曖昧トルマリン

graytourmaline

コロップス

「お気持ちとメッセージカードだけいただきます」
 ゆっくりと横に振られた首と私の言葉に、今度はマリウス・ブラックが観念しろよと愚痴を零し盛大な溜息を吐く。
「じゃあ何だ。可愛い坊やは大人達に無益な苦労を味あわせるつもりか」
「ゴブレットをブラック家へ譲渡した事を隠し、フラメル夫妻には私が心から謝意を表していたとお伝えになってください。感謝の気持ちは偽りではありません、第一、嘘など幾らでも吐き慣れているとマリウス大伯父様も仰ったではありませんか」
「このクソガキが」
 普通、ここは生意気な態度に腹を立てるのが正しく求められる反応だと思うのだが、私を悪童呼ばわりをした割に表情は嬉しそうで、男らしい手は髪を掻き混ぜるように力強く撫で始めた。
 性悪好きと散々詰っていたマリウス・ブラック自身も性格に難のある人物を好んでいるのではないかと表情に出ていたのだろうか、小賢しいふりをするお馬鹿な仔犬の腹を撫でる愛情表現と老獪な猟犬に手を伸ばす行為は全く違うものだと先に遮られる。
「でも却下だな。お前の為に夫婦を騙すメリットがない、万が一バレた時の事を考えてみろよ。どう考えても純金のゴブレット2個如きじゃ釣り合わない」
 先に嘘を吐いたのはブラック家側であるという点を考慮しなければ、私が折れて受け取れば万事解決ではある。しかし、それでは嫌なのだと尚も聞き分け悪く感情論で押し通そうとする口に、新たな肉が捩じ込まれた。
 味からして間違いなく馬肉というか天馬肉だろう、しかもヒレ肉だ。ミディアムレアで焼かれたステーキも美味しいが、ここは是非様々な部位と合わせて馬刺しで食べたい。内臓も煮付けにして小鉢で食べたい。天馬肉はイギリス国内で購入可能な肉なのだろうか、無理ならば個人輸入も視野に入れたい。非魔法界の場合は確実に税関で差し止めを食らう物も、魔法界ならばきっと出来る。
 馬肉の輸入といえば、約20年後くらいに牛肉と表示されたフランス産の冷凍食品に馬や豚が使用された食品偽装事件が発覚するのだが、面倒なので黙っていよう。精神に害はあっても肉体への害はない。それに、現時点では表示通りフランス産の牛肉を使用している可能性や、そもそも問題の製品が世に出ていない可能性もあるのだから。
 牛の睾丸と鰐とザリガニと犬と猫と馬ならば馬の肉が一番好みだと自身の味覚を再認識していると、片手でクリーチャーを抱き上げたガスパード・シングルトンがぬいぐるみよろしく彼を手渡して来たので受け取った。代わりに、ゴブレットは彼の手の中へ。
 もしかして、彼が一時的に預かるか貰ってくれるのだろうかと、狼狽するクリーチャーを宥めながら期待を寄せた。
「間違いなく純金だ。学生の頃から聞いていたけれど、賢者の石は凄いな」
「何だガスピー。魔法道具職人から密輸業者を経て、今度は錬金術でも始める気か。若さは力だ、血族的に見ても冶金の才能は間違いなくあるからバックアップしてやるぜ」
「まさかですよ、冶金よりも鍛冶の方が俺には合っています。それに近世ならば兎も角、今の世の中には金のインゴットより価値の高い物が溢れている」
 今のは、おかしくないか。
 純金よりも利益の高い物を身近に感じているが故に欠片も執着を見せないガスパード・シングルトンと、腕の中で俄に硬直したクリーチャーを感じ取り何かが妙だと本能が告げ、急いで手持ちのカードを整理しろと胃に回っていた血液が脳に昇る。
 彼の言う価値の高い物とは何だ。
 杜撰な国境警備態勢と空間拡張呪文を使用出来る点から見て、魔法使いによる武器の密輸は確かに金になるだろう、しかし、それは輸出先が非魔法界の場合だ。輸入元が非魔法界で輸出先が魔法界の場合、物価の差を含めると果たして儲けは出るのだろうか。魔法界は物価が安く、銃火器を購入する人間も少数に過ぎない。民間軍事会社を積極的に利用するブラック家が存在したとしても、顧客の上限に伸び代がない以上、とてもではないが魅力的な市場とは思えない。
 非魔法界で彼が死の商人として動いているのならば納得出来るが、販売経路を同業者や各国の諜報機関に疑いを抱かれ、一から十まで不審な点を全て洗われる危険性がある。一財産築くためにリスクを犯す価値はあるが、魔法界が認知と利用される懸念からブラック家が許さないだろう。
