■ 時間軸:墓参り数日前
■ アークタルスさんとシリウス(孫)の話
■ お爺ちゃんは未登場
■ アークタルスさんはアズカバン収容組の遺伝子を採集しに来てた
■ シリウスがかなりお馬鹿でどうしようもない
■ シリウス視点
後見人欠格事由
裁判すら認められないままアズカバンに入れられて既に10年近く経っている、無意味に過ぎてゆく時間の中で狂いそうになりながらも、自分は無実だと、募る恨みだけを支えに毎日を過ごして来た。その間、面会人など1人も来なかったのに、何故今頃。
ディメンターに怯え、腰が引けている癖に支度が遅いだとか早くしろだとか喚く看守に一瞥をくれてやり、自分のペースで牢を出て面会室に向かう。丸腰の上に鎖に繋がれた私に向かって常に杖を構えていなければならいような臆病な男が、よく看守などやっていられるものだ。
臆病者など、どいつもこいつもこの世から消え失せてしまえばいい。
「規則を説明する。面会時間は60分、身体的接触と外国語は禁止。会話は全て書面で保存され、内容によっては面会中止の措置を取る。差し入れ品は検査の後に渡される、以上」
面白味のない説明が上擦った声でされ、これもまた面白味のない地味な部屋に通された。何も彼もが面白くない中で、面会人だけが面白い筈もない。
「あんたか。じいさん」
固い安物の椅子に座っていたのはアークタルス・ブラック、私の父方の祖父だった。当主になった事もあるらしいが、派手な逸話ばかり持つ曽祖父のように何をやった訳でもない、一族の中でも特に地味な人生を歩んで来た男。直系の孫である私が知っている事といえば、たかが勲章という名の玩具の為にガリオン金貨を山のようにくれてやった過去がある、それくらいだ。
「20年前と大して変わっていないが、もう100歳ぐらいになるだろう。生憎こっちは囚人の身なんでね、介護ならお得意の金で解決してくれ」
「お前は、相変わらず口を開けば下らない事ばかりだな」
この場の主人にでもなったように座れと偉そうに指図するじいさんの言葉を無視して腕を組み、壁に凭れ掛かる。ディメンターどころか、たかがブラック家の当主だった老いぼれの機嫌にすら気を遣っている記録係の看守を鼻で笑い、今更何の用だと型通りの質問を投げかけた。
「この私が、お前に会う為だけにアズカバンへ来たと思っているのか。暇を潰す為だけに呼ばれた身で、どれだけ自分を重要人物だと思い込んだいるのだ」
「じゃあ帰れよ、今すぐ。一体何しに来たんだ、私は暇潰しの道具じゃない」
「おまけに脳味噌の使い方も忘れたか。アズカバンの環境の所為、いや、魔法を上手く扱えただけで、元からお前はこの程度の思考しか持ち合わせていなかったかもしれないな」
考える材料を与えない癖に、この勝手な言い草だ。10歳の子供ですら自分の会話に付いて来られるのにと大袈裟に嘆く演技をする老害を無視して、靴底で床を打ち鳴らす。
私と同じ灰色の瞳に失望の色が浮かんだが、そんなものは今更だ。ブラック家の人間に失望された所で痛くも痒くもない。寧ろ、清々しささえ覚える。
「大した才能もないまま嫉妬を膨らませて死ぬ老害の戯言だな。なあ、いい加減解放してくれないか。まだ独房で大人しくしていた方が有意義に過ごせる」
「ああ、そうだろうとも。雨風に寒さを凌げる、ベッドもトイレもある、どんなに粗末であろうとも3食は必ず出される生活はさぞ快適だろうな」
「ディメンターの存在を忘れたのか。呆けや嫌味にしては出来が悪いぜ、じいさん」
「もっと、嫌悪すべき邪悪な生き物は別にいる」
「へえ、それは是非お目にかかりたいもんだ」
ディメンターよりも恐ろしい? そんな生き物が存在する筈がない。幸福な感情を嗅ぎ分け、それを食らう。あれは恐怖の塊みたいな存在だ、新種の魔法生物でも発見されていない限り、あれよりも悪い魔法生物なんて地球上にはいないだろう。
あからさまな溜息を吐いたじいさんは、ここまで不出来な孫だったのだなと私の耳に届くように呟いて眉間の皺を親指で伸ばす。こっちとしても、金をばら撒くしか能のない奴に上出来だと評されたくない。
「まあいい。ところでシリウス、ここで獄死したバーテミウス・クラウチ・ジュニアという男を知っているか。お前の独房の近くに収容されていたそうだが」
「ああ? バーティ・クラウチの息子の事か? 一体何年前の話だよ、あんたのような人間が今更そんな事を知りたがってどうする」
「先日、行方知れずだった彼の遺児が発見された、死んだ姿でな。弔いの為に墓碑銘を刻もうにも私はクラウチ・ジュニアの人となりを全く知らない」
なら父親のクラウチ・シニアにでも回しておけよと考えたが、すぐにそれは無理だと理解した。息子の遺体すら引き取りに来なかったというあの冷血漢が、今更出て来た孫の事に感心などある訳がない。
しかし何故クラウチ家の人間をじいさんが世話するのだろうか。訳が判らない。そこまで仲が良かったか、いや、そんな噂は聞いた事がない。この男は悪い意味でマグルだろうと純血だろうと差別しない、生粋の人嫌いだ。
