曖昧トルマリン

graytourmaline

戯れ心

「……先生」
「何かしら、リドル」
「先日の買い物での所用というのはコレですか?」
「あら、よく判ったわねえ」
「判りますよ! それで! これは一体どういう事ですか!?」
 ビッ! と効果音が付きそうな程勢い良く指差した先に居るのは、いつもどおりふにゃふにゃと笑っている天使の様な子供だった。但し、スカートを履いた。
は男の子でしょう! 何スカート履かせているんですか!?」
「いいじゃない。面白いし」
「似合うでも可愛いでもなく面白い!?」
「ええ、リドルの反応がとっても面白いわ」
「私の事は放っておいて下さい! 何故女物なんてものを着せているんですか!」
「お願いしたら着てくれたのよ、やっぱり無理矢理は駄目よね」
「あんな小さな子にそんな事頼まないで下さい!」
「でも嬉しそうじゃない」
 祖母から贈られた腰の下から沢山レースの使われた白くてふわふわ舞うスカートがお気に召したのか、これもまた祖母から買い与えられた水色のノースリーブと、住み着く妖怪から貢がれた麦藁帽子をかぶってはキャッキャとはしゃいでいる。
 風に吹かれて形を変えるスカートと、水色の中を泳ぐ青い金魚を纏ったその姿は愛らしい。非常に愛らしいのだが、こう見えて、は男だ。どんなに似合っていても、どんなに可愛くても、どんなに天使でも、一般的にはスカートを履く性別ではない。
「とにかく、面白がらないで下さい!」
「もう、リドルったら完全にお父さんね。十年後にさんが彼氏なんか連れて来ちゃった日にはどうなっちゃうのかしら」
「何で彼氏なんですか、普通に考えて彼女でしょう!?」
 確かこの子は可愛いからその辺にゴロゴロいるような馬の骨が相手なんて紹介された日には絶対許しませんけれど! と力強く主張するリドルが面白いのか、周囲の妖怪も誰も師弟漫才を止めようとはしない。
 雪のように真っ白な服で炎天下の中を元気に走り回るをいよいよ心配してか、リドルは恩師との話を打ち切って和服の妖怪の中では目立つ格好をしている少年の元へと大股の早足で歩いていった。
「リドーさん!」
 リドルが近寄ってきた事にすぐ気付いたは子供服のモデルが霞んでしまいそうな笑顔を振り撒き、風に飛ばされそうになった麦藁帽子を両腕で抑える。
 連日の暑さで目が腐ったのか、春の花がこの少年の周囲にだけ咲き乱れる幻影が見え、今の内にどうにかしなければ、とリドルは自分に強く言い聞かせた。
、あのな……」
「リドーさん。キスして?」
 リドルが全ての言葉を言い切る前に、少年が必殺の笑顔と共に無邪気な台詞を吐く。同時に、リドルは内臓に損傷を負うような痛みを覚え、その場に崩れてしまった。
「リ、リドーさん!? おばあちゃん! リドーさん、たおれた!」
「あらあら、意外に純情ね。キスぐらいしてあげればいいのに」
「先生、に変な事吹き込まないで下さい……!」
「あら、よく判ったわね。犯人が私だって」
「貴方しか居ないでしょう!」
 状況証拠だけで真っ黒です、と叫ぶ男を無視して、女性はさて次はどうやって孫をけしかけて遊ぼうかなとリドルにとって非常に迷惑な思考を巡らすのであった。