アーブロース・スモーキー
その目のままゴブレットを手渡され、滑稽で微笑ましい寸劇だったと賛辞のような扱き下ろしを受けたので、面と向かって思い切り馬鹿にされた方が遥かに救われると返す。
「馬鹿にするには可愛気があり過ぎるんだ、は」
「同年代の間では、これでも相当厳つい面構えなんですよ。性格だって悪いです。ええ、もうそれは物凄く」
「頑固ではあるけど性格が悪いとは違うかな、性悪の自覚を免罪符にして自己正当化するタイプじゃないから。そもそも咎められるような行為そのものを滅多にしないよね?」
年寄りである事を免罪符にメルヴィッド達に少なくない迷惑をかけ、この5年でそこそこの人数を殺し回っている立派な殺人鬼なので彼の定義する性悪に十分当て嵌まる、とは告白出来ず押し黙ると、笑顔で頭を撫でられた。
「第一、人相なんて当てにならないよ」
頭から離れた太い指が自らの顔面を指し、説得力のある言葉を述べられると完璧に言い返せなくなる。
一応括りとしては不正取引を行う犯罪者ではあっても、ガスパード・シングルトンはその容貌とは裏腹に粗雑な印象を一切抱かせない。喋る厳ついテディベアに自走型超合金ロボとは言い得て妙である。
それでも中々観念しようとしない私を見て、優しい声で、じゃあこういうのはどうかなと語りかけて来た。
「そのゴブレットを換金して、得たお金でNPOを立ち上げよう。NPOは判るかな?」
「非営利の慈善団体、ですよね。何度もお世話になりました」
判らないはずがない。
この世界に来て早々、メルヴィッドの戸籍を偽造する為に一方的ながら大変お世話になった団体もNPOである。その後も孤児を支援するNPOには数え切れないくらい助力を受け、メルヴィッドに引き取られるまでの間、病む事と飢える事がなかったのは彼等のお陰だった。エイゼルの肉体を得る為の候補もそこから調べ上げた。多分、経歴から考えて、ルドルフ君も彼等の世話になったのだろう。
メルヴィッド以前の過去に意図せず触れてしまった気まずさからなのか、ガスパード・シングルトンは若干目を泳がせてから数秒時間を稼ぎ、誤魔化すように山盛りの肉が乗った皿を差し出して来た。
「ああ、そうか。ええと、じゃあ、俺が言いたい事は判って貰えるだろうね」
「あの方々のような立派な事が務まるとは思えません」
「そんなに大きく考える必要はないかな」
飢餓や戦争、環境破壊を食い止めるという地球規模の目標を掲げ活動している人々が目立つのは仕方がないけれど、もっと身近な支援を必要としている人だって沢山居るのだとガスパード・シングルトンは心を込めて続けた。
「健康的な献立を教える会とか、間伐材で食器作る人達とか、アルみたいにホークランプと魔法使いの共生を多面的に訴えるグループみたいなのもある。まあ、国際ホークランプ研究フォーラムは結構な大所帯なんだけど」
「そこになら既に所属しています」
「そうなんだ。ホークランプ料理についての普及活動辺りかな」
「ええ、似たようなものです」
実際には、マートラップ触手液由来成分含有ホークランプ軟膏の有用性についてを細々と書いているのだが、そこまで説明する必要はない。
それよりも重要なのは、果たして現在所属しているこの組織は金銭援助も必要としているのだろうか、という所にある。無論、どのような規模の団体であろうと資金があるに越したことはない。しかし、これだけの大所帯ともなれば活動を援助する法人の1つや2つが存在している、何より、贈り主であるフラメル夫妻がホークランプに対して好意を持っているかどうかが判らない。
私と同じ考えに至ったのであろうガスパード・シングルトンも難しい表情で髭の茂みに隠れた顎を抓み、20年前の価値観になるがホークランプはボーバトンでも沿岸部出身の、更に一部生徒を除き人気といえる魔法生物ではなかったと溢す。
フラメル夫妻はパリ出身だ。600年以上の年月を生きている彼等に20年前の法則が当て嵌まるのかは知らないが、賭けに出るべきではないとお互い無言で確認し合った。
