曖昧トルマリン

graytourmaline

パータン・ブリー

 肉体年齢が11歳に届いた7月31日の天気は、スコットランド南部では珍しい抜けるような青空に変えられた。
 字面が少々妙だが、気象衛星が訝しむレベルの、ちょっとした城郭都市を覆う天候操作しか出来ない私を見兼ねたメルヴィッドが、都市から郊外にかけてを飲み込む超広範囲メテオロジンクスを増幅魔法なしで唱えた為である。
 そんな人工的に手の加えられた半天然物の快晴の下に、年季の入った重厚な長テーブルを設置し、料理やデザートを移動させ、ラウンドテーブルとガーデンチェアと真っ白なパラソルを何セットか添えれば、素人の手作り感溢れる屋外パーティの完成だ。
 素朴で飾り気のない会場だが、一部を除き上流階級の貴人達が集ってどうこうという場ではないから清潔感さえあればいいと自身を納得させよう。子供と呼べるような子供は私だけなので、派手な音楽や、原色の風船や、光を乱反射するリボンで如何に目立つ行為かを重点に置いた玩具の国のような主張をする必要もない。
 こんなもんだろ、と捲り上げたシャツの袖から厳ついタトゥーを覗かせ、腰に手を当てて仁王立ちしたマリウス・ブラックは、流石にブラック家出身の年長者だけあり手早く的確に準備の指示を与えてくれた。
 濃いグレーのニットベストにパステルピンクの蝶ネクタイというカジュアルな出で立ちで早朝から顔を出し助力を申し出てくれた本人の自虐によると、口先だけで手を出さないのは適材適所であり、スクイブの老人が肉体労働に参加しても足手まといで余計な仕事が増えるだけだから、らしい。若々しい言動や軽快なフットワークに反し、彼は10年以上前に還暦を超えた立派なお年寄りなので、一理ある。
 そんな彼が持ち込んだクーラーボックスを眺めつつ、杖を腰に戻しながら尋ねた。
「キャップの持ち寄り料理は、後で宜しかったんですよね」
「ああ、塩胡椒さえありゃいい。大伯父様厳選の新鮮食材を持って来てやったからな、お前は絶対に好きだろ、そういう食材」
「はい、大好きです」
「何だろう、2人の笑顔を見ていると逆に不安が増すんだけど」
「奇遇だねエイゼル。私もだ」
「よーし、兄貴共含めて俺好みのいいお返事だ。ガスピー仕様の馬鹿でかいバーベキュー・グリルで焼いてやるから期待してろよ」
 また謎の個人名が出て来たが、招待客の内の1人だろう。急ぎの用ではなく待っていれば判るのなら、態々口に出してまで尋ねる必要もない。
 大きく伸びをして視線を逸らすと、日当たりが良好な場所で寝転びながら人間達の働きを観察していたルドルフ君とフィリッパさんがゆったりとした仕草で起き上がり、足並みを揃えて戻って来る姿が見えた。当然、招待客達には彼等の存在を周知しているが、撫でるのはパーティが全て終わってからにしようと決め、笑顔と声掛けだけ行って各々の料理にかけた温度管理やランチパラソル代わりの魔法の動作を再確認する。
 食前酒と軽いつまみから始まり、コース料理をいただきながらデザートと食後のコーヒーまで4時間も5時間も延々と談笑に耽る、というパーティではない為、料理の管理という点から見ると気が楽だ。特に今回は体質的に植物系統を全く受け付けられない招待者も居ると事前の説明を受けたので尚更である。
 その上、私以外は参加者全員が社会人であるので、平日の午前中から開催される親戚でもない子供の誕生日パーティに嬉々として出席するような好き者には、せめてもの気遣いとして途中退場不可のコースよりもこちらの方が都合がいいだろう。と、言い訳を逐一行わないと、何時の日かブラック家面々に対してフルコースを所望される事態になりかねない。
「あとは飲み物類だけど、アークタルス様が持って来て……ああ、噂をすれば」
 私の準備が合格点に達していなかったのか、錫製のワインクーラーを保冷魔法で強化していたメルヴィッドの視線が境界線などあってないような表口側に向き、行っておいでと優しい兄の声色で指示を出される。赤い視線の先には満面の笑みで駆け寄って来るレギュラス・ブラックと、背後で微笑んでいるアークタルス・ブラックとクリーチャーが居た。
