コッカリーキ
私の段取りが最悪でも彼等は全く困らない事態は概ね予想通りである。だからといって、この歳で開始早々ホスト失格とは情けない事この上ない。隣に立つレギュラス・ブラックが仔犬や幼子をあやすような仕草で頭を撫でてくれているが、平時でさえ役立たずのレッテルを貼っている自己評価の低迷が回復する事はなかった。
前日の会食にばかり神経を注いだ結果を猛省するのは後回しにして、名誉挽回の為に行動するべきだ。ブラック家の従兄弟同士とファブスター校長と犬2頭のグループで甲斐甲斐しく働いているクリーチャーが羨ましい、彼と共に会話には一切参加しない裏方に回りたいと理性なのか本能なのか判断の付かない思考が脳裏で喚き散らしているが宥めるのも面倒なので無視しよう。
しかし、そうなると残る2グループのどちらにレギュラス・ブラックを割り振るべきなのだろうか。
片やメルヴィッドと、大凡二回り歳の離れた褐色の美女。片やエイゼルと、やや年上と思われる金髪の美女。数秒考えた後に、結論に達した。
妻ではなくパートナーと紹介され、ファミリーネームが違う事から内縁の妻という関係なのだろうが、それでもファブスター校長の事を考えた場合、前者を選んだ方が無難だろう。先程は普通に会話をしていたが、エイゼルとレギュラス・ブラックは過去の諸事情から率先して組み合わせるべき面子ではないという理由もある。
さて、案内するグループも勝手に決めた事だし、料理のサーブでもしよう。
「レジーは何になさいますか」
「じゃあ、白ワインに合いそうな、軽い物をお願いしようかな」
頑張って大人のお手伝いをする幼稚園児を眺める保護者の顔で楽な選択肢を出してくれた彼の気遣いに感謝しつつ、持ち寄られたキャロットラペとペルー版ポテトサラダことカウサへ真っ先に手を伸ばし、少し考えてからムール貝の殻に盛られたチョリトス・ア・ラ・チャラカを取り分けた。名前は違うが、要はムール貝のセビーチェである。
冷やした皿に冷たいオードブルを盛り、やる事も終えたので案内しようとテーブルを離れる私を、レギュラス・ブラックが呼び止めた。
「は食べないの?」
「ホストは食事よりもお客様同士の会話が大事だと本で読みましたけれど、少しは食べた方が好ましいのでしょうか。けれど、レジーも去年のクリスマスパーティではほとんど何も食べていませんでしたよね?」
身に付けた教養や能力が雲泥の差である事を除けば、あの時の彼と私の間に大きな違いはない。にも関わらず、既にこの有り様である。この先、更に失態を積み重ねるのは誰が見ても好ましいとは言えない。
そこまで告げると、私の意見を理解したと表情で語ったレギュラス・ブラックが視線を合わせる為に片膝を折り、軽く首を傾げながら微笑んだ。
「今日は君が主役なんだから、幾らホストでもそんなに身構えなくてもいいんだよ。招待した人に挨拶と自己紹介さえ出来ていれば、段取りや進行はお祭り好きのマリウス大叔父様が率先して引き受けてくれるだろうから」
「けれど」
「じゃあ、少しだけ視点を変えて考えよう。は誕生日パーティに招待してくれた子供が、手渡した花束やプレゼントを喜ぶ間もなく大人達の間を忙しなく動き回り始めたら、どう思う?」
「……居た堪れなくなります」
「そうだね。だから、君の仕事は完璧なホストとして振る舞う事じゃなくて、誰よりもパーティを楽しむ事なんだ」
大人の務めを子供が担うなとは、考えてみなくとも至極真っ当な言説である。精神年齢が爺なのでどうしても気になってしまうが、この体は11歳の子供のものなのだ。
しかし、この爺が子供らしく振る舞えるかと問われると無理だとしか解答を持たない無能なので、ここはもう普段通りの態度に戻ろう。考えてみれば、今日が初対面なだけでジョイス・ロックハートは既に私の事を知っているし、ロザリンド・バングズも職業柄、身辺調査しているに違いないのだから、今更過度に取り繕っても憐憫の情を誘うのが精々だ。