「悩んでいるのなら、会場の皆に訊く事をお勧めするよ。この場だと寄付と名義貸し中心のブラック家は当然として、大佐もローザもサングィニもそうだから、今日呼ばれた人達はほとんど全員が大なり小なり関係していると思う。ああ、ダニエルはNGOの代表だから、いや、魔法界側ではNPOの理事か」
ボランティア精神が根付いているイギリスとはいえ、彼等は一体何時休んでいるのかと不思議になる。特に、本業と副業の隔たりと処理する仕事量が激しいファブスター校長の体力と精神力が実年齢からかけ離れ過ぎて化け物じみている。
流石は海兵隊の大佐であった男、では到底片付けられない。ちょっと思考の箍が外れる時もある領域で済まされている私なんかよりも余程、彼の生き様の方が常人離れしていると表現しても決して過言ではないだろう。
しかし、彼の能力に何度目かの戦慄するのはこれくらいにしなければなるまい、今はガスパード・シングルトンの提案を真摯に受け止め、甘えるべきだ。
「ガスパールは、どのような組織に所属しておられるのですか?」
「俺のは種族とセクシュアリティの問題を含むから、参考にならないと思うけど。それでもいいかな」
「はい、勿論」
複雑ではないけれど内容が多岐に渡るから食べながら聞いて欲しいと言われ、素直に皿の上を片付け始めると、その辺が犬なんだよなあと低い小声で呟かれ、既に溢れんばかりに肉が乗っている皿にケジャン風味のザリガニが増量される。
美味しくいただいている反面、正直、飽きも来ている。炭水化物、可能ならば白米が欲しいと、我儘を言える雰囲気ではないので、仕方なく炭酸水でタンパク質に塗れた舌を誤魔化した。今は何よりも、ガスパード・シングルトンの話に集中しよう。
「肩肘張る必要はないよ。単純に表現すればだね、俺は体格差が大きな夫婦の家庭を援助しているんだ。規模は小さくて、俺と親族数人の組織で」
彼の両親は母親が巨人族のクオーター、父方の祖父がノッカーとレプラコーンの血を継いでいるので幸いであったが、遥かに小さな妻を持つ母方の従兄弟や、逆に遥かに大きな夫を持つ父方の従姉妹は、相手との肉体的な差という問題で夫婦の営みや子供を孕む事すら難しいと続けた。
「こんな風に例えると一部の人はいい顔をしないけれど、異種交配と国際結婚のハイブリッドを想像してくれれば判り易いかな」
「単独で行動するメスのピューマと、群れで生活するオスのアフリカライオンを交配させるリスク」
「うん、理解してくれているね。巨人や小人は体格と文化が近しい種族と婚姻する、まあ、どのような生き物であろうと社会的な存在である以上、そうなるのは必然だ。お伽噺の中だろうと、リリパット国民、ブレフスキュ国民、ブロブディンナグ国民と連合王国民が同じ社会で共同生活を営めるとは思えないからね。それで、先程挙げた彼等の中では異種族との婚姻という極稀な例外を受け入れる社会基盤整備は必要とされず、余所者はコミュニティから排除する事で均衡を保つ。魔法界側は、受け入れ態勢が不十分だけれど本人達の努力次第で生きてはいける。ただ、子供を望むのなら覚悟が必要だ。将来的な生活以前に、妊娠時から様々な課題があり、母体が子宮破裂を免れたとしても、血液型不適合妊娠が起きる可能性も決して低くなく新生児も自己免疫疾患や……あー、ごめんね。簡単に言うと、社会も個人も問題が多いから、夫婦になって子供を生むリスクを納得して貰って、その上で生きていけるようにサポートしますって活動なんだ」
相手が子供だと思い出したガスパード・シングルトンは垂れ流すような口調を改め、慌てて人好きのする表情に戻し、何ら疚しい訳でもないのに言い訳のように捲し立てた。
「勿論、リスクが多いから別れろなんて言う事は絶対ないから。説明して行く内に……結果的に離婚する家庭や別れる恋人が多いだけで」
弱々しい語尾に彼が積み重ねて来たものを悟り、苦笑する。
