曖昧トルマリン

graytourmaline

ジェリード・イール

 イギリスの夏は昼が長い。普段ならばとっくに夕食を終えている時間でも、窓から見上げた空はまだ日が沈む前のくすんだ青色をしていた。
 全く、今日は酷い目に遭った。
 スコットランドの片田舎でアークタルス・ブラックが仕掛けて来た唐突な交渉と、目の前で煮込まれている鰻のゼリー寄せだった物体。酷いの方向性は大分違うが、それでも胃袋に刺激を齎すという意味ではさして変わりはない。
 出来れば今日の予定は全て切り上げて、魔法による全自動の毛繕いをされながらテラスで寝転んでいるルドルフ君を構い倒した後で寝室に連れ込み一緒に眠りたかった。もしくはギモーヴさんの柔らかくてたっぷりとした体を心ゆくまで愛でたい。
、アレンジ出来た?」
「もどきですが、食べられる形にはしましたよ。美食の隣国に感謝しましょう」
 しかし幾ら色々な部分が駄目な意味で適当な私でも、この子に全てを投げて現実逃避する程腐りたくはない。
 脳が煮えて昼間のあれこれを綺麗に纏める事が出来ない私の代わりに、大筋をメルヴィッドへ報告をしてくれていたエイゼルがキッチンに顔を出し、鍋の中で煮えている味噌煮に似た赤茶色の物体を見下ろす。イーストエンド名物の面影はすっかり消失していたが、寧ろそれでいいのだ。
 あの時の衝撃は早々に忘れたいが、そう考える程に記憶が這い寄って来る。
 白い皿の上に盛られたごく薄く黄褐色がかったゼリー、その中に浮かぶ、ぶつ切りされた魚と思しき白と青灰色のぶよぶよとした無臭の物体。
 見た目の時点でカトラリーが動きを止め、目の前のこれは食べられる物かどうか脳内会議が開かれる底知れない不味さを主張する例の物質こと鰻のゼリー寄せを帰宅後すぐに差し出し、本当にこれを食卓に出さなければいけないのかとエイゼルに詰め寄った数時間前の事を思い出す。
 私が必死の表情を浮かべていたからか、そこまで言うのならと折れてくれたエイゼルと共に、味見と称してコックニー達の手で生み出された魚料理のような何かを口へ運んだ記憶は脳ではなく舌へ強烈に焼き付いた。
 強い塩味と僅かな酸味では看過出来ない生臭さを主張するゼリー、煮込みが甘く鰻特有の泥のような脂臭さが内包された白身、ここは俺に任せて先に行けと死亡フラグを建てた挙句に太刀打ち出来ず屍となった調味料ことチリビネガーとパセリソース、そして口内を無遠慮に突き刺す骨。飲み込めない程ではなかったが、見た目通りの不味さに辟易しながらしみじみと呟いたエイゼルの一言に、私も深く同意した。
 曰く、混沌の中に冒涜的な気持ち悪さという秩序が見出せる。
 どうしようもない阿呆を見る目で一部始終を観察していたユーリアンからは食べ物に対する感想ではないと言われたので、冷たくて柔らかくてグロくて痛いと言い直したのだが視線の持つ熱量に変化は見受けられなかった。確かに、この件に関しては事実とはいえ本当に阿呆な事を言ったと思う。
 想像通り不味かったので残る2.5人前のゼリーは全てルドルフ君の餌にしようと提案するエイゼルに、例えクラップの血が入っていようとこんな物を食べさせるのは可哀想だと訴えた結果が、これである。
 魔法で皮と骨を取り除き、臭み消しに柑橘類とハーブとコンソメを投入し、煮切った赤ワインとブランデーで味を誤魔化した。最終兵器であるカレー粉の登場はなかったが、調理中に何度も、生の鰻から作った方がまだ楽だったと後悔した。しかし、仕方がない。どうせ食べさせるのならば美味しい物の方が良いに決まっているのだ。
 取り皿に1つ、煮崩れてしまった鰻を乗せて味見をさせてみると、あれがこうなるのかと素直に驚いてくれたのでもう肩の力を抜いても大丈夫だろう。ハーブや調味料を手にこれだけ長時間格闘したのは久し振りだった。
