ボンブ・ネロ
「従来の教育では従来通りの大人にしか成長しない。この子は幼いながらマグルの変化に備えなければならない事を自覚し、現在の魔法界に危機感を覚え行動を起こそうとしている。将来を見据え、よりマグルに近い場所で尽力すると決めた子供を庇護するのは、寧ろブラック家の人間らしい言動ですよ」
「可哀想に、まるで道具に対しての物言いじゃ」
青い瞳が私に向けられるが、アークタルス・ブラックの言葉は今更な事実で、こちらもブラック家の力を利用すると宣言した身である。双方が合意の上だと態度で示せば、悪い大人に騙された哀れな子供を目にしてしまった表情を浮かべられた。自分と部下がやらかした事を一から十まで数えた後で路上に脳漿を撒き散らせばいいのに。
軽く咳払いをして話題を戻すダンブルドアに向けられた視線はひたすらに冷たい。例外は部下であるミネルバ・マクゴナガルからのものくらいだろう。
「施行された法案で取り決められた以上、ミスター・のホグワーツ入学は決定事項じゃ。これは最早、儂にも覆せぬ」
「加害者に該当する者をホグワーツから解雇するつもりもないようですね」
「先程と同じじゃよ、ホグワーツは犯罪者であろうと容疑者であろうと門戸を開いておる。生徒は勿論、ホグワーツに勤める全ての者に対しても」
「……リックの裁判では、あの魔女に真逆の弁護をした癖に」
「あの弁護は、君の言う通り今思えば間違いじゃった。だからこそ、今度は間違えないようにしておるのだ」
どの面下げて宣ってやがる、クズ野郎が。
全く気に入らないが、この押し付けがましい言葉は正しいし、私の人権を蔑ろにし自分に不都合な法律を踏み倒している事も含めて、ダンブルドアの態度は常に一貫している。
法律を制定されてしまった以上、抜け穴でもない限りアークタルス・ブラックに打つ手はない、そして、ダンブルドアはそのようなものを見過ごす程馬鹿ではない。万が一存在していた場合、それは確実に罠だろう。
今後この男に対して色々やらかしたい思惑を考えると大変有り難い法律を施行してくれたと感謝したいのだが、矢張り、心の底から気に食わない。
道理も糞もない、個人的な快不快の問題であると自覚している。それでもだ。コーネリウス・ファッジのみが独自に考え施行したというのならば、よくやってくれたと喝采を送るのだが、何故ダンブルドアなのだろうか。
本当に、面白くない。
そして、輪をかけて面白くない物を発見したのか、法案が記載された羊皮紙に目を通していたファブスター校長が苦い顔をする。耳から脳に入れたくない情報だが、今後の為に聞かない訳にも行かない。
「仰る通り、法案は覆せません。追記は認められていますが、施行後、最低7年は破棄も大幅な改定も出来ないとなっている。しかもご丁寧に破れぬ誓いの亜種が施されていて、対象は現役大臣です。人命を盾にした法案とは、魔法界は斬新な発想をお持ちのようだ」
「破れぬ誓いだって?」
契約概念が日本よりかなりシビアで綿密であるイギリス生まれのイギリス育ちにも関わらずそんな事は知らないと言いたげなコーネリウス・ファッジは無視しよう。これで一国の大臣だとは思いたくないが、今の私にはどうする事も出来ない。
法案の詳細に目を通していないので何とも言えず黙ってダンブルドアの答えを待つが、口を開いたのは何故かミネルバ・マクゴナガルだった。
「マグルなのに魔法が判ると仰るとは、随分上手い嘘を吐くのですね」
話が本筋から思い切り逸れる発言なのだが、アークタルス・ブラックは放置しているので私から敢えて何か言う必要はないだろう。正直、こんな場違いな言葉など無視していいと思うのだが、ファブスター校長は律儀に返答をした。
「魔法は異次元の力ですが、学校教育という手段が採られているように各々の要素は全て理論で構築された技術です。不可知の力ではなく学修可能な技術に対してならば、マグルはその語源ほど愚劣にはなりません。だからこそ、魔法使いを閉じ込める檻であるブラック家、そしてそれが破壊された場合の更なる壕が必要となるのです」
「ブラック家が檻? 言っている意味が判りませんね」
「判らないのは、判ろうとしないからでしょう」
檻とはまた、面白い表現である。