開き直った年寄りらしく行動しよう。そうと決まれば話は早く、自分の分としてキャロットラペとキッシュを皿に移すと、満足そうな表情で立ち上がったレギュラス・ブラックと共にメルヴィッド達のテーブルへと突き進む。
「もこっちに来たんだ。てっきりエイゼルの方に行くと思ったんだけど」
「だってあちらは、もしかすると、もしかするかもしれないじゃないですか」
「もしかしないよ。アメコミキャラ最強議論で盛り上がり始めたから追い出しただけ」
「泥沼ですね」
「泥沼だよ」
複数のライターによる同一キャラクターの能力差、後付けの設定、新規キャラクター量産等で上限突破が大特価となり最強議論に収拾が付かなくなっているのは今も昔も変わらないはずなのだが、初対面で敢えてそこに踏み入る度胸だけは称賛しておこう。個人的最強キャラクター候補は、次元を超えて作用する数多の呪いが有名な全身青タイツか、ヒーローだろうとヴィランだろうと罵倒とレンガを投げ付ける驚異的な市民達、と言いたい所だが、こちらのグループに残る為に口を噤む。
そういえば、初対面時に嵐のように去って行ったマリウス・ブラックが、あちらの彼女はアメリカン・コミックスのオタクだと言っていた。エイゼルはごく普通に、広く深く得た知識を面白半分でフル活用しているだけだと予想出来るが、右目で背後を確認した所、案外2人共が楽しそうに議論しているように見える。
白熱はしていないが、あれだけの仲に水を差す程、私も野暮ではない。
「それで、ホストごっこには満足したのかな」
「不満点ばかりだったので、次に生かせるよう後で反省します」
「今は?」
「誕生日パーティを楽しみます」
「それでいいよ」
何を話していたのか大体どころか正確に予想出来ているメルヴィッドから声を掛けられ反省の弁を述べると、灰色の目が親しげな視線を赤い目に送った。
「僕じゃなくてメルヴィッドが言ってもよかったと思うけど」
「こういうのは、親密度より経験値が高い方が説得力が増すからね」
仲の良い兄弟のような2人はこのままにしておくとして、ひとまずロザリンド・バングズとの会話確保の為にキャロットラペを口にする。辛味と酸味が効いた大人向けのドレッシングに、甘い人参のふわっとした食感がよく馴染んでいた。
私が作ると食感に優しさがなくなり人参なますと区別つかなくなるのだが、矢張り千切りで解決するのではなくチーズグレーターを利用した方がより美味しく作れるようだ。
ロザリンド・バングズが茶色の目だけで味を尋ねて来たので頬を緩ませて返事をすると、後でレシピを教えようかと続けられたので食い気味に頷く。途端に、彼女の目が可愛らしい生き物を眺める穏やかな人間のものへと変化した。鏡で確認した事はないので断言は出来ないが、子猫のように喧嘩をするメルヴィッド達を眺める私も、恐らくこのような表情をしているのだろう。
「は、料理が好きなんだね」
「はい。けれど、大抵の事はローザもご存知でしょう?」
フォークを持ち替え、銃を長期間使用していた為に硬化した皮膚を示すように右手の親指と中指の腹を擦り合わせて見せると、ロザリンド・バングズは肩を竦めるようにして笑いながら手袋を嵌めて握手をするべきだったと、硬い口調に反してゆっくりとした優しいリズムで呟いた。
左腰のホルスターに収めていた杖に触れるとジャケットの左脇が膨らみ、隠されていた凶器が静かに存在を主張する。その他の外見は変化していないが重心がやや不自然に傾いたので、恐らく右足首にも小型のハンドガンを出現させたのだろう。
他にも数点、変化した箇所があるものの、今の所はそう怯える必要もない。私は紛れもない犯罪者であるが犯歴は外部に露見していないので、例の半巨人戦の時のように背後から一撃、なんて事は考えられないだろう。
「改めて自己紹介をしよう。魔法軍事会社ペンデュラム・グローバル・セキュリティの代表取締役社長、ロザリンド・アンチゴーネ・バングズだ。この夏からホグワーツ内で、君の警護を担当する事になったので事前に身辺調査をさせて貰った」
