金目鯛の広東蒸し
非正規ルートに話が通じる魔法使いが存在するのは非常に助かると我欲に塗れた言葉も、レギュラス・ブラックはさして気にした様子もなく肩を竦めながら受け流し、優先順位や対価さえ間違わなければ協力しようと口にする。
「当然そちらにも利益が出るよう取り計らうさ。国連関係は無理だが」
「国連は別に必要ないよ。君の一族や、フランスさえどうにかしてくれれば」
腐敗極まった組織へのコネクションなど不要という意味なのか、別口を既に確保しているという意味なのか、ブラック家の実力ならば正規ルートで十分という意味なのか、或いは、ただのリップ・サービスとして受け取っているのか、飲み物を口に運びながら多分全部だなと大した理由もなく勝手に結論付け、ふと浮かんだ疑問を口に出した。
「そう言えば、メルフワ様は国連でどのようなお仕事に就いていらっしゃるんですか」
「ああ、言ってなかったな。環境保護機関に所属しているんだ。ヒトたる存在や魔法生物が安全に暮らせるように現地調査や保護をしたり、各国魔法省間で起きる問題の調停役をしたり、マグルに露見するような環境破壊を起こさないよう対策を講じる仕事だよ」
「立派なお仕事なんですね」
「年中働き詰めだけどな」
国際魔法使い連盟に所属する下っ端とは聞いたが具体的にはどのような活動をしているのかと尋ねると、コカを飲み込んだアルマン・メルフワがそのタフな肉体に見合う説明を簡単にしてくれた。成程、言語でコミュニケーション可能なヒトたる存在は兎も角、魔法生物と自然と国を纏めて相手にするには如何にも貴族的な華奢な肉体は捨てるべきだろう。
しかし、幾ら頑丈そうに見える肉体を持っていたとしても、身体は1つだ。世界では同時多発的に何かしら問題や災害が起きている。今年は環境破壊が特に大変だっただろうと口にすると、我が身の上を理解してくれるかと深く、そして大きく頷かれる。
「1月に中東、4月に地中海、5月に南大西洋、まだ7月なのに石油流出による海洋汚染が既に3件も発生して、合間を縫うようにアジアでウンゼンとピナトゥボが噴火した。環境破壊だけでこれなのに、更に世界各地で疫病も蔓延している。世紀末だからって人類も地球も羽目を外し過ぎだ、そう思わないか?」
残念だが来月にはチリで大規模な噴火が起き、来年も語末にスタンの付く何処かの国で石油流出が起こるとも言えず、タンカーからの石油流出は腹立たしいだろうと気持ちに寄り添うような返答をする。
非魔法界で起こった人災が原因の環境破壊に、魔法界は手を出せない。油田からの流出ならば場所が固定されているのであらかじめ予防策を立てられるが、移動する原油タンカー相手だと無力である。魔法生物の生息域なので航行を控えて欲しいと願い出る事すら出来ないのは痛い、けれど、魔法を世に出してはならない以上は仕方がないのだ。それは当然、純血に生まれた魔法使いとしてアルマン・メルフワもよく理解していた。
「国際社会が隠れると決めている以上、その流れに沿って動かなければいけないんだ。それに今年は異例なだけだ、普段はもう少し小規模な事案に立ち会っているよ」
「マックルド・マラクローがロブスターと間違われないよう対策を講じる、程度の?」
子供の顔で態と極端に小さな事案を挙げれば、大人の顔をしたアルマン・メルフワが笑みを溢しつつ優しく否定し、詳細を語ってくれる。小細工は見抜かれたかもしれないが、だからといってどうという事はない。
「流石にそのレベルだとマグルの被害が甚大な場合のみ声明を出す程度だな。職員が直接現地に出向く事案はもう少し大きい。平年規模とされる現在の活動は、北欧で起こった巨人殺しに過激派の反巨人団体と人類主義団体が犯行声明文を出したから人権系の機関と連携して調査したり、トランシルバニアにある弛み気味のドラゴンの研究所に査察に出たりだな」
「そうなんですね、勉強になります」
因みに、ドラゴンの研究機関はルーマニアにあると物の本には堂々と書いてあるが、実際に査察を行う立場であるアルマン・メルフワがトランシルバニアと言った意味は、まあ、国連関係で先程考えた通りのものであろう。