 昨夜とは違いファブスター校長は別行動らしい。きっと、ロザリーという女性と同伴するのだろう。
 彼の事はひとまず横に置いておき、私の方からも全身で喜びを顕にした子供のように駆けて行く。友人同士が行うには熱烈な抱擁を済ませた後で、覗き込むように合わせられた灰色の目に笑顔を振り撒いた。
「レジー、昨日振りです。お忙しい中、こうして来ていただいて一体なんとお礼を申し上げればいいのか」
「お礼を言うのは僕の方だよ。こんな素敵なパーティに招いてくれてありがとう、何より、誕生日おめでとう、これからまた1年、宜しくね」
「おいこらガキ共、昨日の会食で雰囲気掴まなかったのか。ハグは止めないが胡散臭い挨拶は抜きにしろ、今日は誕生日にかこつけて従兄殿持参のお高いボトルを遠慮なく開ける会なんだよ……冗談だ、腑に落ちた顔で俺を見るな」
 後を追って来たマリウス・ブラックの言葉通りの集いならばどれ程気楽だろうと浮かんだ思考が微塵も隠れる事なく表情に出ていたらしく、主役の座を奪われ酒盛りの口実にされたのだから悔しがるようにと諭されながら頭を力強く撫でられる。昨夜のように以降は気を付けるべき事案でもないので、悔しがる意味が判らないと首を傾げ恍けておいた。
 乗りはいいが、噛み合った場合と理解されなかった時の落差が激しいとぼやくマリウス・ブラックを背にして、アークタルス・ブラックとクリーチャーにも型通りの挨拶とハグをする。特にここ数ヶ月まともに顔を合わせる事も出来なかったクリーチャーは念入りに抱き締めようとしたのだが、彼の羞恥心は数秒耐えるのが限界だったようで真っ赤になりながらプレゼントを手渡すと、レギュラス・ブラックの背後に逃げ込んでしまった。
 相変わらずハウスエルフに対する正しい選択が取れない私を周囲の人間が笑い、場が和やかになった所でテーブルに案内しようと踵を返そうとすると、アークタルス・ブラックに呼び止められる。笑顔と共に流れるような仕草で追加のプレゼントが腕に投下され、何故かその場にいる全員が、場合によっては杖まで取り出して悪乗りをして来た。
 他は兎も角、レギュラス・ブラックが乗せた包装紙の中に割れ物の気配を感じ取ったので慌てず、叫ばず、狼狽えず、ラウンドテーブルの元へ歩いて行く。丁度いい、このテーブルはプレゼント置き場にしてしまおう。
「いや、そこは違うだろ」
「矢張り談笑の為に用意したテーブルを勝手に埋めるのはマナーに反しますか」
「何でそうなるんだ違えよ馬鹿野郎。正しいリアクションはだな、両手のプレゼントを抱えたまま立ち尽くして仔犬みたいに震えて」
、以前お世話になった教授からもプレゼントをいただいたから、テーブルの下に一緒に置いておくよ。ガラスか陶磁器みたいだから」
「ありがとうございます。アークタルス様はこちらへ、飲み物は何になさいますか」
「では、料理に合いそうな白を」
「手伝ってあげるからは留守番頼まれた犬みたいな可愛い顔をして私を見ない。それでレギュラス、君達は何を持って来たんだい」
「チーズを幾つかと、クリーチャーからはパテ・ド・カンパーニュ」
「パテのソースが2種類あるみたいだからクリーマーに移そう。大皿は、スレートプレートは塩釜焼きで使っているから」
「エイゼル、カッティングボードを持って来ました」
「助かったよ。はい、ワインはこれで」
「ありがとうございます、ああ、パテは私が切ります。クリーチャーはお客様なのでゆっくりして下さい」
「ですが。ですが、坊ちゃん。クリーチャーめはハウスエルフなのです」
「ええ、そうですね。ですが、今日は友人として貴方を招待しましたから」
「レ、レギュラス様」
「ごめんね、クリーチャー。少しだけ僕と彼の我侭に付き合って貰いたいんだ。ハウスエルフと同じテーブルで食事をしても誰も何も言わないのは、の開いてくれるパーティだけだから」
「お前等、蜜蜂並に統率取って働く癖に妙に自由だな」
