曖昧トルマリン

graytourmaline

バルモラル・チキン

 テーブルから零れ落ちそうになっているプレゼントの山を解体し終えた直後の感想は、勘定放棄しなければならない程の過剰な量への慄きが1割、日本人からすれば雑だと見られる事が多いイギリスのラッピング文化も実態は階級による新たな事実に対しての関心が1割。
 残りの8割は、プレゼントの内容である。
 勿論、全てが全てではない。寧ろ、プレゼントらしいプレゼントの方が多かった。
 メルヴィッドが贈ってくれたようなパスタマシンやワッフルメーカーを筆頭とする平和で無害なプレゼントは、ただ純粋に嬉しい。エイゼルが贈ってくれたサインポール柄が理髪店のそれと同じように動く魔法界産の変なネクタイや、ゴブリン製のシースナイフも嘘偽りなく驚き、喜んだ。
 しかしプレゼントの中のたった2個だけは、これはもう明らかに駄目だと脳が認識した。その2個だけで思考の8割を占めるくらいには、圧倒的に駄目だった。ファブスター校長の言葉から覚悟をしていたはずの心臓が不規則に跳ねて心室細動の原因になるのではないかと本気で心配するくらいには、酷かった。
 その2個とは、極端に短いバレルのアサルトライフルの実銃と、牛革のブリーフケース。
 メイスからハンドガンならばまだしもアサルトライフルへの交換はわらしべ長者も笑えないと全神経が命令を出した前者はロザリンド・バングズから、一見何の変哲もなさそうなのに中身が大丈夫ではない後者はマリウス・ブラックからなのだが、本人達への抗議は後に回し、真っ先にお礼を言わないと臍を曲げそうな年下の男の子へ出向く。
 現実を拒絶し脳を休めたいという理由の方が、重いのかもしれない。
 日本人の気質からか、包装紙を豪快に破れなかった事から大幅に時間を浪費し、またしても談笑グループの面子が変化していたが、幸い彼等はその場から動かず椅子に身を預けたまま一喜一憂する私を観察していたようだ。
「アークタルス様、ファブスター大佐。御二方からいただいた素晴らしい贈り物に、感謝の申し上げようもございません」
「彼の反応は、私達だからなのかな。アークタルス」
「その通りだろうね、この子は礼儀をよく弁えている。しかし、今日の主役は君だ。マリウスも言っていたが畏まる必要はないんだよ」
 敬意を表すべき相手だからこそ、彼等からの言葉には素直に従うべきだろう。相手が無礼講だというならばと、先程ガスパード・シングルトンに求めたように両腕を広げアークタルス・ブラックに近付く。
「それでは、ハグさせてください」
 言葉よりも態度で。子供らしく判りやすい路線変更を見た灰色と青色が、同時に優しい色を宿した。生まれ持った部位でも、人工物だとしても、表に出された感情に偽りはない。
 年相応の細く小さな体を包み込み、次に未だに逞しく大きな体に包み込まれながら、2人から贈られた平和な品々を思い返す。
 アークタルス・ブラックからは実用品が多く、シンプルで落ち着いた感じのメンズ用アクセサリーボックス、木製のペーパーナイフ、ブラック家所属の製菓メーカーが出している魔法界産のトフィだった。
 対して、ファブスター校長からは私の趣味を理解してか、汚れを防ぐ事に適したスモック型のエプロン、丈夫そうなリネン製のランチョンマット、そして見た事もないメーカーが出しているハーブティーのティーバッグである。
 この国の一部階層に蔓延る、本命、義理、ジョーク用と価値の異なる複数のプレゼントを贈る財布直撃型の風習は、金銭的に余裕のある養育先の実子を見て経験を済ませていたので知ってはいた。こうして自分の身で体験出来たのは貴重で嬉しい反面、事ある毎にこのような物を貰っていては身が持たなくなる。
 その思考すら先読みされてなのか、添えられたメッセージカードには、何時、誰から受け取ったのかすら忘れてしまう贈り物よりも、カードに添えられた一言と思い出にこそ価値があると言いたげな内容が、複数人から贈られたが。
 因みにアークタルス・ブラックからは今年もセーターを何よりの楽しみにしているとまで書き加えられており、子供が気を遣って過ぎた返礼などするなと釘を刺された。