限界まで簡略化して説明すると、功績は宗主国ルーマニアに、失態は従属国トランシルバニアに、という事だ。
Jの字形に連なるカルパティア山脈やトランシルヴァニアアルプス山脈を境に両国は分断されているが、ドラゴンの研究所は丁度その国境上に存在しており、研究施設はルーマニア側に、飼育や保護施設はトランシルバニア側に置かれている。
非常に単純な事であるが、ドラゴンについて新たな発見があった場合、発表は常にルーマニア側で行われる。逆に脱走や病気の蔓延、大量死や職員の不正が起きた場合、責任は常にトランシルバニア側に擦り付けられる。
この不平等に気付いている者も大勢居るだろうが、彼等には熱意も力もない。国連も現状を無視しており、ルーマニアの不興を買ってまでトランシルバニアに助力する旨味もないというのが理由だろう。
そもそもヨーロッパの文明に属しない地域では、自国のドラゴンを動物扱いされる行為の時点で強固に反対しているのだ。ルーマニアもトランシルバニアも同等に非難すべき対象であり、どちらか一方の肩を持つという事は絶対にない。
故に、余程の事が起きない限りこの状態は続くだろう。
正直な所、日本人である私も最後の勢力に属しており、非魔法界では国として認められておらず、特に目立った国交もない存在が搾取されようがどうでもいいと思っている。
ルーマニアに反旗を翻したいのならば当事者であるトランシルバニア人が率先して行動を起こし国際社会に訴え出なければ始まらない、そして、訴えが認められ第三国として介入した所で後世に面倒臭い問題を残すだけになるのは目に見えているのだ。自国が国際的に、そして確実に損をするよりも、国内に存在するドラゴンの保護を優先するのは当然だろう。
非ヨーロッパ系のドラゴンであるチャイニーズ・ファイアボール、ペルー・バイパーツース、オーストラリア・ニュージランド・オパールアイ。ヨーロッパや北アメリカの書籍や図鑑で純血種と記載されているこれらドラゴンは、謂わばこの種族を凶暴で悪しき物としたいヨーロッパへの判りやすい生贄だ。
この3種は日本でいう所の蛟であり、より格上のドラゴンの神性を守る為に犠牲となっている。ヨーロッパで発刊される本、特に子供向けの物にはドラゴンの純血種は10種であると記述されているが、アジア諸国や南米、アフリカ、オセアニアでは世界的に認知されている10の固有種と書かれている。
国家間でこのような隔たりがあるのはどうなのかと一度ならず疑問に思ったが、よく考えてみると非魔法界の日米間でもA.オリゼーとA.フラブスの関係性を巡って争っているので、私が詳しい事情を知らないだけで割とある話なのかもしれない。
何にしても、ユダヤ教系の影響力が弱いインド以東でドラゴンといえば水と天候を支配する畏怖と信仰の対象であり、南米では太陽と豊穣と風雨と司る神であり、西アフリカでは宇宙創造に手を貸した超常の存在であり、オーストラリアでは全ての生物の始祖である。どの土地でも、ドラゴンは先住民族の中で今でもそう在り続けている。
これらの土地でも人間如きに退治されるドラゴンや害悪を為すドラゴンも居るが、それでも多くは神性の存在だ。彼等は人間よりも遥かに長く生き、人語を解する知恵を持ち、身を隠す方法を心得ている。ドラゴンは、人間様の手でヨーロッパの端に監禁されるような空飛ぶ大型のトカゲではない。
私の考えが国際的な研究所を馬鹿にしているのは確かだが、しかし、安全面も考えると矢張り現状維持が一番望ましいと考えられる。非ヨーロッパ系では最も弱いドラゴンでも河川を氾濫させる程度は可能で、天候操作は基本の能力とされ、最強のドラゴンに至っては小さな大陸の全生命や宇宙を創り出す力を持っているのだ。全生命や宇宙となると流石に誇張かもしれないが、それでも超常の存在である事には変わりない。
比喩ではなく、触らぬ神に祟りなし、である。
「その顔は、ドラゴンは余り好きではないと見ていいかな」
「いえ、好きですよ」
グリップにペルー・バイパーツースの革を使っているので少し考え込んでいたと言いながらベルトに挟んでいた杖の柄を見せると、当然だが、変わった革の巻き方だと評される。