「では、本日は顔合わせと捉えても?」
「非公式の、と言葉を加えた上で肯定しよう。私は現場から引退して久しい、余程の事がない限り直接の警護には当たらない」
「警護に当たっていただけないのは残念です。ローザのような美しい方が側に居てくださるだけで、灰色の学校生活は一変するのですが」
「古典的な口説き文句を知っているね。けれど私は、君の兄さん達の年齢を足しても届かないおばさんだよ」
「美醜は年齢の影響を受けない。私の持論です」
「その言葉は、生涯を共にする相手が現れるまで胸にしまっておきなさい。軽々しく口にしない方が説得力が増す」
「既に多くの方に語っている内容なので今更です」
「では、開き直らずこれから気を付けなさい」
世辞を含めつつ冗談めかしてそう言われた後、差し出された厚手の名刺には彼女に関する最低限の情報が記載されており、ペンデュラムと交差する翼のエンブレムにPen.G.S.と社名の略称が箔押しされていた。
Pen.G.S.、pengs、peng、彭ではない。翼のエンブレム、朋、鵬、大鳳の群れか。
鵬は中国に生息する、巨大魚から巨大鳥に進化する驚きの神鳥だが、鯉も年月を経れば竜になる国の生物らしいといえば非常にらしい。あの国の出世魚は種族の壁も飛び越える場合が多いので器が違う。そして彼女もまた、異色の出世魚のようだ。
「ホグワーツ卒業後にサンドハーストへ行った、云わば出戻りの魔女だ。君が本気で魔法界からマグルの大学へ進学を目指すつもりならば力になれる事は多いだろう。部下達や手紙を通じて何でも訊いてくれ、協力しよう」
「ありがとうございます、ローザ。素晴らしいキャリアを持つ貴女のような方にそう言っていただけるのは、とても心強いです」
「こちらこそ、のような将来性のある子の教育に関わる事が出来て光栄だ。私も、私の部下達も君の成長と活躍を楽しみにしているよ」
リバーサイドなら兎も角、ホグワーツ経由で陸軍士官を養成する国内唯一の軍事学校へ行くなど正気とは思えない異常な進路だが、人間やれば何でも出来るらしい。
私は龍や鳥なるつもりはなく、魚類のまま水中で生を終えたいので、出来る事ならば大学入学前に大体の目的を終わらせたい。統一試験は逆に、人生の経験というか話の種として一度受けてみたいと思うが。
その辺りの心情は隠し、逆に尊敬の念を隠さず表情に出していると、くすぐったそうに小首を傾げて笑われた。照れ隠しとして浮かべられた表情は年相応に見え、酷く愛らしい顔立ちに見える。
私が好感を持った目尻や口元に浮かんだ皺の存在をを嫌悪する女性は多いので、くれぐれも口にするなと家の者達から厳しく言い含められているから言葉にはしないが。
「そんな顔をされると、居た堪れなくなる。私はあちらに居る彼等のような軍人ではなく傭兵だ、傭兵が何の為に仕事をするのか知っているかい」
「スリルを求めて」
そう即答すると、あからさまに驚かれた。予期のしなかった正当だったのだろう。普段の私は大分アレなので、そう反応してしまうのも無理もない。質問したのが彼女でなければ間違えていたかもしれないので、運が良かっただけだろう。
ロザリンド・バングズの場合、金銭を欲しているのならば普通に働いた方が稼げる。
これだけの美貌を両親から与えられ、サンドハースト卒という輝かしい学歴を獲得した彼女に関していえば、豊かになりたいとか名声を得たいという理由で態々傭兵の道を選ぶ理由がない。
たとえ不安定要素満載な魔法界と言えど、現代のヨーロッパは生きる為や食う為に死地へ赴く地域ではない。前述しただけの才覚を有しながらも気楽で安寧な生活が目的でないとすれば、答えは逆に、そこから脱するものだろう。
要は、綺麗な顔をしたアドレナリンジャンキーなのだ。
「初対面でそこまで見抜けるのに、なんで昨日はその読みや勘を発揮出来なかったんだろうね。この手の能力は恒常的なものなんだけど」
