海南鶏飯
料理を作る事に対して真摯であったり貪欲であったりする人間がイギリス料理を手がければ、例え味付けがバターと塩のみと記載されたレシピであろうとも他国の料理に引けを取らない程美味しく仕上げる。
事実、私の限られた交友関係の中でも美食を提供する事に力を注いでいる人物はちゃんと居た。ブラック家の為だけに知識と技術の向上を怠らないクリーチャーや、全ての来店客の為にたった1つの食品に情熱を注ぎ込む彼のように。
「やあ、いらっしゃい。そろそろ来ると思ってたよ、この間見送った新作でよかったかな」
フローリアン・フォーテスキュー。
ダイアゴン横丁でアイスクリーム・パーラーを経営している彼は、同時に氷菓子専門のグラシエでもある。こう表現すると身構える人間もいるだろうから少しばかり訂正するが、私が勝手に彼を尊敬しているだけで、フローリアン・フォーテスキュー本人はオーナーだグラシエだと常に矜持高く胸を張っている訳ではなく、アイスクリーム屋の気の良いおじさんという風采である。
色とりどりのアイスクリームやシャーベットが並べられたショーケースを開き、アイスクリームスクープを手にしたフローリアン・フォーテスキューに、メルヴィッドが笑いながら注文を付け足した。
「ありがとう、フローリアン。その3つと、ストロベリー・アンド・ピーナツバターを、全部持ち帰りで」
「何だ寂しいじゃないか、と言いたい所だが、この混雑だ。今の時期はそちらの方がゆっくり味わって貰えるね。エイゼルは1人で店番かい?」
「きっと彼なら余裕を持って切り盛りしますよ。昨日は休業していたので、その分のお客様が来なければの話ですが」
「可哀想に」
マシュマロの入ったミントアイスクリームを紙製のカップに移しながら苦笑したフローリアン・フォーテスキューはふと顔を上げ、ガラス越しに私を見つめてから人好きのする笑みを浮かべる。メルヴィッドやエイゼルとは種が違うが、人柄の良さを表に出した、他人に警戒心を抱かせない笑みだ。
「あと、持ち帰り用アイスクリームの予約って出来ましたか。3種類を1Lずつ欲しいのですけれど」
「受け付けているよ、そうまでしてうちのアイスクリームを食べてくれるのは光栄だな。でも少しだけ待ってくれ、今メモを取るから。待たせたね、持ち帰る日付とフレーバーは決っているかい?」
「フレーバーはストロベリー・アンド・ピーナツバターと、バニラ、それにチョコレートが1Lずつ、受け取りは7月30日にお願いします」
「スタンダードなフレーバーだ。それに3人で食べるにしては多いね、もしかしてパーティにでも使ってくれるのかな」
「ええ、31日がの誕生日なんです。ですから、デザートの目玉にと」
「そういう事か。なら受け渡しは当日にしないか、うちで作るアイスクリームは乳牛の品種だけじゃなく鮮度にもこだわっているからね、実は出来たてが一番美味しいんだ。朝一で用意をしておこう、ティーンエージャーが主役のパーティは準備に時間がかかるだろう。開店前でも準備中だったら来てくれて構わないよ」
「いいのですか」
「いいんだ、いいんだ。どうせ店には居るんだから。でも、流石に日の出前は困るかな。私のアイスクリームが待ち遠しくて、気が急くのは判るけれどね」
君達は毎週必ず来てくれるお得意様だから特別と付け加えてくれるフローリアン・フォーテスキューへ素直に感謝を述べると、それでいいのだと砕けた笑顔を返される。
私達が、というよりも、メルヴィッドとエイゼルが毎週末に顔を出し、店の中で新作のアイスクリームや大きなサンデーを賞味しながら客寄せパンダを勝手に買って出ているので、彼は私達に大層甘い。アイスクリーム一筋の馬鹿ではなく、パンダもとい美男子観察以上の行為に及ぼうとする来店客にはさり気なく釘を刺してくれている気遣いもある。
また、メルヴィッド曰く、彼はホグワーツの元校長であるデクスター・フォーテスキューの縁者であり、ハイ・アマチュアの魔法史家でもあり、ダイアゴン横丁内では相当顔が利く人物でもあるので、ファーストネームで呼び合える友人になった方が得なのだそうだ。
「少し早いけれど、おめでとうと言っておくよ。は幾つになるのかな」
「11歳です」
本当はほぼ一桁上の年齢なのだが、正直に言える筈もないだろう。