「遠縁の人間にそこまでしてやる理由が判らない、理解に苦しむね」
「今のお前にとっては遠縁の人間に過ぎないだろうが、私にとっては恩人の弟だ」
「恩人の弟? クラウチ・ジュニアがここに来たのは20歳かそこらだ、男は子種をバラ撒くだけで済むが、そう何人も子供がいるものか?」
「どうやら、それなりの事は知っているようだな」
「……クソ、因業ジジイめ」
「笑わせてくれるな、この程度の温い会話にそんな物が存在すると、お前は本気で思っているのか」
力の限り壁を蹴りつけてみるが、じいさんは眉一つ動かさず、看守も杖を取り出しただけで次の行動に移さなかった。動かないのは私がどうこうじゃない、ここに座る老いぼれの不興を買うのが怖いだけだ。
「話を戻そう、そのクラウチ・ジュニアだが」
同じ質問を投げかけようとしたじいさんの言葉を遠慮がちなノックが遮り、会話を記録していた看守が外来側のドアを開ける。
「閣下、用意が出来ましたが、如何されますか」
「そうだな、普通は孫との面会を遮る事のないよう私が帰宅する際に渡しに来るものだが、君達のような者に気遣いを求めたこちらに非があるらしい」
直球で厭味ったらしい事を言い、慌てて頭を下げようとする看守に君達の謝罪に価値があると思っているのかと続けながらじいさんは立ち上がった。強制的に切り上げられたクラウチの事はその程度の事だったのだろう。しかし、だとしたらこいつが態々アズカバンまで来た目的は何だ。今整った、用意という奴が目的か。
「今日の所は帰るとしよう。クラウチ・ジュニアの事は今度白紙の手紙を送るから、それに書いて寄越しなさい。ああ、君達も、そんな期待の眼差し等向けなくとも、次来る時は君達のような輩に当たらぬよう、上には報告するつもりだから安心するといい」
「次って事は手紙を書かせた上にまた会いに来るのかよ」
「次で最後にしたいものだ」
私の質問を無視して立ち上がったじじいは、歳の割にしっかりとした足取りで出口に向かう。血の気の引いた顔をしている看守も、当然のように無視だ。
しかし、その歩みがふと思い出したかのように止まる。私と同じ灰色の瞳には疑問と、寒気を催すような侮蔑が浮かんでいた。
「1つ、訊き忘れたが」
「何だよ」
「シリウス、お前は過去と今、自分が何をしているのか、その結果、残された者がどうなっているのか、理解しているのか?」
「……当たり前だ」
私は、ジェームズを廃人にした。ジェームズとリリーを廃人にした。あの2人がそうなったのは、秘密の守人をピーターにするよう薦めた私が原因だ。そのピーターに裏切られ、出し抜かれ、親友が親友ではなくなってしまった。被後見人のハリーを置いてきてしまった事も心配だけれども、あの子にはポッター家の財産がある、そして、ダンブルドアがいてくれるのならきっと食うに困るような状況にはなっていないだろう。
それよりも、ピーターだ。臆病者のピーター・ペティグリューめ、薄汚い裏切り者め。
「理解して、納得しているから、私は大人しくここに居る」
「ああ、そうか。シリウス・ブラック、私の父の名を継いだだけの不出来な孫よ、お前はそのように育ってしまった人間なのか。お前は思考の停止した、手の施しようのない、底抜けの愚か者なのだな」
視線を逸らされ、寒気が引いていく中で、じいさんはそれっきり何も言わないまま面会室を出て行った。
青い顔をした看守が我に返り、独房へ戻るようヒステリックに命令するので、肩を竦めながらそれに従ってやる。早ければ今日、遅くても明日には、こいつは看守として居られなくなるだろうから、最後くらいは反抗しないでやろう。
再び独房に入れられ、巡回するディメンターを無視して、日が暮れるまで外を眺めた。つまらない数十分の非日常を味わった所で、何の感慨も浮かばない。じいさんの会話は、私にとって何の意味も持たない。
「バーティ・クラウチ・ジュニアの子供、か」
死体で発見された弟の方ではなく、その兄か、もしくは姉。恩人というのが私を乗せる為の嘘でなければ、ハリーと同い年くらいの子供だろうか。最初の方にじいさんが言っていた話に付いて来れる10歳児がそれか。どうせ、純血主義に染まり切った、碌でもない子供だろう。確かめる術はないから、今度来る手紙にでも書いてやろうか。
「どうでもいいさ。暇潰しになれば」
あの人嫌いのじいさんが話題に出すくらいだ、相当気に入っているのだろう。興味のあるふりをして話題にしてやれば、必要のない事まであれこれ書いて来るに決っている。
そうして眠った数日後、真新しい羊皮紙の一番上にYou shall DIE. とご丁寧な字で書かれたメッセージ入りの手紙が届き、言葉通り、私の心臓は一瞬止まった。
じいさんが送って来たそれは白紙ではなく、あの能無しウィゼンガモットが下した命令を文章にした物、未成年後見人の権利を失った私に対する欠格事由の複製だった。