 ただ、彼のような立場の人間に対して、ごく普通の毛糸で編まれた手製のセーターを贈るような人間は居ないだろうから、ある意味本心なのかもしれない。今年のテーマにしたクリケットセーターも気合を入れて作る事にしよう。
「その様子だと気に入って貰えたようだね」
「はい、とても。特にアークタルス様からのプレゼントは、もっとずっと重い物だと覚悟していたので」
「重いとはどういう事かな」
 それに関しては、どうもこうもないだろう。文字通りの意味だ。
「不動産、高級腕時計、古美術品、純金や宝石のアクセサリー。それに、現金や不動産や株券や小切手や不動産辺りです」
 今回、不動産と純金に関しては他のブラック家から問題が浮上したので、この辺りは一族ぐるみの癖なのだろう。
 金に糸目をつけない家系の元当主に、家系の歴史と金銭感覚が比例していない元軍人が呆れた視線を送るのも無理はない。相手の趣味と実益のバランスを上手く考慮したプレゼント選ぶ感性の持ち主からすれば、アークタルスのそれは明らかに異常だ。
「アークタルス、それは子供でなくとも重いでしょう。貴方は一体、どれだけ家や土地を与えたがっているのですか」
「責めてくれるな、まだロンダリング用の1軒だけなのだから」
「先程話題に上がった別荘は、半分は本気だと捉えましたよ」
「半分冗談ならばいいだろう」
 中々私の心臓に悪い会話をしてくれるアークタルス・ブラックは、態となのだろうか。態とであって欲しい、これが本心だと思いたくない。
 幸いにしてこの願いは、ファブスター校長も同じようだった。
「そのような態度だから重いと言われるのです。いっそ国1つと言えば流石に冗談だろうと誰もが捉えるので、スケールを大幅に広げてください」
「スケールか。そうか、ビルや島の方が不労所得で収益を上げられるからレギュラスに譲るつもりだったが、1つくらいは融通が利くだろう。は喜んでくれるかもしれないな」
「アークタルス様、当人がこうして目の前に居るのではっきりと断言させていただきます。私は決して喜びませんからね。大佐、完全に藪蛇です」
「すまない。こうなるとは思わなかったんだ」
がそこまで嫌がるのならば、家か土地に落ち着くしかないな」
「そこはもう一声、ドールハウスかプランターまで縮小してください」
 本気なのか冗談なのか割合すら知りたくない言葉を口にするアークタルス・ブラックに血の気を引かせる私を哀れに思ったのだろう、ファブスター校長は殊更ゆっくりと首を振り、最終的には何十エーカーもある庭園や城でも見繕うつもりかと呆れた口調で呟いた。
「価値観の違いが仲違いの原因となる前に、解説の場を設けた方がいいようですね。は、そうだね、面白いプレゼントを選んだローザに会いに行くといい」
「矢張り大佐は、護身用の武器が紛れている事をご存知だったのですね。本来ならば是非ともその通りにしたいのですが、申し訳ありません、今回はキャップへ突撃します」
「あの人は、また何かやらかしたのか」
 マリウス・ブラックの部下として様々なトラブルを経験した過去でもあるのだろうか、短い言葉には推し量れない実感がこもっていた。
 アサルトライフル以上の贈与物ですらやらかし程度の言葉で括られてしまう辺り、ブラック家に生まれついた人間は、どのように生きてどう転ぼうともブラック家なのだろう。そうでないとしたら、恐らくハリーの肉体にブラック家の中でもその手の人間を引き寄せる因子が存在するに違いない。私自身にそのような能力はないと断言出来るし、何より私の世界のハリーは権力や財力を問わず強力な人間を引き寄せる星の下に生まれていたので。
「大佐のプレゼントも嬉しかったです。後で、お礼のカードを必ず送りますね」
「だったら是非、ハーブティーを賞味してからにしてくれないか。噂によると、胃腸を整えるハーブでパッケージは可愛らしいが、苦くて飲めたものではないらしい」
「承知しました、ジョークグッズとして面白おかしく試してみます」
 エイゼルのうなぎゼリーといい、信じられない程に不味い食べ物を他人へ勧めたくなる気持ちは男女はさて置き、老若は問わないらしい。場合によっては一口飲み切らず心置きなく吐き捨てろと贈り主から許可を貰ったので、私も彼等に倣い、罵倒覚悟でメルヴィッドとエイゼルを巻き込んでみよう。罵倒だけで済めばいいが。
