曖昧トルマリン

graytourmaline

玉葱のミルクスープ

 それじゃあまた後で、そう言ってファームハウスの中へ消える老婆に背を向け、隣に建てられた2回り程小さなコテージへ足を向ける。
 足元で元気に尻尾を振るルドルフ君を眺めながら、柔らかいが細く乾いた手の平に乱れた髪を戻していると夏の風に頬を撫でられ、何とはなしに視線を上げた。緯度の問題なのか、標高の関係なのか、単純に都心から離れた田舎同士なだけなのか、カンブリアとロージアンの景色はほとんど変わらない。
 異なる点といえば、飼育されている羊がハードウィックシープの群れではなくジャコブヒツジ数頭という事くらいだ。彼等の毛や肉で生計を立てている訳ではなく、単なるペットらしい。ホルスタインのような柄なので遠目では牛に見えるが、行動は完全に羊のそれであり体格も大きく違う。
「ああ、牛は牛でエアシャーが居ますね」
 遥か向こうの牧草地に茶褐色と白の斑模様の牛を発見し、成程これだけ土地を持ち家畜としてではなくペットとして飼育しているのなら、コテージを作り、別荘として貸し出す余裕位あるだろうと勝手に納得する。もしかして逆に、余裕がないからこそ、敷地内に別荘を作り収入の足しとしているのかもしれないが、余り金銭面で追い詰められた印象を持たなかったので矢張り前者だと結論付ける。
 マリウス・ブラックの案内で、エディンバラ郊外にあるこの貸し別荘へ来たのが本日の午前。明日に控えた誕生日という名の食事会の準備は早々に終えてしまい、夜の会食までガリア戦記でも読んで時間を潰そうかと昼食の準備をしながら模索していた所、別荘の所有者である彼女がチョコレート好きだとマリウス・ブラックから聞いたのでデザートのお裾分けを終えて数メートルの帰路に付いている。それが現在の状況であった。
 どうせなら昼食も一緒にどうかと誘ってみたのだが、彼女はトーストとポーチドエッグを筆頭に、冷凍されたチキンナゲットとフライドポテト、そして世界トップシェアを誇るメーカーが作るトマトケチャップの熱烈な愛好家らしく、クリスマス等の特別な日でもない限りそれ以外の食事は口にしたくないそうだ。味が保証され食中毒の危険がなければ珍味だろうとゲテモノだろうと平気で胃袋に送る私とは正反対の、敬虔なユダヤ教徒並である。
 とはいうものの、彼女の場合は5本指に入らないチョコレートも好きなのでデザートは別腹系の偏食家だが。しかし、それで髪が真っ白になるまで特に大きな病気もせずこうして生きているのだから何も問題ないだろう。健康がどうこうと理屈を捏ねて好きでもない動植物の加工品を無理矢理摂取する方が、余程不健康で心と体に悪い。
 僕は何でも食べるから安心してねとアピールしているとしか思えないルドルフ君に笑いかけコテージのリビングダイニングまで戻ると、既にテーブルの上には昼食の準備が整っていた。ほとんどをカンブリアの屋敷で終えていたので残された調理はパスタを茹でたり電子レンジで温めるだけなのだが、それでも嬉しくなってしまう。
 ただいまと口にすればおかえりと返事をして貰えて、更に食卓には温かい料理が並んでいるのは、とてもとても、幸せな事だ。
 皿や料理を運ぶメルヴィッドとエイゼルとマリウス・ブラックという組み合わせは眼福という文字を視覚に再現した状況なのでしばらく眺めていたいと思ったが、それは今日明日ならば好きなだけ出来るので取り敢えず今は食事を優先しよう。料理は逃げないが、料理から熱が逃げるのはいただけない。
 オイルサーディン、鶏のレバー、玉ねぎのディップ3種と全粒粉のパン、牛肉と玉ねぎを使ったパッケリのジェノベーゼに、茄子と挽肉の四川風炒め、キノコとオリーブのマリネ、蒸し鶏とカリフラワーのマスタード和え、そして食卓には上がっていないがデザートのフォンダン・オ・ショコラ。
