ローン・ソーセージ
対して、主催者と通じているレギュラス・ブラックとクリーチャー、そして護衛を束ねる立場のロザリンド・バングズは私がこの程度ならば推理すると予測しており驚いた様子は微塵も感じられない。3人が3人共、私の趣味や特技まで含めた個人情報を所持しており、プレゼントの内容も事前に把握可能な身分なのだからこの反応当然であろう。逆に、これ以外の反応であった方が驚く。
「が一番力を入れている趣味は料理だけど、編み物や裁縫も好んでいるんだ」
「彼は初等教育を受けている。地理や歴史の知識も人並みにはあるだろう」
「要らぬ告白さえしなければ、坊ちゃんは確信なされなかったと存じます」
「ふむ、彼を見縊ったが故の過多な示唆が原因か」
全方向から放たれる正確な駄目出しにも一切臆する事なく泰然と頷いたサングィニの心情もまた理解出来た、開示された情報は重要ではあるものの核心には程遠く、本当に隠さなければならないものは無事であるからこその余裕だろう。
私は別に、吸血鬼達の真実に辿り着いた訳ではない。サングィニの吐いた確実な嘘を判別出来たと告白しただけだ。
トランシルバニア、特にイーラーショシュが受け継がれている地方には吸血鬼はいない。もう少し正確に述べると、他所から侵入して来た吸血鬼は存在していたが、現地に集落が形成されたのはつい最近だ。
吸血鬼伝承を持たない遊牧騎馬民族の支配地域だったトランシルバニアにとって、吸血鬼とは当時隣国のワラキアとモルドヴァ経由で侵入して来た外来生物であり在来種ではない。乱暴な例えになるが、今日のアメリカにおけるネイティブ・アメリカン以外の人種のようなものだ。ネイティブ・アメリカンも元を辿ればアラスカ経由でユーラシア大陸からやって来た外来生物であり、更に突き詰めると、人類そのものが大抵の場所で外来扱いされる動物なのだが、細かい事は横に置いておこう。
今の世の中でトランシルバニアこそ吸血鬼発祥の地とされているのは、ほんの100年程前にそれを題材としたフィクションが欧米中で大流行したからに過ぎない。一個人が作成した劇に使われた空想の設定が現実へ逆輸入され、侵食した大衆の妄想から事実が捻じ曲げられているだけだ。
けれど、彼の態度とブラック家の話を聞く限り、サングィニを始めとする吸血鬼達はその捻れて跡形もなくなった事実を受け入れ、反感など欠片も抱いていないように思える。
それが何故なのかは判らない。ニンジャ、ゲイシャ、サムライがこの世紀末に存在している不思議の国ニッポンの誤情報を放置している日本の魔法界のように、優れた魔法で世界を牽引して来たヨーロッパの先進国様が主導する多様性溢れる国際交流などするつもりもないから一々懇切丁寧に訂正するのも馬鹿らしいと思っているのかもしれない。
まあ、流石にこれは冗談として、兎に角、嘘は判明したが真実は相変わらず霧中に漂っていると表現したのはその為だ。
だからと言って何の意味もないし何も変化などしないのは、いつも通りの事だが。
彼がマリウス・ブラック経由で招待された吸血鬼という事実と真実が確固としてある以上は、それ以外全てが嘘だとしても差し出された食物は何でも食べられる。重要なのはアークタルス・ブラックから紹介された立場にいるマリウス・ブラックが私の中に残して来た信頼だけで、サングィニという個はこの際どうでもいい。彼はこの辺りの内面を読み違えていたから先程のような警告を口にしたのだろう。坊や、私のような嘘吐きから食べ物を貰ってはいけないよ、と。
本当に、なんて生真面目で可愛らしい吸血鬼なのだろうか。
「自分で言ったけれど、は料理以外にも沢山の趣味を持っているんだよね。刺繍糸や布もプレゼントすればよかったな」
「それはまた次の機会の楽しみに取っておきます。今日いただいた色々な種類の食器もとても嬉しかったですよ。今度レジーの好きなお料理を作りますから、お時間が出来たら何時でも連絡してくださいね、ホグワーツでも休暇中でもお待ちしております」
「じゃあ、手芸用品はクリスマスプレゼントにさせて。食器は、どうしようかな。沢山あっても困らないよね。ロンドンのマーケットで宝探しをする君と一緒に居るのも楽しかったけど、欲しい物が見つからなかったら何時でも僕に言ってね。魔法界にもマグル界にも交流のある馴染みの陶芸家は何人か居るから」