サングラスの所為で上手く行っているとは思えないが、それでもはにかみながら年齢を告げると、フローリアン・フォーテスキューは少し驚いたような顔をしてから、少し寂しそうな表情へと変化させた。
「そうか、11歳か。こうしてアイスクリームに目を輝かせてくれる可愛らしいお得意様が、あと2ヶ月もしたら居なくなってしまうのは悲しいな」
「2ヶ月ですか?」
「9月1日だから、正確には1ヶ月半かな、子供に2週間は長いね。ホグワーツの入学許可証はもう届いただろう?」
「入学許可証」
「まさか未だ来ていないのかな。普通は本人の誕生日に届くのだけれど、返信は7月31日必着だから、誕生日が7月半ばから8月組は7月初旬に許可証が届く筈なのに」
パイナップルの果実が入ったココナッツのアイスクリームが入ったカップに蓋をして、ライチのソルベに取り掛かろうとする店主の勘違いに気付き、少し棘を含ませながらゆったりとした口調でメルヴィッドが訂正を入れる。
正しくは勘違いではないのだが、今の所はまだ勘違いなのだ。
「、ごめんね、伝え忘れてた。ホグワーツには入学許可証が届く前に連絡して、リストから外して貰ったんだよ。君はマグルのグラマー・スクールに通うからって。フローリアン、そういう事なのでこの話はここで」
「ああ、そうか。そうだ、はホグワーツに行ってはならないね。すまない、私の早とちりだ。では、これからも私のアイスクリームを食べに来てくれるかな?」
ガラス越しにウインクする少しお茶目な店主に判るよう大きく首を縦に振り、毎週食べに来ると出来もしない約束を交わす。
ホグワーツから入学許可証が届かない理由は今ここで理解出来たが、その後のリアクションが全くないのが気掛かりだ。正攻法で入学を拒否した私はどうやってホグワーツへ行けばいいのだろうか。
もう7月も半ばである。新学期が9月1日である事を考えると、そろそろ動かないと手遅れになるのだが本当にどうするのだろうか。否、そんな事はメルヴィッドもエイゼルも理解しているに決まっていた。それでも表立って私に言って来ないという事は、以前に言っていた策が既に成功しているのだろう。
ピンク色のアイスクリームと、嫌な事を訊いてしまったお詫びだと言って詰めてくれたバニラアイスクリームを紙袋に入れ、封をしてから簡単な冷却魔法を唱える店主に2人して礼を言うと、アイスクリームの為に使い込まれた人差し指を唇の前に持って来て内緒だよと優しい声で告げられた。
「横丁の大半、特にマダム達は同じように思い込んでいるだろう。今日の内にでも私の方からそれとなく伝えておこう。きっと、明日の昼には広まっているよ」
「良いんですか? そんな面倒な事を」
「水臭い事を言うじゃないか。面倒ではないよ、店の帰りに漏れ鍋でエールを引っ掛けながら、ちょっと世間話をすればいいだけだよ」
「ありがとうございます、助かります」
「なに、何時ものお喋りに少し真面目な話を一言二言付け加えるだけさ。それじゃあ気を付けて、エイゼルにも宜しく言っておいてくれ」
外側からは冷たさが感じられない紙袋を抱えて店を出ると、普段と少しだけ様子が違うダイアゴン横丁に出る。
手慣れた様子で子供を連れ歩くローブ姿の母親や、文字や絵が自分勝手に動く地図を脇に挟んで現在位置を確認しながら歩く普段着の親子が目に付くが、皆ホグワーツに入学する為の物を買いに来ているのだろう。
家族の誰かが魔法使いで魔法界慣れした前者のような家族はいいが、後者のように両親が非魔法使いで子供が魔法使いであり、更に子供がとある問題を抱えている場合、メルヴィッドのような魔法使いの存在は助かるに違いない。
そんな彼の城である調剤店の裏口から帰宅すれば、カウンターで暇そうにしているエイゼルの背中と店内を浮遊する人形達の姿が確認出来る。エイゼルの足元には同じく暇を持て余しているルドルフ君が寝そべっていたが、私の姿を確認すると何時ものあの締りのない顔を更に緩めて駆け寄って来た。
「お帰り、マグルの相談客が1組来てるよ」
ルドルフ君が動いた事で私達に気付いたのか、エイゼルがメルヴィッドへ紙を手渡す。多分、例の問題を抱えた子供だろう。その様子を眺めながらひとまず袋の中のアイスクリームを置いて軽食でも作りに行こうと階段を登ると、昼食を作ったから先に食べているようにと告げられた。どうやら、件の相談客以外に来店客はなく本当に暇だったらしい。