ブラック家の役割は非魔法界の情報収集と危機管理、そして魔法界の繁栄だが、それを知りつつ国でも城でもなく檻と表現するのならば、ファブスター校長は丁度アークタルス・ブラックの鏡となる存在なのだろう。
非魔法界をよく知ろうとせず、合わせようともしない魔法使いが越境するデメリットは数多く存在する。彼等は余りにも無防備で、無遠慮で、傲慢だ。そのような人間を見る目に軍人思考が足されれば、素人の私でも自ずと答えは出た。
技術は、軍にとって正に戦争の根本を変えるものだ。
航空機の登場によりそれまで2次元的だった戦争が3次元的なものに変化したように、精密性と高火力を併せ持った迎撃技術の進化により攻撃力一辺倒だった戦争が防御力重視へ変化を遂げたように、魔法が投入されれば戦争は異次元の物となる。
文字通り、戦争の次元が変わるのだ。
通信技術、情報収集、兵站運営、空間支配、何もかもが一変する強力な技術で学さえ修めれば誰にでも解析は可能だが、しかし、それを扱えるのは一握りの人間だけだ。
何が起こるか、もう判るだろう。
より戦争を有利に進めるため、科学の世紀に魔女狩りが復活する。濡れ衣を着せ殺す為ではなく、戦争の為、或いは抑止力として戦争の回避に利用する為だろうが、魔法使いが行き着く先は同じ場所だ。
魔法を持たない人間にそのような事が簡単に出来るのかと一瞬自問するが、方法を選ばなければ可能だと自答した。
とても単純な方法だ。かつて私がやられたように、非魔法界出身の魔法使い、言葉は悪いが穢れた血の周辺を洗い、親族や友人を人質に取って野蛮人の如く脅せばいい。
生活にゆとりのある先進国ではリターンに対してリスクが高くこのような行為に及ぶ必要すらないが、逼迫した発展途上国や、その発展途上国に代理戦争をして貰いたい先進国の思惑が重なった場合、小競り合いでは済まなくなるだろう。
また、各国の経済界が手を組み、最高指導者達から紳士的に貿易を持ち掛けるのも有りだろうか。こちらの方が平和的だが容赦がなく、結果を考えるとタチが悪い。
魔法界の物価は安い為、輸入に関しては非魔法界へ有利に働く。金本位制である魔法界の経済を急成長させつつ、生活必需品から嗜好品に至るまで買い叩き魔法界の諸物価を暴騰させ、貨幣の供給不足から増産を唆して良貨を駆逐し悪貨を蔓延らせた後で更に強力な経済戦争を仕掛ければ、経済基盤が脆弱な魔法界は容易く潰れる。
ただこの場合に問題となるのは、グリンゴッツがどの程度まで耐えられるかの見極め、だろう。もしも金の供給が経済に遅れを取らず共に成長した場合、非魔法界が危うくなる。
否、そもそも、グリンゴッツは何処から金を仕入れているのだ。錫や鉛、銅の採掘状況や流通価格は魔法界でもその手のメディアで耳にするが、金と銀は聞いた覚えがない。
後でアークタルス・ブラックかレギュラス・ブラック辺りに尋ねてみよう、確かブラック家もドール伯爵と同様に資源企業も持っていて、カナダで銅を採掘していた筈だ。教えてくれるかは判らないが、きっと何かは知っている。ついでにグレムリンの情報も探りたい、というよりも、寧ろこちらが本命だ。流石ブラック家というよりは私が無能なだけなのだが、彼等が一体何処に隠れているのか未だに掴めない。
思考が逸れた。それ以外の懸念事項は何か考えてみよう。例えば、反撃の手段。
魔法使いが軍の司令部や経済の実権を握る人物を服従の呪文で従わせるにも、彼等の居場所を掴み、具体的な服従内容を刷り込む知識がなければ話にならない。経済に至っては、豊かさを求めるが故に他者を出し抜く魔法使いが絶対に裏切るので、一度合意して侵入を許してしまえばブラック家ですら太刀打ち出来ないのが目に見えている。
魔法省が先陣を切り貿易協定の場で関税を掛ける事が出来れば話は違ってくるが、そうなれば当然、非魔法界も相応の処置を施して来るだろう。何より、100年単位で未払いだった税金をきっちり払えと請求され、更に当然の如く追徴課税のおまけがやって来た日にはどう考えても魔法界が滅ぶ。
B級以下の映画ならば、このような場合は大体、革命気質の主人公が出てクーデーター勃発、悪者を皆殺しにして美女と結ばれめでたしめでたしとなるが、現実はそう甘くない。主人公に政経双方の能力が備わっていなければ他所の国から同様の侵略を受けて事実上の植民地にされ、より悪いふりだしに戻る。第一、税金と追徴課税は完全に非魔法界側の言い分が正しいので逆ギレである。