 もう一度2人とハグをしてから離れ、マリウス・ブラックが居るグリルへ向かおうとすると、途中でデザートを取り分けていたロザリンド・バングズと目が合う。ジェスチャーでこちらに来るかと尋ねられたような気がしたので、先に用事があると軽いハンドサインもどきを送ると何故か正しく通じたようだ。
 アークタルス・ブラックに懇々と諭し始めたパートナーと同じく、あの人はまた何をやったのだと表情が語っている辺り、マリウス・ブラックは方方で騒ぎを起こしているらしい。それでもこうして見知らぬ子供のパーティに招待出来る知人友人を厳選可能である辺り、最低限の触れてはならないラインは理解しているようだが。
 それはそれとして、彼女が贈って来たアサルトライフルも相当である。
 現在の私の体格と赴く場所の条件を考えると非常に合理的で、重くて遅くて攻撃範囲が狭いメイスは勿論、射程距離が杖と大して変わらないハンドガンやサブマシンガンよりも遥かに使い勝手が良く性能も十分だ。しかし、子供の体で何年も前に元の世界で猟銃を扱った経験くらいしかない老人が果たして使い熟せるのかという不安があった。
 また、贈られたアサルトライフルではバースト射撃が出来ず、セミオートに頼らなければならない不安もある。逆に、バーストが備えられていないお陰で構造が単純になり故障率も格段に下がる利点があるので、一長一短だ。否、短所の方が少ないだろうか。指切りが出来るようになればバーストは不要になるのだから、訓練次第でどうとでもなる機能は無視したのだろう。
 残り1ヶ月で基礎を叩き込み、ホグワーツ就学後は引き続き護衛に訓練を任せるプランがあると信じよう。そこまで面倒を見て貰わないと扱えない自信がある反面、そのくらいの面倒は見る予定を立てているだろうと元士官で現傭兵の肩書を信じている。
「で、今回のプレゼントで最も信じられ物を送り付けてくれたのが貴方ですが」
「よお、おチビちゃん。俺のプレゼントがどうしたって? まるで今にもドロップキック決めそうな勢いじゃねえか」
 食べる行為に飽きたのか、ブランデーのソーダ割りが入ったグラスとトングを両手に装備したマリウス・ブラックは、背後で狼狽えるクリーチャーやガスパード・シングルトンと無視して、何時ものように皮肉げな笑みを浮かべた。
「マリウス大伯父様があと半世紀若ければ遠慮なくそうしていたでしょうね」
「シケた名前で呼ぶんじゃねえよ、気狂いヘンリー。犬食うか、クラップ肉」
「いただきます」
 焼き立てのイヌ肉は、害獣として狩ったタヌキと違い獣臭も弱く癖も然程強くない。秋の肥え太ったタヌキと夏場の酷い獣臭がするタヌキの、秋寄りの味だ。
 食用に飼育された個体だったのだろうか、それともクラップが元々臭みが少ない種族なのだろうか。
「お前、本当に躊躇なく食べるよな」
「わんわんかわいそうだからぼくたべられないと泣き喚けば満足ですか。あらゆる動物を薬の材料として砕き、ドラゴンの皮を剥いで作られた手袋を嵌めて、家畜の皮を剥いで作ったノートに授業内容を書き込ませるような学校へ行かされるというのに?」
「あー……一応訊いてやるわ、プレゼント怒ってるか?」
「これが怒らずにいられますか」
 感情に任せて呼び寄せた牛革のブリーフケースをしっかりと握り締め、マリウス・ブラックへ突き出すも、当人はそれがどうしたと言わんばかりの表情のままだった。寧ろザリガニの面倒を見ているクリーチャーの方が申し訳なさそうな顔をしている。逆にガスパード・シングルトンは不思議そうな顔をしているので、クリーチャーは共犯確定だ。
 マリウス・ブラックはスクイブなのだから1人ではこのプレゼントを用意出来ない。共犯者が居るのは当然である。その上で、私はクリーチャーが大好きなので全責任をマリウス・ブラックに追求するのも、また当然だった。
「鞄の中を拝見させていただきました。小高い丘の上に建つ藁葺き屋根に蜂蜜色のライムストーンで造られた2階建ての可愛らしいお家に繋がっていました」
