レモン風味のミルクパスタ
『A24cとA25cの自爆コード起動、全ハニーポットへの干渉中止。全班聞こえるか、対魔法装備をスキッピィver.スーパーチャンクに設定、フォッグ1からフォッグ6は出撃態勢に移行して。コバックスからサンダーボルト、A24cとA25cの破壊状態確認。強制冷却魔法道具の使用を許可、作動推奨温度まで下がり次第ハッピーバグズと道化師.437にAra_h1を持たせてTGT1-βへ注入。同時にゲート守備中断、ゲート08新規ルートCの安全領域まで後退』
『サンダーボルト、了解。A24c及びA25cの破壊率100%、強制冷却開始、ウイルス注入開始まで残り30秒』
『30秒か、思ったより働かせ過ぎたな』
『聞こえますかコバックス、こちらフォッグ1。フォッグ1からフォッグ6、スタンバイ』
『フォッグ7です。フォッグ7以下、全班員スタンバイ出来ました、指示お願いします』
『フォッグ1からフォッグ6はサンダーボルトのカウントダウンに従ってウイルスと同時に攻撃開始。フォッグ7からフォッグ9はバックアップ始めるよ。ゲート08以外の既存有効ルートをループさせて迷路M1からM4をアクティブ状態でセット。08の新規ルートはCタイプで増設して障壁B2からB6をセット、デコイG3-01及びG4-12起動チェック後、外壁にシュガーバードとエイリアン3を巡回させて。終わったら警戒領域にて待機。自衛以外の交戦は極力避けるように、負傷した味方の回収が最優先。ハリケーン班、B.I.C.を利用して新規ルート用の中継基地作ってあげて』
『こちらクロス・ウィンド9です。B.I.C.の魔法網使ったら、またゴブリン達が文句言いに来ますよ。オーナーに事前許可得てるのは承知してますけど』
『オーナーのサインで文句言ったら私の名前を出して、大抵はそれで引いてくれる。ゴネたらバックドアから侵入、管理権握って正常稼働しているように見せ掛けておいて』
『了解。サンダーボルトがウイルス注入開始。フォッグ1からフォッグ6、ボギーと交戦開始しました。サンダーボルト退避完了。ボギーの出力36%減、抗免疫魔法作成中の模様。あ、早速B.I.C.の技術主任から苦情が来たのでプランGで対応しておきます』
『当たり前だけど、素直に感染してくれるようなタイプの魔法使いじゃないか。TGT1-βがワクチン作成後、展開したら再度連絡して。コバックスからサンダーボルト、ハッピーバグズと道化師.437にAra_h2を持たせて待機』
『サンダーボルト、了解』
「ちょっと待って貰っても宜しいですか」
モノリスから流れて来たアメリカ訛りの会話劇が完全に予想外で脳が理解出来ず一時停止を求めると、テガマッチョを饅頭に包んで食べていたエイゼルが軽く指を動かして一体何事かと言いたげな目で私を見て来た。
「何か気になる所でもあった?」
「気になる所しかありませんよ。これ、アメリカにあるピーナッツバター会社提供の近未来型空戦番組を録音したものではありませんよね」
「そんな事細かな要件を満たした番組は何処の局もやっていない。それよりも、これが残ったら蒸した米粉のクレープで食べてみたいから用意しておけ」
「米粉のクレープというのはベトナム風ですか、それとも広東風?」
「アジア風としか覚えていないが、蒸したクレープに海老や塩味の濃いハム、それに葱が巻かれていて、茶色のソースがかかっていた」
「腸粉ですね、判りました。では明日の朝食は胃に優しい点心にしましょうか」
鰻の頭を取り除いた事でビジュアルも問題なくなり、甘辛い味がじっくりと染みたスプリングオニオンと自家製の豆腐をメルヴィッドは気に入ってくれたらしい。可愛らしいお願いを笑顔で受け入れながら、録音された短い会話を吟味し直す。
どれだけ脳の回転率を上げても、全方向の疑問が山積していて納得出来る箇所が指で数えられる程度しか存在しない。一般的な魔法使いよりもやや現代科学寄りの思考をしていると思っていたが、この録音の中に出てくる者達に比べれば私はごく普通の、何の変哲もない魔法使いであると自己評価を改めざるを得なかった。
「それで会話の内容なんですが、そもそもどのような経緯でこんな事になったんですか」