 以上のように、今日のランチはメルヴィッドやエイゼルが手にしているトマトジュースの赤色を除けば、彩りなど皆無である。
 このようになってしまったのは諸々の事情というか、バジルペーストを使ったペスト・パスタではなく牛肉を煮込んだナポリ風の正当なジェノベーゼを食べたいと数日前にエイゼルからお強請りされ、緑黄色野菜はウサギの餌だと断言するマリウス・ブラックの意思を尊重した結果だから仕方がない。
 断食前に好物ばかりを作った日のように茶色の食卓を見下ろし、ウナギをアレンジしなければならなかった時のように偶にはそんな事もあるだろうとカトラリーを手に取った。
「ご苦労さん。バアさんに何かされなかったか」
 ディップと四川風炒めを取り分けていると、アメリカ産のペールラガー缶を手に食卓に着き、足元にフィリッパさんを侍らせているマリウス・ブラックが皮肉げな笑みを浮かべて問い掛けて来る。1泊2日で別荘を貸し与えてくれた相手にバアさんとは何事かとは思うが、先の大戦からの仲らしいので私があれこれ文句を付けるのは筋違いだろう。
 フォンダン・オ・ショコラを受け渡す際にこっそりと教えて貰ったが、彼女もスクイブで両親が魔法使いだった所為もあり大戦中は様々な苦労を強いられたらしい。志願兵として海軍補助部隊に勤務していた所を拾われた関係で、彼女曰く、マリウス・ブラックは見た目に反して、行く方方な場所で様々な人間を拾っては教育だ就職だ何だと口にしては手を貸している極度の世話焼きだという。クリケットの時の諸々を思い出すと、言いたい事は判らないでもない。
 アークタルス・ブラックといい、レギュラス・ブラックといい、ブラック家の面々は基本的に構いたがりの人種である。私自身も気に入った子に対して構いたがりの構われたがりなので、気持ちは理解出来た。
「デートのお誘いを受けました。後でクライズデールに乗馬しないかと」
「おお、中々やり手だな。エスコートの作法は知っているか、小さなロメオ」
「何それ、了承したの?」
 花束を持っていけよ、この辺りにはヘザーくらいしか咲いてないから魔法で何か出せと続けるマリウス・ブラックの言葉に被せるようにしてエイゼルが言葉を放ち、ビアタンブラーにトマトジュースを注いでいた手を止めて眉を顰める。
 隣家にテキーラ入りのバドワイザーでも送り付けて飲酒運転で突き出してやろうかと明らかに行き過ぎた兄弟愛を隠そうともしない兄を演じ、それを受けたメルヴィッドが高齢者にサブマリノを飲ませるのは死の危険があると忠告をした後で、馬に飲ませて整備不良として突き出そうと保護者の顔で物騒な代替え案を提示した。
 更にマリウス・ブラックが引き継ぎスコットランド人よりも馬の肝臓の方が大切だとイングランド人気質全開の手のひら返しを冗談っぽく行い、最後に私が今日のフォンダン・オ・ショコラには薄力粉ではなくエンバク粉を使っているから本日のデザートはなしだと嘘の告白をして落ちを付けておく。
「それで、エイゼルは目を離した隙に一体何を作っているんですか?」
 どろりとしたトマトジュースで満たされていなければならないグラスは透明感を帯びており、何故か白く美しい泡がグラスを蓋している。隣に転がっているクリアで明るい色をした苦い炭酸が詰まっていた筈の缶は既に空のようだった。
 数秒前に飲酒運転の話を切り出したばかりなのに、何故この子は天使のような美しい笑顔を浮かべながら私のグラスで乗馬禁止ジュースなど作っているのだろうか。
「私はバージン・マリーを所望したいのですが」
「クバニートの方が好みだって? 仕方がないなあ、他の男なら無視する所だけど、可愛いの我儘だから聞いてあげるよ」
 エイゼルが口にしたカクテルのレシピは判らなかったが、テーブルの上に突如現れた酒瓶に書かれた151という恐怖の数字を確認して慌てて頭を下げる。
「無理を言いました申し訳ありませんレッドアイがいいです」