他所事を考えている最中に隙あらばプレゼントを上乗せしようと企むレギュラス・ブラックを阻止すべく、抱き締められたまま頬を擦り付けるようにして甘えると、幸いにも彼はそれに流され黙ってくれた。黙ってくれたのは、もしかしたらこの短時間でどうするか決めてしまった可能性も大いにあるが。
名の知れた職人が手掛けた一点物の工芸品はこちらからアクションを起こさない限り問題ない。ブラック家の当主様が目利きなり指示を出した手芸用品は確定し、クリスマスに部屋が埋まる程の布と糸が贈られる可能性が高まったけれど、その時はメルヴィッドやエイゼルに似合いそうなシャツやジャケットを仕立て、それでも余ったらテーブルクロスやクッションカバーに手を染め、最終的にはこの肉体用の衣服にも幾つか手掛けよう。メッセージカードだけで十分幸せだと言っても、きっと無駄だろうから。
言語による意思疎通が可能な愛玩動物の立場に同情じみた視線を送ってくるロザリンド・バングズから、他には何を贈られたのだと質問を受けたので蓄音機とゲーム用のカードだと告げれば、非魔法界で販売されている語学学習用のレコードも音声教材としてプレゼントしたとレギュラス・ブラックが引き継ぐ。
「ああ、リンガフォンか。私も若い頃世話になった」
懐かしい単語が出て来た中で、かくいう私もだとも同意出来ず誤魔化すように笑い、授業以外でも勉強が出来る環境を整えて貰えて本当に助かったとレギュラス・ブラックに再度礼を告げる。
単純な魔法によりゼンマイが自動で巻き上がる蓄音機は、頭出しが可能なCDには劣るもののカセットテープよりは使い勝手がいい。一応後者の電化製品も努力を怠らなければ短時間だけホグワーツ内で聞けない事もないのだが、私程度の魔法使いではそれらがまともに動きながらも魔法も難なく使用可能という矛盾を孕んだシールドルームは作れないのだ。湖水地方の屋敷の中で電子レンジや冷蔵庫、テレビに洗濯機にビデオプレーヤーに至るまで、あらゆる電化製品が壊れる事なく機能を発揮出来ているのは、偏に双方の文化の良い所を取り入れてくれたメルヴィッドのおかげである。
「メルヴィッドもエイゼルも優秀な魔法使いだから学校にCDプレーヤーを持ち込めるかもしれないけれど、魔法界はレコードが主流で音楽を聞くにはどの道必要だからね。は普段どんな音楽を聞くの?」
「テレビやラジオから流れてくる大衆音楽を聞き流している事がほとんどで、改めて訊かれるとこれが好みの傾向というのは、特にありません。レジーが好んで聞くジャンルやアーティストはいらっしゃいますか」
「どうだろう。会食や接待で必要だから知識はあるけど、僕も特定の何かを好きになる程、音楽にのめり込んだ事がないから」
ただ私とは逆で静かな方が集中もリラックスも出来ると言い、ああでも、とすぐに軽い訂正の言葉を口にする。
「舞台装置や役者も含めた総合芸術としてのオペラは好きかな。マグルのフレディ・ストックデールがプロデュースしたような小規模で魅力的なオペラは特に好きだよ」
「パビリオン・オペラ社のストックデール? 私も仕事の付き合いで何度か観劇させられたが、人の好みというのは様々だな。ダニエルにでも吹き込まれたのか」
「彼ではなくマリウス大叔父様が。実際に連れて行ってくれたのはフランシスだけど、ああ、心配しないで。フランシスは大叔父様の紹介で知り合ったジョイスのお姉さんなんだ、決して疚しい間柄じゃないよ。ブラック家の血に誓って言える、心配なら本人も紹介するしお祖父様か大叔父様にも尋ねてみて。僕がマグルの文化に疎いから実地訓練してくれているだけで、本当にそれ以上の関係ではないから」
「……ブラック家の当主はグリーングラス家の御令嬢と婚姻予定だと耳にしたが、レギュラス君と君は恋仲なのかね」
何時聞いてもトチ狂ったとしか思えない内容の釈明に似た説明に対し、傍で聞いていたサングィニが純粋に疑問を抱いたという真顔でツッコミを入れる。
今まで誰も声に出さなかっただけで、矢張りこの子のこれは第三者の目線からすると年下の友人に対する態度とは程遠いようだ。否、確か去年にダフネ・グリーングラスからも同様の指摘を受けたような記憶があったので、定期的に誰かから意見は述べられていた。
