらへの興味をなくしたのを確認して、口許を読まれないように会場に背を向けつつ手袋に覆われた人差し指でレギュラス・ブラックに合図を送る。壁際に向いた私の表情を見て矢張り大丈夫ではないと察した彼が、一体どうしたのかと視線だけで尋ねて来た。
「詳しいお話は後で。ひとまず、アークタルス様を絶対にご自宅へ帰さないで下さい。いいえ、パーティが終わるまでは会場内に留めた方が宜しいかと。ハウスエルフがアークタルス様を迎えに来たと告げても適当な理由を付けて接触させないで欲しいのです」
「何が起こったのか判らないが、がそこまで言うのなら、そのようにしておこう。代わりに、何があったのか必ず後で話してくれ」
「勿論です」
 音楽に掻き消されそうな程小さな声で会話を終え、レギュラス・ブラックは優しく祖父の肩を叩いて偽物の笑顔へと戻る。
「失礼いたしました、それでは引き続きご歓談をお楽しみ下さい」
 主催者の顔のままレギュラス・ブラックは私達から離れて行き、先程まで居たグリーングラス一家のグループの中に引き返して行った。会場は再び、彼と私が出会ったばかりの雰囲気へと戻り、食事や会話を楽しむ空気に包まれる。
 丁度皿を片付けに来たクリーチャーに無理を言って温かいミルクセーキを頼み、気合と矜持で涙を止めたらしいアークタルス・ブラックに渡すよう手配した。私自身は温かい飲み物を飲む気分ではなかったので水を取りに行き、ついでに開始から何も食べていないアークタルス・ブラックの為に柔らかい料理を幾つか皿に取って元の位置に戻る。
「すまない。本当に、何から何まで……私は、自分自身が情けない」
「男の子は幾つになっても頑固で意地っ張りですから。告白せずに耐えていたら、きっと壊れていたでしょうね。貴方も、私も」
「……君は。君も、なのか」
「はい。私のそれは、とうに終わった事ですが、だからこそ。救われた者だからこそ、貴方のそれに気付けたのかもしれません」
 サイドテーブルにアークタルス・ブラックから受け取った空になったミルクセーキのグラスを置き、空腹の彼の為にゼリー寄せやムース、コロッケ等の噛むのにそれ程力を必要としない料理を取った皿を差し出した。
「アークタルス様、どうか矜持に蓋をし、恥を忍んでレギュラスに全てを話す事を約束して下さい。あの人はブラック家を守る当主である事を自覚しています、ですが、守るべき存在を守る事が出来きず失う悔恨を知るには、まだあまりに早過ぎます」
「とても、子供の言葉とは思えないな」
「子供ではありませんから」
 アークタルス・ブラックの当たり前の指摘に、子供の顔を最大限活用して笑ってやる。ただそれだけで、真実は冗談となった。
「はは、懐かしい言葉だ。ルクレティアも、オリオンも、シリウスもレギュラスもそうだった。子供は皆、君の年齢くらいになると誰に吹き込まれたでもなくそう言う。さて、いただこうか」
 人間らしい食事は久し振りだと私にだけ聞こえるようにアークタルス・ブラックは呟き、とても上品な仕草で静かに食事を摂る。どうやら孫から今回の料理はクリーチャーと私の共同制作と聞いていたようで手放しに褒められ、演技でなく恥ずかしくなり誤魔化すようにはにかんだ。
君。妻となるのは無理でも、どうか末永く、友としてあの子の傍で支えて欲しい」
「はい、勿論です」
 パーティを成功させるべく主催者として動き回っているレギュラス・ブラックを遠くから見つめ、目を細めながら私は笑う。予定外の収穫に同じような表情をしているメルヴィッドと一瞬だけ目が合い、互いの微笑み合ったのは私達だけの秘密だ。