リビングダイニングキッチンと表現していいものかよく判らない、魔法界特有の妙な間取りの2階へ行くと、エイゼルの言葉通り魔法薬用の大鍋の中で存在感を放つ螺旋状のショートパスタとトマトソース、それよりも小さいが矢張り魔法薬用の鍋で作られたブロッコリーのコンソメスープが目に入った。
アイスクリームを冷凍庫というか、冷却魔法が常時発動している冷凍庫の姿をした箱にしまい、ギモーヴさんにおやつとしてクヌートを与え、ルドルフ君の餌皿にドッグフードを用意した後で自分の食事に手をつける。すると、ごく自然にカーテンが引かれ外からの死角となる場所にユーリアンが姿を現した。
「おはようございます。昨日のお昼振りですが、眉間の皺が凄い事になっていますね」
「あんな訳の判らない物を丸投げされれば誰だってこんな顔になるよ」
私は未だ爪の先程も引っ掛けていないが、昨日の録音内容に関するあれこれについて既に手を付けているユーリアンに対し、お疲れ様ですと言うべきか、ご愁傷様ですと告げるべきか迷っていると、何も口に出さずとも次々と愚痴が溢れて来たので黙る事を選択した。
誰でもいいから自分の不満を聞いて欲しいのだろう。メルヴィッドでもエイゼルでもなく私の前に現れたという事は適当に相槌を打って欲しいだけで、建設的な意見を求めているとは考えられない。
ユーリアンの存在を無視して幸せそうにドッグフードを食べるルドルフ君を視線に入れつつ、そうですね、大変ですねと口に出しながら、一応は経過を耳に入れておく。
何故自分だけこんな事をしなければならないのか、馬鹿3匹は纏めて滅べ。大人にいいようにされる少年の不満をBGMに、先月末からB.I.C.や漏れ鍋に置いて貰う事になったこの店のパンフレットを1枚手元に引き寄せて、内容に目を通した。
市販薬販売、薬剤師常駐薬局、非魔法界の処方箋受け付け・医薬品及び魔法薬の変更、調剤の相談承ります。そう書かれたパンフレットが一体どの位の人間の目に留まるかは判らないが、相談客が来ている事から効果がない訳ではないのだろう。
パンフレットを遠くへやり、ソースがよく絡んだフジッリを口に運び味わって食べる。トマトとツナとバジルを組み合わせたパスタはシンプルで美味しい。
「だらしない顔をするんだね。お前は凝った料理ばっかり作ってる癖に、量だけのこんな手軽な料理に喜ぶんだ?」
「杓子定規な考えですねえ」
不満の矛先を変え、話題を例の宿題から目の前の料理に一気に飛躍させたユーリアンに苦笑しつつスープのブロッコリーを転がした。
「品数の多さや手間暇をかける労力が、料理の美味しさや相手を思う気持ちに直結する訳ではありませんよ。私がそうなのは、どうせ大食らいなら嵩よりも種類を増やして色々な反応を見てみたいという利己主義から来るものですし。大体、多国籍で無秩序なあの食卓はユーリアンも知っているでしょう。私の料理はその時々の気分で作られるので、義理人情よりも自己主張に比があるんですよ」
粗食は悪い事ではない。一汁一菜でよいと提案している日本の料理研究家の本を読んでみるかと尋ねてみるが、当たり前のように興味が湧かないと拒否される。肉体を持たないユーリアンがそう反応するのは予想が付いていたし、彼はメルヴィッドでもエイゼルでもないのだ。肉体を得たとしても食事や料理に対して感心が生まれるかどうかも判らない。
料理に関する話題を振ると際限なく話し続ける私にうんざりしたようで、ユーリアンは話を元の位置に戻した。相当煮詰まっているようである。フジッリの食感を楽しみながら耳を傾けると、第一録音魔法が判らないとの怒りを聞く事が出来た。
「爺、あの自己犠牲型馬鹿はどうやって録音を始めたんだ。何か妙な行動をした形跡は?」
「無かったと思いますが。そもそも、録音魔法も杖なしの無言呪文ではないんですか?」
「違う」
鋭く断言したユーリアンは腕を組み、透き通った黒い瞳を階下に向ける。
「会話から推測すると、録音魔法はレベリオと同時展開だ。直前にインペディメンタ系が3重展開されていたけど、これとレベリオはデータ上に残ってる。録音魔法だけが開始も終了もデータ上に記載されていない」