「日本の剣の柄に巻かれている様式なんです。最初は平編みにしていましたが、美術館で見た剣を思い出して、格好良いなと……どうかされましたか?」
「酔っていて気付かなかったが、杖にしては長くないか」
「66センチあるんです。デザインは無骨ですけれど、そのお陰で木本来の複雑な色調と綺麗な木目がよく判るんです。手にも馴染みますし、能力も物理面に特化しているんですよ」
「ああ、うん。そうだろうな」
彼は見た目こそタフガイだが、あくまで仕事上そうなるしかなかったのか脳まで筋肉化はされていなかったらしい。若干引き気味の表情を浮かべ、話題を変えたがっているように見えたのでドラゴンも好きだが身近な魔法生物も好きだと元の路線に戻す事にした。
「ナール、ニフラー、クラップ、ニーズル辺りか。確かに可愛いからな、世界でもペットとして人気の種だ」
「ええ、特にクラップは犬とのミックスを飼っているので贔屓してしまいます。けれど、彼等以外にもモークやホークランプも十分可愛らしいと思いますよ」
残念ながら品性の欠片も感じない単語を喚くだけの庭小人とジャービー、クラップを害するチズパーフルは余り好きではないと続けようと私の肩を、身を乗り出したアルマン・メルフワの力強い手が掴んだ。
何か彼の気に障るような事を口にしてしまったのだろうかと懸念を抱いたが、瞳が輝き表情も雰囲気も軒並み明るくなっているので全く逆の理由なのだろう。料理の話を喜々として語る時の私に近く、実際、そうであった。
「いや、失礼。力加減を忘れてしまった。ホークランプの魅力に気付いた魔法使いと偶然出会えた奇跡に思わず興奮してしまって」
「愛好家はそれ程希少なんですか?」
繁殖力の強さから隠蔽に手間がかかり非魔法界の生態系に悪影響を及ぼす可能性があるので嫌う魔法使いが居るのは判るし、私も庭園の景観を守る為ならば彼等を殺すかルドルフ君のおやつにするが、魔法界では優秀な被食者なのでアルマン・メルフワが同好の士を見つけて感激する程、魔法使いに毛嫌いされているとは思ってもみなかった。
あの姿がタコやクラゲを連想させるからなのだろうか。私の感性では、手乗りサイズのタコやクラゲなど可愛らしいとしか思えないのだが。
「外見も頭足類とスギタケモドキの幼菌を合わせたような見た目で、とても愛らしいのに。指を差し出すと野生のホークランプでもE.T.ごっこに付き合ってくれるんですよ」
無論、その後に殺すが。
愛らしいとはいえ、害獣は害獣である。植物が生育する場所を塞ぎ、種や苗を掘り起こすのはいただけない。間引きとして実家でも常日頃仕留めていた猪や鹿と同様に、敷地内で姿を発見した場合は一切の慈悲なく即刻駆除対象になるのだが、その辺りは言わずとも彼も理解しているだろう。
幼児が素手で触っても問題になるような毒や寄生虫もなく、口はカタツムリやナメクジに似ているので皮膚を傷付けるような牙もない。触手はミミズを探すセンサーと土を掘る能力を併せ持っているが、人間を締め上げる程の力はない。黒っぽい毛さえ抜けば加工が容易で爆発的な繁殖力を持つこの魔法生物を育て食卓に上げてみようかと何度か考えたが、タコが食べられないメルヴィッドやエイゼルがホークランプを食べられる筈がないので止めた過去を思い出した。
平均的なイギリス人と同様にイカを食べる口でタコを拒否する態度は不思議に映るが、彼等なりに食材として扱うべきものの線引があるのだろう。世の中には牛肉を肯定し鯨肉を否定する人間や、甲殻類を肯定し虫類を否定する人間もかなりの割合で存在する。
「本当はこんな仕事ではなくホークランプ専門の研究者になりたかったんだ。けれど、恥になると一族中から強い反発があってね」
「メルフワ様の親族が仰っている意味がよく判りませんが、何が恥になるのですか? ホークランプは立派な魔法生物ではありませんか」
「嬉しい意見だ。だが坊やの考えは少数派だよ。国にもよるが、少なくともイギリスとフランスではホークランプは下等な生物という偏見が蔓延している。あのニュートン・スキャマンダーですら、自著でつまらないものだと言い切っている」