 働き蜂なのに何故肝心の性別は野郎ばかりなのだと続いた嘆きを、そうでもないとアークタルス・ブラックが否定した。従兄の視線に誘導されたマリウス・ブラックの目が一瞬の内に絶望で淀み、大袈裟な仕草で膝から崩れ落ちる。地面に拳こそ打ち付けられなかったが、毟り取られたクローバーやよく判らない雑草が指先から溢れていた。
「両腕に美女抱えて登場とか羨まし過ぎるだろうが、この童顔将校め!」
「昨日からそればかりですが、一晩経ってもアルコールが抜けていないのですか」
 正に両手に花といえる状態で表れたファブスター校長に向けられたマリウス・ブラックの全力の嘆きは、しかし誰の心も揺さぶらず、得られたのは哀れみだけであった。約3名程、それはそれで年頃の男の子の反応として問題が含まれているような気がするが、敢えて触れない方向で行こう。
 ウェーブした黒髪に琥珀色の肌をした少し近寄り難い雰囲気を纏う長身のエキゾチック系美女と、口を開かずとも判る陽気な性格を全面に出したブロンドで巨乳でしかも色白の美人という魅力の塊のような女性。
 田舎で開かれた子供の誕生日パーティには過ぎた美女達だが、背景さえ除けば非常に眼福の光景だ。自身がホストでないのなら、露見しない程度にじっくり凝視したい。
「やあ、。誕生日おめでとう、素敵な会場だね」
「ありがとうございます。ようこそいらっしゃいました、ファブスター大佐。それに」
「ああ、彼女はローザ、私のパートナーだ。そちらはミス・ジョイス・ロックハート。彼女とはB.I.C.の待合室で偶然会ってね、ローザに頼んで一緒に連れて来て貰ったんだよ」
 仲立ちしてくれるはずのマリウス・ブラックが大袈裟な嫉妬で沈んでいる為、急遽ファブスター校長が女性達との間を取り持ってくれた。
 エキゾチック美女がファブスター校長の恋人で魔女、ブロンド美人は姿現しが出来ないのでスクイブか、非魔法使い。要所を抑えながら顔と名前と経歴を一致させていると、見た目よりもずっと無骨な褐色の手が力強く握手を求めて来た。
 親指の腹と付け根、中指の腹、右手の指の一部分だけが異常に硬いのだが、もしかしなくても、彼女は銃を使用する職に就いているのだろうか。魔女なのに。
 否、魔女かどうかなど関係ない。鈍器を振り回す魔法使いが居るのならば、銃火器を発砲する魔女が居ても何もおかしい事はないだろう。ファブスター校長の言うパートナーは私的なものだけれはなく、公的なものも含んでいるに違いない。つまり、彼女が所属しているのは件の民間軍事会社だ。
「ロザリンド・バングズ。ミスも、ミセスも不要だ。ローザと呼んでくれ。誕生日おめでとう、ミスター・。こうして会える日を楽しみにしていたよ」
です。初めまして、ローザ。こちらこそお会い出来て光栄です、私の事もとお呼び下さい」
 ロザリンド・バングズ。彼女があの、ロザリンド・アンチゴーネ・バングズか。
 個人名も所属企業名も聞き覚えがある、私の世界でも魔法戦士としてそこそこ名の知れた魔女だ。ペンデュラム・グローバル・セキュリティという魔法界の民間軍事会社の社長として幾つかの書籍にも取り上げられている魔女なのだが、今はどうでもいい。
 そんな事より彼女も元軍人確定、と初対面にも関わらず脳味噌が勝手に結論を出す。
 右手以外も、雰囲気と口調と筋肉の付き具合も明らかに一般的な魔女のそれではない。傭兵が退役軍人で構成されているのは常識の範囲内なのだが、彼女も昨夜のオーナーシェフ達と同じように、リバーサイド出身なのだろうか。
 とても経営だけに専念しているようには見えないが、詳細を詰めるのは残っているもう片方の女性と握手をして、自己紹介を聞いてからにした方がいいだろう。聞き間違いでなければ、ファミリーネームが私の世界に居た不快害虫と非常に似通っているのだが。
「只今ご紹介に預かったジョイス・ロックハートだ。初めましてだね、。11歳の誕生日おめでとう、これからお互い世話になる事が多いだろうから宜しくね」
 直前の評価は撤回しよう。どうやら彼女はあの油虫とファミリーネームが同じというだけで、それ以外は何もかもが違うようだ。