その程度は悟れと黒い目が無言で告げたので、馬鹿な私では無理だと眼力を飛ばす。サングラス越しなので判り辛いかもしれないが、彼ならば判ってくれるはずだ。
トマトソースが垂れたのか、手を拭きながら鰻を咀嚼し終えたエイゼルが白ワインを手酌するついでにメルヴィッドへ明確なサインを送る。曰く、面倒臭いから相手にしたくないと読み取れたが、豆腐の相手で忙しいから無理だと言葉で返されていた。
「お前が録音したんだろう。責任を持って説明しろ」
「、AからZまで悟って欲しいな。開心術を使わない方向で」
「開心術は了承しますが、それ以外は無茶を言わないで下さい。今完全に思考停止しているんです。悟れた事なんて司令役の方がイギリス人女性、それ以外がアメリカ人の子供か類似する存在って程度です」
口で説明されても読み違える爺だと理解しているだろうに、何故そんな無茶振りをして来るのだろうか。無理なものは無理だと重ねて強調すると、小さな溜息を吐かれた。
「まあ、いいか。折れてあげるよ、データ見せれば半分位は把握してくれるだろうし」
「ありがとうございます」
完全なゼロからの説明ではないので譲歩をしてくれた事に感謝する私の隣で、軽く振られたエイゼルの指先がデータベースにアクセスし、白い指先が画面に触れる。
本日展開された魔法の詳細を時刻と共に文章化したファイルがダイニングテーブル一面に広がり、緑と赤の発光文字列が緩く回転し始めた。緑がエイゼル、赤が録音相手である事は一目見て理解出来る。煮え立つオリーブオイルを含んだバケットを頬張りつつ全体像の把握をまず行うと、裏で起きていた情報戦とエイゼルの行動に頭を抱えた。
一体どうしろというのか。今の私では彼の功績に見合う対価を用意出来そうにないし、将来的にも用意出来そうにない。そもそもルビウス・ハグリッドから命を救って貰った礼もしていないのに、借りが既に膨らみ過ぎている。
「どうした、青い顔をして」
「エイゼルへの恩返し案が欠片も思い浮かばない自分の低能具合に落ち込んでいます。エイゼル、本当にありがとうございました」
「どういたしまして。でも言葉以外の感謝の印は今じゃなくていいよ。平時に急いで能動的になる必要はないよね、君の能力が必要な局面になったら遠慮なく使わせて貰うつもりだから安心しなよ」
「いつかその日が来る事を願いたいところですが、エイゼルが私の能力を必要にする事態って確実に私やメルヴィッドも巻き込まれている有事ですよね。結局、私自身の為になりそうなんですが」
「案外平和な頼み事をするかもしれないよ。例えば、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのレシピを盗んで再現して欲しい、とか」
「フローリアン・フォーテスキューのアイスクリームが食べたいんですか?」
もう時間が時間なので今日は用意出来ないが、業務用のバニラアイスならばストックがあるので何か作りに行こうかと腰を浮かせると、いやそうじゃないと制止が入った。
「再現したアイスクリームを安値で売ったら、その内に君が店側から訴えられて面白い展開になりそうだなって。未成年の犯罪だから保護者の責任も問われるだろうし」
「その時は問答無用でお前も巻き込んでやるから安心しろ。爪の先程も面白くない事態を共有する喜びを教えてやる」
「嬉しい誘いだね。思わず行く当てのない世界旅行をしたい気分になった」
「喜んで貰えたようで光栄だ。連絡が取れなくなった瞬間にブラック家をけしかけてやるから期待していろ」
冗談交じりの平和な頼み事であったはずなのに、何時の間にかエイゼルの命が狙われる事態になっているのは我が家で繰り広げられる微笑ましい通常運転なのだが、昼間に宣戦布告をしてしまったのでメルヴィッドの言葉が全く笑えない事態になってしまっている。エイゼルが言うには以前から全く笑えない殺伐とした仲だったようだが、今迄は無事だったので私的には今日からという事にしておこう。
いつものように仲良しさんと片付けられなくなり、かと言ってそれ以外の収拾方法が思い付かない私を見兼ねてか、メルヴィッドが暇潰しにもならない冗談は止めて本題へ入れと場を仕切ってくれた。
