曖昧トルマリン

graytourmaline

茄子の甘酢中華炒め

 広い中庭の石畳の間から何本もの噴水が上がり、その間を水着や薄着の子供達が歓声を上げながら駆け回っていた。彼等の頭上に広がる空は変わらずの快晴で、気温は比較的高いが湿度はそれ程でもない。ジャケットは脱いでもベストを脱ぐ程ではない暑さなのだが、夏の水遊びを満喫したい子供にとっては気温など些細な事なのだろう。
 16世紀半ばに建設されてから経年劣化や戦争が原因で幾度となく増改築をされているこの建物は、21世紀に差し掛かっている現代でも尚、人々が手を加えながら愛し続けている。歴史ある美術品としてではなく現役の複合施設として利用されている点を含めて全く素晴らしい事ではないかと感心しつつ、白い石で出来た手摺りに凭れ掛かった。
 しかしまさか、これ程気軽にサマセット・ハウスを訪れる日が来るとは思わなかった。エイゼルとユーリアンの出生を偽造する為に、この建物内にある身分登録機関の中央本署へ不法侵入した時の事は余り思い出したくないが、悲しいかな、そう思えば思う程に記憶の方から大きく手を振りこちらに歩み寄って来る。
 個人の関係で管理する日本の戸籍と違い、イギリスは事件別、つまり出生、婚姻、死亡と項目毎に別けた登録を行っているので兎に角手間がかかったのだ。
 本当に、手間がかかったのだ。
 サマセット・ハウスの存在すら知らなかった頃の私でも朧気な知識で問題なく偽造が可能だった魔法界の該当機関の構造は単純過ぎて不安になったが、後学の為に非魔法界への偽造方法を調査したら余りの手間の多さに年甲斐もなく泣いたし、知恵熱を出して吐いた。
 エイゼルやユーリアンには澄ました顔で戸籍の偽造を報告したが、正直あの書類一式は萎びた脳味噌と胃痛から来る脂汗とイギリスのお役所仕事に対する血涙の結晶である。ノウハウは全てマニュアル化してデータベースに叩き込んだが、出来ればこの世界と別れを告げるまで、否、別れを告げた後も関わり合いたくない。
 ついでに、メルヴィッドに対して非魔法界の公的書類を偽造するのは無理だと詰め寄ったあの日からしばらく経ち、最初の転校先で戸籍や遺言を管理する機関がサマセット・ハウス内に存在すると様々な古典ミステリ内で言及している事に気付き、メルヴィッドに報告した直後に鼻で笑われた記憶はそろそろ美しい思い出として風化させたい。
 更に、社会保障系で使用されるNI番号やNHSこと国民保険サービス番号を始め、関係省庁に色々と手を加える過程で得た知識も廃棄したい。これらは使い方次第で役に立つかもしれないが、関連項目としてやって来る苦くて辛い思い出の所為で知恵熱と嘔吐がぶり返しそうになるのだ。丁度、今の私のように。
「何時もより顔色が優れないね。お祖父様はああ言ったけど、無理しなくていいよ? 家に来ても、誰も邪険にはしないと思うから」
「大丈夫ですよ。美術館が混雑していたので、少し疲れてしまっただけです」
 自動ドアの先が不親切設計のダンジョンで、何年もかけて仲間を生き残らせる為の地図を作成した過去を思い出し顔色に影響が出たらしい。咄嗟に、先程まで時間を潰していた美術館が原因と口に出してしまったが半分本当で、残りの半分は嘘である。
 一昨年に北棟へ移転したばかりのコートールド・ギャラリーは、本日大変混雑していた。これは本当である。ロンドンの中心部なので交通の便が良く、毎週月曜は入場が無料で、更に夏季休暇中ともなれば、相応の混雑はするだろう。
 しかし、例え近くにナショナル・ギャラリーが建っていたとしても、マネのフォリー=ベルジェールの酒場や、ルノワールの桟敷席、アルル在住時に描かれたゴッホの自画像など、先進国で生活していれば必ず目にするような名画は此処にしか展示されていないのだ。