「エイゼルがデータに手を加えた可能性は?」
「低いね。エイゼルはお前に次いでアホだけど、理不尽じゃない。僕達は改竄したデータを手渡すような三流以下の真似はしない」
だから余計に腹が立つのだと可愛らしい顔を歪めて腕を組んだユーリアンの姿が、窓を叩かれる音で透明化された。手紙でも届いたのだろうとカーテンを開ければ、ブラック家に所属する短距離専門のお使いことヨーロッパコノハズクと、初めて見るコミミズクが共に手紙を携えて来ていた。
ロンドン住まいのヨーロッパコノハズクは私が羊皮紙製の手紙を受け取った事を確認すると誇らしげに小さな胸を張ってすぐに飛び立ってしまったが、長距離を飛ぶコミミズクは少しバテている。悪筆で解読に苦戦したが、差出人を見れば理由も判った、マリウス・ブラックからの手紙だ。
「スコットランドから遠路遥々ありがとうございます。屋根裏に水と餌場があるので羽を休めて下さいね」
試合会場がダンフリーズ・アンド・ガロウェイ州であっただけで、マリウス・ブラックがスコットランド在住なのかどうかまでは判らないが、ひとまずそういう事にしておこう。
言葉が通じるのか判らないので身を乗り出して最上階の窓を指し示すと、きちんと内容を理解してくれたのか耳たぶを甘噛してから音もなく上の窓へ姿を消した。あそこには通販用にレンタルしている梟も居るが、喧嘩にはならないだろう。
今年入学するであろう女の子を連れた夫妻が満足そうな表情で店を出て行く後ろ姿を確認しながら窓とカーテンを閉めると、ユーリアンが音もなく姿を現わし、同時に階下からメルヴィッドとエイゼルが食事にやって来た。
店番を人形達に任せ、御用のある方はベルを鳴らして下さいと札を立てて休憩に入る事にしたのだろう。一見不用心であるが、ここはメルヴィッドの店なのだ。センサー以外にも各種トラブル用の対策魔法も勿論常時展開している。
「お疲れ様でした。早かったですね」
「NSAIDs過敏症の相談だったからな、合いそうな薬を処方してやった。元々漢方薬の世話にもなっていたマグルは説得が省けるからこちらとしても助かる」
余り耳にしない単語が含まれたが、このような相談客も来るだろうからとあらかじめ説明されたので理解は出来た。早い話が今回の相談者は解熱鎮痛薬のアレルギー持ちであったらしい。
アレルギーで有名なのは花粉症を筆頭に、アトピー、気管支喘息、動物アレルギーと食物アレルギー、あとはアナフィラキシーショック辺りだろうか。その他にも金属や天然ゴム、紫外線や水に対してのアレルギーもこの世には存在する。血液型不適合輸血や移植免疫だってアレルギーだ。薬のアレルギーだって当然存在する。
思考が逸れ始めたので戻そう。そもそもアレルギーの話ではなかった筈だ。
「イギリスの非魔法界にだってハーブやスパイスの効能は知られているのに、メルヴィッドが面倒臭がる程、説得が必要な方も居るんですか」
「魔法は納得出来ても、薬は体に直接取り込むものだからな、西洋医療主義者は少なからず居る。魔法薬学に使われている材料をあらかじめ調べて来て、こんな材料で薬が作れる筈がないと既に結論を出しているのに店に来る偏見塗れの馬鹿の相手をした事もある」
「え、それどうしたんですか」
「客でもない奴に時間を割けるか。早々に帰って貰ったに決っているだろう」
視線で杖を指して意地の悪い笑みを浮かべるメルヴィッドを確認したが、一体何をしたのかは訊かない事にした。メルヴィッドは馬鹿ではない。流石に店内で脅迫行為をしたり、服従の呪文を唱えたりはしていないだろう。
私が詳細を尋ねない事を悟ったのか、赤いフジッリにフォークが立てられ食事が始まる。今回のパスタはメルヴィッドの口にも合ったのか、文句らしい文句も言わずに食べる姿を見て、エイゼルは少し得意そうだった。微笑ましい光景だと心が和んだが、ユーリアンは眉を顰めていた。この雰囲気は甘ったるくて好みではなく、ちょっと仲が悪い位の張り詰めた空気が彼にとっては心地良いのだろう。