軽く肩を竦めたエイゼルは骨煎餅の欠片を口の中に放り込みながら番号が一番若い画面を最前面に配置し直し、見れば判る事だけど、と重さを感じさせない口調で解説を始める。
「インペディメンタ・トタラム、インペディメンタ・マキシマ、スペシアリス・インペディメンタを無言呪文で展開したのがテントに入った直後で、レベリオはアークタルス・ブラックが仕掛けて来た少し後。録音魔法はここに載ってないけど、レベリオとほぼ同時かな」
「3系統の無言呪文を平然と5重展開しているとか、改めて貴方達が天才だと理解させられましたよ。しかも探索範囲を極限まで絞って密度を上げたとはいえ、強化呪文を付与しなくてこれですか。上位魔法使いのレベリオってエグいですね」
「君がそう受け取ったなら、そういう事にしておこうか」
エイゼル的にはこの程度で済ませる処理なのだろうが、私から見れば無言呪文を多重展開している中でこのレベリオは本当にエグい。
一口にレベリオと言っても、その形成方法は魔法使いの実力によって大きく異なる。
レベリオは使用者の頭部を起点に展開される探索魔法だが、探索範囲の設定をしない場合は大抵の場合歪んだ球状に広がるのが一般的だ。
しかし、これは相手が居る場所の目安がある程度付いている場合、非常に都合が悪い。全方位系の魔法はレベリオに限らず大食らいで、考えなしに常時展開させると1分も持たない内にスタミナが切れてしまうのだ。
なので、私のような火力に全く自信のない魔法使いは、全方位探索なら3秒程度で切り上げてしまう。無論、半径20m以内のように起点からの距離や、死角部分のみと方向を設定し探索範囲を変更すればそれだけ消費する力は少なくて済む。因みにこの場合はTPOに合わせて使い分ける高度な精密性が必須になるので、スタミナと別方向の実力は必要になる。
さて話を戻して、両者を兼ね備えたエイゼルの場合だが、まず起点をテント内に存在する監視側の終点に設定し、監視側が使っている魔法力で固めた不可視の通路をそのまま乗っ取る事で探索範囲を針の穴レベルに狭めようと目論んでいた。ただ、当然入り口には関係者以外立入禁止と書かれた頑丈な扉が設置されているので抉じ開けている最中である。
簡単に纏めてしまえばそれだけの事なのだが、録音で聞こえた通り監視側も黙って侵入者を眺めている訳ではない。偽の入り口や複数の迂回通路を用意しつつ侵入者を攻撃して扉を守っている。
「エイゼル、こんな吐き気と頭痛を催しそうな魔法によく個人で対応出来ましたね」
「が未来から持って来た知識で強化、メルヴィッドのヒントで事前準備、何より一度手を引かされてプライドに火が点いてたからね」
「手を引いたって、何時の間にそんな事していたんですか」
「ホグズミードでアークタルス・ブラックと出会ってすぐ、それとなく仕掛けてみたんだ。今の私の能力では無理だって悟ったからすぐに諦めて防戦に専念したよ。前回と今回で相手も違ったから、再戦って訳じゃないけど」
相手が違うという事は、ブラック家はエイゼルに本気を出させたり、攻撃を諦めさせるような部隊を少なくとも2つ持っているのか。流石と感心するよりも、ブラック家の底知れない力に冷たい汗が流れた。
「ああ、あとは対決前にB.I.C.を利用出来た点は大きかったかな」
「まだ仕掛けがあるんですか」
「アークタルス・ブラック相手だからね。用心し過ぎるって事はない」
黒ビールで咽喉を潤したエイゼルは沈黙を守っていたモノリスを弄り、気になる部分を耳にしたらその場で発言するよう促しつつ、続きの音声を再生し始めた。
宙に浮く画面に記録された魔法で停止前の状況を思い出しつつ白焼きを口にする。ホースラディッシュの辛味が大分抜けているが、それでも十分に美味しい。
『フォッグ・メディック・7と8と9、スタンバイ。待機に入ります』
『何それ格好良い、ハリケーン・エンジニア班も完了です』
『そうかな、格好悪いと思うよ。ヘビィ・スノウ1からコバックス。定時連絡です。TGT1-βのディセプション解析進行中、現在24%。インペディメンタ系で纏められてますね』
『インペディメンタ系? 本当だ、プロテゴ系じゃない。妙だな、最深部に設定されてまだ解析されていないだけかもしれないけど……解除は出来そう?』
