ふしぎなきつねのめぐりあい
ことのあらましは、土地の神様が治める場所に獅子神敬一という人間が新しく家を建てようとしたのが始まりです。
新しい家を建てるには、土地の神様へ挨拶の式が欠かせません。
獅子神は大変裕福だったので、たくさんのお金をかけて立派な挨拶の式を用意しました。
おいしいごはんにお魚や山の幸、たくさんのお菓子やきれいな塩やお酒など、土地の神様が好きなお供えものを丁寧な挨拶と一緒に届けました。
土地の神様は獅子神からのお供えものをとても喜び、怪我もなく安全に、すてきな家が完成するように願いを聞き届けました。
けれど、獅子神は神様を信じていなかったので、お願いごとをしませんでした。
お供えものを用意したり、丁寧な挨拶をしたりするのは、他の人たちが安心して家を建てられるようにするためでした。
神様を信じず自分のためには祈れなくても、だれかのためになら祈る場所を用意する獅子神のことを、土地の神様はとても気に入りました。
そして、新しい家が楽しくて賑やかになるように、土地の神様はお祝いをしました。
それから、土地の神様は獅子神の心の奥にしまっていた願いも叶えてくれました。
彼は自分を誇りに思える立派な人になりたかったのです。
ですので、土地の神様は獅子神の心の中にいた『臆病』というものに、形を与えて外に逃がしてあげました。
『臆病』は小さなキツネの姿に変わって、すぐにどこかへ消えてしまいました。
臆病な気持ちがなくなった獅子神を見て、土地の神様はとても満足そうな顔をして帰っていきました。
その帰り道のことです、友達の神様に出会った土地の神様は、今しがた自分がしたことを話しました。
「それはよくない」と、話を聞いた友達の神様は言いました。
なぜよくないなのか、友達の神様はやさしく説明してくれました。
「さて、臆病なことには実はいくつかの利点がある」と、友達の神様は言いました。
「1つめは、安全に気をつけることができる。臆病な人は危険なことを避けるから、事故やトラブルを予防できる」と、友達の神様は6本ある指のうちの1本を立てました。
「2つめは、リスクを考えて準備することが得意になる。臆病な人は、問題が起きる前にリスクを考えて対策を立てることができる」と、友達の神様は2本めの指を立てました。
「3つめは、慎重に考えて決めることができる。臆病な人は衝動的な行動をしないから、ミスを避けることができる」と、友達の神様は指を3本立てました。
「これが臆病なことの利点の一部だ。勇気を持って行動することも大事だ、けれど、臆病を全部逃してはいけないよ。なにごとも、バランスを大切にしないと」と、友達の神様は言って、残り半分の指は立てませんでした。
友達の神様から説明を受けて、大変なことをしたことに気付いた土地の神様はお礼を言って、小さなキツネを獅子神に返すために急いで元の場所に戻りました。
しかし、そこには誰も残っておらず、空き地はからっぽでした。
もちろん、小さなキツネもいませんでした。
土地の神様は心配になりました。
土地の神様は自分の土地から遠く離れることはできないので、何をすればいいのかわかりませんでした。
そこで、土地の神様はたくさんの友達の神様や知り合いの神様に助けを求め、獅子神と小さなキツネの場所を尋ねることにしました。
一緒に探してくれる神様もいれば、情報を集めてくれる神様もいました。
するとそこに「キツネの子なら、うちに来ていますよ」と声が返ってきました。
返事をしたのは、がお使えするお稲荷様でした。
お稲荷様は優しい笑顔で土地の神様を迎え入れると、一緒に小さなキツネを捕まえる方法を考えてくれました。
どうしたら臆病な小さなキツネを傷つけずに捕まえることができるか、土地の神様とお稲荷様は相談していました。
すると、ちょうどその時、が小さなキツネを連れてやってきました。
土地の神様はとても安心した表情を浮かべました。
「ありがとうございます、お稲荷様。これで安心して獅子神を探しに行けるようだ」と、土地の神様は言いました。
「どうぞ行ってらっしゃい。獅子神という人の子が見つかるまで、キツネの子はに任せましょう」と、お稲荷様は返しました。
は土地の神様からの手紙を読み終えました。
それから、大切にしまっている帳面を取り出しました。
この帳面には、が毎日見回りをするお稲荷様の地区で出会った人々の名前や特徴が書かれています。
は帳面を器用にめくりながら、獅子神敬一という名前を見つけました。
名前の隣には絵も描かれていて、泣きぼくろにこがね色の髪をした、とても美しい男の人の絵でした。
その絵だけで、は獅子神をどこで見たのか思い出しました。
「だからお前はあそこにいたのか」と、は小さなキツネに話しかけました。
けれど、小さなキツネは眠っていて、返事はありませんでした。
小さなキツネは雪のように真っ白な尻尾のゆりかごに埋もれ、眠りながら泣いているように見えました。
は小さなキツネを気遣いながら、鼻先でそっと目元を撫でました。
そして、獅子神がの住むお社があるビルによく来ることについて、土地の神様へ手紙を書きました。
失礼に当たらないよう、そして土地の神様が獅子神を好きでいてくれるように、何度も何度も言葉を変えて書き直しました。
やがて納得できるものを書き上げたは、急ぎのしるしを添えて土地の神様へ手紙を飛ばしました。
手紙が飛んでいった扉の間からは、秋が終わる匂いのする冷たい風が吹き込んで、夜空には月が浮かんでいました。
扉を閉めたは、涙でびしょぬれになってしぼんだ尻尾からそっと小さなキツネを動かして、まだ乾いているお腹のやわらかい場所へ移しました。
小さなキツネを包むように体を丸めたは、大きくあくびをしました。
そして、まどろむ間もなく夢の中へと旅立ちました。