「幻の動物とその生息地ですね。けれど、幾らイギリス魔法生物学界の権威が書いた本とはいえ、主観混じりは本として当然で、仕方ないのでは。その本を読むも読まないも、内容に同意するのも反論するのも全て読者の裁量に任されていますし、目くじら立てる必要も」
「ホグワーツ新入生の指定教科書に毎年リスト入りしている本だが」
「出版社とリスト入りさせたホグワーツ教員の息の根を止めても宜しいかと」
何も知らない子供にM.O.M.分類Xはつまらないものだと刷り込む本を指定教科書にする馬鹿は誰だ。候補が多過ぎて絞れないが、本当に誰だ。
そもそも魔法生物学に関する授業は選択制のもので、入学初年度に行わない筈である。あの本を一体どの授業で利用するというのだ。まさかと思うが闇の魔術に対する防衛術なのだろうか、危険な魔法生物の簡単な説明は載っているが闇の魔術に分類される魔法生物など片手で足りるのに。
本にしては規格外の重版数からしても、日本で起こった教科書謝礼問題と同じ腐った金の臭いがするが、イギリス魔法界に教科書検定規則は存在するのだろうか。
多分、否、絶対に存在しない。
イギリスは非魔法界でも教科書は自由発行且つ自由採択を基本方針としている、更に法律全体が緩い魔法界に存在する筈がない。日本では教科書謝礼問題を起こした悪習に対し当時の文科相が法律以前のモラルの問題だと厳しく非難したが、ダンブルドアとミネルバ・マクゴナガルの態度を見るに、そのような言葉は歯牙にも掛けないだろう。関係者全員、路頭に迷った末に死ねばいいのに。
真顔と地の底から湧き出した声色で手の平を返した私にアルマン・メルフワも重々しく頷き、しかし甘い判断だと言った。
「私はスキャマンダーも気に入らない。ダーウィンがミミズの研究と実験に人生の半分の年月を費やしたように、どの世界でも生物学は根気が必要な学問なんだ。活動や実績は認めるが、幼少時に切り刻み遊んだだけで以降の研究には着手せず、新説が出ても改訂作業を行わないのにつまらない存在だと評し続けるあの男を、私は認められない」
「確かに、ホークランプに関する誤解を訂正しない姿勢は批判に値しますね」
「ソ連の魔法生物学者達が世に出した、画期的なホークランプの活用方法がイギリス国内でほとんど認知されていないのも気に食わない……坊やは勿論知っているな?」
「ホークランプ開墾農法の事ですよね。あれはホークランプの力を実感しましたし、机上の空論にせず成功させたソ連にも驚きました」
ホークランプの好物はミミズだが、それだけを食べているという事ではない。ミミズがいない時は土中に生息する虫やその卵、小動物の死骸を食べ、その排泄物はミミズと同じく土壌改良の一翼を担っている。また、単体ではネズミやモグラに呆気無く食われるが、途方もない数を揃えれば逆にそれらを疲弊させ、最終的に食らう事も出来る。
見た目よりも強靭な触手で地面を掘り返す能力を持ち、農地に害を与える虫や小動物を決して見逃すこと無く食べて肥料とし、寒さに耐性があり繁殖能力が強いホークランプの利点を最大限に生かしたのがソ連だ。
ストリーラーの毒で囲った野に数十万単位のホークランプを放ち開墾に従事させ、やがて餌がなくなり共食いを始めても放置し、人間が駆除出来る数まで減らした所で皆殺す。最初に少し準備を整えるだけで酪農地帯を畑に転用させたソ連には実際驚嘆したものだ。
ホークランプは肉食性なので草が鬱蒼と生い茂る土地ではあらかじめ別の魔法生物に除草させないと使えない方法だが、それでも土地と金のある国は矢張りやる事の規模が違う、元々ソ連の得意分野である数の暴力とは正にこの事であろう。
そして予想通り、アルマン・メルフワは全てのホークランプに分け隔てなく愛を注いでいる訳ではないようだ。私もルドルフ君を飼っているが、食卓に犬肉を出されても躊躇う事なく食べられるので彼の考えは理解出来る。
「大変魅力的な方法ですが、イギリスは狭い国なので実践出来ないのが残念です」
「いや、国土面積は重要ではない。あの農法を可能とする条件は3点、人口密度が低い、寒冷地、平地が有り余っている、これらを満たした国だ。スウェーデンがその典型だな」