 隠しようもない魅力溢れる笑顔や第一印象に惑わされた訳ではない。ただ、彼女の声と、口調に聞き覚えがあっただけだ。ファブスター校長からファーストネームを告げられた時点で候補として思い出すべきだった。
 あのクリケット観戦の日に裏で行われていたエイゼル対ブラック家の攻防戦、その中で指揮を任されていたコバックスこと、ジョイスという女性の名と声と口調が、目の前の彼女と完全に一致する。情報工学を専攻していたようには全く見えないが、相手にそう思い込ませる事も彼女が持つ武器なのだろう。情報戦を指揮する立場ならば当然、ソーシャル・エンジニアリングの知識も持っていると考えるべきだし、第一、マリウス・ブラックの紹介で参加して来た人物なのだ、その程度の技術は心得ていると考えない方がおかしい。
 ついでに、彼女に手にも少々変わったタコがあるのだが、クォータースタッフかトンファーのような趣味でも持っているのだろうか。本格的な棒術を習得しているようには見えないが、ごく普通の女性と呼ぶには体幹も良く、下半身が安定している。
「初めまして、ミス・ロックハート」
「あ、ごめん、言い忘れてた。私の事もジョイって気軽に呼んで。姉さんもこっちに顔出す機会があるからさ、ファミリーネーム呼びだと後で混乱するかもなんだ」
「そうなんですね、判りました。では、ジョイも、ローザも、ファブスター大佐も、本日はお忙しい中お越し下さって誠にありがとうございます。パーティの流れは招待状に書いてある通りビュッフェ形式の自由解散なので、どうぞお時間の許す限りお寛ぎ下さい」
「ありがとう、。参加する前に1つ、いいかな」
「はい、大佐」
 最初から駄目出しを食らうとは思わなかったので背筋を伸ばすと、そうじゃないからと苦笑い混じりの笑顔で薔薇の花束を差し出された。
「花瓶はないかな。折角のパーティだから、ミニブーケを作って来たんだ」
「可愛い花束! ありがとうございます。花瓶なら家から幾つか持って来たので、早速飾らせていただきます」
 ピンクと白のグラデーションが美しいオールドローズで作られた花束を受け取ると、その隣から向日葵や薔薇、ガーベラにコーンフラワー等の色とりどりの花が取り揃えられた花束が差し出された。
「私からも」
「わあ、綺麗ですね。夏らしい花束をありがとうございます、ローザ」
「どういたしまして。プレゼントは、あちらのテーブルに積めばいいかな。ジョイス、貴女の分も一緒に送っても?」
「ありがとうございます。お願いします、ローザ」
 杖を一振りして包装紙の山を高くしたロザリンド・バングズに改めて礼を言い、一緒に持ち寄られた料理も受け取る。チョコレートに飾られた薔薇の砂糖漬けと、オレンジ入りキャロットラペ、どちらが誰の物か説明する必要もないだろう。
「ジョイは……ご迷惑でなければ、一緒に来ていただいでも宜しいですか」
「うんうん、勿論いいよ。坊やのちっちゃな腕は一杯だからね」
「ファブスター大佐、ローザ、それでは失礼いたします」
 公私を共にする恋人達を2人きりに、どちらともなくそう合図して場を離れ料理が置かれたテーブルに向かうと、未だに地に伏しているマリウス・ブラックから矢っ張りジョイが好みなのかでも性格良い子だからなと大声で注意が飛ぶ。
「性格って?」
「私は面食いなのですが、何故かキャップから性悪好みだと思われていて」
 彼女はこのやり取りを知っているはずなのだが、当然それは表に出さない。私が監視を受け入れているからバレても痛手にはならないとは理解しているだろう、しかし、敢えて自分がその指揮を取っていたと暴露する必要は、今の所ない。
「そうなんだ。美人って言ってくれてありがと、因みに男女関係なく好みな感じ?」
「勿論です、年齢も種族も関係ありません」
「よく聞いとけよドギー! 魔法使いはジョイの恋愛対象外だからな、いや、付き合いたければ俺を倒してからにして貰おうか! まずは俺の年齢を超えてみろ!」
「キャップは愉快な方ですね」