 普通の食材にはまず表記されない火気注意という文字が踊る75.5度の強烈な酒など、冗談で気軽に口にしていいような液体ではない。
 ビールなんざ小便と一緒さ、いくら飲っても酔えやしねえよ。男ならラムだろう? 尻軽にバージンの名が付いたカクテルなど作れると思うか。と言外に二重の意味を含めて返されたので助けを求める為に正面のメルヴィッドへ視線を向ける。しかし、彼の手元にはタバスコと胡椒とウスターソース、そして生卵が揃えられていた。こちらもこちらで言外にエイゼルを世の中に大量に生息する阿呆の一部扱いしている。取り敢えず、卵は明日のパーティに出す料理の材料なので引っ込めて欲しい。
 エイゼルに睨まれたメルヴィッドの元ネタを理解したらしいマリウス・ブラックが笑い、兄弟喧嘩は食事の後にしようと平和主義を唱えながら全てのグラスにウォッカを投入してくれた。なんて事をしてくれるのだと思ったが混ざってしまったものは仕方がないので、マドラー代わりにキッチンから呼び寄せたセロリを各々のグラスに1本丸ごと挿して行く。
 魔法で筋は取ったもののカクテル用に切り揃えるのは面倒だったので見た目はお洒落と程遠く、赤い水から生えた草にしか見えない。未だ誰もカクテルに口を付けていないにも関わらず、ダイニングの空気は既に酒席風カオスと化しているからきっと大丈夫だと意味不明な自己肯定でもしておこう。
 弛んだ空気に相応しいなおざりな乾杯を行い、そろそろ料理を食べようかと勝手に取り分け、メルヴィッドが用意していた品々を戻していると、この中で唯一の野菜嫌いが誰からも見える角度で足元のフィリッパさんに嫌いな野菜を食べさせていた。
 メルヴィッドとエイゼルも彼に倣いルドルフ君へとセロリを与え、蒸し鶏やパスタに手を伸ばす中、突っ込んだ責任者として私は素直にウサギの真似事をする。塩を呼び寄せる必要もなく、レバーのディップや茄子の炒めものがよく合った。
 同席しているのがマリウス・ブラックだからなのか、普段の半分以下程度に口数の少ない大人達の会話を聞き流しつつ茎から咀嚼を開始して、葉の先に至るまで黙々とセロリのみを食べつつ、雑な手順と適当な配合で作られたレッドバードを飲む。
 半月前に無事閉幕を迎えたロンドンサミットや、米ソが近々調印するであろう軍縮条約についての意見交換という、メルヴィッドとエイゼルが揃っているにも関わらずありきたりな話題を聞き流した。私が苦手な政経を話題に選ぶ2人に違和感を覚えるが、明日の為に少しは概要を頭に入れておけという事なのだろうか。確か、ソ連のクーデターは来月だっただろうか、クロアチアとユーゴスラビアの紛争も今年の筈だが月までは覚えていない、既に起こっていたかどうかも記憶が怪しい。
 飲み口は軽いが胃への負担が重いカクテルを飲み干し、セロリの1本食いを終えた頃には大分腹も膨れていたが、元が日本人だからなのか炭水化物を摂取しないとどうにも食事をした気になれない。ジェノベーゼを少量皿に取ってから、水で体の中のアルコールを薄めようとグラスに手を伸ばすと、何やら向かいから無味無臭無色透明の液体が追加された。
「アルコール脱水素酵素?」
 サングラスに浮かんだ式を読み解くと、メルヴィッドがグラスに追加したのは魔法薬として作り出した高濃度のアルコール脱水素酵素だと判ったが、これは酔う必要はないという気遣いなのだろうか。
 その内この子は、非魔法界内で抵触しそうな化学兵器を作り出しそうだと、ウォッカに所為で思考が鈍くなった頭で笑おうとしたが、真横から殺気を感じて表情を引っ込めた。
 エイゼルが怒った、演技をしている。
「酔わせたままでいいじゃないか。必要なら、夜まで寝かせてあげればいい」
「そうやって常に手元に置きたがるのはどうかと思うな、エイゼル」
「勘違いしないでくれないかな。私は素人しかいない場で乗馬をさせたくないんだよ」
