それは。
とても面倒くさい事なのでは。なんて思ってしまうあっしは。
薄情者なんですかね。
化猫〈二の幕〉中
ヒトなんて信用ならない存在の代表格ではありませんか。アヤカシ同士だって騙し騙されの関係だというのに。絶対に嘘吐かれますよって。そんな事を言わなくても。クスリウリ様はご存知だとは思うのですが。
「何だその真と理と言うのは。何故話さねばならん」
「 真とは事の有様 理とは心の有様 」
「だから何だ」
そんな事あっしが言うのは意外ですか。別段疑り深い訳ではないんですがね。
ただ。よく言葉の意味を考えず流す方は確かに多いのですが。まあ。こういった差し迫った状況ではありますのである程度疑ってかかった方がいいというのは経験しておりますよ。
疑うのはともかく。普段から言葉を流すというのは後々面倒になるのではないかと。
まあ。大体あっしとヒトとの関わりあい何て薄っぺらなものですので。そういった事はあまり。
「 何かが在り 何者かが 何故にか 怒り怨んでいる それを明らかにしない限り刀には力は宿らずモノノ怪を斬れんという事だ 」
「何ゆえに……か」
え。オダジマ様とカヨ様は。ですか。
まあ。お二方とも短い付き合いになりそうなので。ある程度は疑っておりますが……ああ。ですが恩義は感じておりますのでその辺りはまた別の区画と言うか。感情は御座いますよ。
「 一つ …… なぜ この家には猫がいない 」
ところで先程から会話に全く入っていないのではないかと。
よく気付いて下さいました。
「 だれかが何かを猫にしたんだ それは何か 」
実はあっし。今現在。独りで部屋の外。塩の内側の見回りをしているのです。
いえ。決して苛めでは御座いません。むしろこれはクスリウリ様の気遣いなのです。
その。ほら。あっしもこんな頭で性格ですが元を辿れば矢張りアヤカシであって。ヒトとは余り相容れる事が出来ぬ種族でしょう。
ヒトの言い分のみが平然と罷り通る空間に居るのは苦痛というか。いえ。声には出しませんでしたが。クスリウリ様が行けと仰ってくださったので。
「猫の怨みが人に祟る、か。そんな大層なことが畜生に出来るってのか」
「 判らんよ だがモノノ怪は確かに居る 」
けれど……クスリウリ様は。どうなのでしょうね。
多くの『ハナ』を『摘んで』きたクスリウリ様にとって。こういった状況は。最早当たり前の出来事の一つに数えられてしまっているのでしょうか。
「でも、恨みって……だって台所に入り込んでくるから、水掛けたり追っ払ったりしたけどでも、だからって怨むとか祟るとか、ね。ないですよね?」
「 判らない 」
「どうして!? そんな事ぐらいで」
「 モノノ怪にはモノノ怪の理が在る それは おれたちの腑に落ちるものなのかどうか 逆恨みって言葉があるように道理や辻褄なんぞ必要ないのかもしれん 」
「……そんな」
そんな。と言われても。
全ての基準を何かの種族一つに合せるというのも結構難しいものなのですよ。
あっしみたいな簡単に人型を取れるアヤカシならまだしも。先祖代々他の種族に姿を見せたくないという頑固者から。生きている存在を見たら何が何でも殺さなければ気が済まない様な傍迷惑な存在までヒトに合わせるとなると……。
あっしの頭でもそれは無理だって答えが瞬時に浮かんだのですが。
「だって、もっと酷い事した人だって居るのに」
「な、何よ」
「あたし知ってるんです。さとさんが猫買ってた事」
「 猫を買う? 」
……そう言えば。クスリウリ様にあのサトとか言う女性からネコの匂いがするという事を伝えておりませんでした。
あの。クスリウリ様。
矢張りあっしはこういった事に向いておりませんよ。気付いたことを伝えずに忘れるなんて居ても居なくても同じでは御座いませんか。
「あれはお金を払っただけで何もしてません」
「 で その猫は? 」
「わたしは知りません! 猫がどうなったかなんて」
金持ちのお武家様の屋敷に。飼われている訳でもないのに買われたというネコ。
……あの。非常に嫌な想像しか出来ないのはあっしの頭がいけないのでしょうか。あっしは自分の想像力の無さを嘆くべきなのでしょうか。
「弥平が全部やったんですから」
「 その金は誰の金ですか? 」
「……っ」
クスリウリは。矢張り淡々としてらっしゃいますね。
そうでなければいけないのでしょうね……きっと。
「 別に 答えたくないなら 」
「笹岡様ですっ! 笹岡様がわたしに猫を買い取るように言って、猫は弥平が連れて行ったから知りません」
「……あれは、いや」
「斬ったなあ……はははっ。なあ? 二十匹は斬ったか?」
「なんて事を……」
……ああ。矢張り試し斬りですか。