それでも苦笑で済むのは、彼自身が屈強な見た目を持つ男性で様々な血を先祖として持つからだ、何十代遡っても同一人種の見目が弱々しい男性が同じ説明をしよううものなら、多様性を受け入れられない差別主義者は黙れと拳を振り下ろされていただろう。
暴言を吐かれても次の世代の為に支援しようとするガスパード・シングルトンの活動には頭が下がるが、共感はしない。恩を仇で返すような人間へ積極的に関わる程、私は善意に満ち溢れてはいないので。
そんな思考の中で、実家の緩い空気を思い出して、久し振りに郷愁の念に駆られた。
元の世界にも差別や迫害は普通に存在するが、郷に入れば郷に従え精神で問題なく生きていける。従いたくない者達が力を合わせ別の郷を作る事は認められており、新たな共同体は他の郷へ迷惑をかけない限り黙認されていた。
単一種族だけで成り立っている社会に異種族が権利を認めろと突撃する事態はまずない、その手の存在達は私の実家のような場所が受け皿となっているからだ。尤も、実家は敷地面積の関係で、保護というよりは祭りや飲み会と称した似非集団面接や、他の郷への口利きと斡旋が多数を占める紹介所のような場所だが。
「感謝されたいからやる、という動機では出来ない活動ですね」
「それは間違いなくそうだね。偽善でもやる事は同じだからするべきだという論もあるけれど、うちの組織では受け入れる事は出来ない」
「目的が違う以上、手段が必ず違って来る。手段が異なれば、当然結果も異なる」
「特に大きな問題や障害が起こった時にそれらは顕著に現れると続けば大正解だ、幸い組織内では未経験だけど。うん、は判る子だ」
大きな手羽元の塊を骨だけ綺麗に残して飲み込んだガスパード・シングルトンは、感謝される事なんてほとんどないと優しい目で言った。
「覚悟を決めた夫婦にしても、実際子供が出来るとなると態度が急変する。代理母出産は、最初から嫌がる奥さんが多い。かと言って懐妊後、胎児や母体に呪文や魔法薬を使うのも怖いと拒絶される。出産した後で、自分よりも背丈の大きな嬰児を育てられない、愛する事が出来ないと、子供を作る体が欲しかっただけで子供は必要ではなかったと気付いた人は悲惨だったな。里子や養子を選択した夫婦、ペットで満足する家庭。ついこの間会いに行った北欧の親戚は甥っ子や姪っ子に恵まれて満足だと言っていたから、本当に色々だ。うん、そう考えると、俺は幸せだな。家族にも友人にも愛人にも恵まれた」
「イギリスでは差別が根付いていますが、フランスでは違うのですか」
「ない訳じゃない。先祖が巨人だから、鉱夫系の小人だから、イギリス人だから、黒人だから、アジア人だから、マグルだから、男だから、そんな血筋や外見上の理由であからさまな差別は常に受けた。でも運良く同室の友人にアルが居て、彼が守ってくれたからね。知っているかもしれないけれど、アルは1000年くらい前から存在する古い純血の一族の出身で力もそこそこ持っていて、おまけに偏見とは縁がない男なんだ」
ホークランプに対する偏見と差別に立ち向かう男のように思えるが、実は生物全てに対しても同じように振る舞えるのだと告げられて、思わず笑う。
という事は、ホークランプでも駄目な方のシリウス・ブラック似の個体が現れた場合の反応は、考えるまでもない。アルマン・メルフワはホークランプの全てを愛しているが、全てのホークランプを愛している訳ではない。群れに害や不利益を齎す個体、例えば庭園に大繁殖し魔法使い達の気分を害する群れならば躊躇なく間引き、ホークランプの印象を良くする研究の為の犠牲には目を瞑る。彼は熱狂的愛護主義者ではない。
感情論抜きで損得で動く事が出来る、だからこそ、アルマン・メルフワは入学時から意識して振る舞える目の前の男を擁護したのだろう。その方が、印象がいい。
「けれど、全てがアルマンおじ様のお陰ではないのでしょう。ガスパールは私と同じ年くらいから堂々としていそうです」
