クリーム・ティー
一瞬で全身の筋肉が緊張し腕を杖に伸ばそうとする直前、すぐに違和感に気付く。確かに聞き慣れない声ではあったが、口調は随分穏やかで殺意や敵意は全く感じなかった事と、声の方向にあるのは壁のみだと言う事。
不審者が侵入している可能性は捨て切れないが、曲がりなりにもここは魔法界の貴族とも呼べるブラック家の邸宅である。内部の者が手引きして招き入れたのならまだしも、外部の力だけでどうこう出来る程この屋敷のセキュリティは甘くない。誰にも気付かれず突破出来るのはダンブルドアやヴォルデモートのような高位の魔法使いくらいであろう。しかし、私の記憶する限り、このような声色を持つ高位の魔法使いは存在していないはずだ。
第一、侵入者が態々声を掛けるだろうか。しかも、眩しいものを見るかのような優しい口調で、まるで、親しい者に語りかけるような言葉を。
「驚かせてしまったね」
声が再び壁際から聞こえ、こちらだよ、と方向を指し示す。
指示通りに視線を漂わせると、少しもしない内に1枚の肖像画に辿り着いた。
成程そういう事かと合点が行ったが、表面上の私はまだ魔法界の絵がこうして話しかけられる事を知らないので不思議そうな顔付きを作り上げる。メルヴィッドに比べれば大分ぎこちないだろうが、今はこの場に私しかいない。訳の判らない物に遭遇した演技で押し切るしかないのだ。
「初めてお目にかかります。レギュラスの父、オリオンと申します」
「は、じめまして。・です」
レギュラス・ブラックと同じ黒髪に灰色の瞳、美しく理知的ではあるが少し柔和な印象を与える彼の顔立ちとよく似ている。元の世界で見た彼の妻の顔を思い出すに、どうやら次男は父親似で長男は母親似らしい。貴族的な威圧感はあるものの高圧的ではなく、会話の切り出し方を見ると恐らく外見だけでなく性格もそうなのであろう。
しかし何というか、今のこの状況、肖像画と本人は別の存在だと知っていないと、先日再放送を見たばかりのあの特撮テレビ番組を想像してしまう。
「……国際救助隊」
「救助隊が、どうかなされましたか」
「いえ、何でもありません」
今尚面白いと思える、当時最先端の人形劇。科学や機械の力を駆使して救助作業を行う秘密組織の名を魔法界の人間に告げるのはあまりにも無駄な行為なのだが、どうしても口に出さずにはいられなかったので出してしまった。この辺りが私が無神経と言われる理由の1つだと自覚もしているのだが、改善する気が全く起きない。
しかしオリオン・ブラックは息子から私の変人振りを聞いているようで、特に何か追求する訳でもなく、口調を対等な成人から幼い者に対するそれ用に崩しつつ、少し話をしないかと持ち掛けて来た。
記憶が正しければ、彼は死喰い人ではなかったもののリドルと同じ世代の人間なので、私は兎も角メルヴィッドに関してはその外見から多少疑ってかかっているかもしれない。ボロが出そうなので一言だって会話をしたくないのだが、彼とレギュラス・ブラックを納得させるだけの説得力を持った言い訳が出来そうにないので頷くしかあるまい。
初めて出会った友人の父親といきなりサシで会話する行為に乗り気ではない雰囲気をそこはかとなく醸し、そのままでいいと言われたので躊躇いがちにソファに座り直す。その間に彼は正面の絵画に移動し、会話が楽に出来る位置に陣取っていた。
私の脳は現実逃避をしたいのか、人格を持ったハウスセキュリティシステムが自由に屋敷内を飛び回るような、凄く近未来っぽい事を想像をしてしまった。
さて、非建設的な妄想はこのくらいにしておこう。肖像画とはいえ、現ブラック家当主に影響を与える事が可能な彼とは敵対したくないので何と切り出すべきかと考えていると、そう構えて緊張する必要はないと気遣いの言葉を掛けられる。
「君に、お礼を申し上げたかっただけです」