 魔法道具の発明家として十分な利益を上げており、ガスパード・シングルトンの頭脳から湧き出るアイデアは純金よりも遥かに価値が高いという可能性は、低い。特許という制度を整備されている非魔法界の先進国間ならば考えられなくはない、しかし、残念ながら魔法界は違う。彼自身にも否定されたばかりだ。
 実は5歳児の落書きが美術品とされ、実際に高額で取引されている。であるのならば、帳簿が大幅に狂い、そこから怪しまれる。そしてクリーチャーが反応する理由がない。彼の緊張する姿は、メルヴィッドとエイゼルはシラを切り通せたのに、1人だけあからさまに驚き慌てる私を見ているようだ。
 ガスパード・シングルトンの言葉を全て真実とした場合、密輸と共に運んでいる品物は情報。次に浮かんでくるのが麻薬。最後に香木や犀角のような鑑定を必要とする骨董品系。
 レアメタルは魔法界で利用されない。臓器は彼自身がブローカーならば小遣い程度には稼げるものの運び屋ならばリスクばかり大きく利益が出ない、寧ろ、開発した義眼を正規ルートで売った方が余程安全に稼げるので除外する。
 この場に居る誰かにカマをかけて絞り込む、べきではないだろう。
 将来の為に弱みの1つや2つは握っておきたいというのが本音ではあるが、今現在、彼等と敵対している訳ではない。そういう所が駄目なのだと理解していても、好感度を保持したまま詰問出来る程、私は器用ではないのだ。
 何よりも、腕の中で不安そうにしているクリーチャーが可哀想だろう。アークタルス・ブラックから私への追求が決して尋問にならない理由に共感出来るのは、こんな時だ。
 もしかしたら未だ合流先が判明していない情報の断片はこの辺りで全て繋がっている、などという考えは流石に飛躍が過ぎている。
 否、本当にそうだろうか。
 私のような半端者に訊いて欲しくない情報ならば、アークタルス・ブラックの的確な指示の下、この場に招待された彼等は一欠片も漏らす事なく隠蔽するだろう。何も知らない内に始まり、事が終わった後でも感じ取れないような動きも、ブラック家ならば可能だ。ならば今の状況は、寧ろ昨夜与えてしまった失望の再現なのではないか。
 私の雑な予測が、間違っているのならばそれでいい。愛玩動物以上になるつもりならば訊け、動けと指導されたばかりではないか。
 サングラスでも判るよう視線を送った先には、アークタルス・ブラックが泰然たる態度で足を組み、微笑んでいた。隣のファブスター校長も、同じ過ちを回避した生徒を脳内の通知表と見比べているような目をしている。
「な、面倒臭いだろ? 特にアークタルスは」
 2人に気を取られていた私の両肩を強く叩きいたのは、マリウス・ブラックだった。
「扱かれてた時の事を思い出すね。俺がガキの頃から既にあんなだったぞ、あの従兄様は。いや、俺の頃からは考えられないくらいには優しいけどな」
「ん。なんだ、気付かれたのか」
「まあ、あれだ。昨日の今日だし流石にな、レギュラスがそれとなく話題に出したってのもあるが。でも全部が全部じゃねえだろ。何割くらい勘なんだ?」
「キャップの今の発言で8割程に引き下げられました」
 こんな所で見栄を張っても仕方がないので判らない事だらけだと正直に述べると、そこは嘘でも5割を切ってハッタリかましておけよと突っ込まれる。
「4割5分です」
「真面目な顔で抜かすな。何でお前はブラック家の家系に生まれたんだよ。環境だけじゃ、そうはならないだろ。一体誰の血が混ざってそんなになった」
「南米も含めて」
「……おい。実は8割以上判ってるとかないだろうな」
「当てずっぽうですよ? 裏付けなんて、ほんの少しもありません」
 会話を無視してまで南米という単語を差し込んだ理由も単なる思い付きで、深い意味などない。南米に関係あるのならば選択がほぼ確定される、関係なければ選択肢が1つ減るだけで残念だったなと笑われる程度の軽い気持ちだった。
 コイントスのように放った言葉が、結果的に正解だっただけである。
「そんなもん必要ねえよ。証拠なんぞ皆無でも動けるだろ、公的機関じゃあるまいし」
「個人が怖いのはそこなんだよ」