「肯定しよう。学校に行く前からフランスの言葉や文化を学んで、出身はイギリスで色々な血が混ざっているけれどフランス人として生きていくんだって胸を張っていたから。でも、それは何処の国でも同じだと思わないかな、逆に仮定してみよう。フランスの治安が悪いからホグワーツに来たけれど私は誇り高きフランス人だ、イギリスの文化は劣っている、奇妙で野蛮で不潔だ、食べ物は不味い、なんて文句ばかりで敬意の欠片もない態度だったら人種以前に人格で嫌われ、誰からも白い目で見られる」
「ガスパールは、私もホグワーツで貴方のように振る舞うべきだと思いますか」
「問題を避けて、沢山の生徒に好かれたいのなら、そうするべきだ。権利を主張する前に相手の文化に敬意を示さなければならない。けれど、そう思わないのなら自由にすればいい。君はそれを許されている立場に居る」
「では自由にします」
第一、私は10代の子供達に合わせようと思って合わせられるような性格ではない。精神年齢を若々しく保つ努力すら嫌だ。そもそもそれは努力なのだろうか。
軽い口調にも関わらず私の意志が嘘偽りないと悟ったのか、ガスパード・シングルトンは真面目な話になり過ぎたと太く笑い、何時の間にか入っていた肩の力を抜いた。
「で、なんだっけ。そう、NPOの話だったかな。陰鬱で悲惨な話ばかりだったかもしれないけれど、そんな環境で生活しなければならない人が居るからこそ活動に意味があるんだ。俺達は、何もかもが満ち足りている豊かな人々を支援するつもりはない。それにね、これでも昔に比べたら法整備も進んでいるんだ。マグル界で出生を怪しまれないように各国魔法省主導で戸籍や書類を偽造してくれたり、人とは少し違う容姿や体の大きさで不審がられないように診断書を出してくれたりね」
この世界に来た時には思い付かなかった、寧ろこれが正規の利用方法ではないかと思える言葉が今更とんでもない方向から飛び出したが、動揺はしない。ただ、私の想像力不足は過去も現在も変わらず酷いなと思えるだけだ。
言われてみれば、その通りだ。
徴兵回避の為に作られたシステムを流用するようになったのか、逆なのかまでは判らないが、彼の言葉を聞く限り前者だろうか。しかし、ブラック家のように1世紀単位の過去を少し前の事で片付けるタイプの人種の可能性もある。だから何が困る訳ではないが。
「メルヴィッドの戸籍ロンダリングも、このシステムが使われたんですよね」
「うん、そうだ、だから君ではない・達は種族として人間ではないか、魔法界の歴史やシステムに詳しい魔法使い、またはその両方と考えられる」
彼は、私の左目を通して、私ではない私に語り掛けるような口振りでその言葉を放った。多分、いずれ追い詰めてやるぞというブラック家側からの宣戦布告なのだろうか、実際、私ではない私こと私自身にはしっかり届いているので意味があるが、効果は期待出来ない。
中々有意義で不毛な遣り取りだと感心していると、唐突に何処からか目覚まし時計のような電子音が鳴り響き、振り返るとジョイス・ロックハートがポケットから何かを取り出して周囲に中座を申し出た後、別荘に向かって早足で消えて行った。
何処かで聞いた音だと記憶に問い掛けている最中、大きな影が視界の端で動いたので視線を上げると、グリルの中身を空にする勢いで肉を盛っていたガスパード・シングルトンが、魔法道具発明家の顔でビーパーっていいなあと溜息混じりに呟いた。
ビーパー、そうだ、ポケベルだ。私の居た時代では既に使えなくなってしまった小型受信機であったが、この時代では今が最盛期だった。今、彼はそれを、羨んだのか。
「似たような呪文は既に存在して、確かメルヴィッドも双方向の音声通話呪文みたいな魔法を開発していたよね。両面鏡も便利なんだけど、機能やデザインがクールじゃないよね。アメリカのロナルド・メイスが提唱した概念、知ってるかい?」
「ユニバーサルデザインですよね。私は好きですよ」