「昨日が平常運転で、今が運良く当たったと考えてください」
「凛々しい顔して言う台詞じゃないよ」
メルヴィッドに軽く額を弾かれて痛くもないのに呻き声を漏らしていると、レギュラス・ブラックがそっと手を伸ばして撫でて来た。お遊びやコミュニケーションの一環で悪ふざけであるのは誰が見ても明白なので、ロザリンド・バングズに取られた私を返して貰い、構うきっかけが欲しかっただけだろう。
フォークに乗ったカウサを食べさせられながら、11歳の少年に対しての給餌は適切か否かと脳の隅に疑問が今更浮かんだが、レギュラス・ブラックが幸せそうなので咎める必要もないと思考そのものを却下して、メルヴィッドの言葉に耳を傾けた。
「彼女からは、色々注意事項を教授して貰っていたんだ。私達がデスイーター達を嵌めるつもりならば、アズカバンの警護指導経験を持つ人間の意見は貴重だろうと言われてね」
「先程までメルヴィッドに話していたように、魔法使いの看守達はアークタルスが横車を押してくれる。問題はここからだ、デスイーターとディメンターの接触をどう制限するか、この問題が解決しない限り欺瞞は勧められない」
緩んでいた茶色の瞳が急に引き締まり、視線だけが遠くの海を指してから、北海の冷たさを保ったまま傭兵隊長の表情で私を見据えた。
「私が何故憂いているのか。演習問題だ、、意見を述べろ」
「え、はい。魔法界が一応の平和を保っている現在、ディメンターの餌となる囚人の数は冤罪や軽犯罪者を含めても年々減少している、反対派の粛清に躊躇しない例のあの人が生存している事が知れれば魂に飢えた彼等は寝返る、です」
言うべきではないと思うので続けないが、私見ながらディメンターの離反それ自体は責められないと考えている。生まれ持った特殊能力を利用するだけ利用して飢餓を放置する自称善人達より、衣食住と今後の生存を保証する他称凶悪犯に即決で靡くのは生物として当然の判断だ。
現状、無償で働かせながら食料である魂の分配すら計画的に行き届かせる事が出来ないブラック企業も真っ青な運営方法を続ける魔法省にこそ問題があるのだ。社会的に不要な人間を与えて大人しくして貰うという方法は、生贄の対象が異なるだけで魔法省もヴォルデモートも何も変わりはしないのだから、感情的にならば兎も角、道義的にはディメンターや闇の陣営を責める事は出来ない。
日本人ならば偶に経験するアレである。お前達は鯨肉を食う劣悪な人種で、私達は牛肉を食う優良な人種理論だ。別に前者が犬でも猫でも、後者が豚でも鶏でも羊でも構わないが、そのような理不尽な説明で納得する程、人間は馬鹿ではないだろう。
話が逸れ始めた。
では状況を打開する為にはどうするべきか、それは既にアークタルス・ブラックからうっすらと代案が示されている。尤もそれは彼が漏らした言葉や性格からして平和的解決にはほど遠く、理解して尚、道理と信頼を踏み躙るような案だ。危機は去ったとされる私の世界では可決された、あの案だ。
「反応速度、内容、共に及第点だ、私の威圧に怯えなかった事も含めてな。一点、減点対象は、それを昨夜の時点で気付かなかった事だが」
そこまで口にすると険しさが急激に抜け落ち、子供にしては十分だろうという言葉と共に優しい女性のものへと戻る。念の為、義眼でメルヴィッドを確認してみたが、全く動じていない。彼女にしても責めるつもりは皆無なので、メルヴィッドの場合は軍事会社の古強者に意見を求めた時点で及第点扱いなのだろう。
「続けよう。最も安全性が高く理想的な案は、デスイーターだけでもディメンターから引き離し適当な理由を付けて安全性と機密性の高い別施設に隔離する事なんだが。そちらはどうだ、レギュラス」
「着工自体はしていて、完成間近の施設もあるから移送自体は問題ないかな」
アークタルス・ブラックが開放されたのが昨年の冬、幾ら何でも早くないかと思ったが、そこはブラック家だからなのだろう。