初対面の肖像画に礼を言われるような事はしていないと表情で語ると、オリオン・ブラックは穏やかそのものの表情で笑い、君の存在に息子は救われているようだと言って来た。成程、彼自身がどうこうではなく、レギュラス・ブラックの方であったか。
しかしそれならば更に見当違いの礼であった。私はブラック家の見返りを求めて優しくしているだけの、レギュラス・ブラックに取り巻いていた連中と同じ類の存在なのだから。尤も、この真実を欠片でも語る気はさらさらない。
「私は、何もしていません。ただ、友人としているだけで」
「栄華の時に諂わず、苦境に陥った時にこそ共に歩んでくれる者は、何にも代え難い」
何処か遠くを見て、オリオン・ブラックは後悔に似た表情をして囁くように言った。彼自身の経験か、それとも若くして一度死んでしまった息子を見ての言葉なのか、或いは、未だ牢獄の中で生き延びているもう片方の。
ふと、考え至った。シリウス・ブラックには存在していたが、レギュラス・ブラックには真の友人と言える存在はいなかったのだろうと。別に貶している訳ではない。兄が貴重なのだ、大多数の人間にそんな存在はおらず彼もまたその構成要素の一片だったのだろう。
「邪で、考えなしで、頑固で、無神経で、愚鈍な餓鬼ですよ。私は、誰かの真の友人に成り得る資質を持ち合わせていません」
「その言葉は、私やレギュラスに対する侮辱とも受け取れてしまいますよ」
「だとしても事実を撤回する気はありません」
レギュラス・ブラックやクリーチャーからは本心で、エイゼルからはお遊びで、私は自己評価が低いと言われているが、これは正当な評価なのだ。たとえ事実の指摘が彼等の審美眼の狂いを指摘する侮辱となっても、ここで彼に流され撤回しては言葉の重みが消える。
告げられた言葉に反して未だ凪いだ表情のままでいるオリオン・ブラックを、こちらも笑みを含んだ表情で真っすぐ見上げた。灰色の絵の具が私を見下ろしている。
壁とソファの間の空間に軋轢は、不思議とない。私が感じていないだけなのだろうか、それにしては妙である。少なくともユーリアンとエイゼルの喧嘩の時とは似ても似つかない。
絵の中で、先代のブラック家当主が何やら考え込んだ。絵画の口許が、ゆるりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「君達は、君やレギュラスは、一体何を企んでいるのですか?」
「色々な事を」
「たとえば、どのような事を?」
唐突に無防備な箇所を攻めこまれ反射的に無難な受け答えをするが、彼はメルヴィッドのような暇潰しの言葉遊びが目的ではないので当然更に切り込まれた。
さて、どうしたものかと考え巡らせ、表情から笑顔を消す。出した結論は、沈黙するだけこちらが不利になるので早急にこの話題を終わらせる方が賢明だと言う事。
「レギュラスが、貴方に何も告げていない以上は、私の口から申し上げる事は出来ません」
彼の息子を盾に取り、必要以上の情報交換を拒絶した。
もうちょっと上手い遣り様や言い様があるだろうと非難されそうだが、私の能力ではこれが限界である。下手な交渉術ではあるが、そもそも何度も言っているように私はこういう事に全く向いていないのだ。それよりも誰か鈍器を使った殴り合いの場を用意して貰えないだろうか、作ったはいいが活躍の場が全くない左手のメイスにそろそろ光を当ててやるべきではないか。
先程まで彼と敵対するべきではないだとか都合のいい事を考えていたが、行動が完全に真逆な件については穴に捨てて埋めておいて欲しい。思い出して掘り返す頃には大地と同化して消滅しているだろうから。
思考を散逸させながら次の返事を待っていると不意にオリオン・ブラックが優しい微笑みを浮かべ、先程よりも砕けた口調で及第点だと告げた。
「頭もそれ程悪くない、相手が誰であろうと媚びずに意志を貫く矜持もある。確かに自己評価が低い事以外は優秀なようだね。これで10歳ならば、今後が楽しみな子だ」
「……試した、んですか?」
