曖昧トルマリン

graytourmaline

隠元と人参のきんぴら

 大きな赤い三角形がラベルに描かれたペールエールの瓶とグラスが現れ、私の分だと手渡されたので仕方なくハーブティーはソーサーに戻す。ラベルを確認したが、アルコール度数が低いタイプなので互いに酷く酔っ払いはしないだろう。
「あの女がアルバニアまで逃れた理由は、今思い出しても愉快だな」
 目一杯には注がれなかったグラスを軽く掲げ乾杯をしている最中から、メルヴィッドは思い出し笑い、というか思い出し嘲笑いを浮かべているが、そこは突っ込まず黙って言葉を待つ事にする。
 私の合いの手を期待していないメルヴィッドは、泡の少ないエールをゆっくりと飲み下してから明らかに蔑みの目で遠くを眺めた。
「あの髪飾りはペンシーブに類似する外部記憶装置だ、冠った者の知識や記憶を自動的に複製し、後世に伝達する。そして、代々の持ち主が望む形状に変化する機能も持っていた。今の髪飾りは私が作り出した、私だけの形だ」
「という事は、あの言葉は無理矢理台座に刻み込んだ訳ではないんですね」
「ああ、そうだが……他に疑問はないのか」
「メルヴィッドの記憶が詰まっているのなら、他人に見付かるとまずい所の話では済まなくなるので、引き続き、隠し場所は貴方だけが知っていて下さい」
「知識は残らず複製されるが、記憶の複製は冠っている間だけだ。そして、お前のそれは疑問ではない」
 判り易過ぎる位に言葉が平坦になった。何かまた、私は見落としたのだろうか。
 それが何なのか尋ねる前に、メルヴィッドは話が逸れるからと質問を中断させ、今度は少し呆れたような表情で思い出話を続ける。
「あの女も髪飾りを冠り、過去の持ち主の記憶を見た。何代も前の持ち主が宣教師と交わした会話の中にあった、東に鷲のシンボルを掲げる国があるという記憶だ。そして、その情報だけで東へ逃げた」
「SPQR、元老院とローマの人民ですか」
「……そうだ、ローマ帝国だ。尤も、最近ではSPQRはSono Porci Questi Romaniと解されているようだがな」
「このローマ市民共は豚である」
「単純な単語の羅列なら判るようになったな」
「お陰様で」
 ホグワーツを豚小屋呼ばわりするダモクレス・ベルビィが知ったら嬉々として罵るだろうが、残念ながらこの情報は何処にも吐き出せずお蔵入りするのは決定事項だ。
 軽い吐息を漏らしてから然程冷えていないエールに口を付ける。炭酸が強く味は良い、今度これに合わせて何か作ってみようという気になる。今迄の経験から高確率で途中で面倒になり挫折するだろうが、その時はエイゼルに見繕って貰おう。
 椅子に深く座り直してメルヴィッドを眺めると、私の意識がエールと料理から彼に向かうのを待っていてくれたのか、丁度良いタイミングで昔話を進め始めた。
「さて、あの女から髪飾りの在り処を聞き出して終わり、とならなかった事くらいは発想と想像力と脳細胞が揃って貧困なでも予想出来るな?」
「流石にその程度は。1000年も前だと正確な場所なんて口頭で説明出来ないでしょう、彼女が何時ホグワーツに戻って来たかは知りませんが」
「10世紀か11世紀辺りに死んでからすぐ戻って来たと言っていた。その言葉が真実ならば当然、あの女はアルバニアという国が生まれる遥か以前の東ローマ帝国、まあ、ビザンツ帝国だな、それしか知らない人間になる。実際に、他称であるアルバニアという国名を教えたのは私だからな。おまけにマッパ・ムンディの時代だ、マッパ・ムンディは判るか?」
「何となくは。中世の世界地図の呼び名でしたっけ。東を上にして円を3分割、左下をヨーロッパ、右下をアフリカ、上半分をアジアと分けたTO図もその1種ですよね。イングランドの何処かの大聖堂にあるのが有名な、ええと」
「ヘレフォード図だ。あれは13世紀後半から14世紀前半に作成されたマッパ・ムンディだから300年近く誤差があるが、その中途半端な知識で止まっているのがお前らしいな。目溢し出来る馬鹿な脳味噌だ、酒も入っているから及第点をくれてやる」