 あちら系の組織なのか、個人探偵なのか、密輸業者という職業上、何かに嗅ぎ回られた経験があるガスパード・シングルトンは、太い腕を組んでしみじみとした様子で頷いた。
 彼の語るその恐怖は、私でも判るつもりだ。
 ダンブルドアにしても、ブラック家にしても、勘だけで動き回られる時が最も厄介だ。出会ったばかりの頃のメルヴィッドにも告げ、今は私の方が忠告を受ける立場だが、特にダンブルドアは結論ありきで行動を起こす頻度が高く、部下も部下であれの決断を盲信している所為もあり難儀している。尤も、メルヴィッドのように上手く方向性を狂わせる事さえ出来れば、私やエイゼルに有利な条件を付けてホグワーツへ招き入れる等の失態を犯すので利点もある。
 ブラック家の場合はダンブルドアと違い、勘以前に気軽に質の高い人員をローラー作戦に割き実行出来てしまうので、デコイをどれだけばら撒こうとも時間稼ぎにしかならず潰される物量的な恐怖があった。
 ありえない話ではあるものの、この両者が手を組み同一勢力となる悪夢が実現するような世界に飛ばされていたならば、私は絶望して膝から崩れ落ちていただろう。
「駆け出しの頃は何度か嗅ぎ付けられて、難儀した。あの時はデイヴに色々と」
「昔の事を掘り返すな。それも俺の仕事だ、謝罪も感謝もいらねえよ」
 それよりもクリーチャーが私の腕の中から離脱出来ないでいるのだから網と鉄板と火の面倒を見ろと話を逸らし、3分の1くらいに減っていた自身のグラスへ追加のブランデーを滝の如く注ぎ入れた。
「ねえ、クリーチャー。キャップは案外、アークタルス様と似ていますよね。本質が」
「クリーチャーは同意いたします。マリウス様は、坊ちゃんと同じご年齢の頃よりシリウス様とアークタルス様の元でご成長なされましたので、ブラック家の一員として正しく振る舞う教養を身に付けておいでなのです」
「それ、判るな。態と口汚く色々言っているけれど、今日の面子だってデイヴが集めた訳だから。この人も結構な割合で試験を実施するんだよ」
 口調や立ち振舞が違っていてもブラック家の精神は変わらないと、笑えるくらい体格が異なる3人でマリウス・ブラックとアークタルス・ブラックの関係について言及すると、相当恥ずかしいのか勢いよくトングを突き付けられる。
「ああ、やめだ! やめ! そんな窮屈な話は昨日で終わってんだよ。いいか、此処は馬鹿騒ぎする場所で、今は下らねえ談笑を楽しむ時間だ。おら、肉食え、肉!」
 クリーチャーで手一杯の私に代わり、ゴブレットから皿に持ち替えたガスパード・シングルトンが仕方なさそうに笑い、次々と盛られる肉を処理し始めた。時折差し出されるフォークの先へ素直に齧り付くと、食事が出来ないのは一大事だとばかりにクリーチャーが離して欲しいと控えめに暴れ、訴え出す。そして、当然のように誰もが無視した。
「ネタで持って来たのにお前等は躊躇なくそれ食うよな、キンタマだぞ」
「デイヴは牛の心臓を食べる事に躊躇しますか。それが睾丸に代わっただけに過ぎないのならば、忌避されるような食材だと俺は思えません」
「ああ、それ私も思いました。心臓以外にも、性的な部位が理由なら子宮や乳房だって食べるのですから尻込みする必要を感じませんよね。スープNo.5だって食べられますよ」
「でも何か痛くなるだろ、男なら。で、5番目のスープ? 随分ケミカルで数学的な料理名だな。一応訊いてやる、なんだそりゃ」
 なんとなく予想をしている感じではあったので、右腕、左腕、右脚、左脚、股間の順で指をさす。途端に、下ネタかよと弾けるように笑われた。
 玉は痛いのに竿を笑う感性がよく判らないのだが、マリウス・ブラックはまだまだ元気な男の子である事は理解した。
「フィリピンのローカルフードなんてよく知ってるね」
「ガスパールこそ」
「仕事の都合で、今はラオスに住んでいるから」
「フィリピンとラオスは、イギリスとオーストリアくらい違いませんか」
「バロットとピータンくらいの差じゃないかな」
「お前等はゲテモノの話題を出さないと死ぬ呪いにでも掛かってるのか。クリーチャーを離してやれ、流石に同情する」
 鳩の卵は茹でると白身が半透明なまま固まる、魔法生物の茹で卵大辞典とか売っていないかなと、こちらもこちらで男の子な会話を繰り広げる中、マリウス・ブラックに従いクリーチャーを離すと一目散に調理へと逃げてしまった。