 ロンドンの美術館としては比較的小規模で、イギリスでは珍しく学生以外からは入場料も取られるが、そんな些細な事などどうでもよくなる程、展示品はどれも素晴らしい以外に表現しようがなかった。
 つまり、疲れたとの言い訳が、嘘である。
「ねえ、。そんな顔をしてまで嘘を吐かないで」
 当たり前のように嘘は見破られたが、顔色の原因がサマセット・ハウスに関連である事は当然伏せ、レギュラス・ブラックが欲しがっていそうな都合の良い言い訳を口にする。
「ありがとうございます、でも、今はお気持ちだけ。将来を真剣に話し合ってくれている大人の前で、こんな腑抜けた表情を見せる訳には行かないので」
 エイゼル以上の大人達はホテルから出た後、今後の方針を話し合う為に例のロールス・ロイスでブラック家へ行ってしまった。レギュラス・ブラックと私はこの辺りで適当に時間を潰してから帰って来いと戦力外通告をされ、アンティーク市で人がごった返すマーケットを一通り回った後に美術館で時間を潰し、現在に至る。
 少し前のこの子なら、それでも何かの役に立つかもしれないと具体的な案もないまま食い下がったかもしれないが、アークタルス・ブラックに躾けられたお陰で己の力量を正確に把握しているのか、今回はそのような愚行に走らなかった。ただ、子供である事を言い訳にしたくないと力不足を悔いているようには見える。心意気は素晴らしいが、出来ればこんな場所で披露して欲しくない表情だ。
 さて、と心の中で一つ区切りを付け、大きく息を吐き、吸い込んでから手を叩いて前を見る。子供の声や水の音に消されるような音量であったが、それでもレギュラス・ブラックは面食らったような顔をしていた。
「よし、そろそろ切り替えます。前回アークタルス様にお会いした時、サプライズを用意しておくと予告されたにも関わらず今回の件を全く察知出来なかった間抜けなりに、出来る事をやって行きましょう。ちょっと妙だなって思う所もありましたし」
「妙な所?」
「魔法省側が突入して来たタイミングとか、その他諸々が」
 幾ら何でも都合が良過ぎる。全てとまでは行かないが裏で糸を引いていたのではないかとレギュラス・ブラックを見上げて表情を伺うと、少し困ったような笑みを浮かべていた。矢張り、ブラック家側で何らかの操作をしていたらしい。
 今の表情で決定した、情報が整理し切れていない現時点で過剰に踏み込むのは止そう。今の反応からして、この子はアークタルス・ブラックから何か言い含められている。
「とは言え、こんな場所で出すような話題ではありませんね」
「あれ、止めちゃうんだ。は絶対に切り替えて来るだろうから、2人きりになったら尋問される覚悟をしておけってお祖父様から忠告されて、身構えたんだけど」
「尋問って中々物騒ですね、私がレジーに出来るのは精々質問までですよ。それに、質問するにしても作法があるでしょう」
 自分で考える事を端から諦め、真っ白な解答用紙を片手にあれこれ質問して答えを書き写すよりも、自分で考えた解答が訂正書きで真っ赤になる方が身になると告げれば、私の場合は書き写すだけでも身になりそうだけどと返された。
「メルヴィッドやエイゼルはそのタイプですが、私は寧ろ真逆です。応用が利かない頭なので、解答よりも思考法や勉強法そのものを洗い直さないと成長出来ないんです。我侭を言って申し訳ありませんが、終わってしまった事を見直す為に時間を下さい」
「そういう事なら大丈夫だよ。採点者が僕からお祖父様になるかもしれないけど」
「……及第点が貰えるよう、全力で挑みます」
 アークタルス・ブラックは何時だって私に甘いが、それは子供の姿をしている私にある種の期待をしているからだ。その期待に胡座をかいて裏切るような振る舞いや頭の悪さを披露してしまえば、簡単に切り捨てられる。
 駒と呼んでいる相手に切り捨てられるというのも変な話だが、力関係では間違いなく彼の方が上なので仕方がない。