 人間よりも遥かに大きな生き物を相手にしている以上、どれだけ注意しても怪我は起こり得る。落馬は勿論、噛まれる、踏まれる、蹴られる等の可能性や、隻眼の私がきちんと乗りこなせるか心配なのだと苦い表情で吐き出した。
「牧場の敷地内をルドルフと散歩してくるなら私だって反対しない。でも乗馬は危険だから賛成出来ない。相手は指導員じゃない、馬も乗馬用に調教されていない、何よりもは初心者なんだ」
「何だ。じゃあ、もしかしてだ。さっきデートの誘いに怒ったのはそっちが原因か」
「何だと思ったんですか、デイヴ」
「大事な大事な弟が何処ぞの馬の骨とも判らん女に色目使われたからに決まってるだろ」
は魅力的な子ですから、そんな些細な事で一々腹を立てていたら私は胃潰瘍で死んでしまいますよ」
 ストレートなエイゼルの好意の表現に、べた惚れだねえといやらしい顔で笑うマリウス・ブラックを取り敢えず無視して、ならば乗馬はきっぱり断ってくると告げる。メルヴィッドもエイゼルの正論に軽く息を吐き、私がそれでいいのなら乗馬はしない方がいいと自身の非と危機管理の甘さを認めた。
 ただ、矢張り可怪しい。
 普段ならば、メルヴィッドもエイゼルと同じように最初から反対しただろうに、そうしなかった理由は何だろうか。エイゼルの怒りが演技であった事が関係しているのだろうか。
 この別荘に来てしばらくの間、パーティの下拵えや昼食の準備中は何事もないように思えた。彼等の様子が変化したのは私が彼女を送り、帰って来てからである。
 これは疑問を口にするべき流れなのだろう。
「あの、エイゼルも、メルヴィッドも、何かありましたか? 私が居ない間に」
 キノコの中に転がっているオリーブを見つめ、それから少し困ったような怯えたような表情で顔をあげると、正面にあった赤い目がやっと正解に辿り着いたと呆れたような光を帯びたような気がした。
 赤い瞳と黒い瞳の視線が宙で絡み、数秒してからメルヴィッドが軽い溜息を吐く。
「うん、あったよ。が数分だけ出掛けている間に、マリウス様……いえ、失礼しました。デイヴから、私達に関する資料をいただいたんだ」
「メルヴィッドとエイゼルの資料、ですか。だったら」
「ああ、早まらないで。隠そうとした訳じゃないんだ、ただ、少し情報量が多くてね。全てに目を通していないから、何処まで君に話そうか、何も相談出来ていなかったから」
「私は別に、全部話しても、一緒に資料を見ても何も問題ないけど? だっては絶対に私達を捨てない。絶対に、だ」
「エイゼルの心は強過ぎるんだよ、私には真似出来ない」
「君もシンプルに生きれば、強くなれる。私は、私とさえ居ればどんな風にでも生きていける」
 腕は2本しかない、物を抱えるには限界があるとエイゼルは言い、メルヴィッドが言い辛いみたいだからと言葉を続けた。メルヴィッドは何か言いたいがまともに言葉が紡げない、そんな演技をしていた。
「私達はトム・リドルと同一人物なんだって」
「トム・リドルというと。ホグズミードのパブでルビウス・ハグリッドが口走っていた、あのトム・リドルと……同一人物ですか?」
「そう。血縁関係ではなく、同一人物。私と、メルヴィッドと、トム・リドルの3人がね。何を鑑定してその結論に至ったのかは、未だ見ていないから説明出来ない」
 顔を伏せ、マスタードに塗れた蒸し鶏を皿の上でバラバラに裂くメルヴィッドの様子をエイゼルが無言で眺めてから、更に続ける。
「それで、そのトム・リドルが、例のあの人なんだ」
「ああ。それでメルヴィッドは落ち込んでいるというか、怖がっているというか」
 去年ブラック家の本邸で見せた弱々しい表情を浮かべるメルヴィッドの手に触れ、指先を絡めるようにして握る。怯えるように震える指先は、しかし全くの平熱だった。
 緊張すると手先は冷えるものだが、多分、監視者達には見えないよう心拍数共々偽装しているのだろう。
