ふしぎなきつねのめぐりあい
とある大きなビルの広い屋上の隅に、小さなお社がありました。
そのお社には、お稲荷様の御使いののという白いキツネが1匹で暮らしていました。
お稲荷様にお使えするキツネは普通のキツネよりも長生きで、様々なことができました。
ある日、いつも通りの見回りを終えたは、ビルの入口でこがね色をした小さな毛玉を見つけました。
こがね色の毛玉は大きな観葉植物の後ろに隠れて、震えながら丸まっていました。
毛玉の正体は、よりも小さなキツネでした。
小さなキツネからは、イヌやネコのような動物とは違う人間の匂いがして、まるで絵本から飛び出してきたかのような姿をしていました。
小さなキツネは細い両手で顔を隠して、腕の隙間から空色の目を覗かせながら、しくしくと泣いているようでした。
「そこのキツネ。お前、誰とはぐれたんだ」と、は尋ねました。
に話しかけられた小さなキツネはびくりと体を震わせましたが、逃げることはせず、口元を引き締めてその場にうずくまっていました。
ほろほろと流れた涙は、少しぼさぼさになっている小さなキツネの細い毛に吸い込まれていきました。
「そうか。お前は悲しくて泣いてるわけじゃないんだな」と、は何も言わない小さなキツネに言いました。
そして、何も言わないのをいいことに首根っこをくわえました。
突然のことに小さなキツネは泣き止んで暴れましたが、は知らんふりをして屋上のお社を目指しました。
が小さなキツネをくわえたままお社に到着すると、お社の前には大きな背丈をした神様が待っていました。
神様を見たはとても驚きました。
その神様は、の暮らすお社から少し離れた土地を治めている神様でした。
大の大人でも逃げ出したくなるような恐ろしい顔立ちと、その顔をちょっと気にしている優しい神様として有名でした。
は土地の神様と会話することはほとんどありません。
年に数回の集まりの時に、他のキツネたちと一緒に二言三言話すだけです。
そんな神様が一体何の用事なのか、驚きながらもはくわえていた小さなキツネを離しませんでした。
小さなキツネは運ばれているうちに暴れることをやめていましたが、今度はの隙をついて逃げようとしていました。
「やあ、の。迷い子を見つけてくれたようだ」と、土地の神様は遠くで鳴る雷のような声で話しました。
しかし、は小さなキツネを逃すまいとくわえたままで、返事をすることができず、頭だけを低く下げました。
小さなキツネは声のした方をおそるおそる見上げようとしましたが、やはり恐ろしくなったのか、途中でやめて、の鼻先にしがみつこうともがきました。
「どうにも、恐がられているようだ」と、土地の神様は小さなものに怖がられることには慣れているので笑いました。
その笑い声ときたら、木々をなぎ倒す夏の嵐にそっくりで、小さなキツネはいよいよ恐ろしくなって石ころのように体を丸めました。
「さて、長居は歓迎されないようだ。この子をしばし預かっておくれ。君の主人には話を通してあるし、手紙も書いた」と、土地の神様はそれだけ言うと、煙のように消えました。
土地の神様が姿を消した後、は小さなキツネをくわえたままお社の中に入り、鍵をかけてから小さなキツネに水を与えました。
しかし、小さなキツネは水を飲もうとしませんでした。
水がダメならばと、お稲荷様からお下がりとしていただいたお供えものを差し出しましたが、小さなキツネは見向きもしませんでした。
代わりに、小さなキツネは小さな爪を扉に立てて、外に出ようとガリガリ削りました。
「そんなことをしたら爪が割れてしまうよ。いい子だからこっちにおいで」と、は小さなキツネを捕まえ、ふかふかした尻尾でぐるりと包みました。
「食べるものが欲しくなったら、そこの戸を開けてみてごらん。イナリノカミ様のお食事のお下がりがたくさん入っているから、食べられる分だけいただくんだよ」と、は小さなキツネに教えました。
動けないことがわかった小さなキツネは尻尾に包まれたまま、そっぽを向いて大人しくなりました。
は逃げることを諦めた小さなキツネのそばにもう一度水を置き、土地の神様が置いていった手紙を読むことにしました。