 私は化物で特異能力はあるが大した権力は持っておらず、脳の出来も常人並みなのだ。メルヴィッドやエイゼルの会話に入れるのは、彼等が持っていない方面の、生きて行く上で全く役に立たないが偶にピンポイントで使える無駄知識を持っているからに過ぎない。
「僕も早く、君に全力で挑まれるようにならないと」
 私と同様と言うのは失礼だが、格上の急所にクロスカウンターをぶち込むピーキーな性質持ちのレギュラス・ブラックが気持ちを新たにしているので、この辺りで話題を変えよう。何時までもこの話題を引っ張っていると、何にも考えていない頭からうっかり阿呆な質問を出しかねない。
 ふと見ると、先程まで水遊びに夢中になっていた子供達が親に呼ばれ、エントランスの方向を指して笑顔を浮かべていた。多分、建物の裏にあるテラス席で、テムズ川を眺めながらアイスクリームでも食べるのだろう。
「アイスクリーム、食べに行きたい?」
 彼等を見て、私と同じ考えに至ったらしいレギュラス・ブラックが問い掛けて来たが、大して暑くもなければ空腹でもない。ホテルの食事が最後だったので口直しはしたいが、それはタパスまで取っておこうと決めているので、首を横に降る事にした。
「メルヴィッドが美味しいって言っていたアイスクリームショップが、ジュビリーマーケットの近くにあった事を今思い出して」
 自分探しのアリバイ作りの為にサマセット・ハウスや大英図書館を頻繁に訪れ、序だからとテイクアウト系の店を大体網羅してたメルヴィッドが美味しいと太鼓判を押した店の存在を口にすると、何がおかしかったのかレギュラス・ブラックが失笑した。
「君もメルヴィッドも、エイゼルもだけど、本当にアイスクリームが好きだね。君達がアイスクリーム・パーラーによく出没するってダイアゴン横丁で噂になってるよ」
「それは噂ではなく事実ですね。アイスクリーム・パーラーに顔を出した方が調剤店に出向くより早いと噂にならない内はきっと大丈夫です」
 因みに今月出た新作の内、お勧めはキウイ・アンド・サイダーソルベだ。林檎とキウイのすっきりした甘みと爽やかな酸味、そしてほんの僅かにアルコールと炭酸に似た苦味と辛味が薄緑のソルベによく合って、夏真っ盛りと味覚に訴えた。キウイの種が見た目を悪くしているのが残念だったが、味は最も良かった。
 澄ました顔をしているが、私が味覚の享楽と上質な飽食を是認する人間だと思い出したのか、タパスの店が開くまでもう少し時間が掛かるからと懐中時計を取り出しながら笑い掛けられた。確かに時間はまだあるが、思ったよりも時計の針は進んでいた。
「ホテルを出てから結構経っていますね」
「美術館はすぐに出てしまったけど、マーケットには長く居たからね。そう言えば、何も買わなかったけど、は何が欲しかったんだい」
「手料理に合わせられる、シンプルな食器が見付かればいいなと」
 ホテルのティールームでレギュラス・ブラックの気分を転換させる為に出した話題とはいえ、私にも両マーケットへ行く理由はきちんと存在した。
 知っての通り、私の関心は料理と食事に対して大幅に傾いており、それ以外の扱いは割と雑である。飲み物も然り、盛り付けも然り、食器も然り、彩りも然り。ネーミングのようにセンスの欠片もないとまでは言わないが、作って食べる行為以上に真剣にはならない。
 とは言うものの、多少考える事はあるのだ。美しい食器に料理を合わせるのではなく、無個性且つ無骨な食器が一揃いあれば、どんな料理を作ってもそれなりに整った食卓に見えるのではないかと、全く駄目な方向で。
 メルヴィッド経由でメアリー・ガードナーから受け継いだ大輪の花を咲かせるロイヤル・アルバートに何時だったかエイゼルに説明した台湾名物の棺材板を容赦なく乗せたり、アークタルス・ブラック経由で受け継いだミントンの可愛らしい皿に酒の肴としてコンビーフのマヨネーズ和えを乗せたりと、そこそこの暴挙をしている自覚はある。
 しかし、それ以外に食器がないのだから仕方がないではないか。