「ありがとうございます」
 度数が低い上に空きっ腹でもないのだが、矢張り幼い身体のまま何の肴もない状態でアルコールを飲むと回りが早くなる。
 シラフの時ですら鈍く遅い頭の回転が停止して、更に逆回転し始めるかもしれないが、メルヴィッドは許してくれたのでつまみの召喚は我慢しよう。
「普通ならば、此処で干草の山から一本の針を探す羽目に陥る所だが、幸いあの女は逃亡先の地名を知り、覚えていた」
「それは心強いですね。当時のメルヴィッドもさぞ喜んだ事でしょう」
「あからさまに視線を逸らすな。続けるぞ、場所はデュッラキウムやドゥラキウムと呼ばれた湾岸都市だが、隠したのは東の森の、木の虚の中だ。私はその後も努力を怠らず、大きな湖が見える場所とまで聞き出した。それでは問題だ」
「判りません」
「白旗が早過ぎる」
 この流れはどう考えても正確な都市名と場所が問われるに決まっていた。そう尋ねれば、私にしては先が読めていると言われたが、こんなものが読めた所でどうしようもないではないか。データベースを漁れば正解が転がっていそうだが、私の頭の中にそのような情報はない。どれだけ時間をかけても、知らないものは思い出しようがない。
 判る事など、そのデュッラキウムだかドゥラキウムだか呼ばれる都市がラテン語由来である事程度である。そもそも私のアルバニア知識は鎖国解除からの国家丸ごとネズミ講コンボで破綻したバルカン半島の面白国家くらいしかなく、現首都名すら知らない無知なのだ。
「お前、自称脳筋の癖に内乱記も読んだ事がないのか。デュッラキウムの戦いすら知らないなら脳筋ではなく一体何のつもりだ」
「申し訳ありません、脳筋の称号を返上して唯の頭の不具合が多い爺になります。ガリア戦記の時点で挫折したので詳しく知りませんが、夫達よ妻を隠せ、ハゲの女たらしのお通りだとなら今すぐラテン語で叫べます」
「盗聴対策で防音しているとはいえ夜中に叫ぶな、迷惑だ。歴代ローマ皇帝か、ローマ教皇の名前と簡単な経歴は? レオ朝最後の皇帝で第39代ローマ教皇でもあるアナスタシウス1世の出身地だが」
「皇帝も教皇も少し知っているだけで、ほぼ無知です。皇帝なら五賢帝、教皇なら世界史や魔法史に出て来る有名所の知識しかありません」
「お前の偏向知識はどうにかならないのか。ダンテ・アリギエーリの神曲も、その分だと知らないだろうな。Inver' la Spagna rivolse lo stuolo, poi ver' Durazzo, e Farsalia percosse sì ch'al Nil caldo si sentì del duolo. ドゥラッツォという一単語だけだが、英訳本の注釈にはデュッラキウムの戦いについて書かれていたが」
「貴方の予想通り、欠片も存じません。ボッカッチョの人曲は好奇心で読み進めましたが、ダンテの神曲には興味が持てなかったのであらすじに目を通した程度で」
「逆に先にあらすじを知った所為で変な壁が出来ていないか? ある種の人間を徹底的に嫌い作中で糾弾したボッカッチョのように、ダンテは神曲の中で自分の気に入らない相手を名指しで地獄に落とし、執拗に拷問にかけ、生まれを嘲笑し育ちも侮辱しているぞ。ボッカッチョのそれは架空の人物に対してだが、ダンテは実在の人物相手にやっていた」
「そんな感情塗れの面白い古典だったんですか。ありがとうございます、メルヴィッド。確か神曲も掃除した時に見た覚えがあるので、探し出して明日にでも読んでみます」
「そうしろ」
 拷問や侮辱が出て来るという事は間違いなく地獄篇だろう。続く煉獄篇と天国篇を読むかどうかは判らないが、兎に角地獄篇だけは楽しんで読めるに違いない。
 叙事詩である事を考慮すると、本来なら原書で読むのが最も心躍るのだろうが、生憎私はそこそこラテン語を理解出来る程度の成長しかしておらず、似ているとはいえど数百年前のトスカーナ語など判るはずがなかった。
「所で、何故メルヴィッドは暗唱まで出来るんですか? しかも流暢なトスカーナ方言で」