あれ等は恋愛感情ではなく度を超えたブラザー・コンプレックスだと落ち着いた様子で解説するロザリンド・バングズの言葉に被せるようにモンスター・ペアレントの方が適当だと訂正したくなったが、この時代には未だ存在していない単語であった気がするので喉まで出掛かったそれを飲み下す。その隙をついてなのか何なのか、クリーチャーが冷静な声で訂正を行った。
「お二人のご関係はそのような世俗的なものではございません。もっと純粋な愛に満ちておられるのです」
「つまり恋仲ではなく兄弟として深く愛し合う仲だと」
「何故ローザもクリーチャーも複数形で語るんですか。レジーは割とその傾向があるかもしれませんが、私の場合は有り触れた友愛ですよ」
他人が耳にした場合、人によっては相思相愛の近親相姦という単語を連想しそうな比喩に否定的な意見を述べると、茶色の瞳が無自覚かと非難を飛ばし美しい唇が声で追従した。
「疾風知勁草。君の生み出す愛情は、レギュラスよりも遥かに重いぞ」
「ローザは中国史にも造詣が深いのですね」
「母方の祖母が中国人なのでな、君は、そうかメルヴィッドが中医学者だからか」
「はい、それにメルヴィッドの先生も親切にしてくださいましたから」
「それは何よりだ。では、話を戻そうか」
自分に都合が悪くなると話を逸らす癖を止めろ言外に告げられたので諦めよう。光武帝がどのような人物であったかと王覇とのエピソードを知っているのなら通じるだろうと、仕方なくやんわりとした笑みを浮かべた。
「私が王覇を目指しているのではなく、レジーに劉秀を求めているのです。愛は尊敬する友として、ローザが重いと指摘するそれは私利私欲に塗れた期待ですよ」
千年単位で過去の故事が生まれる前から手垢が付いていそうな筋書きの自作自演で好感度を上昇させて来たので愛情に重みなどないに等しい、大体、それを言ったら自然発生したレギュラス・ブラックの愛はどのように表現するのが適切になるのだろうか。
彼は私に対し、八方から中傷を浴びせられ孤独に耐えなければならない世界へ蘇生イベントで強制参加させた事もなければ、理解者の顔をして隣に立ち支えながら裏では愛玩と権力の利用しか考えていない様子も見受けられない。それでこれなのだから愛情の量も質も彼の方が遥かに優るだろう。
「それは」
反論らしき何かを言いかけて、ロザリンド・バングズが視線を僅かに上に動かしてから口を噤んだ。私の背後で甘ったるい顔をしていたはずのレギュラス・ブラックが今現在どのような表情を浮かべているのかを知るべきなのだろうか。
彼女の反応は恐怖ではなく明らかに我儘な子供に呆れ返っているそれなので心配する必要はなく、きっとそこそこ可愛らしい顔をしているのだろう。
幼子のように頬でも膨らませているならば見てみたいと体を捻じりながら顔を見上げようとすると、私を見下ろす灰色の瞳が何かを思い出したような色を乗せて視線が交差した。
「がパビリオン・オペラを見てみたいと言うなら考えるけど」
私以上の強引さで話題が戻されたのは、まあいいだろう。
しかし、考える、とは何だ。
今の会話から推測すると、現時点で魔法界に存在しない形式のオペラを私の返事一つで輸入し作り上げようとしているという認識で間違いないのだろうか。金持ち特有なのかブラック家特有なのかは昨日今日のアレコレだけでもうどうでもよくなって来ているが、この血族の思考回路は何故こうまで理解し難いのか。
少なくとも私が変人だからという理由ではない、狂人だ気違いだ口を慎めこの老害だと事ある毎に忠告を受けて来たが金銭感覚で変人認定された過去は一度だってないのだから。
突然の話題転換の、その内容に狼狽えていると、正面のサングィニが興味深そうに顎に手を当て人間観察をしている。その背後のクリーチャーと隣に佇むロザリンド・バングズは、傾国の美女には程遠いサングラス姿の少年の姿を視界に入れて苦笑していた。
パビリオン・オペラがどのような形式なのか無知であるので説明を求めた場合、これ幸いとでは実際に見てみようと意気揚々と腕を取られ何処かへ引き摺られて行く未来は義眼を使わずとも容易に透視出来た。不意打ちで下手に最初から格式張ったオペラハウスに連行されるよりはまだマシな選択かもしれないと思えている時点で思考が毒されて腐り始めている。レギュラス・ブラックの口にした小規模という物差しが私のそれと大して違わない場合に限るというのに、当たり前のように不安の方が勝っている。
