遊び戯れ
この幼子の腕力では鈍器として扱えそうなほど重い本を片手で持つ事は不可能であろう。しかし、本をリドルが持つという案は、が本から離れる事を嫌がりそうだったので却下した。本を魔法で軽くするという方法もあったが、流石に人目がありすぎるのでこれも却下する。
他にも幾つかの案が浮かんだが、に腕をもう一対生やすという考えが浮かんだところで、慣れない事を考えている自分の脳の回路が沸騰し始めた事に気付いた。流石にそれはない一度頭を冷そうと現実に目を向けた時、丁度目に飛び込んできた光景があった。
もうこれでいいんじゃないか、リドルはそんなもう一人の自分の声を聞いたような気がした。
「……それで、その通りすがりの親子を参考に、今までずっと抱っこしていたの?」
「仕方ないじゃないですか、が途中で寝てしまったんですから」
「全然迷惑そうにしていないわね」
用を済ませ合流を果たした師に寧ろ嬉しそうだと呆れた口調で指摘しされ、ゆっくりとした歩調で横を歩くリドルは困ったように笑う。
「可愛らしいじゃないですか」
「リドル、貴方やっぱりそういう嗜好だったのね。もう拐かしちゃいなさい」
「何言い出すんですか先生。私はあくまでが可愛らしいと言っただけであって、別に小児愛好者という訳では……」
「あら、いいじゃない。魔法界征服の暁には可愛い男の子を大量に侍らせても。支持率上がるし羨望の的になるわよ、ごく一部の人間から」
「それ以外からは確実に離反されるんですが」
「傍から見ている分には面白いと思うのだけどねえ。愛と権力の間で迷走する闇の帝王、貴方に愛される為に為に欲望を剥き出しにする少年達、少年達を取り戻す為に動き始める自称正義の使者、果ての見えない泥沼の恋愛模様」
「そういったのは私の居ないどこか遠い世界の話にしておきたいですね、是非」
リドルの肩に弾力のある頬を押し付けるようにしてぐっすり眠っているにも関わらず本を離そうとしないを抱え直し、リドルがわざとらしく溜息を吐くと、彼の師もそれ以上はからかう事を止め買い物は楽しめたのかと話題を変えてきた。
無論それは言うまでもなくとの買い物という意味であるので、てっきりすぐに肯定の言葉が出てくると彼女は踏んだのだろう。事実リドルも楽しめたといえばそうなのだが、矢張り辛い思いでは楽しい思い出を塗り潰してしまうようで、そちらの方が先に思い出されてしまった。
「ゲームセンターの前を通りかかったら、音や人が怖いと怯えられました」
「あら、情けない」
「それと、時間が余って服も見に行ったんですが、私のセンスが酷いと絶望されました」
「参考に聞くけれど、どんなの?」
「黒字に銀糸で髑髏の刺繍の入った」
「それは確かにないわね」
「……」
少年の祖母にまでそれはないと一刀両断されたリドルは、にも全力で嫌がられて購入を見送ったと呟いた。それでも止めるのではなく見送るという回避行動をとるのか、という恩師の呆れた視線には気付かない。
「矢張り髑髏が怖かったんでしょうか」
妖怪が跋扈している屋敷には当然骸骨も徘徊しているのでその可能性はないと思われるが、色々と面倒臭くなったのか、彼女は適当にとぼけて他には何があったのかと尋ねる。
「そういえば、その後に売り場の店員達に詰め寄られて泣きそうになっていました」
鼻息荒くあれこれ着せようとする見知らぬ女性が怖かったらしく、は涙目でリドルにしがみつき決して床に下りようとしなかった。下りたら最後、取って食われるとでも思ったのだろう、確かにそんな雰囲気ではあったと回想する。
その女性店員達の手には何故か女物の衣装があった。女の子ではないと説明しようにも日本語が出来るはリドルにしがみ付いて混乱中でとても会話できる様子ではなかった。結局英単語でのやり取りを行い、服をじっくり見る事も出来ずに店員が諦めた頃にはは疲れて眠ってしまったという次第だ。
「随分面白い事があったのね」
「面白くありません」
「全く、さんがリドルに懐いたと思っていたけど、実は逆だったみたいね」
事実その通りなのだが、それでも何とか反論しようとするリドルの言い分など無視して早足で歩き出し、慌ててそれを追いかける。チラリと見えた外の景色は、いよいよ夕暮れが町を染めようかとしているような、そんな光り輝く空気を帯びていた。