「そうですね、メルフワ様の仰る通りです」
「坊やは素直な子供だな。ハモン・セラーノとハモン・イベリコとチョリソの盛り合わせ食べるか、エストレヤードも食べろ」
「いただきます」
新たに運ばれた料理も二つ返事で口に運ぶ、勿論遠慮などしない。
同類である私にはよく判る、アルマン・メルフワは間違いなく食べさせたがりの人間だ。ここで妙な遠慮をしても誰の為にもならない。彼も私も料理人も幸せになれない態度を取る必要はないのだ。
薄く切られた生ハムは塩気と肉の旨味、脂身の甘さがどれも素晴らしい、エイゼルならば合う酒を喜んで探すか作るかするだろう。パタタス・ブラバスにも使われている乱切りされたフライドポテトの上にチョリソと半熟に焼かれた卵が乗った料理は食べない内から絶対美味しいものだと判る。
フォークとナイフと振るいながら、だから先程の侮蔑なのかとついでに確認しておこう。
「ダンブルドアを蔑視するようになった発端は国連ではなく、そちらですか」
「あの発言まで知っているのか」
「本か雑誌かは忘れましたが、ホークランプを可愛がる者の気が知れないと書かれていた事は強く印象に残っていますよ。マグルを愛する者の気が知れないと誰かが発言すれば、呼ばれてもいないのに差別を持ち出して意気揚々と反発し出すのに、随分都合の良い思考回路と腐った性根をお持ちの方だなと思ったので」
「文句があるのならば、お前達も同じように行動で示してみろ。それが嫌ならば、嘲笑され続けろ。そう言いたいのだろう。相手の都合も考えず勝手に喧嘩を売って来て、応戦しなければ得意面で勝利を宣言する好戦的で幼稚な思考だよ」
アルマン・メルフワは幼稚と言うが、その思考に見合った年齡の幼児でも余程可愛げがなければ周囲を不愉快にさせる行為である。
それを1世紀以上生きた老人がやっているのかと思うと脳が痒くなり精神的な吐き気がしてきた。私も人の事をいえないが、そこまで痛い存在ではない筈である。
「何故、私はホークランプが嫌いであると素直に言えないのでしょうね。それならば誰も文句を言いません、好き嫌いは当人の中で決められるものですから」
「言葉を捏ねくり回す事が格好良くて頭の良い証拠だと思っているのさ。繁殖しないよう去勢して、誰にも迷惑をかけず趣味に興じる赤の他人を馬鹿にした発言をエスプリのきいた言葉だと思い込み、真に受ける輩は多い。元々ホークランプを嫌悪していた人間が後ろ盾を得たと勘違いした所為で、コンクールで賞を取ったホークランプが殺され、飼い主も怪我をした事件もある」
「初耳です、なんですかそれ」
「ウィゼンガモットはきちんと処理したさ。妻の癇癪、ただの夫婦喧嘩だと」
「……本当に、この国の司法は」
素揚げされたジャガイモとチョリソにナイフを突き刺し項垂れる私の隣で、何故かレギュラス・ブラックが頭痛を堪えるような表情をしている事に気付き、慌てて顔を上げる。
アルマン・メルフワとホークランプについて語っていた所為で気付かなかったが、体調に異常を来たしていたのだろうか。カトラリーを手放し大丈夫かと顔を覗き込むと、力ない笑みが返って来た。
「大丈夫だよ。アルマンと親しくしていたから、嫉妬しただけ」
「付いて行けない話題に疲労したって顔だが」
「それもある。と言うか、君って本当にホークランプ愛好家だったんだ。噂には聞いてたけど何も言って来ないからてっきり」
「頭足類が苦手な人間はホークランプも苦手である場合が多いからな。お前もタコが苦手だろう、だからその手の話題は振らないよ。愛好家が同席している時は疎外はするが」
「君に疎外されるのは別に良いよ、でもは駄目だ。折角私を見てくれたんだからもう返してよ、この子は私のものなのに」
幾らなんでもレギュラス・ブラックは冗談で言っていると思うのだがアルマン・メルフワは本気として受け取ったらしく、彼の目が私を私のものとしないこの男の側に居て大丈夫かと問い掛けて来る。当然だが、無言のまま問題ないと返した。
私が良いのなら放置しようと決めたのか、あの濃密な色をしたシェリー酒を口にしたアルマン・メルフワは愛好家の顔から友人の顔に戻し、ゆっくりと息を吐いた。