『不可能、火力の格が違います。化物ですか、この魔法使い。それよりボスに上手く言い包めて貰ってTGT2をTGT1-βから引き離して欲しいです、TGT2は呪文を使っている形跡ありません。ディセプションの呪文有効領域はTGT1-βから半径2フィートと推測されるので、領域外にさえ出してしまえばバイタルサインから脳波まで5秒で丸裸に出来るんですけど。それとボスの感覚マスク解除は矢っ張り無理です』
「ごめんなさい、感覚マスクってどういう事ですか」
テントの中でエイゼルが私を抱き締めたまま決して離さなかった理由は当時の魔法を記録した文字列や今の会話からも読み取れたのだが、感覚マスキングの意味が判らない。否、意味は判る。ディセプションの中に紛れ込んでいるのも今更発見したので、正しくは、そんな所までフォローされていた自分が恥ずかしい、である。
エイゼルに杖なし無言呪文を4系統6重展開させておいて何が雑務は任せろだと、軽々しく口にした過去の私を叱ってやりたい。
「メルヴィッドから教えて貰ってないんだ? 文字通り、視覚や聴覚をマスキングしただけだよ。記憶を複製しようとすると、複製記憶の一部が不鮮明になる魔法、記憶を事細かに解析されると色々と厄介だからね」
「メルヴィッドが?」
「何だ、気付かなかったのか。本当にとんでもない所で抜けているな。ブラック家に属する魔法使いを相手取っているんだ。ホームもアウェイも関係ない、屋敷のセンサー以外にも可能な限り対策しているに決っているだろう」
レギュラス・ブラックやアークタルス・ブラックと対峙する際に指文字を使ったが、あの時だってマスキングをしていたと今更言われ、穴を掘って埋まりたくなった。今日一日で改めて確認した自身の低能具合は、流石に愚鈍と自覚していても辛いし恥ずかしい。
しかし、恥ずかしいままで終わってしまうのは頂けない。この際だ、恥を掻ききろう。
「追加で質問しても宜しいですか」
「内容によるな」
「何故メルヴィッドがこのような対抗措置を前もって用意出来たのか、なんですが」
なんとなく作ってみた、で済むような魔法ではない事は態々見せてくれた構築式からも理解出来る。
メルヴィッドの作ったマスキング魔法は一見すると脆くて単純で、簡単に攻略出来そうなものだ。魔法を習ったばかりの子供でも杖の一振りで容易に破壊出来るが、実際に内部構造を見てみると、種類を問わずどれ程微弱であろうと魔法的な刺激を受けると自己破壊して痕跡を一切消去した後、コンマ数秒で保有者の力を食らいながら再生するような手に負えないタイプの魔法だという事が判る。
魔法が弱体化するまで殺し続けるという手は使えない。先に保有者が体力的、または魔法的に疲弊して最悪の場合は死ぬ。それよりも効果持続時間が最長6時間と定められているので、自然消滅を待つ手を選んだ方が遥かに安全だろう。まあ、説明書きが全くない上に解析不能だから、初見でこの魔法に出会ったら間違いなくパニックを起こすだろうが。
しかし、パニックを起こしても下手に動けない。そもそも、この魔法が留まっている場所が延髄なだけに下手に知識を持っていると手を加えるのも躊躇する。私はこうして構造を見せて貰えているので数度の破壊では肉体に影響がない事が判るが、何も解析出来ない者からしてみれば強制排除が保有者を殺す可能性とイコールで結ばれてしまうかもしれない。
ああ、それでも現実的ではない手ならば3つ程思い浮かんだ。マスキング魔法が破壊されない程度の超微弱な錯乱呪文を流し続けるか、この魔法をかけられる前に徹底的に防御するか、設置者本人を支配下に置くか、である。この魔法を開発したのがメルヴィッドで、設置したのがエイゼルでなければ希望が見える手だ。或いは相手がダンブルドアやヴォルデモートレベルの魔法使いならば、もしかしたら対応出来るかもしれない。
上位者が展開した場合の防衛手段を考え付けない私を眺めながら、いやらしい魔法だよねとエイゼルが揶揄する。それを視線でのみ咎めたメルヴィッドが、今日の私は本当に頭が残念だと苦い顔をしながらこの魔法を作るきっかけとなった昔の出来事を口にした。
「ダンブルドアがペンシーブを所有している事実を伝え、敵側は記憶の採取が可能だと教えたのは一体誰だ」