それでは。化けても仕方ありませんよね。屋敷の者全員を惨殺するくらい怨むには十分な理由です。
「虎徹のいい贋物が入ったんだ……贋物だが地金がしっかりしてる。猫の皮は粘るんだ、骨は細いが皮が分厚くってなあ。試し斬りをするには丁度いい……な、笹岡」
「はあ」
「失礼ながら伊国様、それは非道の行いではありませんか。笹岡殿、何故お止めしなかった。諌言も臣下の役目」
「では犬を斬れと?」
「そういう話ではない!」
「批判をするなら代案を出すのが礼儀でありましょう。勝山殿のそれは不平不満の類に過ぎぬ」
「不平不満だと!?」
始まった。
どうしてこう。ヒトというのは……いえ。あっしも馬鹿でその場の状況関係なく動き回るような輩では御座いますがね。しかし。それにしても。
「そもそも、伊国殿ではなく伊顕殿を推したのは勝山殿でしたな。此度の事どのように責任を取るおつもりか?」
「お家の一大事によくも他人事のような面が出来るものだ!」
「私が仕えているのは勝山殿ではない」
「本性を表しおったな! 笹岡!」
「止さんか」
おや。ご隠居が止めに入ったようですね。
「 」
「クスリ……シロウサギ?」
「 大丈夫ですか? 」
「別段。今の所これといった気配は」
「 そういう意味で言ったつもりはないんですがね 」
「はあ」
では。どう言った意味なのでしょう。
シロウサギの方は相変らず淡々としていて……先程のような会話には慣れっこなのでしょうか。それはそれで悲しいとは思いますが。きっと余計なお世話でしょうね。
「 」
「はい」
「 は 加世さんが好きなんですか? 」
「はあ?」
え。何ですかこれ。脈絡も無く何なんですかこれ。
確かに若くて綺麗なオナゴは皆平等に好いてはいますが。それと今の状況と何の繋がりがあるんでしょうか。もしや部屋の中でカヨ様が何か不審な行動を?
しかし先程まではカヨ様が何か怪しい動きをしたとか。そういった事には気付かなかったので……
「あの。シロウサギはカヨ様を疑っておられるので?」
「 いいえ それとこれとは別の話ですよ 」
「では何故?」
「 まあ 暇潰しですよ 」
「ヒマツブシ……ですか」
そんな悠長な事をしている余裕があるのでしょうか。
「 どうもあちらは 真も理も 話す気がないようですからね 」
「そういった事というのは判るものなんですか?」
「 おれではなく こいつがね 」
こいつ。というと……きっと。あの例の剣のことですよね。
成程。マコトとコトワリが無ければ抜けない代わりに『ハナ』のそれを選別出来る機能が付いているのですね。なにやら不便なような。便利なような……。
「 それで どうなんですか? 」
「どう。と訊ねられましても……器量も内面も大層魅力的なオナゴだとは思いますが。別に恋慕しているわけでは御座いませんよ。第一カヨ様はヒトでしょう。あっしとは相容れませんよ」
「 ほう 」
「そう言うシロウサギはカヨ様に恋慕をしているんで?」
でしたら応援致しますが。
カヨ様はしっかりとした方ですし。シロウサギとも中々上手く釣り合いそうです。何よりカヨ様が居ると。普段より少しだけシロウサギの暴力が少なくなるような気がするのです。
……気のせいかもしれませんが。
「 まさか おれが恋慕しているのはだけですよ 」
「左様で」
「 随分と そっけないですね 」
「シロウサギのそういった類の冗談には慣れております故」
「 冗談を言ったつもりは ないんですがね 」
「何を仰るのやら」
シロウサギは立てばシャクナゲ坐ればボタン歩く姿はユリのハナ。という言葉を地で行くような方でしょうに。あっしに恋慕しているなんて考えられません。
「第一。恋慕している相手に手を上げるモノが一体何処に居るというので」
「 此処に居りますが 」
「まさか。幾らなんでもそんな筈はないでしょう」
「 そう頭から否定されると おれも傷付くんですがね 」
くす。と襖の向こうでシロウサギが笑ったらしいのですが。いやはや。どうしたものなんでしょうかね。
「大体ですね。そんな馬鹿げた事をシロウサギがするなんてあっしには考えられないんです」
「 …… 今 何と言いました 」
「ですからね。惚れた相手に暴力を振るうなんて馬鹿のする事でしょうに」
「 馬鹿 …… ですか 」
「ええ。右も左も区別のつかない悪餓鬼だって精々悪戯する程度。なのに大の大人が恋慕した相手を傷付けるなんてどうかして……シロウサギ?」
何か。急にシロウサギの気配が変わったような。
気のせい。では。御座いませんよね。
あれ。もしや。あっしまた何か余計な事を言ったんですか? またシロウサギの怒るような事無意識に言ってしまったんですか?