 彩り豊かなサラダと滑らかなスープ、お洒落なパスタと小さなデザート、なんて食器に合わせた料理は3日で飽きる。2ポンドのステーキや、鱈の煮付けや、牛肉の味噌炒めや、餡掛け焼きそばが食べたい日もあるだろう。カレーやチャーハンやハンバーグやピザが食べたい日があるに決っている。
「シンプルな食器か。前にパブで見たような、分厚くて白いだけの皿とか?」
「そんな感じの食器です。色々な方からいただいたアンティークの食器も、おもてなしをする時にはとても助かっているんですけれど」
 日常生活で使うには気後れしてしまうと大嘘を続けようとした舌が、急停止する。
 否、せざるを得ないだろう。サマセット・ハウスの中庭に、額のど真ん中を矢に射られた中世の騎士と馬のゴーストが、何の前触れもなく威風堂々と現れれば、誰だって絶句した後にこう口にする。
「……ネルソン提督じゃない」
「珍しく呆然としてると思ったけど、そういう意味の驚き方なんだ」
 仕方がないではないか。サマセット・ハウスに現れるゴーストといえば、イギリスで最も偉大と称される英雄の中の英雄、ホレーショ・ネルソンなのだ。馬上の彼には大変失礼だと判っているのだが、真っ先に連想し、期待する人物はネルソン提督なのだ。
「彼、僕達に気付いてこっちに来るね」
「怒っては、いませんね。道にでも迷ったのでしょうか」
「いや。多分、人を尋ねられるんじゃないかな。ブルズアイの亡霊って呼ばれているゴーストの噂を聞いた事がある。毎年、7月末から8月末にかけてロンドンに現れるって」
 ブルズアイ、成程、確かにブルズアイである。何の捻りもないが、これ程判りやすいニックネームも中々ない。
 レギュラス・ブラックの言葉通り、馬首をめぐらせてこちらを向いた騎士姿のゴーストは私達が見える人間だと判断したのか軽やかに馬を下りて、生前は魔法使いであった事を証明する杖を右の腰に差し直し、空の鞘を見せつつ帯剣もしていないとアピールしながら敵意がないと表現するようにゆっくりと、しかし堂々とした歩調で近付いて来た。
 私もレギュラス・ブラックも彼との距離が詰まり始めると後ろ手に杖を取ったが、互いに交戦の意志はない。ただ、幾らか目眩まし系の呪文を唱えておかないと宙に向かって喋る人間として目撃されてしまうので、予防が必要だったのだ。
 相手もそれを理解しているのか、納得ずくの表情で悠々と歩み寄って来る。
「恐れ入る、ご両人は魔法使いとお見受けするが」
「ええ、その通りです。お困りのようですね、僕達で宜しければ力になりますよ」
「これはかたじけない」
 ほっとした様子だが背筋は張ったまま姿勢は崩れず、口の周辺や顎を覆う髭の所為もあり顔立ちは少々厳ついが表情に卑しさがない。騎士道物語から抜け出して来たような人物に思わず吐息を零すが、その視界を大きな鼻孔が塞いだ。
 鼻孔の正体を探る必要もないが、こちらも好奇心に負け体を大きく傾けて全体を眺める。顔に対して大きな目や少し短めながらも筋肉がしっかりと付いた脚、高い尾の位置からしてハクニーと思われる馬だ。
 主人と違い物怖じも遠慮もしない性格なのか、しきりに鼻孔を動かし小さな耳をこちらに傾ける。子供好きな馬かと思ったが、他の中庭の子供達には興味を示さないのでサングラスが気になるのだろうか。主人である騎士が強く叱咤するとそろそろと離れて行ったが、それでも気になるのか耳も視線も外そうとはしない。
「失礼した、大事ないか」
「ありません。人懐こくて、可愛らしい馬ですね」
「いやはや、面目ない。あれも一度戦場に出陣すれば立派な名馬なのだが、いやそれよりもだ、実は、魔法使いではないさる御仁の墓所が判らぬ故、貴殿らのお知恵を拝借したい」
「その方のお名前や、亡くなられた時期はご存知ですか」