 鍋を火から下ろし鰻を深皿に移せば、ひとまず今日のメニューは完成である。テーブルの上に整然と並んでいる料理を魔法でダイニングまで移動させ、次いでカトラリーや取り皿を送り込んだ。
 以前ガンギエイを料理した時にも思った事だが、日本酒が手元にないのが残念で仕方がない。白焼き、肝焼き、骨煎餅に半助鍋。他国の料理も一応は作ったのだが、それでも私は日本人なのでどうしても和の鰻料理を贔屓してしまう。
 まあ、所詮ない物ねだりなのだ。西洋イラクサのハーブティーと、適温に冷やした辛口のスパークリングワイン、煮込みに使った物と同じ赤ワインを最後に送り出しダイニングへ向かうと、背後を歩いていたエイゼルが意外に大丈夫そうだねと声を掛けて来た。
「何がですか?」
「右目が全く見えなくても危なげないなと思って。気を張っているようにも見えないし」
「随分今更な感想ですね。数ヶ月間、起きている間は四六時中意識して訓練していれば、距離感や平衡感覚を掴んで補正した挙動を取れるようになりますよ」
「訓練なんて何時の間にしてたんだい」
「病人って本当に暇なんですよねえ」
 対半巨人戦にボロ負けして片目を失ったからといって物理攻撃を捨てる選択肢は脳筋の私に存在しなかった、それだけである。病人として過ごした時間は何も読書やオブラートの研究だけに充てた訳ではない、両目で見えていた景色と左目で見る景色の違いを小さな体に叩き込む程度の事は既に終えた。
 私はこんな使い物にならない爺だが、それでもメルヴィッドの協力者なのだ。元々出来が宜しくない脳味噌を鍛える事を諦めている以上、頭脳労働を必要としない雑事と白兵戦を疎かにする事は絶対に許されない。例えメルヴィッド自身が許したとしても、である。
「今迄料理だけだったから判らなかったけど、何となく理解出来たよ。のプライドって、伸び代が大きいと自覚出来る部分にだけ振られてるんだ」
「普通の事ではないんですか?」
「そうだね、世の中には鼻で笑い飛ばしたくなる矮小なプライドを後生大事に抱え込んでいる輩も多いけど、君のそれも割と普通の感覚かな。ただ、君自身に常人と言えない部分が多いからね、普通過ぎて驚いてる」
「そういうものですか」
「料理一極集中の方がまだ納得出来てたよ」
 何時の間にか手にしていたビール瓶を手に背後から腕を伸ばしてダイニングの扉を開けたエイゼルは、既に両ワインを開けてグラスに注いでいるメルヴィッドの姿を見てあからさまに機嫌を悪くし、いつもの席に座りながら正当な文句を垂れた。
「この料理は義眼の調整のお礼としてが私の為に作ってくれた物なんだけど、何でメルヴィッドが先に手を付けようとしてるのかな」
「お前への礼は結局食卓に並ぶ事を許されなかった鰻のゼリー寄せだろう」
「そのゼリー寄せの比較対象として作ってくれた料理なんだから私の為のものだよ」
「そうか。ならばまず、これを食べて感想を告げるべきだな」
 小さな泡で輝いている白ワインを飲みながら赤茶色の物体を勝手に取り皿へよそったメルヴィッドに対してエイゼルは再び口を開きかけたが、手元の物体を見下ろして数秒の沈黙の後、何を思ったのか着席した私へと矛先を変更した。
、これは何? 鰻の頭のようにも見えるけど」
「ようにも何も、見ての通り鰻の頭ですよ。余り食べる部分がないので葱や豆腐に味を染み込ませる出汁の扱いですが、半助鍋という立派な日本の郷土料理です」
「出汁を取り終えたなら捨てて欲しかったな。まさかと思うけど、そこの魚の骨にしか見えない食べ物も人間用? 両方共ルドルフの餌かと思ってたんだけど」
「半助鍋は味が濃いですし、骨煎餅は咽喉に引っ掛かる可能性がありますからルドルフの餌には出来ませんよ。勿体ないですが、燻製か白焼きなら分けてもいいですよ」