な。何だか目の前に勢揃った天秤がくるくるとよく回って。あっしを攻撃目標にしているような気がしないでもないのですが。
ああ。凄く嫌な予感がします。此処から逃げて部屋の中に入りたいのですが。それはそれでとても恐ろしい仕打ちが待っているに違い……
「……ああ。迂闊でした」
来てしまったようです。何がですって。決まっているでしょう。
『ハナ』が。ネコが。近付いて来る。
「今、何刻でしょう……」
「さあ……子の上刻か下刻か」
「まさか、このまま夜が明けないなんて事……」
「そんな事ある訳ないでしょ」
まずい。目が合った。
「 !? 」
「申し訳御座いません。喋る事に夢中で。こんなに近くに寄られるまで気付けませんでしたよ」
「 早く中へ …… 」
「そういった訳にも行きませんよ」
「 まだ間に合う! 」
「まさか。『ハナ』の姿が目視できるというのに間に合うはずありません」
澱んだ黄金色の瞳孔。頬まで切れて吊り上った口端。肉の腐ったような匂い。乾いた血の錆びた毛色。元は普通のネコだっただろうに……なんと哀しい姿になってしまったのだろうか。
同情? して居ますとも。ええ。勿論恐怖の方が上ですがね。背後にクスリウリ様が居ると判っているから何とか恐慌状態に為らずに済んでいる。といった所です。
ああ。奥の天秤が。傾いて。鈴の音が……
「どうした?」
「……音が」
「いかん! 誰かが訪ねて来たのかもしれん!」
「 待て 」
さて。如何致しましょう。あっしに出来る事なんて限られている訳ですが。
「何だ」
「 誰かが訪ねて来るなんて事はあり得ない 」
「何故そう言い切れる……?」
「 おれたちの周りには結界があり 結界の周りにはモノノ怪の領分がある 」
矢張り此処は特攻しか御座いませんか。後は頼むだとか。そんな無責任な言葉を吐き出しつつ……え。何ですか。その「死亡ふらぐ」というものは。
よく判りませんが。というか。この状況では理解できないのですが。はあ。兎に角その「ふらぐ」というものは立ててはいけないのですか?
「 其処を越えて人がやってくるなんて事はあり得ないんだ 」
「物の怪……」
「あの、さんは……?」
「 しっ! 」
「……あの。シロウサギ。あっしもやるだけやってみますよ」
これでも。一応はオオカミの端くれでしょうから。何とか。出来る事をやってみますよ。
「 」
「もしかしたら。元の「カタチ」に戻るやも知れませんが。何とか。頑張りますよって……」
「 何を どう 頑張るんだ 」
ええ。本当ですね。こんなにも実力の差がありますから。
でもどうしようもない事だってあるんですよ。例えば。今。目の前で起こっている状況だとか。そういったものは本当に。どうしようもない。
「大丈夫ですよ。シロウサギ……あっしが死んでも。ただ。弟の元へ逝くだけでしょうから」
「 」
だからあっしは貴方様の御手を煩わせる様な真似は。致しませんよ。