「ああ……私ですね」
4年前のエイプリルフールでの出来事を思い出し、次いで芋蔓式に一緒にやって来たベッドの上で繰り広げられたあれこれや、密室でフルスイングされるスタンドライトの記憶を心の奥底へ丁寧に封じ直す。
多分、メルヴィッドが苦い顔をしたのは私の足手まとい具合よりも、こちらの記憶が原因なのだろう。当然、口に出すような愚かな真似はせず、次の言葉を待った。
「ペンシーブは珍しい魔法道具だが、それでも両手足の指の数以上の魔法使いが所持している。敵はなにもダンブルドアだけではない、というか、この家に居る存在以外は全て敵だ。理解していると思ったが?」
「理解していると思い込んでいただけです、申し訳ありません」
「まあいい、お前は出会った当初から本当に使い物にならなかったからな」
「そんなに?」
こちらの世界に来たばかりのポンコツ具合を知らないエイゼルが知りたがりの顔を覗かせながら問い掛けると、アルコールで滑らかになったメルヴィッドの舌が遠慮なく私の残念具合を暴露する。
「自分が魔法使いだという事を忘れて姿くらましの手段を思い付かず、スコットランドからロンドンまで徒歩で移動しようとしていた」
「それ、凄いな。って想像以上に馬鹿だったんだ」
「エイゼルはもっとよく考えてから発言して下さい。何故過去形で語るんですか、現在進行形で大馬鹿者なのに」
「気に障る点がそこなのが君が君である所以だよね」
「羞恥で頭がどうにかなりそうですよ。メルヴィッド、頼みたい事があるんですが」
「この流れで出て来るお前の要求を了承するはずがないだろう。却下だ」
本題を切り出す前に面倒事は御免だとにべもなく断られたが、仕方がない。メルヴィッドの言い分は判る。どうしようもなく不穏な依頼であるのは確かなので諦めて、自分の注意力やら記憶力諸々を頑張って強化しよう。ここ4年の間欠片も強化出来なかったので、どう意気込んでも全く出来る気がしないが。
本当に、三本の箒事件からこちら、私は足しか引っ張っていないのではないか。今はまだ目の怪我で得たダンブルドアへの圧力やレギュラス・ブラックへの影響力、エイゼルの命綱等の理由で手を切る事は出来ないが、メリットがなくなり次第捨て置かないと彼等の身を危険に晒してしまう可能性が高い。
「ねえ、何か不穏な事考えてない?」
「いいえ。ただ私は、やる事を全て終えて利益がなくなったら、早々に捨てて貰わなければならない人物だと改めて確認しただけです」
「そんな事を気にしていたのか。以前から言っているが、心配しなくても必要がなくなったら協力関係は破棄してやる。殺すかどうかは、状況次第だが」
私が意識を取り戻して帰宅した際に交されたやり取りはメルヴィッドの中で存在しない事にされているのだろうか。平時と有事で言葉の内容が大分違っているが、まあ、必要ならば自死しようと腹を括っているので大事には至らないだろう、多分。
「消すくらいなら譲って欲しいな。に売った恩を回収したいから」
「私の邪魔をしないのなら、好きにしろ」
「交渉成立だね。君が魔法界掌握を目標に掲げている限りは邪魔しないよ」
思考を他所にやっている間に、当事者である私を一切挟まない内に妙な口約束が出来てしまったが、確かにエイゼルへの恩返しは絶対に必要だ。今回の件といい、三本の箒での件といい。私はまだ何も、この子に返せていない。
改めて自分自身の駄目人間振りに溜息を吐くと、それを別の意味で受け取ったエイゼルから、異論はないよねと自信と悪意に満ちた笑顔を向けられた。それが大人相手にサプライズを企む幼い子供そっくりで、思わず笑みを溢してしまう。
「今、私に対して失礼な事を考えたよね」
「そうですね、申し訳ありません。謝罪ついでに詳細を語った方が宜しいですか」
「知りたくないからいらないよ」
それだけ言うと白い指先がモノリスに触れ、食卓に再び音が溢れる。私の所為で開始早々躓いているが、それでも不満を溢さず付き合ってくれる若い子達には感謝しかない。
軽くその言葉を口にするが、心の底から述べるのは最後にしよう。この耄碌爺の事だ、この先も確実に平謝りしなければならない会話内容が登場するに決っているのだから。