「そうそう。後で書類送るから洗浄頼むな」
「お家の特徴からコッツウォルズの家だと思いましたが、隣接するデヴォンに建てられていた家ですよね。そして直前まで居住していた方々は魔法使いと魔女ですから、湖水地方の屋敷のようなロンダリングは必要ありませんよね」
「場所や住人の証拠なんて何処にもないだろ。一方的に捲し立ててないでコミュニケーションくらい取れ、三文推理小説の探偵様かよ」
「そういうマリウス大伯父様は犯人様ですよね、これをどうぞ」
 鞄の中に手を突っ込み、更にアクシオを唱えるとずっしりとした思い物体が収まる。引き抜いたそれは金色に輝く一組の小さく分厚いゴブレットで、地味で素朴なダイアモンドカットとティアドロップが組み合わさった幾何学模様に、口の広がったラッパ型をしていた。
 如何にもフランス産と思わせるデザインである。事実、フランス最古のガラス工場がこの食器と全く同一デザインのガラス製品を販売している。そしてガラスを安定した純金に変えるフランス人魔法使いが、世界に1人だけ存在する。
「お家はブラック家に、純金製のゴブレットはフラメル夫妻へお返しします」
「そこまで推理出来てるなら素直に受け取れよ。物質そのものに価値が付いて所持するだけで財産になる物はないよりあった方がいい、それに持ち運び出来る家もな。どうしても身を隠さなきゃならんヤバい状況ってのも有り得る。特に、お前さんの場合はな」
「最大限譲歩して受け取るのはどちらか片方です」
「初手から譲歩案は駄目だろ、まずは無理のない範囲で吹っ掛けて相手の反応見ろ。本当に交渉術苦手なんだな」
「譲歩しなくていいのならマリウス大伯父様のお宅へお届けします」
「真っ先に言え。今の順序だと脅しになるから相手の心象悪くなるぞ」
「いえ、もう脅しでも構わないかなと思いまして。次にローザのアサルトライフルが控えているので、マリウス大伯父様には強引一直線で行きます」
「お前いい子ちゃんの演技してるだけで実際はかなり自分勝手な奴だよな」
「その台詞、好き勝手生きているデイヴが言うんですか。はいネコ肉、ウサギみたいにあっさりしてるからパルメザンチーズのソースがお勧めだ」
 会話に入って来たガスパード・シングルトンの顔を立て、重いゴブレットとブリーフケースを下に置き、こんがりと焼色が付いた白身の肉を、勧められた通り白いソースと合わせて食べる。
 淡白な味に風味が加わり、彼が言った通り美味しくなった。これでも十分美味しいが、いっそフライにしてみるといいかもしれない。もしくは、ソテーという名の鉄板焼を一口サイズに刻み山葵醤油と和えてあっさりと食べてみたいと思わせる味だ。
「ありがとうございます。ガスパールも偏見はないんですね」
「曾祖母がイタリアの巨人族で山間部の出身だから、そうだな、懐かしい味だよ。俺は好き嫌いが結構多いけど、食文化に対して偏見や差別意識はないつもりだ。多分、此処に居る全員がそうだ。俺と同じように、嫌いだから食べないだけで」
「私も、それは尊重します。だからではありませんが、此処に居る方々以外からも同じように尊重されたいのでしょうね」
「気持ちは判るつもりだ。宗教的な理由への糾弾は差別行為だとされている反面、古くからの文化は否認されるダブルスタンダードも、考えるまでもなく不思議な話だと思うよ。けれども、大衆はそんなものだろう。期待しない方がいい」
「ですね。それにしても、スイス以外の国でも猫を食べるんですね」
 様々な血が入っている彼の過去を掘り下げるには、私達の中は浅い。
 だから行ったあからさまな話題転換に、ガスパード・シングルトンは乗ってくれた。
「山間部ではな。あの辺りは国境も曖昧だから犬も馬も食べるかな、魔法生物でもね。昔は主食が蕎麦粥や黒パンと乳製品だったから、肉や魚はご馳走だという価値観がある」
 複数の国から生徒を募った母校では食文化の話題が出る度に荒れて、貶し合い呪いの掛け合い殴り合いは日常茶飯事だったと遠い目が異国の過去を眺める。
 食文化の違いが、想像以上に深い溝となる事は理解出来るつもりだ。相手の価値観を互いに尊重すれば諍いはなくなるが、そうならないのが人類なのだろう。