「そうだね」
朗らかな笑顔でそう返答され、思わず脱力して頭を抱え込んだ。力の抜けた体がソファに沈み込み、大きな溜息を吐く。深みのない謝罪の言葉が頭上から降ってくるが、別に怒ってはいないと返しておいた。本当に滅多に怒らないようだねとか聞こえたが、まあ脱力こそしたが別に怒る程の事でもないだろう。
肖像画とはいえ、彼はレギュラス・ブラックの父親なのだ。ブラック家の力と人脈を駆使して調べればすぐに素性は知れるが、得体の方が中々知れない人間が息子の友人になったと聞いたら心配の一つもするであろう。そうでなくともこの体は、シリウス・ブラックと親友であった、あのジェームズ・ポッターの息子である。
以上の事を考慮すると、心配するなという方が無理だ。
「楯突いている時とは異なった印象を受けるね。そうしていると、歳相応に見える」
私の困惑顔を見てオリオン・ブラックはそう評し、息子が猫可愛がりするのも判ると続けた。どうやらジェームズ・ポッターといいハリーといい、ポッター家直系男子の顔はブラック家直系男子の何かを擽るらしい、心底どうでもいい発見である。
もう一度盛大に溜息を吐いて気持ちを切り替え、美しい笑顔を浮かべている肖像画を見上げた。オリオン・ブラックの前情報をほぼ持っていないので振り回されてしまうが、それでも被害の規模を考えると可愛いものだろう。これで会話をミスしてブラック家に敵視されようものならメルヴィッドの怒りが頂点に達するに違いない。
そのメルヴィッドならばもっと違う綺麗な形に収める事が出来たかもしれないが、オリオン・ブラックはトム・リドルと同じ世代なので失敗した時の反動はかなり大きそうだ。そう思うと、対応したのが私でよかったのかもしれない。
「君と同居しているメルヴィッドという子とも、近い内に話が出来るといいのだけれど」
「ええ、家に帰ったら伝えておきます」
「そうしてくれると助かるよ」
あらかじめ会話を振られる事が判っているだけでも随分心構えが違うだろう。何よりメルヴィッドは同寮であっただろうオリオン・ブラックをよく知っているはずだ。卒業から大分年月は経っているが対策もある程度は可能に違いない。
「所で、そのメルヴィッドとは、どういう人なのかな。私はレギュラスの言葉でしか知らないから、君がどう思っているかを知りたいのだが」
「彼は、とても頭の良くて頼りになる優しい人、ですけれど」
言いながら、脳の片隅に引っかかりを感じて僅かに俯く。肖像画はソファの背凭れより高い位置にある為、それだけで表情を読み取られる事は無くなった。
無難な単語を並べつつ、思考を整理する。
何故引っかかりを感じたのか、それは私から見たメルヴィッドの事を知りたいのだと言うオリオン・ブラックの台詞に既視感を覚えたからだ。確か私がメルヴィッドと出会ったばかりの時も腹を探る為に似たような会話を切り出したような気がする。ただ、あの時よりも双方が疑惑を抱いていないのが大きく違う事だろう、か。
否、本当に違うのなら既視感なの覚えない。それを抱いたのは、本能的に判ったのだ。矢張り彼は私を不審に思っているという事が。
最近使用率が低下して錆びている私の脳味噌、冷静になって考えろ。肖像画だろうが目の前に居るのはブラック家当主であった男、オリオン・ブラックだ。一族内で最も地位の高い椅子に座っていた彼が、息子の友人とはいえ化物の思考をする子供にただの世間話をするだろうか。否、しない。少なくとも私ならばしない。
彼の狙いは、ここか。
何故忘れていたのか。つい先程、彼と出会った直後に私は、彼はメルヴィッドを疑っている可能性を考えたというのに。本当に脳細胞が腐れ死んでいる。
レギュラス・ブラックからある程度の情報を仕入れたという事は、性格や技能だけでなく外見も伝わっているはずであると予想したではないか。ならば、オリオン・ブラックもまたメルヴィッドとヴォルデモートを等号で結ぼうとしている可能性が高い。否、もしかしたらそれ以上の事まで勘付いている可能性も決して捨て切れない。