 因みに、ハウスエルフは胎生である。肉の味は知らないが、サングィニからプレゼントされた魔法生物料理教本というレシピになら書いてあるかもしれない。彼等の持つ忠義心や能力と可食部分を踏まえると、食用になる可能性は人間以上に低い気もするが。
 赤ん坊のように何でもかんでも口に入れるべきではないとマリウス・ブラックに注意されたので大人しくネコ肉を食べると、残念そうな表情で、見た目は普通の肉なのになと呟かれた。味だって普通の肉だと返したかったが、グループ内の半数が楽しめないようなので、この話題を引っ張るべきではないだろう。
 平和な話題転換の為、ガスパード・シングルトンにプレゼントの礼を言い、もっとラオス的な物をクリスマスには送ると返されたので、では私はクリスマスと彼の誕生日にと言いかけると、プレゼントの山の中に自分の鍋が見えたと遮られた。この場に居る大人達は、何が何でも私からのプレゼントを回避するつもりらしい。せめてものお礼に、セーターでも編もう。彼のセーターは編み応えがありそうだ。
「プレゼントの中に全自動撹拌鍋があった気がするんだけど」
「何だガスピー、商魂逞しいな。自分の商品送り付けたのか」
「別の方からですよ、俺は無難にダッチオーブンと調味料用の壺にしましたから」
「あの巨大な壺、調味料用だったんですか」
「巨人族が普段遣いする物だから少し大きいかもしれないかな」
 ローストターキーも余裕で作れそうな大きめのダッチオーブンにはそれはもう年甲斐もなくはしゃいだが、もう片方の、少しと呼ぶにはスケールの調整が必要な焼物は調味料を入れる為の壺だったのか。花器や傘立てにするにも巨大過ぎ、オブジェにするには味気なく、壺湯にでも使ってみようかと考えていた、あの焼物が。
 いや、もう壺湯でいいだろう。調味料入れと言われても糠床や壺漬けを仕込むくらいしか用途を思い付かず、しかも幾らメルヴィッドやエイゼルが健啖家とはいえ同じ味の保存食を消費出来る目処が立たない。
 本来の目的から逸れた全く別の用途を思い付いた事を感じ取ったのか、2人はそれ以上壺について言及せず、代わりに鍋についての話題に戻った。
「あの型番はフランスで先行発売したパンも焼けるタイプの大型鍋なんだ。だから、もしかして俺は余計なお世話をしてしまったかなと思ってね」
 ガスパード・シングルトンが世に出した魔法界型ホームベーカリーという素晴らしい鍋を贈ってくれたのはアルマン・メルフワなので、フランス人の知り合いが居るという意味では正しい。しかし、文通相手を紹介してくれた彼の親切が余計なお世話とは微塵も思っていない。これは訂正する必要があるだろう。
「いいえ、まさか。おじ様はフランス人ですが、お忙しい方ですし趣味を通じて知り合った仲なので、今更フランス語を勉強したいとはとても切り出せません。何より、年の近い文通相手は初めてなので、今から楽しみなんです」
 唯でさえ多忙なアルマン・メルフワに様々なアドバイスや資料を貰ったのだ。これ以上の負担はかけられないとの気持ちと、ガスパード・シングルトンの申し出は本当に有り難かったと口に出すと、ほっとした表情をされた。スキンヘッドで厳つい髭面だが、自己申告していた通り、彼は何処かとっつきやすさがある。
「そうなんだ、なら安心かな。因みに、趣味というと料理仲間?」
「いいえ、魔法生物関係で」
 ホークランプと単語を出すべきか迷ったが、レギュラス・ブラックの反応を思い出し寸での所で留まる。ガスパード・シングルトンは問題ないかもしれないが、マリウス・ブラックはいい顔をしないだろう。ああ、この子供の言うフランス人のおじ様はあいつの事かと理解したような彼の表情は見なかった事にした。
「そうなんだ。俺の古くからの友人も魔法生物が好きで、今は国連で働いているんだよ。そう言えば、多忙過ぎて全然会えてないな、あいつ今何してるのかな」
「凄い偶然ですね、おじ様も国連の環境保護機関に勤めておられるんですよ」
「俺の友人も似たような部署だったはずだ。機関の名前は思い出せないけど、上部の組織ではなかったかな」
「下部組織なら星の数だな。ドラゴンだヌンドゥだと毛皮に覆われたケツを追いかけ回してる魔法生物オタクは案外多いのかね」