このような流れになるのならばレギュラス・ブラックの音楽の好みになど言及するべきではなかったと更に前の話題の選び方を後悔しつつ、将来的な不安を天秤に掛けた結果、一度経験してみたいと小声で返答した途端、レギュラス・ブラックはクリーチャーにスケジュールの確認を求めた。フットワークが軽過ぎる。
「申し上げます、誠に残念ながらレギュラス様と坊ちゃんの今夏のご予定では観劇可能な招待状の入手が難しく」
「魔法界内なら融通も利くけど、流石にそうだよね。仕方がないな、適当な貴族か起業家の名前を借りて休みを作って、うちの別邸に呼ぶしか」
「忙しいレジーに無理矢理お休みを作らせてまで経験させていただく必要を一切感じないので中止か延期をしてください」
招待状、貴族、起業家、別邸に呼ぶ、連鎖した単語からしてレギュラス・ブラックとの物差しに大きな隔たりがある不安は的中したので他所に回して擂り潰し、休みを作り出す為に無茶をするなと若人を窘める。仮に無理して休日を作ったとしても、本来の意味通りの休息に当てるべきだ。
9月に入る前に過労死しそうな子供を静止してから、サングィニはどうなのだと強引に異物を混ぜ込もうとすると、何故か首を傾げられた。
「ライシアム劇場に足を運んでおられたと伺ったのですが」
「それは正しいが、特に歌劇を愛好しているという意味では間違っている」
「そうなんですか?」
「どちらかといえば大衆的な小説が好みで、初版本の誤植探しが私の趣味だ。そして私は、否、多くの吸血鬼は人間の文化と想像力に敬意を払い、利用している。小説、音楽、歴史に科学、それ以外の全てを」
「私の理解力が不足しているので、申し訳ありませんが仰っている意味がよく判りません。自身の種族に対する間違いと整合性の取れない情報を、どのように利用するのですか」
「様々、それは本当に、様々な点に於いてだ」
はぐらかす訳ではなく適切な言葉が見当たらず、言語化出来ない以上はそう表現するしかないという顔で語られると、こちらも追求出来なくなる。
吸血鬼に対する疑問とオペラの話題から離れたい邪な気持ちを微妙に違う方向で悟ってくれたのか、急拵えよりも余裕を持って計画した方がいいよねと不穏極まりない内容を呟いたレギュラス・ブラックが、そもそも私の吸血鬼に対する知識はどの程度のものなのかと泥舟を背中に隠しつつ助け舟を出してくれた。
「昔ながらの農夫の死体が墓から蘇り家族や住民を害して血液は飲んだり飲まなかったりする魔法界的には存在に分類されるタイプと、ドラキュラ伯爵やカーミラのようなマグルの作家が創作した絶対に吸血するホラー系フィクションと、感染症やウイルスを擬人化させた故に吸血行動をしない医学的こじつけ知識程度なら」
サングィニは最初に述べた存在タイプだというのにフィクションの設定に忠実になろうとしているので嘘は判るが理由が判らないと続けると、当人から推理小説は苦手かなと遠回しなようでストレートの全力投球が放たれる。大変今更な指摘であるが、彼とは今日初対面であるので仕方がない。素直に頷いてストライクを与えておこう。
「知識はあるのに、中々残念なスペックだな」
「ローザ、はそこも魅力なんだよ」
「魅力ではなく欠点ですよ、平たく言うと勉強しか能がない馬鹿ですから。将来就きたい職業を考慮すると大分まずい性質なので、努力はしているつもりなんですが」
「大丈夫、それならきっと経験で身に付く。僕がそうだったから」
「経験で身に付いたら欠点がなくなりレジーが評する魅力はなくなりませんか」
「それ以外にも君には沢山の素敵な所があるからいいんだよ。僕はお馬鹿さんなも、お利口なも好きだから何にも問題ないんだ。僕は君の魂を愛していると言ったよね」
「然様でしたね」
この点に関しては私も、メルヴィッドやエイゼルやユーリアンがどのような欠点を持ち、克服しようとも彼等が彼等として存在するだけでほぼ全てが可愛いと思っているので言わんとしている内容は理解も共感も出来る。理解出来ないのは、レギュラス・ブラックの対象がこの爺というだけだ。しかし、深く追求するのは止めよう。この感情は理屈でどうにかなる事はないと私自身が一番知っている。
