曖昧トルマリン

graytourmaline

ごっこ遊び

 卵に包まれたチキンライスの上にトマトケチャップのかかった、大抵の人間が一番初めに想像する定番のオムライスをは嬉しそうに頬張った。向かいでじっと観察しても気が付かないほど夢中で食べている姿が微笑ましく、リドルは頬を緩める。
 百年どころか、ものによっては千年単位という年季の入り過ぎた妖怪が台所を預かっているだけあって、屋敷の食事は常に和食しか出されない事もあり、初めて見る食べ物には始終嬉しそうだった。
 半分程度が無くなった頃、ふとの手が止まり黒い瞳がリドルを見上げる。先程から全く食べていないことを指摘されて猫舌なのだと嘘を吐くと火傷はしていないかと心配され、少し罪悪感を覚えた。
 誤魔化すように笑い、食べ終わったら何をしようかと思考を逸らす。基本的に今までのの生活は家の中でのみ行われていたらしいので、何をしたいのかと尋ねたところで困らせてしまうのは明白だった。かといって、リドルも人には言えない生活を長く続けていたので娯楽には縁が薄い。
 冷め始めたオムライスを食べると、今後の計画を立てようとしている脳の間に味の感想が紛れ込んでくる。とはいっても、大して優れた味覚を持っている訳でもないので単純に美味いなと思っただけだった。そこで思い付く。
は食べるのは好きか?」
「すき。たべる、つくる、りょうほう、すき」
「料理も出来るのか」
 本来続けようとした言葉を置いて意外な事実を褒めてやると、顔を真っ赤にして俯き、たどたどしい言葉でまだ一人では出来ないからと謙遜し始める。ここで胸を張るのではなく恥ずかしがるのがの特徴かと把握したリドルは更にそれを褒めちぎる事にした。
 決して面白がってそうしている訳ではないが、何か言う度に顔を真っ赤にする姿は素直に可愛らしいと感じた。ただ、あまり続けるとからかわれていると捉えそうなので適度に切り上げると、いつの間にかの顔はトマトよりも赤くなっていた事に気付く。
 テーブル越しに頭を撫でるといつもより体温が高く、見上げてきた黒の瞳は恨みがましげだった。切り上げる時間が少しばかり遅かったらしい。今度からは気をつけなければ、と心の中にメモをして先程続けようとした言葉を告げた。
「食べ終わったら、料理の本でも買おうか」
「ほん。リドーさん、りょうり、つくるますか?」
「いや、私は薬の調合なら兎も角、料理はあまり得意ではない」
「リドーさん、りょうり、にがて。おぼえた」
 周囲が料理が出来る存在ばかりだったので、てっきりリドルもそうだと思っていたと言われると、そこはかとなく悔しい。しかし、調合が得意な人は菓子作りが上手なのだと続けられると、理由が見当たらないリドルはどうしてかと尋ね返した。
「おかし。おくすり、つくる、ちかい」
 だからまだ自分は菓子作りには参加させて貰えないのだと言い、リドルはお菓子を作る事が出来ていいね、とやや飛躍した意見が飛び出してくる。リドルは少し考えた後で、この流れではいつかお菓子を作る約束を取り付けられそうなのだと予想して話を戻す事にした。
「本を買うのはお前のためだ。オムライスも気に入ったんだろう」
「うん」
「家でも作りたくないか?」
「……うん。みんなで、たべる」
 自分が作ったオムライスを皆で食べる想像でもしたのだろう、はオムライスを食べていた時の笑みとはまた違う笑い方で喜びを表現し、少し赤い顔でリドルにも微笑みかけた。
「でも、はじめ、リドーさんの、つくる。やくそく」
「そうか、楽しみにしている」
 顔の朱みが引いてもまだ紅色が残る唇を紙ナフキンで拭ってやると、赤の線が白に移り指先には唇に触れた温かさが残った。