この邸宅の書庫には分霊箱の作成方法を記した本、深い闇の秘術が存在していた。恐らく10年前のレギュラス・ブラックもこれを手にして分霊箱に気付いたのであろう、ならば、その父親であるオリオン・ブラックが気付いていない事の方がありえない。
そうだとすると無難な言葉を並べるだけでは駄目だ。
優しい事も、頼れる事も、優秀である事も、魅力的な事も、人に好かれる事も、どれもこれもヴォルデモート以前のトム・リドルと内容が被り疑惑を補強して行ってしまう。
私の偏見に満ちた雑なフォローが知られれば後で怒られるかもしれないが仕方がない。それでもメルヴィッドがメルヴィッドと見られるよう、今この時点で調整しなければ後々面倒な事態になる。
「……あの、内緒にしてくれますか?」
少し眉尻を下げて困惑顔を作り、顔を上げて肖像画を見ると、オリオン・ブラックは先程と変わらない人好きする笑みを浮かべていた。まるで私の悩みは杞憂とすら思えるくらい、安心出来る笑みである。
「その口振りだと、君だけが知っている秘密が?」
「秘密と、言う程大袈裟なものではありません。レギュラスに言うと、多分メルヴィッドは怒るのではないかと言う内容なので」
「レギュラスに伝わると、拙い訳だ」
「拙い、と思います」
だから内緒にしてくれるのなら話すと繰り返し続けると、二つ返事でオリオン・ブラックが答えた。嘘に決まっているが、まあメルヴィッドに怒られる事を覚悟して腹を括ろう。
しかし私の見当が合っているにしろ違っているにしろ、ここまで内密にと念を押されると興味本位で聞いてみたくなるというのが人の性であるらしい。私は面倒事が嫌いなので相手が言い出し辛い事は出来るだけ聞きたくないのだが、人間とは判らないものである。
「レギュラスの言うメルヴィッドは、先程私が言ったように優しくて頼りになって格好良くて頭も良くて誰にでも好かれるような、一見完璧な人だと思うんです。でも、本当は」
「本当は?」
「可愛らしくて、子供っぽい人なんです」
「子供というと、子供? 可愛い?」
「はい」
完全に予想外の言葉だったのだろう。彼としては影でこんな残酷な事をしているとか、実は裏で色々な糸を引いているとか、犯罪の隠蔽工作や人を操る術に長けているとか、その手の言葉を期待していたに違いない。
生憎だが、私は彼を、今言ったように子供っぽくて可愛らしいと思っている。だって仕方がないではないか、事実可愛いの子なのだから。
「君は、メルヴィッドよりも年下だろう?」
「そうなんですが、可愛いとしか形容出来なくて。彼、家では感情豊かな人で、ちょっとした事で拗ねたり面白そうだからと人を揶揄ったりするんです。普段が冷静沈着で頭も良くて誰にでも優しい人ですから、それを思うと余計に可愛らしくて」
他にもB級ホラー映像を見て本気で怯えたとか、エイプリルフールに性質の悪い冗談を言い返り討ちにあった経験があるらしいとか、仕事で嫌な事があると甘えて来て偶に嫌がらせもするだとか、平静を保った顔をしているが本当は凄く負けず嫌いな事とか、甘い物が好きで紅茶やコーヒーにも必ずミルクと砂糖を入れているだとか、私の作った料理に自信をなくすとおもむろにフォローしてくれる事とか、家族相手では結構軽口を叩き冗句を言う人だとか、過去に起こった事実に基づき大体そんな事を羅列して行く。
何時もと変わらず私の言葉に嘘や偽りはないが、しかし今回はだからこそ問題なような気もする。もしかしなくても帰宅したら、私は報告がてら即行で彼に土下座した方がいいのだろうか。それをした瞬間、勢いを付けて後頭部を踏み抜かれそうなのだが。
「あと、本当はとても寂しがり屋さんです」
基本的にアグレッシブなのだが、偶に精神力が磨り減り過ぎて感傷的な態度を取る彼の姿を思い出して、ふわりと笑んでみる。