 スターゲイジーパイという完全に名前負けした狂気の産物を作る国民が何を言っているのかと思うが、よくよく考えてみるとあれもコーンウォールの西部にある港町の郷土料理に過ぎないので、ロンドン生まれのロンドン育ちである彼等には欠片も関係ない話である。
 杖を手に取り半助から骨を取り除くと僅かな身だけが皿の中に残り、目に見えて嵩が減ってしまったが、エイゼルもメルヴィッドも胸を撫で下ろしたように見えた。
 エイゼルは未経験だがメルヴィッドには尾頭付きの塩焼きを食べさせた事があるので、どうやら頭のみという状況が彼の中でアウト判定の基準らしい。こちらに来てから兜焼きや兜煮を作った事はないが、彼等の反応を見るに止めておいた方が賢明だろう。
 骨煎餅に関してはどうしようもないので、クラッカーみたいなものだと思って欲しいと説明しつつ口に運ぶ。塩味が効いて食が進むが、どう考えても夕食ではなく酒の肴だ。
 私が口を付けた事で一応は食べられる物だと認識したらしいエイゼルが恐る恐る齧り、ああこんな物かと納得した表情を浮かべて警戒心を解いたので、見た目が完全に骨なだけで味に関しては問題なかったのだろう。半助鍋と骨煎餅さえクリア出来れば、後は何時も通り簡単な説明で十分だ。
 白焼きはホースラディッシュの醤油漬けか塩檸檬で、肝焼きは醤油ベースの甘辛いタレで味付けしてあるが肝自体が少し苦いので好みでなかったら残せばいい。テガマッチョは見ての通りトマト煮で、燻製はオランダ風に香味野菜で下味を付けたもの。マトロートは例のゼリー寄せを赤ワインとブランデーで煮込み直したアレンジで、アヒージョに関しては説明すら不要だろう。
 日本、イタリア、オランダ、フランス、スペインの鰻料理以外にも中華風の饅頭やスライスしたバケットもあったが、珍しく野菜が一切存在しない。2人は特に気にしていないようだが、常備菜ならば幾つか作り置きしてあるので必要になったら取って来よう。
 ふと取り皿を見てみるとマトロートが盛られていたのでエイゼルを見ると、チョコレート色の泡で蓋をされた黒いビールで満たされたグラスを笑顔で差し出された。今日は酔いが早く回りそうなのでアルコールの摂取は控えたかったのだが、折角料理に合わせて持って来てくれたのだから少しだけ頂こう。
「あ、美味しい。エールなんですね、スタウトかポーターだと思いました」
「マイルド・エールやブラウン・エールって呼ばれてるビールだよ。料理と同じ種類のワインを出すのも良いけど、それじゃあ面白くない」
 ホップの苦味よりも深煎りしたモルトの甘みが口の中に広がり、優しいながらもきちんと自己主張をする味がワインとブランデーを駆使した煮込み料理によく合った。エールにしてはアルコール度数が低いのも疲労した子供の肉体には嬉しい。
 あっさりとした鰻料理には強過ぎて合わないが、そんな事は口に出さなくても判っているのだろう。肝焼きと燻製を断りもなく私の皿に追加しながら、同じビールを飲んでいるメルヴィッドに白焼きやアヒージョを勧めている微笑ましい姿に目を細めていると、やっとまともに話が出来そうだと苦笑で返された。
「あの年寄りに詰問されてからずっと、顔が強張ってたからね。普段より口数も少なくて思考も固まってたみたいだし」
「すみません、気を遣わせた上に面倒まで押し付けてしまって」
「昼間はアークタルス・ブラックに関する面倒事を全部君に投げたからね。お互い持ちつ持たれつで良いと思うよ」
「ここ最近は持って貰ってばかりですから肩身が狭いですね。それと投げるのは構わないんですが、あれ本当に大丈夫なんですか。命綱が私だけって危険を通り越してますよ」
「気付いていないみたいだけど、元々私の命綱はだけだよ。君が私を見捨てたら色々な奴等が私を殺しに来る。それを自覚してるからお前達はどうするんだって聞いたのが昼間のあれだよ」