さてレギュラス・ブラックは経験で身に付くと言ったが、こちらは同意出来ない。私と違い、昔からその手の教育を受けていたこの子は両親から変なフィルターも一緒に授けられただけなので、アークタルス・ブラック辺りが取り払えばそれで済んだ感じがするのだが、指摘をする前に今の知識を覚えておくようにと遮られた。
「その上で、お馬鹿さんなに重要なヒント。発想を逆にしてみよう」
「……それもう答えじゃないですか」
連日連夜身内と呼べる相手に数え切れないくらいの無能振りを晒した上に、お馬鹿では収まらない完全に馬鹿丸出しの理解の仕方を人前で披露する事になり恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い俯くと、ローブを着てこればよかったとの言葉と共に全身を覆うように抱き締められる。何故ローブなのだろうか、ローブでは穴は掘れない、この子は風呂敷宜しく私を梱包するつもりなのだろうか。
「可愛いなあ。服の下に隠して持ち帰って愛でたい」
そのつもりのようだ。
この子は今すぐ帰宅し十分な睡眠を取った方がいい、疲労から頭が煮え起きたまま寝言を垂れ流してしまう状態になっている。
「レギュラス様。坊ちゃんは小動物ではございません、ご自重くださいませ」
「何故そこまで残念なのだろうな、君達は」
「彼等の発想が残念という言葉には同意するが、少々異なるのではないかね」
「意義の違いだ。は思考についてで頭の回転が鈍いという意味だが、レギュラスのそれは性癖についてで性的倒錯者への言及に近い」
「成程、それならば納得だ」
「坊ちゃん、サングィニ様と吸血鬼について把握なされた事を是非クリーチャーめに説明していただけませんか」
どれだけ強引な横槍だろうと主人の暴走と不名誉を身を持って阻止する従者の気持ちを無碍にする事など出来るはずがない。この流れに私まで乗ったら流石にクリーチャーが気の毒でならない、そもそもこのまま行くと近い内に私も自滅する。既に医者が黙って首を横に振るくらい酷い自壊状態に陥っている事実は都合が悪いので知らないふりをした。
己の身とクリーチャーとレギュラス・ブラックの評価を救う為に顔を上げ、今から真面目な話をするのだから腕を緩めて欲しいと願い出ればあっさりと了承され元の緩いハグ状態へ戻る。興味深い生物の生態を眺める学者の目をしたサングィニを前に一つ咳払いをすれば、レギュラス・ブラックからも親馬鹿と呼べるような空気は去り、代わりに弟の発表会を見守る兄の雰囲気を纏った。その変化がどれだけの代替えとなっているのかは、疑問に思ってはいけないし深く考えてもいけない。
「先程の発言を訂正します。サングィニ様は存在に分類されるタイプだからこそフィクションの設定に忠実になろうとしている、これでよろしいですね」
「つまり、どういう意味かな」
「創り出された情報を演じる事で欺瞞を行い、真に正しい吸血鬼の姿を隠し護っている」
「正しいな」
テーブルの上にあった白い飲料、恐らく乳酒と思われる液体が青白い手で4つのグラスに注がれた後に首が縦に振られる。
誤情報を放置する事で介入を拒む日本の魔法界よりも、更に積極的な情報操作活動。暗殺や死体処理だけで吸血鬼がブラック家と親しくしているという対外的な理由を鵜呑みにした己の浅はかな考えに、本気で落ち込みたくなった。命令すれば誰にでも出来るような事を、ブラック家が、態々危険を犯してまで、異種族に頼むものか。私は先程まで、ガスパード・シングルトンから何を聞いていたのだと自分自身を殴り付けたくなる。
ここまで判明した以上は無遠慮に踏み込むべきではない話題なのかもしれないが、主人を性的倒錯者に近い存在と誤解とも断言出来ない評価をされたクリーチャーが未だ話題の変更を許さない空気を全身から噴出させていた。そして、保護政策を施行しつつ何かあれば切り捨てる異種族の話題には触れられて欲しくないにも関わらず、こちらはこのような態度を取るという事は、吸血鬼は間違いなく魔法界から独立しているのだろう。
鈍い私ですら悟ったそれを肌で感じ取ったサングィニが、クリーチャー以外にグラスを配りながら、自分は吸血鬼社会の歯車の一つに過ぎず講義や嘘も苦手なので身の上話で答え合わせをしてもいいだろうかと断って来る。
無学な私の為だけに披露される昔話を嫌がり異を唱える大人がこの場に居るはずもない事は、百も承知だった事だろう。