予想外の事ばかり聞かされた灰色の瞳は、このまま眼球が落ちてしまうのではないかと心配になるくらいに限界まで見開かれた。ここまで逸らせば、容易に元には戻らないだろう。
「でもあの人、レギュラスの前では格好付けていたいみたいなので……いえ、勿論普段のメルヴィッドはとても格好良いんです。なので、お願いします、内緒にして下さい」
「あ、ああ……それは、その方がいい」
私の偏見に満ちた惚気を聞いて脱力し切ったオリオン・ブラックは、手順を踏んだにも関わらず肝心なものが収穫出来なかった無念さをどうにか胸中に押し込み、そろそろ息子が帰って来る頃だからと会話に切りを付けた。その言葉通り、直後に扉が開き歓迎されない訪問者であったルシウス・マルフォイをあしらい終えたレギュラス・ブラックが書斎に入って来る。大量の子供服を抱えたクリーチャーを携えて。
忘れていた、私はこの件で詰んでいたのだ。
「お待たせ、……と、父上?」
「邪魔をしているよ。いつも話してくれている彼が気になってね。席を外している間、少し雑談をさせて貰ったよ」
「そうでしたか。どうですかは、とても優秀な子でしょう」
「ああ。変わった考えを持っているとお前が言うのも、よく判ったよ」
変わっているというよりも、明らかな変人だと灰色の絵の具の目が言っているような気がしたが、幸いレギュラス・ブラックは気付いていないようだった。尤も、そう言った所で今の彼はそうでしょうね、でもそこが良いんです程度の返しはしそうであるが。
「この子は、私の父が気に入るタイプだと思うよ。あの人も大分歳だが、もしもクリスマスパーティに呼ぶつもりならお前が入学した年のパーティで着ていた服で逢わせると良い。あの服は、父からのプレゼントだった」
「判りました。ありがとうございます」
「では、私はこれで。も、ゆっくりしていってくれ」
ホストが帰って来たので退場するとの旨を告げて、オリオン・ブラックは本来自分が居るべき画布の中へ帰って行ったようだ。
そして、一難去ってまた一難。
一難と言うか、解決策がないので寧ろ完全な詰みなのだが。クリーチャーが持って来た服の中から早速目的の物を発見したレギュラス・ブラックが、疲れを感じさせない、いい笑顔で私に近寄って来た。
弟みたいに可愛がっている子供に自分のお古を着せるというのは、それ程までに楽しい作業なのだろうか。女性ならばまだ判らないでもないが、この子は男性で、しかも旧家の当代当主様である。間違っても使用人ではない。
「あの、一人で着替える事は出来ますから。それにここは書斎ですし、別の部屋で」
「着替えは何処の部屋でも一緒だよ。男同士だから恥ずかしがることもない、何も全裸になる必要はないから。うん、は同年代の子に比べて背が高くて筋肉質だから、少しリサイズした方がいいかもしれないね」
ああ、駄目だ。完全に詰んでしまった。
クリーチャーと相談しながら真剣に服を選んでいる彼に、矢っ張り出るの嫌ですとは今更言えない。しかもオリオン・ブラックの父、要は先々代ブラック家当主であるレギュラス・ブラックの父方の祖父まで呼んで対面させる気らしい。
これで私が欠席をしたらこの子の恥になってしまうではないか、私の所為で彼が恥をかくなんて事は到底耐えられるものではない。
「これなら着る事が出来そうだね。袖を通してみてくれないかな」
とても、それはもうとても嬉しそうな笑顔でお願いしてくるレギュラス・ブラックに無情な言葉を掛ける事が出来るだろうか。無理である。
腹を括り、深呼吸をして、私はクリーチャーを見下ろした。
「クリーチャー、お茶とお菓子。美味しかったです」
突然何をと目を丸くしたクリーチャーとレギュラス・ブラックが次に見たものは、シャツを肌蹴た私の肉体。里親達に虐待され、癒えずに残ってしまった傷だらけの躰である。
予想通り混沌と化したブラック家の書斎で、私は一人冷静に溜息を吐くのだった。