 幸いな事に、此処はサマセット・ハウスである。その役割をレギュラス・ブラックも理解しているのか、名前さえ判れば代わりに調べて来ようと提案した。しかし騎士は緩くかぶりを振り、非常に申し訳なさそうな表情を浮かべながら告げる。
「それが、魔法使いではない事と、顔しか判らぬのだ。大層気持ちの良い男であったが故に墓所へ参ろうかとしたのだが、何処の誰であるのか尋ねずに別れてしまい、かれこれ150年程彷徨っている」
 150年以上前に死に、姓名不詳の男の墓所を探せ。難易度がいきなり跳ね上がり、レギュラス・ブラックの表情が曇ったが、それでもどのような背格好や顔立ちなのか尋ね、力になろうとする姿勢に深く感心する。
 メルヴィッドやエイゼルからの頼みなら兎も角、ただ偶然同じ場所に居合わせたゴーストに対して、私はそこまで真剣になれない。当然、それを表に出すような馬鹿な真似をする程愚かではないが。
「これより南西にある広場に、獅子を四方に配した大理石の柱があるのはご存知か。その上に佇む隻腕の男なのだが、異なる点も見受けられたので本人であると言い切れぬ」
「……もしかして、その方は隻眼でしたか?」
「おお、正に貴殿の言葉通り。像とは異なり、その御仁は右目も失っていたのだ」
「それなら、まず間違いなくトラファルガー広場の像と同一人物、ホレーショ・ネルソン提督かと。丁度今、この子と提督の話をしていた所なんです」
 彼は救国の英雄であるとレギュラス・ブラックが告げると、騎士のゴーストは妙に納得の行った表情を浮かべてから、寂しそうな、しかし柔和な笑みを浮かべた。その理由は騎士である彼がゴーストになる道を選んでしまった状況を推測すれば事足りる、気にはなったが、態々本人に尋ねる必要はない。
 主人の変化に気付いたのか、私から視線を逸した軍馬が側に寄り、慰めるように頭を寄せる。主人と共にゴーストとなり、永遠を彷徨う存在になる事を選んだのだ。この馬は彼の言う通り名馬であり、また、この馬に選ばれた彼も良き主人なのだろう。
「ネルソン提督なら、セント・ポール大聖堂のクリプトで眠っています。ドームの真下にある、一際大きな大理石の棺が彼のものです」
「セント・ポール大聖堂だと。何たる事だ、目と鼻の先ではないか!」
 毎年この日には必ずロンドンに来ているのにと大袈裟に嘆き、しかし今年からはそうではなくなると前向きに事態を捉え直した騎士のゴーストは姿勢を正し、気品を感じさせる物腰でレギュラス・ブラックに礼を述べた。
「貴殿がゴーストの騒乱に巻き込まれた際は、我が名を出していただきたい。我はファイ騎兵、今から遡り凡そ700年、ロンドン・ブリッジで晒し首にされた主君を偲ぶ為に参じた一兵卒である」
 150年間探し求めていた情報が手に入り気が急いているのか、自分は騎士ではなく騎兵であると強調しながら馬に飛び乗り、東に向かって駆けて行ってしまった。彼の全身を覆うプレートアーマーは向こう傷ばかりで相当勇敢だった事が伺えるが、レギュラス・ブラックは慌ただしい人だったねと呆れたように言い、特別感心した様子はなかった。
 これも感性の違いなのだろうと納得していると、そろそろ店に向かおうかとジャケットを脱いだまま恭しく手を取られ、同時に、何も唱えない内に展開していた呪文もすっかり消え失せる。堂々としたものだ。最早、見張っている事を隠す気もないらしい。
 形だけは大人だが、未だ十分に瑞々しい手を緩く握り締め、ジョージ3世の静止した視線を避けながら、2階建ての赤いバスが走る表通りへ足を向ける。
「ねえ、。また2人で来ようね」
「そうですね。また、来れたらいいですね」
 2人で、とは言えない。そして、来ようとも。
 幼い体の私を気遣いながら先導する優しい手が、10ポンド紙幣を握り締めこの場所に戻って来るのは、果たして何年後の事だろうか。
 ダンブルドアへの復讐が終わる前にこの子が独り立ち出来ているよう祈りながら、レギュラス・ブラックに身を任せ、私はロンドンの雑踏の一部と化していった。