幸い、マリウス・ブラックの手紙はサイン以外がタイプライターで書かれていたので解読作業は不要だった。レギュラス・ブラックの手紙と共に一通り目を通し終わったので、私も食事を再開しよう。スープの中に沈むブロッコリーをすくい上げてゆっくり噛むと、房に染みたコンソメが野菜の甘みと一緒に口の中に広がって幸せな味がした。
「手紙は誰からだ」
「レギュラス・ブラックとマリウス・ブラックです。ええと、デートのお誘いと、こっちもデートのお誘いですかね」
「モテる男は辛いね」
「からかわないで下さいよ」
シンク近く放置してあったブロッコリーの外葉と芯を浮遊呪文でルドルフ君の餌皿に追加しているエイゼルに苦笑を返し、話の途中であったユーリアンに目を向けると、今はもういいと手で示されたのでブラック家の話題に移る事にしよう。
「レギュラス・ブラックはこの間一緒に博物館へ行けなかったので、22日にリベンジしたいそうです。マリウス・ブラックは、誕生日パーティの会場と日程を変更して、前日の30日からエディンバラでやらないかと」
「ああ、レギュラスが昨日、そんな事を愚痴っていたな。お前も喜ぶだろうと適当に返しておいたから相手をして来い」
「判りました。マリウス・ブラックはどうしますか。元々パーティ会場を確保してくれていたアークタルス・ブラックは向こうで説得してくれるようですし、エディンバラで真のシーフードを教えてやると書いてありますが」
「招待状の変更、も要らないか。私達以外の招待客は全員ブラック家か、彼等が連れて来る魔法使いだから。所でスコットランド料理って的にはどうなの?」
「魔改造したものなら兎も角、本場のスコットランド料理は食べた事がないので何ともコメント出来ませんが、エディンバラのシーフードの評判は良いですよ。特にサーモンと蟹、今は時期ではないので牡蠣は微妙ですが、ムール貝の評価は高いです」
しかし、どの国の料理であってもブラック家の人間がお勧めするのなら味に関しては間違いないだろうと付け加えると、それもそうだと納得された。エイゼルはブラック家に対して反発しているが、別に何でも気に食わないと思春期の少年のような事を口にしている訳ではない。彼等の権力や味覚、魔法界に対しての真摯さは疑っていない。尤も、最後の真摯さに関しては、社会に対してそうであるからこそ、例え私のようにお気に入りの個人に対して冷徹な対応を取らざるを得ない彼等を冷笑する演技をしているのだが。
エイゼルは特に反対の意を述べず、メルヴィッドも私が良いのなら好きにしろと言ってくれた。ユーリアンは呆れていたが自宅待機には変わりない為、この件に関しては大して興味がないようだ。
では、申し出に応じる事にしよう。元々は以前ブラック家の3名を今の屋敷に招いた時のように、やりたいように料理を作って後は適当に談笑して時間を潰そうと考えていたので、マリウス・ブラックの申し出は正直有り難い。
イギリスでは誕生日を迎える本人が色々と演出しなければならないのだ。向こうの世界に居た頃の実家では誕生日が元日の為、年越しと一緒に纏めて祝おうで済んでいたので、誰かにやって貰うという感覚は薄いのだが、自分の為に演出しろと言われると何をどうしていいのか判らなくなってしまう。通っていた学校でも友人を作らなかったので招待された事もないので、平均的なイギリスの誕生日パーティもよく判っていない。
梟ではまどろっこしいから返事は電話でと番号を添えるマリウス・ブラックに心の中で感謝を述べつつ、アークタルス・ブラックへこちらからもアプローチをしておこうと頭の片隅にメモをしておく。多分、既にマリウス・ブラック側から手回しは済んでいると思われるが動いておいた方が無難だろう。
食事の手を止めて電話番号を手帳に書き写していると、ふとした不安が胸の内からせり上がって来た。それが何か判らない内に、エイゼルとメルヴィッドの会話が正答を導き出してくれる。
「そうだ。昨日聞きそびれたけど、・の手紙ってもう止めるんだよね」
「当然だろう。タイミングとしても丁度良い、これ以上ボロが出ない内に切る。も異論ないな」
「ありません。けれどメルヴィッド、その事、いえ、手紙ではなくて、私が無能極まりない行動をしないように昨日却下された頼み事を聞くだけ聞いて貰えませんか」
「……聞くだけだぞ」