「いや、デイヴ。期待を裏切れて嬉しいけれど、俺の友人はホークランプ愛好家だ」
「マジかよ。いや、ちょっと待て。思考する時間をくれ」
 数秒の思考の後、国連に所属しホークランプを愛するフランス人がこの世に2人以上存在してたまるかと灰色の瞳が強く訴えて来た。マリウス・ブラックはそう主張するが、私は別に、2人以上居てもいいのではないかと思う。
 しかし、幾らブラック家とはいえ、繋がりを持つ魔法使い達の学生時代の交友関係までは一々調べ上げないらしい。膨大な数になるのだから考えてみれば当然だ、余程の大物でもない限り、そんな面倒な調査は行わないだろう。
「ガスパール、もしかしなくても、御学友のお名前はアルマン・メルフワ様ですよね」
「ああ、そうなのか。デイヴがこんな表情をしている理由が判ったよ。世の中狭いな、こんな場所であいつの知り合いと会うなんて、いや、俺の為にも少し時間をくれ、趣味という事は、ホークランプ繋がりで?」
「はい。ガスパールの鍋以外のプレゼントは全部ホークランプに関係する物なんですよ。おじ様、学生の頃からホークランプが大好きだったんですねえ」
「正確には入学以前からだけど。まあ、いいや。あいつ元気だったかな、努力した甲斐あってまだマッチョのまま? それとも白アスパラに戻ったかな?」
「先々週お会いした時はブロンド日焼けの髭マッチョでした」
「おお。遂に髭まで、それに、今イギリスに居るのか」
 アルマン・メルフワとは同じ釜の飯を食った間柄どころではなく、入学から卒業まで共に同じ部屋で過ごし、体力必須の未来に向けて日々筋トレに付き合い続けた親友レベルの学友だとガスパード・シングルトンが明かした。そう言えば、彼は先程アークタルス・ブラックと私のくだらない意地の張り合いに巻き込まれた際、自分の年齢は30代だと言っていたような気がする。
 ついでに、20年前のアルマン・メルフワは線が細く色白の美しい少年だったらしい。顔立ちを思い出す限り、容姿の端麗さは判らないでもない。
「イギリスを発つ前に会いたいな。手紙を出さないと。デイヴ、急な頼みで申し訳ないが、この辺りで美味い酒を売る店を教えて欲しい」
「仕方ねえなあ。知り合いに連絡して上等なやつ見繕ってやるよ、ウイスキーかビールの2択でな。どんなに美味くても、サイダーじゃあ再会の祝杯には物足りねえだろ」
 仕事以外でも頼りにされる事が嬉しいのか、マリウス・ブラックは顎を擦りながら男らしく笑い、私には次会う機会があったらプレゼントした変な柄の靴下を履いて来るように言い残すと、クリーチャーに肉の面倒を頼んでその場から離れる。
 その間に、私もアルマン・メルフワの連絡先を教え、お礼のメッセージカードと共にガスパード・シングルトンの事をそれとなく伝えておくと約束した。
「そうだ、遅くなってしまいましたが、クリーチャーからのプレゼントも大変嬉しかったです。これから沢山本を読む事になるので、大切に使わせていただきますね」
「あのような形ばかりのもので申し訳ございません」
 主人達から金銭的援助を頼らなかったのか、身近な野草で作られた押し花のしおりを贈って来たクリーチャーのいじらしさに微笑むと、真っ赤な顔をして逃げ出される。更に話し掛けようとしても、マリウス・ブラックから肉を焼く使命を授かったと逃げ腰ながらもはっきりと返され、慣れない事をさせてくれるなと小さな背中で語っていた。
 これ以上追い詰めると、感謝どころか嫌がらせになってしまう。多分、既になっている。抱き締めて頬擦りするのは、また今度に繰り越そう。
 そう気持ちを新たにしている私の方を、太い指が小鳥の嘴のように突いた。
 振り返った先には、笑いを堪えている髭面スキンヘッドと、未回収のまま残された、金色のゴブレットが2つ。
「ああ、キャップにお返しするつもりだったのに!」
「確かに君は、犬っぽいなあ」
 因みに変な柄ってどんなのと尋ねられたので、足の裏に潰れたガムの模様が刺繍されていたから絶対に履かないと素直に答えると、いよいよ耐え切れなくなったのか喉の辺りから妙な音が漏れ、自分だったら犬の肉球柄を贈っただろうと言い切ると、ガスパード・シングルトンは豪快に笑い始めた。