「それが発端なのかは判らないけれど、段々とエスカレートして、最終的には家畜は勿論、教材として使われる魔法生物も自由にするべきだと主張して大脱走させたグループも居たから、避難先は確保しておいた方がいい。噂で聞く限り、ホグワーツでの魔法生物脱走理由は少し違うみたいだけど」
 此処でガスパード・シングルトンからマリウス・ブラック擁護が入ると思わなかった。
 油断していたが、正論ではある。魔法生物飼育学の教授の危険性はダモクレス・ベルビィから聞かされており、調べた限り事実であった。キメラやイエティを平然と脱走させる危機管理と反省の色皆無の教授がホグワーツで教鞭を取っている限り、セーフティルームは必要不可欠と言える。
 ただし、拡張呪文を利用すればそれらしい空間などすぐに作れるので、これ程立派な家である必要性があるかと問われた場合、無であった。更に、マリウス・ブラックだけでなくクリーチャーも関わっているのなら、内部に私が認知出来ない何かを仕掛けられている可能性もある。アサルトライフルと違い、こちらには受け取るメリットがないのだ。
「中々乗り気にならねえな。フラメル夫妻の痕跡消すにはお前みたいな無欲な奴が適任なんだよ、下手な奴に譲渡すると家中ひっくり返して折角の建物が傷んじまう」
「ああ、19世紀始めのマリヴォー通りの一角にある元フラメル邸か。あれの二の舞は避けるべきだろうな」
 彼等の言う元フラメル邸の荒れ果てた様子を脳裏に描き、落ち着かない様子で見守っているクリーチャーを確認し、芝生の草を数本数えてから、諦めた。
「お家だけですよ。シェルターにするから容赦なく改造しますよ」
「そんなちっちゃいお手々の改造たって限度があるだろ。白いフリルと赤いリボンにドギツい蛍光ピンクの壁紙でも張ったら、そうだな足運んで爆笑してやるよ。まあ、だからついでにそれも貰っとけ」
「接続詞の意味が理解出来ません」
 それ、と指されたのは残された2つのゴブレットである。不動産を背負い込んでこれまで受け取る事など出来るはずがないので当然断った。
 しかし、そんな事を聞き入れるマリウス・ブラックではない。
「それはフラメル夫妻の気持ちだから、貰っとけ」
「気持ちも何も、働いたのはブラック家でしょう。私は囮になっただけで何も」
「だからよ、その囮役になった子供への感謝と謝罪の気持ちだ。家の中に放置されたお前宛のメッセージカードも探せば出て来るんじゃねえかな」
 それはつまり、と口にしようとして、マリウス・ブラックは更に捲し立てた。
の誕生日も教えたからきっと、誕生日おめでとう、なんて書いてあるんだろうな。自己犠牲精神溢れる子供が、実は何世紀も生きる老人の行為を踏み躙る悪い子なんて2人は思ってもみないだろうな。ああ、可哀想だ。貴方達のプレゼントは返却されましたって伝えなきゃならない連中が」
「キャップ、少し待ってください。夫妻はもしかして、私が亡命を」
「本気でするつもりだったと思い込ませる決まってるだろ。思った事も起こった事も馬鹿正直に洗い浚い話すブラック家の人間なんざ、今も昔もお前くらいだよ」
 幼い少年を通じてブラック家への同情が寄せられ、尚且つダンブルドアへの人望が減少するのならば、嘘くらい幾らでも吐くし状況を利用すると、アークタルス・ブラックと同じ色をした目が、英国海兵隊の大尉として生きた男の顔の中で笑う。
「まあ、あれだな。お前が受け取らなかったら、趣味仲間騙かして亡命させたオルフの苦労も、裏で糸を引いたクソ従兄様の時間も、今現在も護衛しているPen.G.S.の努力も、全部が全部綺麗にご破産、海の藻屑に水の泡だ」
「デイヴ、その辺で。向こうに居る眼鏡の方の色男が俺達を見て」
「気の所為だ。目を合わせるな。石にされるぞ」
 物凄く遠いが微妙に当たっている比喩を口にしたマリウス・ブラックは普段通りの表情に戻り、悪意を滲ませながらも白塗りの道化じみた演技で大袈裟に両腕を広げた。
「これだけの犠牲を無下に扱えるじゃないよなあ?」
 絵本の中に出て来る悪魔に似せたマリウス・ブラックを前に、私は仕方なく観念したかのように溜息を吐き、ゆっくりと首を振るのだった。