速度的に見て、土地は買収したのではなく元からあった土地なのだろうか。アルマン・メルフワに語っていたように、彼等は多くの土地や建築物を今も抱え込んでいる。
調べた限り、以前話題に上がったウィンチェスターの屋敷は南へ下った郊外に存在していたが、刑務所向けの建築物や立地ではないので除外出来る。因みにレギュラス・ブラックは屋敷と言っていたが、どちらかというとあれはもう城の範疇だった。様式はノルマン系だなと、冷静に見せかけた現実逃避に走った記憶は比較的新しい。
次に行こう。では、他の土地はどうだろうか。
アークタルス・ブラックに強請った昔話の中に、セーフハウスとしてロッコール島を所有していると聞いた事がある。更に、有能な方のシリウス・ブラックが生前交友していたというジェームズ・ウィテカー・ライトが建てた地下設備の更に地下にも避難施設を作ったらしいが、これらが改築されている可能性は、ない。私程度が簡単に目星を付けられる場所にブラック家が施設を作るはずがないので、除外出来る。
前情報を頼るのではなく、人と金の流れで洗った方が早そうだ。今の立場上、恐らく使う機会はないだろうが。
「ただ、本当に移送だけなんだ。突貫の所為でセキュリティレベルが従来と比較すると7割から8割程度で、問題のない運用をするには足りていない。デスイーターを騙すなら本気でやらないとまずい事になるよ、魔法省に関しては、僕の領分だから何とか出来るけど」
「秘密の共有者は少なければ少ない程セキュリティレベルが上がる。結局、システムをどれだけ整えようと最大の弱点となるのは生物という欠陥だからだ、いっそ魔法省には秘匿してしまえと言いたいが」
「魔法省だけじゃない、工事に携わった魔法使いやゴブリンやノッカー達が既に大勢居る。マグル界と違って魔法界に所属する大半の存在は規律遵守精神が希薄だから、ブラック家が緊急避難用のシェルターを作っていると何処かに漏らす可能性がある。勘がいい人間はアズカバンからの移送先だと気付くだろうし、闇の帝王はそちら側だ。代案として、幹部級を分散させる手は?」
「セキュリティ完成までも間に合わせ、相手の労力を割くという点では有効だ。付随するリクスとして、再移送の際に危険が伴う。実際、グリンデルバルドは1927年、移送最中に脱走してアメリカからフランスまで何の苦もなく逃げ仰せた。全施設のセキュリティを同時に向上させ再移送しないのならば、賛成しよう」
「カバー出来ない、他が手薄になる。じゃあ、工事に携わった者の記憶を封印する」
「例のあの人やダンブルドアレベルの魔法使いには無意味だ。付け加えるが、マグル界にもコンプライアンスを守らない輩は腐る程居るから夢を見ない方がいい」
従者も従者ならば、主人も主人だ。一晩でやってくれましたではないが、短期間で仕事が出来過ぎだろう。否、こうでなければブラック家を名乗れないのは重々承知しているつもりなのだが、目の当たりにすると目眩がする。
因みに、今までの会話で一切掠らなかったように、ディメンターの生存に関して彼等は一切眼中にない。ヴォルデモート以上に餌を与えられない以上、彼等には飢えて死んで貰うしかないし、実際に、私の世界の魔法省や魔法大臣、魔法使い達はそうした。
大本営発表ではその後の彼等の行方を知る者は居なかったと、よくある一昔前のRPG風に締めくくっているが、普通に死んでいるというか、散々利用して来たけど連中は根が悪い生き物だから殺処分していいよね精神で消している。あの量のディメンターが何処かに流れたのならば、噂なり騒ぎなりになるだろう。今の世界は、驚く程に狭い。
まあ、それはそれでいいのではないかとも思う。元来、人間というのは自分勝手な生き物なのだから。私自身、特に関わりのないディメンター達が種として滅びていようがどうでもいいと思っていて、だからこそ、リドルの朋友であろうと何の行動も起こさなかった。
昔の記憶に少しだけ浸っていると、ロザリンド・バングズが笑った。レギュラス・ブラックとメルヴィッドも、笑っていた。