「出来ないのはお前だけだ。私もエイゼルも、あのユーリアンですら出来る。教授の許可が必須の禁書の棚からマグル学で使う古典まで、当時の蔵書は全て読破して喋れるように手を尽くした。しかし、幾ら薄ら馬鹿のでも、どれか1つ位は知っていると思ったが」
「返す言葉もありません」
 大きく深い溜息を吐いたメルヴィッドに頭を下げるが、本気で呆れている訳ではないらしく軽く手を振られて許される。元々私は期待されていなかった事と、レイブンクロー生の知識不足が余りに酷かったので相対的に良く見えているようだが、矢張りこれは酷い。
 自称脳筋ならばせめて内乱記は読むべきだったと今更悔やんでも仕方がないのは判っているが、残念ながら過去には戻れないし、戻った所で一読して全てを理解出来る程、私は賢くない。ひとまず、神曲を読み終わった先の未来で読破する事にしよう。
「デュッラキウムの今の名はドゥラス。紀元前に古代ギリシャ人の手で建設され当時はエピダムノスと呼ばれていた、歴史と由緒あるアルバニア第2の都市だ。だが、これでもまだ範囲が広い。地理的な理由で軍事的標的になり、当時はWW2の爪痕も残っていたからな」
「それは、条件の難易度が全く下がっていないような気がするんですが。金属探知機をフル装備した状態で人海戦術を使っても無理だと思える状況なのに、メルヴィッド1人きりですから……1人ですよね?」
「ああ、1人だ。付いて来たがった奴等も居たが、分霊箱ホークラックスを作る過程や本体を見られるのは流石にまずい」
「では、どのような手段で1000年も前に隠された髪飾りを見付けたのですか。まさかとは思いますが、樹齢1000年以上の巨木が存在していたとか」
「そんな判り易い目印があるに違いないという楽観的な気持ちで、は戦後間もないヨーロッパを横断出来るのか?」
「出来ません。人生を捧げてやれと言われても無理なので嫌だと言います」
 沖縄から北海道まで自力で移動し、広大な大地の中から人の頭に乗る小さなアクセサリーを見付けろと言われたら即断で無理だと返すに決まっている。
 これを踏まえて考えると、涼しい顔の下に潜んでいるメルヴィッドの執念は凄まじい。他の分霊箱ホークラックス本体も手に入れるまではそれなりに手間や時間が掛かったようだが、今回は更に距離まで含まれている上に大戦後という中々治安が宜しくない時期である。
 髪飾りを分霊箱ホークラックスにする為に犠牲にした生贄がその辺りに偶然居合わせた農民の命になったのも頷ける。疲弊した大戦後のヨーロッパを横断した後に、森の中から髪飾りを探し出し、尻軽女を嘲笑した所で気力が尽きたに違いない。第一村人発見ではないが、何かもう偶々目に入ったからこれでいいかという気になったのだろう。
 しかし、肝心の髪飾りはどのようにして見当を付けたのだろうか。幾ら大火力魔法を扱えるメルヴィッドでも、単騎で唱えられたレベリオ系では流石に無理がある。
「降参です。イギリスを発つ以前から大まかな位置を把握出来た理由は何ですか?」
「答えは先程出しただろう。寮の石像だ」
「繋がりは、本体から石像への一方通行ではないんですか」
「お前の持っている情報だけでは、その考えに至るのも仕方がないか。あの女が殺された時の状況を聞き石像を調べれば、双方向だと確信出来る」
「あの女とは、例のロウェナ・レイブンクローの娘ですか。どのように殺されたのかお聞きしても宜しいですか?」
「スリザリンのゴースト、ブラッディ・バロンに刺殺されたと聞かされたな。胸元に1箇所だけ刺し傷があったが、それが致命傷になったらしい」
 序だとでも言うように手癖と頭が悪いゴーストの過去と一連の事件をメルヴィッドが語ると、それならば理解出来るという点と、不可解な点の両方が浮かび上がって来た。
「先に、話の筋と全く関係のない質問をしても?」
「何だ」
「ブラッディ・バロンは非魔法界出身の大陸系魔法使いなんですか?」
「違う、あれは純粋な爵位ではなく後世の人間が付けた唯のニックネームに過ぎない」
 ノルマン・コンクエスト以前に死んだ人間が当時イギリス国内に存在しない男爵の爵位を持っている訳がないので大陸側出身かと尋ねたのだが、即座に否定される。