要するに、境界線を消失させた先にあるのは、魔法界の地獄だ。
私の残念な頭で考えたものなので、もっと効率良く魔法界は解体されるかもしれないし、逆にもっと非魔法界が苦戦するかもしれないが、どの道、碌な事にはならないのだけは変わらないだろう。双方の世界は可能な限り交わらない方がよいとして300年前に国際法を打ち立てた魔法使い達は何処までも正しい。
ブラック家にしても、ファブスター校長にしても、非魔法界の影響が過剰に魔法界に及ぶ事を良しとせず、魔法界の影響が非魔法界に及ぶ事も良しとしない、そしてそれは二重三重の処置がされるべき、という事だろう。
その思想は衣服にも現れており、アークタルス・ブラックがこの世界に溶け込んでいるのに対し、ダンブルドア側の人間は明らかに異物であった。全てが個人の判断に委ねられ、国家間に設置される入国審査場のような越境を禁止出来る抑止力が、この世界間には存在しない事の表れだ。
この国は個人主義の気質が強いが、これは最早それに収まるものではない。ルールを守る姿勢すら見せない異民族が、自国内で好き勝手に振る舞う問題に近い。お前達の慣習や規則は知らない、私達の文化を尊重しろ、問題が起きたから国へ帰るが後始末はお前達の仕事だと横柄な態度を見せられて、はいそうですかと納得出来る人間がどれだけ居るのだろう。
少なくとも、私は納得出来ないし、許す事も出来ない。
数年間、私が行ってきた両世界の大量殺人は鬼畜の所業だろう、けれど私は、判り易い落とし所を用意するか、さもなくば迷宮入りするよう仕組んで行動した。当時も今も自分の都合でのみ動いているが、結果的には両世界の混合は計画の範囲内に留めている。何も考えず善良な人間の一生を狂わせたにも関わらず、謝罪の言葉すら口にせず誰かに助けを求めるような真似は絶対にしなかった。
リチャード、そして名も知らない監査官の女性。多くの人間が魔法使いの無責任な行動により命を落とし、幸福に歩むはずだった人生を壊されたのだろう。
「無念でなりません。それを理解している彼が、何も理解しようとしない魔法使い例外主義者に教えを請わなければならないのは、人生の損失以外にありえないというのに」
私が理解している事を表情から察したファブスター校長の声には、怒りも冷たさもなかった。かと言って、悲しみもない。
全ての感情を沈めた虚無のような青い瞳と魔法使い例外主義者と紡がれた言葉の響きに、彼も被害者なのだと理解させられた。
憎悪を抱えても、私のように復讐へ奔らない彼もまた、英雄の素質を持って生まれた者だろう。彼は間違いなく理性の人だ、次の世代と平和の為に魔法使いを真っ当に育てようとする姿勢には敬服するしかない。
私以外の誰かがきっと、彼の意志を継いでくれるだろう。その為の学校、その為の教育でもあるのだ。彼の下でどのような生徒が育ち魔法界を支える事になるのだろうか。それを間近で観察出来ないのは残念だが、仕方がない。私には最初に定めた目標が存在し、そして校則でも条例でもなく、法律で縛られている。
その法律を持ち出して来た人間が自身や身内の不始末に関して正統な法を持ち出そうとしない辺りは、他人に厳しく自分に甘い下劣な生物としか思えないが。社会の裏側で法を侵しながら生きる化物の私でも、不都合が明るみに出て糾弾された途端に法の遵守を強制するような恥も知らなければ筋も通らない事はしない。
世界は違っていてもダンブルドアはダンブルドアでしかないのだ。リチャードが殺された時から理解していた単なる事実を再確認して腹を立てていると、昂った感情を窘めるように隣から静かな溜息が聞こえた。良くない反応をしてしまったが、今更仕方がない。数拍置いて、殺気を収める。
「、諦めてくれるかな」
「勿論です、アークタルス様。私の力では端から諦めなければなりませんでした。ブラック家の後ろ盾があってこそ、このような反抗が許されたのです」
感謝こそすれ、決して恨む事はない。これは紛れもない真実で、本心だ。