 ねえメルヴィッド、と話に全く関係ない相手に同意を求めたエイゼルに赤い瞳が一瞬鋭く光り、すぐに伏せられた。
「何故そこで私を巻き込むんだ」
「下手なはぐらかしは止めなよ。私は君にも訊いているんだ。さっきは突っ込まなかったけどさ、今日私達に起きた事、報告なんて無くても大体の所は把握してただろう?」
 椅子に背を預け、唇の前で両手の指先を合わせながら足を組んだエイゼルにメルヴィッドの手が止まる。随分判り易い反応だったが、どうしても隠し通さなければならない事ではないのだろう。そうだと肯定されたところで動揺するような人間はこの場にいない。
 オリーブオイルに浸されたバケットをゆっくりと食べ、気泡が立ち昇る白ワインを飲んだ後で肩を竦めてから、どうこうするつもりならとっくに行動に移していると納得しか出来ない台詞を口にする。次いで、何処で判ったのかと尋ねて来た。
 因みに私は全く判らなかったのでエイゼルに丸投げする。すぐ隣の黒い瞳が物事を深く考えようとしない君はそうだろうねと呆れているような気がしたが、私にとっては気に留める必要もない事だから判らないでもないと呆れ返った声で擁護された。
「変だなって思ったのは1週間前かな、アークタルス・ブラックからの手紙。シェアード・ユニバースの編集長を紹介したいって申し込まれたけど、君はもう予定が入っているから行けないって言ったあれ」
「変ですか?」
「変だよ。だってあれ、アークタルス・ブラックからに宛てた手紙じゃないか」
 私宛の手紙を誰かが勝手に見るのは物凄く今更な事で、エイゼルも何度か開封して読んでいるじゃないかと思ったが、どうにもそうではないらしい。
「全く意識していない所でファインプレーする癖に、何でこんなに察しが悪いんだろうね」
「ダンブルドアが嫌がるだろうからという浅い理由で分霊箱ホークラックスを蘇らせるような残念思考の男に、察しの良さを求める方が間違っているだろう」
 色々勝手な事を言っているような気がするが、気がするも何も反論不可能な事実なので大人しくエールを飲みながら燻製に手を付ける。余分な脂を抜く為に強めに燻製されているので癖があるが、下味も付いて皮も骨も取り除いてあるので食べやすい。ただ、骨煎餅と同様に夕食よりは酒の肴向きの料理である。
 西洋イラクサのハーブティーを淹れながら白焼きと西洋山葵醤油に手を伸ばしていると一通りの愚痴が終わったのか、それで手紙の事だけどと何時の間にか赤ワインをグラスに波々と注いでいたエイゼルが話を戻した。
「その辺の梟ならまだしも、ブラック家の梟が宛先を間違える筈ないんだよ」
「そう言われれば、確かに」
 思い返してみれば、アークタルス・ブラックが私に宛てて送った手紙がメルヴィッドに届く郵便事故は一度も起こらなかった。連名の場合はメルヴィッドが受け取っていたが、今回はその例外に含まれず完全に私宛のものであった。となると、あの梟が運んで来た手紙はメルヴィッド宛てと私宛てとの2通と考えるのは寧ろ当然である。
 否、そもそも、デイヴィッド・ジョーンズと引き合わせるべきなのは、ぶっ飛んだ説を寄稿した私よりもある程度納得の行く形に纏めたメルヴィッドだろうに。私宛の手紙にお誘いの文句が書いてある事がまずおかしい。
 少し考えれば判るような事なのに、考えもしなかった。私は何時もそうだ、何時も周回遅れで物事を考えている。
 アークタルス・ブラックはメルヴィッドに何かを仕掛け、私達は試されていた。今になってエイゼルの行動の意味が理解出来た。エイゼルは保護する者として明確な敵意を、私は慕う者として強い好意を示さなければならなかったのだ。
「誘導、ありがとうございます」