 中々いい雰囲気に持って行けたのではないだろうか。ここで食い下がったら折角築き上げた馬鹿の価値が廃るので、思い切って質問を続けてみよう。この子の心の安寧の為ならば、自分でも馬鹿らしいと思えるような偽りの言葉くらい幾らでも吐ける。
「死後に叙爵された可能性は」
「君主も居ない上に領地もない魔法界で、誰が、どのような功績と形で、何を死人に叙爵するんだ。あのブラック家ですら王侯貴族ではなく、資産と権力を持った古い血筋の一家系に過ぎないのに。そもそもイギリス魔法界は一度たりとも貴族制を採用していない、という事になっている、表向きはな」
「実際は純血一族が非魔法界の貴族階級に相当しているのは理解しているつもりですが、ドイツ魔法界のように明確な爵位というものは」
「今言ったように、そちらはない。存在すると思っていたのか?」
「はい。男爵を名乗るゴーストが居たので、貴族制の時代もあったのだろうと」
「ブラッディ・バロンの生没年を知らなかった事を差し引いても、短絡的で思い込みが激しい馬鹿げた発想だな。マグルの世界史のように、魔法史の本の中で貴族制について触れていたか? 知恵不足を自覚しているにも関わらず改めようとしないお前のような自称馬鹿が居るから、この世から馬鹿の数が一向に減らないんだ」
「仰る通りです」
 男爵という言葉に引き摺られ、現実を見る事を忘れていたようだと口に出し反省していると、メルヴィッドの嘲笑じみた表情が、ふと真顔に戻った。
「まあ、お前は自分が馬鹿だと自覚して愁傷な態度を取るから遥かにマシだな。話題を提供する流れが絶望的に下手だが」
「丁度良い話題があったので流れに乗せようと努力したんですが、態とらしい感じが隠し切れませんでしたね。とはいえ、駄目出しされたように、魔法史の書籍を読んでいたにも関わらず貴族制が存在すると考えていたのは事実なので、馬鹿だなあと思って下さい」
「そこは私の指摘通りなのか、確かに馬鹿だ」
「でしょう? 頭の中に知識を蓄えていても腐らせるだけで、活用や紐付けが出来ないから無知で馬鹿なんです」
 グラスの中では、元々それ程なかった泡は消え、炭酸も抜けてすっかり温くなったエールが残っていた。
「では、本題へ。メルヴィッドが聞いた話が真実であるという前提で纏めましょう」
 それで喉の乾きを癒やし、どうしようもないもので染まっていた思考を切り替えてから、理解出来た点を、子供でも判るようなお粗末な推理として簡単に纏めていく。
「ヘレナ・レイブンクローことグレイ・レディとブラッディ・バロンは、潜伏場所を逐一連絡し合うような良好な仲ではなかった。彼はストーカー気質なので追跡魔法を仕込んでいた可能性も考えられますが、2000km以上離れた個人を捕捉する大火力と超持久力が不可欠の魔法を扱えた可能性は少ない。感情的な行動に走る人間がメルヴィッドすら及ばない強大な力を持っているのならば、もっと早くに拐かすなりの行動に移したでしょうから」
 となると、娘の居場所を特定したのはストーカー男ではなく捜索依頼を出した母親自身である。しかし、母親の能力は既に底が知れている。
 結論は、これもまた消去法だ。
「誰が設計と運用を始めたのかまでは知りませんが、ホグワーツには昔から便利な機能がありますよね。魔法力を持つ未就学児童を異常と思えるような広範囲から発見し、一方的に入学許可証を送り付ける機能が。レイブンクロー寮の石像はこれを転用して出来た物だった、少なくとも貴方はそう考えた」
「そうして若き学生時代の私が入念に調べた結果、石像の髪飾りは本体が存在する方位を常に捕捉し続け、形状を監視している事が判明した、という訳だ」
「都市名と、石像からの方位、湖の見える森、木の虚という固定された隠し場所が揃えば探す手間は大分省けますね。髪飾りは木と同化していませんでしたか?」
「同化はしていなかったが、元々それなりの樹齢の木だったからか、腐った倒木として苔の繁殖場になっていたな」
「ああ、それは……1000年物の汚れを落とすのは一苦労だったでしょう」