アークタルス・ブラックが無理だと判断した状況を、この中の誰がどうひっくり返せるというのだろうか。より強力な魔法使いであるメルヴィッドやエイゼルが存分に力を振るえる武力衝突ならまだしも、権力の衝突だ。
日和見の癖に最大の権力を保持するコーネリウス・ファッジを味方に出来なかったのが敗因だろうが、幸い、現在彼はダンブルドアに対しての好感度が急落している。この手の主義を持たずに善意と損得の合せ技で動こうとする人間を自陣に引き入れるのは危険だが、同情を誘って一時的な味方にするのは有りだろう。
コーネリウス・ファッジの顔色が宜しくない事に今気付いたような振りをしてサングラス越しに視線を合わせ、眉根を下げて無理に笑う子供の表情を作り上げれば、それで済む。
誰も教えてなかったのは同情に値する、仕方がなかったのは判っている、ただ騙されただけなのだろう、貴方の事は責めていないと、上辺だけの薄っぺらい同情を表現すれば、呆れるほど簡単に安堵の表情を浮かべた。
態と騙されているようにも見受けられない。どうしようもなく使えない男だと呆れていると、アークタルス・ブラックから追加支援が加わった。
「大臣、先程渡した資料はホグワーツの理事会以外にウィゼンガモットへの提出もされている。しかし、裁判の話は聞かないだろう。先程ダンブルドアへ渡した一覧で、この件の審議を差し止めている魔法使いの名を確認したまえ」
ああ、もうそれだけで理解した。見なくたって判るに決っているではないか。
ダンブルドアの肩書は多岐に及ぶ。国際魔法使い連盟議長に魔法戦士隊長、最上級独立魔法使いにマーリン勲章勲一等受章者。そして、ウィゼンガモット主席魔法戦士。
「こんな事が……だからこそ閣下と伯爵は、無理を承知でこの子と保護者を、ドイツへ逃がそうとしていたのですか」
「君に未だ人の心が残っているのならば我々に有利となる追記を認めて欲しい。無論、君や魔法省の立場を軽視するような真似はしないと明文化しよう」
ダンブルドアのように騙し討ちのような真似は絶対にせず君の意志を尊重する、という判り易い飴だが、味方だと思っていた相手から散々鞭を振るわれた上に犯罪の証拠が続々と挙がったのでコーネリウス・ファッジは一も二もなく頷き、羽ペンを取った。サイン一つで不動産ロンダリングに手を貸した私が言うのも何であるが、情に流され契約の内容を確認しないままサインをするとは単純極まりない粗暴な男である。
しかし、正義漢振って簡単に手の平を返す所や、与えられた少ない情報だけで断罪したがる所を見ていると、彼は紛れもなく悪い意味での一般人の代表なのだなと実感する。
契約内容が記された羊皮紙を手にしたアークタルス・ブラックの瞳や雰囲気は何処までも穏やかに凪いでいたが、内心は一体どうなっているのだろうか。
「では、我々はこれでお暇させていだたこう。追記事項は十分な検討を加えた後、正式な会談の場を改めて設けさせていただく。宜しいかな、ファッジ大臣」
「はい、閣下。それは勿論でございます」
「ありがとう。君のお陰で、彼等も最悪の状況は免れるだろう」
そうアークタルス・ブラックに促されたので型通りに感謝の言葉を述べると、心から申し訳なさそうな表情を返された。
彼は善人ではあるらしいが、しかし、本当にそれだけだ。他人の人生を潰しておいて、反省していると態度で示して帰結させたがる、責任など絶対に取ろうとしない。
利己の為に裁判を持ち掛けたジョン・スミスと同じように、ごく普通の腐った思考を持っているだけなのだろう。それでも、裁判を潰し、謝罪すらしない加害者共に比べれば、随分マシだと言えるが。
権力を武器にした言葉による闘争が終わり真っ先に席を立ったエイゼルを先頭に、アークタルス・ブラック側の人間が扉に向かい始める。その行列の移動をダンブルドアが性懲りもなく止めた。
「暫しの別れの前に、1つ、ミスター・ガードナーとミスター・ニッシュの2人に質問をしても宜しいかな」
「……何か?」
宜しいはずがないだろうと無視を決め込んだエイゼルに対し、メルヴィッドは一応足を止め、侮蔑を全面に押し出した声と殺意を漲らせた瞳で皺だらけの老害を見据えた。
「先程運ばれて行った2人の治療、特に反応の鮮やかさは実に見事であった。しかし、老いた儂の目には余りに鮮やかに映ってしまってな。何故、あれ程までに素晴らしい対処が出来たのか、是非教えてはくれないじゃろうか」