「別にいいよ、私も気付いてて黙ってから。アークタルス・ブラックに正面から敵対宣言するタイミングが欲しくてね」
 先に手紙の意味を知ってしまった場合、私は昼間と同じように何だそんな事かで済ませてしまっただろう。そこまでならば実害はないが、それをアークタルス・ブラックに悟られると、エイゼルの言葉は力を失ってしまう。
 順番は、大事だ。
 私がアークタルス・ブラックの暴挙を許容すると宣言する前に言えば血の繋がらない弟に全てを捧げる男として印象付けられるが、後に言ってしまえば弟の意志を無視するただの我侭な男に成り下がってしまう。実際に、私の宣言後のエイゼルは幾分か度を越した発言はしたものの、宣言前を比較すると潔く手を引いた。
 私自身の評価は、まあ、楽観的に見ておこう。閉心術以外は完全にノーガードだったので手紙の事に気付けなかったと判断されただろうが、味方相手に開心術程度の事はやって貰わないとブラック家ではないと言い切ってアークタルス・ブラックの行動を肯定したので評価が大きく落ち込む事はないだろう、多分。
「向こうも向こうで開心術なんて巫山戯た真似をしてくれたから助かったよ」
「そういえば、エイゼルよく気付きましたね」
「……って本当にさあ」
 空にしたグラスをテーブルに戻したエイゼルの指先が頬を摘み、何時ものように伸ばしてすぐに離す。それに意味する事を理解し、思わず吐息を漏らした。
「ああ、成程」
「成程じゃないよ、危なっかしいな」
「どういう事だ?」
「私もあの年寄りと一緒だって事。こうやって犬みたいに頬を触ってを構う振りをしながら開心術かけてたんだよ」
「そうか、何も見えなかっただろう」
「怒らないって事はメルヴィッドにも前科有りって捉えていいよね。君にそう躾けられたって言ってたけど?」
「嘘に決っているだろう。自分自身が魔法使いだと忘れていた癖に、閉心術だけは出会ってから今日まで途切れさせた事がない」
「有能と無能が無意識なスイッチ式って面倒臭いよね。ねえ、。何で君はずっと有能でいられないの?」
「料理と平行作業しようとした瞬間にブレーカーが落ちるので」
「それはスイッチ式じゃないとまずいね」
「そうだな」
 しみじみと頷いたメルヴィッドは兎も角、エイゼルはこの短期間でどれだけ私に胃袋を掴まれてしまったのだろうか。よく料理中にちょっかいを出して来たり、ふらりと味見しに来たりと食欲旺盛な事は判っていたが、正直ここまでとは思わなかった。
 そんなエイゼルは私の考えを知ってか知らずか、口直し用の味のない饅頭を半分に割り、片方を私の口に詰め込んだ後で話を戻そうとメルヴィッドに向き直った。自分の無能具合を反省する事に思考を割り振り過ぎて一体何の話をしていたのか忘れかけていたが、元はメルヴィッドが私達の行動を把握していたのだろうと断言した所から始まっていたのだ。
「手紙はただの切っ掛けだよ。胡散臭くはあったけど、この時点ではまだ、君に予定が入っているって言い訳に納得してた」
「それで、確信に至った経緯は?」
 メルヴィッドもスパークリングワインを飲み干し、泰然たる態度でエイゼルの手が開示されるのを待つ。昼間の対アークタルス・ブラックの時と違い、この場の雰囲気は柔らかく互いに敵意もない。完全に暇潰しで遊ぶ子猫達の空気である。
 私も口一杯に頬張った饅頭を咀嚼しつつ大人しくエイゼルを眺めていると、その指先に浮かんだ1:4:9の比率を持った黒い石柱状の物体に驚きを覚える。
 プレイバックと宣言したエイゼルの音声命令に応じて、SOUND ONLY 04と赤い字を浮かび上がらせたモノリスから沢山の音と、聞き覚えのない声が食卓の上に溢れ出した。少し単語を拾っただけでも理解出来る、彼は私達を監視した相手を盗聴し返したのだ。
 ああ、全く。私は到底、彼等に敵わない。