 私も一度、本体を手入れした事があるが、あれは大変面倒だった。
 メルヴィッドが手に入れた時は今と形状が違うだろうが、それでもアクセサリーとしては巨大で、尚且つ、歴史的に見ても手荒に扱って良いような物ではない。
 しかし、先程言っていたように、持ち主によって姿形を変化させる代物ならば、研磨剤で磨いたり、重曹塗れにしてもよかったのかもしれない。今度、もしもまた髪飾りを磨く機会が巡ってきたら、壊れない程度にもう少し適当に扱おう。
 元々寮生の行動により軽視されていたレイブンクローに対する毛の先程の畏敬の念は、今日一日で全て尽きたし、今後復活する事もないだろう。
「ただ、気を遣わなければならないのは石像の大火力追跡魔法を撒く偽装ですよね。そちらはどのように?」
「流石に追跡魔法そのものを消失させるのはダンブルドアに勘付かれる可能性を考慮して見送った。卒業前に少し手を加えて、方位を固定させただけだ。私以外の誰かが同じように石像の力に気付いても、その直線上にはもう何も存在しない」
「ああ、それはいい考えですね。無理に停止させるよりも、ずっと楽で面白い方法です」
「それ以降、メンテナンスをしていないのが若干不安だがな。だから老害も自分で持ち続けるよりも安全で楽な、遮断魔法が強く働いている必要の部屋に髪飾りを隠したんだろう。まあ、今は本体の隠蔽に手を尽くしているから、石像経由で見付かる可能性は低い」
「メルヴィッドがそう言うのなら心配しません。それよりも、必要の部屋って遮断魔法が恒常発動しているんですか? 私、あそこで普通にアクシオ出来ましたけれど。少し特殊なアクシオだったので使えたんですかね」
「何だと?」
 力技が不可能な私が遮断魔法がかけられた部屋で使えるのは、それしか考えられない。いつの間にか空になったグラスをテーブルに置いたメルヴィッドが、どのように特殊なのかと無言で尋ねて来たので魔法式を浮かべる。
「相変わらず癖が強いな……だがではない、父親か」
「ええ、そうです」
 中々面倒な手段が付随するが、手慣れてしまえば非常に便利な魔法なので私は常に使っている。遮断魔法貫通は、まあ、型式の古い魔法ならするかもしれない。
 元々これは、精神年齢が幼児以下の父が悪戯と称して、家の蔵で守り神をしていただいている倉ぼっこという妖怪を怒らせた事により進化した魔法だ。どう考えてもあの馬鹿親父に非があるので詳細は省くが、荷物を整理したい倉ぼっこと、その力を掻い潜って荷物の位置や行李の中身を挿げ替える阿呆との諍いがそうさせたのである。
「戦争は技術の発展に寄与すると言われるが、余りにも馬鹿らしい理由だな」
「息子とは違う方面で馬鹿なんですよ、父子揃って馬鹿なんて笑えますよね。もしもこちらのアクシオが隠蔽強化に利用出来るのなら使ってください」
 頭が悪いのは学習しない私の自己責任だが、根本が馬鹿なのは遺伝なのかもしれない。そんな下らない考えを脳内から追い出し、話を真面目な方向へ戻す。
 不可解ながらも私の中で組み上がったのは、母子揃って馬鹿な魔女達と、利用された哀れな男のそれだ。メルヴィッドは興味のない事だろうが、馬鹿の基準を元に戻さなければならないと言っていたので付き合って貰うのは何も問題ない事だ、そう自分で自分に言い訳を並べておこう。
「所でメルヴィッド、現代日本には親殺しよりも子殺しの方が軽い量刑で済むという面白い奇習があるのですが、中世初期のスコットランド王国やビザンツ帝国ではどのような刑罰を受けたのでしょうね」
「遠回しに私の事を言っているのか? 程度の低い嫌味だな」
「そういえば、貴方も親殺しをしていましたか。勘違いさせて申し訳ありません。私が言いたかったのは、子殺しを行おうとしたロウェナ・レイブンクローについてです」
 ティーポットに入ったままの液体を注いでカップを渡し、彼女は娘の行った罪を許しはしなかったと続ければ、メルヴィッドは紫色に変化した液体をしばらく眺め、溜息すら吐かず黙って顎をしゃくった。
 有り難い事に、この子は私の馬鹿げた与太話に付き合ってくれるそうだ。