ふしぎなきつねのめぐりあい
夜が明ける前の風に乗って、真っ白な手紙がの鼻先にすとんと落ちました。
は目を覚まして手紙の差出人を見ました。
手紙の送り主は土地の神様でした。
手紙には獅子神を見つけた土地の神様からのお返事が書かれていました。
土地の神様は小さなキツネが元の場所に戻れるように、おまじないをかけたようです。
しかし、小さなキツネから形を取り上げて『臆病』だけを戻すことは、土地の神様にとってもとても難しいことのようです。
そのため獅子神自身が『臆病』を必要として、強く求めなければならないようでした。
形を与えられた小さなキツネの姿のままで戻してしまうと、土地の神様の力も一緒に入ってしまうのです。
神様の力は異物であり、人間に与えることは良くありません。
『臆病』は水のようなもので、キツネの形はコップのようなものです。
水と一緒にコップを人間に飲ませると、大変なことになってしまいます。
逆に、コップのない状態では水を与えることができません。
ですので、獅子神がコップを認めて、水を求めて、自分の意志で飲み込んでくれるのを待つしかないのです。
土地の神様は手紙の最後に、獅子神が『臆病』を飲み込むまで、小さなキツネのお世話をするようにと書き添えていました。
もちろん、お稲荷様も小さなキツネのお世話をの仕事として認めています。
「ひとまず、朝ごはんにしよう」と言いながら、は手紙を全部読み終えました。
その後、彼はお腹に向かって話しかけました。
でも、お腹が空いていたからではありません。
真っ白なお腹からぴょこんとはみ出した2つの耳が、びくりと縦に伸びて、ぱたりと真横に伏せられました。
眠っていたはずの小さなキツネは、が手紙を読んでいる間に起きていたのです。
「おはよう」とが話しかけると、涙に濡れてぱさぱさになったお腹から、青い目がおそるおそる出てきました。
小さなキツネは臆病なので、あまり眠れなかったのか、目の下にはうっすらとクマが浮かんでいます。
「ごはんを食べたら、お前の身の振り方を説明するよ。それから温かい湯を浴びて、もう一眠りしような」とは言いました。
小さなキツネはを無視しましたが、は優しい笑顔を浮かべるだけで気にしませんでした。
は稲荷神様のお食事のお下がりが入った戸から、フィルムに包まれたサンドイッチと温かいココアの缶を取り出しました。
小さなキツネは横に伏せていた耳を縦に伸ばして、驚いてまん丸になった目でサンドイッチとココアを見ました。
小さなキツネはしゃべることはできないようですが、は彼の気持ちを理解しました。
「いなり寿司も嫌いじゃないけど、毎日は食べないよ」とが笑顔で言いました。
自身、普通のキツネではないので、本当は何も食べる必要はありません。
サンドイッチとココアも、お稲荷様が気に入ったお供え物の記憶が、サンドイッチとココアの形と味をしているだけなのです。
お稲荷様は、自分の下で働いているキツネたちに、おいしい食べ物の味を分け与えたくて仕方がない優しい神様なのです。
「さあ、いただこうか」とは言いました。
前脚で器用にフィルムを外し、缶のフタを開けると2つに分けて、小さなキツネと自分の前に食事を置きました。
しかし、小さなキツネは壁の方を向いて食べようとしませんでした。
小さなキツネも普通のキツネではなく、食べる必要がないので、はそれ以上は何も言わずに彼に自由を与えました。
がサンドイッチとココアを食べ終わると、小さなキツネの分の食事も自然と消えてしまいました。
それから、壁に向かっている小さなキツネに土地の神様の手紙に書かれていたことを話しました。
耳だけをに向けた小さなキツネはずっと黙っていました。
しかし、がすっかり話し終えると、彼は静かに歩き出し、昨日のように扉に爪を立ててガリガリと削り始めました。
細いこがね色の背中は、一刻も早く元に戻りたいという想いを錯覚させます。
しかし、はそれが正しく錯覚であることを知っていました。
なぜなら、は人々の願いを神様に届ける役目を持つキツネなので、正しい願いを知ることができるのす。
「ほら、こっちへおいで。よく眠れるように温かいお湯を浴びて、昼寝をしよう」とは小さなキツネに語りかけました。
小さなキツネの願いも錯覚もは気づかないふりをして首根っこをくわえ、いくつかの戸の中の1つへ入りました。
戸の中には湯気が立ち込め、温泉が湧いていました。
そして、たくさんの白いキツネたちがその温泉に入っているのです。
「やあ、の、今日は一等可愛らしいのを連れてるじゃないか」との周りに白いキツネたちが集まってきました。
「このご時世に化かされた人の子か。それに土の匂いもするから、そちらの産土神が何かしでかしたな」と一匹のキツネが言いました。
「味わい深い顔をしているな坊主、お前さんミノを知っているかね。この温泉はミノのお社に湧いている温泉なんだ」と別のキツネが教えてくれました。
「あらまあ、小さいのねぇ。温泉卵をお食べなさいな、温泉卵。おいしいですよ」と更に別のキツネが駆け寄り、小さなキツネに温泉卵を勧めました。
「温泉卵よりこっちの卵がいいんじゃないか」と湯気の向こうから現れたキツネが別の卵を勧めました。
は白いキツネたちが集まる中、小さなキツネが安全に過ごせるように彼らと話しました。
「昨日から預かっている子なんだ、ちょっかいは出さないでくれよ」と頼みました。
小さなキツネはまだ状況に慣れていないようで、の言葉に白いキツネたちは納得し、彼らは少し離れた場所へと移動しました。
残された小さなキツネの手には、赤い卵がひとつ握られていました。