私に対して色々甘い対応をしてくれるメルヴィッドを見て、エイゼルが心底呆れた表情を浮かべていた。ユーリアンは何処か遠くを眺めながら何故自分はここに居るのだろうと言いたげな顔をしている。
「で、何だ」
「貴方達にとって不利益な情報を垂れ流したり盗まれたりしないように、私に服従の呪文をかけて欲しいんですけれど」
「はあ!? 何それ爺、本気で言ってる訳!?」
「本気ですけれど、そんなに驚く事なんですか」
「あれは従わない奴を支配下に置く魔法だろう」
「ユーリアン、自分以外の相手を絶対的な支配下に置く魔法、ですよ。敵だ味方だと所属を考えたり、相手の態度や感情は関係ありません」
「爺、何処に頭の螺子を置いてきたか言え。特別に拾いに行ってやってもいい」
「残念ながら自分では判りません。ああ、そうだ。ただ、この提案は完全に違法ですから魔法省やブラック家に補足されると面倒なのは判っています、それにグリンゴッツには盗人落としの滝があるので、あの銀行を利用した場合は再度かけ直して貰う必要が出て来ます。もしかしたら、肉体を出入りした場合もリセットされるかもしれないので、その辺りは実験も必要になります。なので、こちらとしても無理にとは言いません」
「少し待て、お前の思考に追い付けない。何故その結論に達した」
「情報漏洩対策ならこの辺りが一番安全かなと思いまして。前回の入院中には対策を立てて頂いたと思うんですが、今後万が一、私が単独行動した場合、睡眠中や気絶中に真実薬を投与されたり、開心術をかけられても、メルヴィッドの魔法なら対処可能でしょう?」
「記憶や感情の操作はお前の倫理に抵触するだろう」
「個人的にこれは、操作ではなく補強のつもりなんですが。相手が常に万全の状態の時に仕掛けて来てくれるとは思えません、寧ろ弱っている時を狙うのが常套手段でしょう。唯でさえ火力不足の私がそんな目に遭ったらあらゆる情報を喋りますよ、そうでなくても表情で悟られたり口を滑らせる可能性も否定出来ません。実際、昨日はエイゼルに助けられっ放しでしたから。なので、服従の呪文でブースターとストッパーをお願いしたいんですが」
何故素直に受け入れて貰えないのか理解出来ないと口にすると、お前のその思考が理解出来ないと2人から返された。
残る1人だけは、皿の上で楽しそうにパスタを転がしていたが。
「この会話の何が笑えるって、呪文をかけられる側がかける側を説得してる所だよね。君の理屈は理解したよ。ねえ、。何なら私がやってあげようか? 面倒臭い連中から捕捉されないようにも出来るよ」
「おや、エイゼル。宜しいのですか」
「宜しいよ。でも、その辺りで杖を振り回す無能と同じように、意識も無意識も全部支配したら面白くないよね。君のイカれた言動とか、頭の悪さも結構気に入ってるから」
「面白くないのはいけませんね。では無意識下に仕込んで、条件が一致したら自動発動する限定的な呪文にする必要が出て来ますか。多分その辺りの技術は、ダーズリー夫妻を殺した時に利用した設置型の魔法を応用すれば何とか出来る筈です」
エイゼルであればメルヴィッドと同様の効果が得られるだろう。ならばお願いしようと素直に頭を下げると、偏頭痛を堪える顔でメルヴィッドが提案をして来た。
「私も乗る。エイゼルだけに任せると不要な服従まで強いられるかもしれない」
「私が思った事言っていい? 不要な事する可能性が高いのって、私よりもメルヴィッドだよね。にあれは禁止、これは駄目って凄い量の制限課しそう」
「ああ、それは僕もエイゼルに同意」
「お前達が私をどう思っているのかよく判ったから特にエイゼルはそこに跪いて短い人生を嘆いてみろ、懇切丁寧に死ぬまで殺してやる」
メルヴィッドが杖を右手に立ち上がり、応戦するつもりなのかエイゼルも白い杖を引き抜く。怒気は十分だが殺気はないので、多分双方共に大丈夫だろう。
常時我関せずを貫き続けるギモーヴさんと同様に、餌を食べ終えて満足したのか、態々私の足元に来て寛ぎ始めたルドルフ君は大物だと思うのだが、安全地帯に避難したユーリアンからは、この場で食事を続ける私も十分に肝の座った馬鹿だと告げられる。
食卓の上で交差する白と淡い緑色の閃光を眺め、さて先程買ったアイスクリームは何時頃出そうかと考えながら、冷め始めたパスタを3つ、フォークに刺して天井を見上げた。