面倒臭いが、無視して帰るのは宜しくないだろう。ダンブルドアの言葉を聞いたコーネリウス・ファッジが、そう言えばと顔に出して訝しがっていた。
さっさと切りたい駒とはいえ、腐っても現役魔法大臣だ。一応のフォローは必要だろう。メルヴィッドも私と同じ結論に行き着いたらしく、不愉快そうな顔を隠しもせずに何故あのような行動を取れたのか簡単に説明をした。
「薬品の接触部位を大量の流水で洗浄する行為は驚くに値しません。マグル社会の中ではごく普通に推奨される応急処置です」
「ふむ……君の予想は正しかったようだが、しかし、何故薬品だと思ったのかね」
「白い粉、と彼等は言いましたが、水に漬けただけでは羊皮紙にそのような物質は付着しません。となれば、彼等が触れたのは無色無臭の薬物で、何らかの化学反応が起きたと考えるのが自然です。羊皮紙を構成する成分はタンパク質、脂質、塩化ナトリウム、それに製法過程で添加される消石灰こと水酸化カルシウムが挙げられます。今回反応したのは水酸化カルシウムでしたが、更に説明が必要ですか?」
「いや、結構じゃ。ありがとう。大変参考になったよ」
「それは何よりです」
一欠片もそう思っていない声でダンブルドアとの会話を打ち切ったメルヴィッドは私の肩を抱き、間抜け面を晒しながら行動の意味を今更理解して感心しきっているコーネリウス・ファッジに向かって話を切り出した。
「大臣。先に、必ず通して欲しい要望を述べておきます」
「な、何かな」
「ホグワーツ内で、この子に危害が及ばないよう警護する人員、そして、マグルの大学入学へ向けて学問の指導が可能な教師を派遣する追記を認めていただきたい。このままでは、この子の夢まで潰えてしまう」
「夢、とは」
「マグルの大学で法学を修め、魔法界の歪んだ法を是正する。それが、今迄魔法界の法に裏切られ続けて来たの夢なのです」
酷く遠回りになってしまうけれど、それでも今の法案ならば本人が努力しホグワーツさえ卒業出来れば、大学に行く事も可能なのだ。その努力すら認められないのならば、この子は生きる目標を失ってしまう。メルヴィッドは保護者の顔でそう言い、コーネリウス・ファッジはそこまで将来を見据え、魔法界に戻って来る心構えでいたのかと再び申し訳なさそうな顔をした。
そんな顔をする暇があったら期待出来そうな職員を数人、今からオックスブリッジ辺りに入学させ法学を修めさせる等の処置を該当部署に働きかけると口約束でも何でもすればいいのに。矢張りこの男は無能だ。
「あ、それじゃあ私から1つ、ミスター・ダンブルドアに質問したいな」
「お前はまた」
「すぐ済むよ、メルヴィッド。さて、ミスター。ファッジ大臣を騙してでも私達を拘束したがる理由が判らないのですが、貴方は、記憶も記録も存在しない私やメルヴィッドが何者であるかをご存知なのですか?」
「申し訳ないが、それは言えぬ」
「言えないって事は、理由も存在するし私達が何者なのか知ってるって告白ですよね。ありがとう、大変参考になりました」
「それは何よりじゃ」
では我々もこの場を去ろうと呟いたダンブルドアは、次の瞬間姿を消し、ミネルバ・マクゴナガルもそれを追って姿をくらませた。如何にも疚しい事がありますという退場の仕方だが、置いてけぼりを食らったコーネリウス・ファッジ以外は誰も気に留めていない。
そのコーネリウス・ファッジも姿をくらますと、部屋の中に充満していた奇妙な圧力も同時に消失した。恐らく、大臣の護衛も一緒に引き上げたのだろう。
軽く息を吐いた後、ふと目にした鏡には静物画のように円卓だけが映り、最早視線を感じる事もない。左右が反転した世界の中で汗をかくワインラベルを目にして、心の中でもう一度大きく吐息を漏らす。
私の英雄たるロウ家のリチャード、不義理なドール領のリヒャルト。力と支配、勇敢と大胆を意味する、欧州の中ではごくありふれた名前。そして今迄この場に居たアルバス、ミネルバ、コーネリウスの名が持つ意味を考える間に、軽い吐息が溶けた空気が肺へ送られる。
兼好法師の随筆やジェームズ・スミスの詩の通り、国や時代を超えても尚、名は体を表さずとはよく言ったものだ。