「一緒に居ると元気になれる人だよね。そんな長い付き合いじゃないけど、あの人、昔からあんなだよ。花束も手伝う?」
「ありがとうございます、ですが、お気持ちだけ。これ以上、お客様にお手数をかける訳には参りませんので」
 魚介類とアボカドのセビーチェと牛タンのミジョテの間にキャロットラペ、そして、彼女から受け取ったベーコンのキッシュを。アイスクリームの隣にはチョコレートを置いていると、テーブルの縁にそっとブランデーグラスが乗せられた。
「そっか。じゃあ、ちょっと遅れたけど、これもあげる」
「可愛い! ありがとうございます!」
 薄葉紙を剥いて渡されたのは大きなグラスに寄せ植えされた多肉植物だった。子供の両手に収まるくらいのそれを高々と持ち上げ、この時代では未製作の某獅子王ごっこを1人で満喫する。因みに、先程受け取った2つの花束は魔法により背後に浮いていたが、最初からそうしろなどと興を削ぐような突っ込みをするような大人は居なかった。
 青空に向かって掲げられた寄せ植えの次は自分の番だと思っているのか、足元に駆け寄って来たルドルフ君という大型犬を引き連れて空いたパラソルの下へ花を運ぶと、そこへプレゼントを届けに来た梟達が合流する。事前に連絡を受けていたアルマン・メルフワからの物はすぐに判別が付いたのだが、残りは一体誰からだろうか。コテージの周辺に張り巡らされているであろうブラック家の監視を抜けて此処に来たという事は、問題になるような人物でない事は確かだが。
「犬と鳥。ブレーメンに辿り着かなかった動物共の半分が揃ったな。残るロバは馬を代わりに連れて来てだな、ロザリー、頼みがある」
「断る」
「冷たいな、お客様の中に猫を呼び出せる方はいらっしゃいませんか」
「ドラゴンなら」
「ウィレフェストなら」
「毛皮の代わりに鱗が生えた猫ってのは斬新だが却下だ」
 鶏と梟は身体的な特徴が異なるのは当然だが、味まで大分違うと実家で聞いた事がある。驢馬と馬も特徴はかなり違い、しかも、マリウス・ブラックが連れて来ようとしているのは昨日世話になったクライズデールだ。
 まあ、確かに、大人と子供を乗せて爆走可能な重種の馬ならば、大型犬と猫と梟が乗った所で平然としていそうだが。
「平和だね」
「ですね」
 何時の間にか隣にやって来たレギュラス・ブラックから声を掛けられ、微笑み返す。彼の足元で隠れているクリーチャーにもその笑みを向けようとしたのだが、目線が自然と合う彼に興味を惹かれたルドルフ君が仰向けになり、思う存分構って下さいとばかりにアピールし始めたので先に花束を飾り付けてしまおう。
 夏の花達に鋏を入れ気紛れに花瓶へ生けていると、横から伸びた手がフラワーアレンジメントの視点で美しいとされる場所へと花の位置を替え、私が生けようと思っていた量よりも嵩が増して行き、不等辺三角形が自然と修正される。
 まずい、しくじった。
 素人に毛が生えた程度だが、その手の教育を実家から受けたからこそ無意識に出てしまった弊害だ。妙な所で日本人の癖が出てしまったが、出してしまったものは仕方がないので、今の生け方では駄目だったのだろうかと首を傾げて誤魔化しつつ開き直って気持ちを切り替えよう。見咎められた以上は仕方がない。
「ねえ、
「はい。何かありましたか、レジー」
 同じく裕福な家庭で教育を受けた故に、私の出してしまった違和感を間髪入れず見破ったレギュラス・ブラックは、疑念ではなく焦燥の感情を目の奥に宿していた。これならば、しらを切れる。
「僕は君を、君の魂を愛しているんだ」
「レジー?」
「お願いだ。彼等に飲み込まれないでくれ」
 頬を寄せるように身を屈め、抱き締めた彼の腕は微かに震えていた。
 私は常に私であるから大丈夫だと、何処までも真実だが今のこの子にとっては無責任に聞こえる言葉を吐き出すべきではないだろう。
 多分、無意識に何か自分らしくない事をしてしまったのだろうな。そんな幼い雰囲気を化けの皮の代わりに纏いながら、私はただ黙って彼に寄り添った。言葉よりも行動が、この可哀想な子供によく効く事は、既に証明されている。