「ああ、矢っ張り知っていたんだ。それに好きなんだね。その目だからかな。嬉しいよ、大抵の魔法使いは知らない以前に興味もないんだ。別に機能やデザインの多様性を排除するつもりも否定するつもりも全くない、使いづらい事で付加価値が付く場合も多い。でも世界中の誰もが扱える製品って何で魔法界じゃ受けないんだろう。もう20世紀も終わるのに何で中世デザインの鍋を使おうとするかな」
鍋だってもっと使い易いデザインを考えたのに、結局一番売れるのは脚付きで使い勝手の悪い古臭い鍋なんだと呪詛を吐きながら嘆く広くて大きな背中を、子供の手の平でそっと撫でた。
実家の土間や台所やキッチンで窯、土鍋、圧力鍋、炊飯器と米炊き道具を使いこなす私からすると、商売とはいえ彼の境遇には正直同情する。
「脚付きの鍋って、洗浄が面倒ですよね」
「俺もそう思う。収納も面倒だと思った。魔法薬を作る際の基本は以前作った薬品を鍋の中に1滴たりとも残さない事だ、そう考えて作ったら、その鍋は全く売れなかった」
「学校指定の鍋ならば兎も角、自動撹拌鍋なら分解出来た方が楽ですよね」
「そう考えて作ったら、その鍋は全く売れなかった」
「すみません、嫌な事を思い出させてしまったみたいで」
「オレ、ナカマ、ホシイ。は何か魔法道具を作らないのかな?」
即答出来て残念ではあるが、才能や魔法力が皆無でも扱えるような戦力底上げ道具など私が作るはずがない。
陰茎と睾丸をベルベットモンキー色にする呪文とか、全身をアオアシカツオドリ色にする呪文とか、VR体験もどき魔法とか、全身に目玉が生える呪い辺りは研究したものの、魔法道具は一切触れた事がない。一見魔法道具に見える人形達だってソワナの魔法式で動いているに過ぎない。
私がそのような魔法使いである事を、ガスパード・シングルトンが知らないとは到底思えない。となると、意図的なのか、判断力が鈍っているからなのか。いずれにしても、とんでもない方向からビーンボールを投げられたので、クリケットクラブで打ち返そう。
「知識と技術と興味が皆無です」
「そうだよ、だって保護者が才能限界突破した道具要らずの家庭環境だからそうなるのが必然なんだよ。魔法道具の基本技術を教える授業はホグワーツにもないし。判ってるよ、魔法使いがそっちに参入したら困る種族が大量に居るから公共事業的な役割の保護政策みたいなものなんだよ。マグルの特許違反しまくってる奴も多いから万が一損害賠償請求された場合は種族毎ばっさり切り捨てるつもりって本当黒いなブラック家」
「坊ちゃん、お時間は十分でありますが、そろそろ次の方へ挨拶をなさるべきではないかとクリーチャーは存じます」
別に、ブラック3人衆辺りは気にも留めない事実の暴露だったようだが、後半の一言か二言辺りがクリーチャー的にいただけなかったのだろう。
あれだけ私のハグから逃げ回っていたのに、笑ってしまうようなタイミングで割り込んで来た、小さく可愛らしく判り易い友人で駒を拒絶すべきではない。
「そうですね、では」
「クリーチャーはサングィニ様と顔なじみで御座います。今から坊ちゃんにご紹介させていただきます。さあ、どうぞこちらへ」
「お願いします」
ハウスエルフの微笑ましい努力に4つの灰色の視線が注がれているのが判る。
しかし、当の本人は別の事で頭が一杯なのか、頬を紅潮させながら出来る限り早足で、グリルから私を遠ざけようと努力していた。そのような所がいじらしいのだが、メルヴィッドやエイゼルには理解し難い嗜好らしい。
「坊ちゃん」
「はい、なんですか。クリーチャー」
丸まった背中と、歩く度に揺れる大きな耳に見惚れながら穏やかな声で返すと、張り詰めていたクリーチャーの気配が少しだけ緩む。続けられた声も、同様だった。
「あの方々は、坊ちゃんに知らせる事を選んだのですね。坊ちゃんは、あの資料をお読みになられたのですね」
「はい。そうですね」
「坊ちゃん方は、間違いなく家族なのですね」
暖かなものが含まれた真摯な言葉に対して、夏風に吹かれるまま気軽に嘘を吐く。
あの屋根の下で過ごす全員が否定する、肯定の言葉を。