「例え私達が人間でなくても、凶悪な犯罪者と同一の存在でも、君が捨てる筈ないのにね。あの時言ってくれた事を嘘にするような子じゃないから、私は一緒に居るんだ」
 新しくなった首元のチェーンに触れたエイゼルは判りやすく苦笑してから、すぐに手を離した。私の手は卓上でメルヴィッドと繋がれたままである。
「でもね。メルヴィッドがこうなるのも判らないでもないよ、だから少しの間、2人きりで相談したいって考えはあった。君になら何を知られても構いはしないけど、もしかしたら、それで傷付くかもしれないから」
 エイゼルの言いたい事が理解出来ずに僅かに首を傾げると、向かいのメルヴィッドが顔を上げて、もう誰も悩まなくなっていた記憶喪失の事だと口にした。
は、記憶改竄の話題が嫌いだよね。けれど私達がトム・リドルと同一人物なら、その話題に触れない訳には行かない」
「そういう理由なら。そう、ですね」
 記憶改竄の話題を出され演技ではなく表情を暗くすると、エイゼルの両手が頬に伸びて来て、いつもどおり横に伸ばされた。今日の彼の指先はセロリの青臭い匂いがして、思ったよりも似合わないと笑いそうになった。
「それにほら、明日のパーティは持ち込み可だよね。だから私もメルヴィッドも君に秘密で料理を作りたいんだ。因みにメルヴィッドはチェリーとアプリコットのアップサイドダウンケーキを作ってくれるって言ってたよ」
。ちょっとだけこの手を離して欲しいな、大丈夫だよ、包丁なんて取りに行かないから。君の隣の馬鹿を杖で10分くらい沈めて流すだけだから、裏の川に」
「勿論、私の作る料理は明日まで秘密だから楽しみに待っててね」
「利き手じゃなくても魔法は使えるんだよ、エイゼル」
「それとメルヴィッドからのプレゼントはパスタマシンとワッフルメーカーだよ。良かったね、来週辺りにラザニアが食べたいな」
「エイゼル、お前顔に似合わず、すげえ性格してるな」
 矢張り私は性悪好きかと微妙に不名誉なレッテルを貼られているが、今は残念ながらそれどころではない。この手を離さないでと脳裏に歌詞が流れたが、よくある歌詞なので一体どの曲なのか全く判らないと現実逃避を行う。
 そろそろメルヴィッドが利き手関係なく強烈な無言魔法を放ちそうだったので場を収めようとするが、頬をエイゼルの指から開放した時点でマリウス・ブラックが話題の転換というか回帰を行ってくれた。
「じゃあ兄さん達が別荘の中で盛大な花火大会を開催する前に、は大伯父さんと一緒に馬に乗りに行くか」
「キャップは乗馬も出来るのですか?」
「年寄りを甘く見てくれるなよ。生きて来た年数だけ交友関係広いからな、狩猟からポロまで何でもござれ、だ。コーチング経験はお生憎様だが、2人乗りなら何度もな。レイニングもカッティングもお手の物。流石にクライスデールでウエスタン気取る度胸はねえが」
 狩猟という事は彼の知人か友人は非魔法界の貴族も含まれるのだろうが、その辺りの疑問を尋ねるのは後にしよう。今はメルヴィッドの怒りを逸らす方が先決だ。
「そういうエイゼルは、マチェドニアを作ってくれるんですよね」
「材料から料理を推測するなんて無粋だなあ」
「他人の隠し事を開示するのが粋だと教えてくださったのはエイゼルですよ」
 卓上の手を離してアルコール脱水素酵素入りの水を一息で飲み干し、表情を作りながらメルヴィッドに向かってこれと同じ物を彼にと言いながらマリウス・ブラックを示す。
 気合の入った阿呆な演技が功を奏したのか、私の空回りがちな努力を認めてくれたのか、場の空気は砕け、メルヴィッドもエイゼルも杖を手にする事はなかった。
 人間同士のじゃれ合いを静観していたルドルフ君とフィリッパさんはのっそりとした動きで牧草地に面した大きな窓辺に移動し、仲良くお腹を出し合って日光浴をし始める。出来る事ならば私も誘って欲しかったが、犬には犬の、人間には人間の持つ不可侵の世界や親交があり、きちんと種族間で処理をしろという事なのだろう。きっと。