「さて、見て判っただろう。このように、次々と案を出しセキュリティの欠点を埋めていく地道な作業が我が社の仕事だ。レギュラスは本来この後に提出される案に可否を下す立場なのだが、今回は協力ありがとう」
「デモンストレーションだったんですか?」
「大方は昨夜の内に取り決めてるからね。もう終わった話の再現だよ」
「……東南アジアのお仕事は」
「それはまた別件。うん、だからね、そんな可愛い顔をしないで?」
皿とフォークを取り上げられ、お人形さんよろしく抱きかかえられながら要らないストレスを感じていると、メルヴィッドと目が合った。笑みを含有した表情と視線からして、既に知っている風である。そう内心で結論付けた瞬間、判りやすく肯定された。
「ごめんね、。仲間外れにして」
「お仕事で、秘密のお話なんでしょう」
「そうだね」
「なら、気にしません。秘密は、理由も説明出来ない程に隠さなければならないという合図ですから」
初対面の人間も居るので、昔から言い続けている事を改めて口にすると、何故かレギュラス・ブラックの腕に力が込められ、頬ずりされた。私の扱いが犬か、3歳児か、大好きなぬいぐるみに対するそれになっているが誰も何も言わない。
多分、見ていて面白い図なのだろう。
「はなんでそんなにいい子なんだろうね。そうだ、今日のプレゼントは控え目にしたから、来月辺りに馬と厩舎と厩務員でも」
「なんでもない日おめでとうは歌だけで十分です。9月からホグワーツへ行くので乗馬出来ません、馬と厩務員さんが可哀想です」
「というか、乗馬は私の寿命が縮むから止めてくれないかな。レギュラスは現場に居なかったけど、何があったかは当然知ってるよね?」
「じゃあ、サラブレッドでも買って競馬に出そうか。それなら乗馬にはならないし、馬も厩務員も運動や仕事に困らないから」
物を与えたくて仕方がないというお金持ちの当主様を2人で嗜めるが、内容が悪かったらしく妙に曲解された返事が飛んで来た。
「富豪のお気に入りというのも、中々に大変そうだ」
「ええ、ローザは他人事のように何を仰っているんですか」
「ように、ではない。他人事だ。馬と自分の為に精々努力を惜しむな、若人」
私がメルヴィッド達のやり取りを3匹の子猫と例えるのならば、彼女にとって私達の掛け合いは3匹の犬っころなのだろう。もしかしたら猫の長男と犬の次男と仔犬の三男かもしれないが、種族が変化したとしても彼女の爽やかな視線は変わらないに違いない。
「でもは競馬に興味なさそうだよね」
「そうですね興味ありませんから馬を買うのは止めてください」
「じゃあ競馬は止そう。君は動物好きだから、どうせ飼うのなら年に数回眺めるよりも毎日触れ合える方がいいよね。そうだ、南米産のミニチュアホースに世界最小種が居るって聞いたな、ポーロックとセットならホグワーツに持ち込めるかもしれないけど」
「……それは」
「は揺れ動かない。意志をしっかり持ちなさい。長期休暇に家が動物王国になっても責任を持って行動出来る自信があるなら許可するけどね?」
「ごめんなさい、レジー。誰も幸せになりそうにないので飼う事は出来ません」
実家の経験から間違いなく出来ると言えるのだが、メルヴィッドが伝えたいのはそういう事ではなく、これを口実に拒否しろという事だろう。
そこまで頑なならば仕方がないと諦めてくれたレギュラス・ブラックに、今度はキャロットラペを食べさせられながら、ふと思う。馬は人参が好物という訳でもないのに、何故そのような誤解が広まったのだろうかと。猫だって別に魚が大好物ではないし、鼠のチーズ好きにしてもただの俗説である。
真剣に考える価値のない思考で疲れを癒しつつ、私に料理を食べないのかと尋ねたのはこの為かだとか、そろそろキッシュが食べたいと思いながらも、弟を構い倒す事に精神安定と無上の喜びを見出しているレギュラス・ブラックの笑顔に結局は負けて、差し出されたオレンジ色の野菜を大人しく頬張った。