ミルフィーユ風カプレーゼ
毎月こんな場所までと貴方を困らせているかもしれませんが、私が好きで来ているので気にしないで下さいね。貴方は今も、私の英雄なんですから。
丁度、今日で3年です。あれからもう、3年も経ってしまいました。あと5日で10歳になるんですよ、私。本当に、早過ぎますよ、3年ですよ?
貴方が、私の誕生日に用意していてくれたプレゼント、この白熊のスノーウィ君。また、壊されてしまいました。ピーター君と一緒で、もうほとんど面影はありません。左足だけは無事で、赤い刺繍も残っていますが、それだけです。この間まで付けていたあの赤い帽子もマフラーも切り刻まれて、元には戻せなくなってしまいました。
だから、今度オレンジの毛糸を買って、それでまた帽子とマフラーを作ろうと思っているんです。ピーター君は青色の上着ですから、その反対の色で。2人は、仲良くやっていますよ。友達がいるって、いいですよね。
私の方は相変わらずです、と笑顔で言いたいのですが、今回の里親夫婦も遂に私と縁を切る決心をしました。不妊治療の末に子供が生まれたので、血の繋がらない私はもう要らないとの事です。本当に、おめでたい話ですよね。
きっと、こんな話を聞いたら貴方は顔を顰めるでしょうね。私は流石にもう慣れて、またか、くらいにしか思えなくなっていますが。
すみません、どうにも愚痴っぽくなってしまいました。ああ、でもこれもある意味相変わらずですよね。里親を転々とするのもこれで7回目になりますし。数ヶ月の誤差はありますが、1つの家庭で半年程度しか続かないんですから。
皆、受け入れてくれる前までは大人しくて勉強も出来るし、素行も安定しているからと笑顔で迎えてくれるというのに。欲しいのは単なる労働力や政府からの金銭、実子を満足させる為の比較道具なんですよ、結局は。
でも、多分、次に引き取ってくれる方で最後だと思っています。
国からの助成金や労働力確保が目的だったり、可哀想だから引き取ってあげるという精神で関わって来た今までの里親とは全く違う男性で、少しだけ貴方に似た、いや、似ていないのかな? でも、きっと、私にとってはとても良い人です。
……去年の夏にも咲いていた花が、今年も綺麗に咲いていますね。
人間に管理された墓地だとこういう事が起こらないので、そういう意味では自然墓地はいいのかもしれません。自然墓地という名前自体はまだ私の周りで定着していませんが、そう表現するしかないので、ひとまずそう呼ばせていただいています。
当時は、殺人犯とされた貴方を受け入れてくれる教会や共同墓地が存在しなかった事が遣り切れませんでしたが、今になってやっと、感謝が出来るようになりました。都市部の目立つ場所に墓石を建ててしまったら、それこそ貴方の遺体毎、遺族に暴かれて破壊された後に埋立地で廃棄処分されていたでしょうから。
冗談ではありませんよ、私が冗談を言った事がありますか? 実際に、死後に犯罪が露見した方の墓はそのように処分された事案もあるんです。犯罪者の墓ならば打ち壊していい、というのも怖い話ですよね。
風が少し出て来ましたが、そちらは如何ですか。
今日はランニングをするには良い日ですから、走りに行くなら一緒に入れておいたシューズとウエアを使って下さいね。自然を眺めるのもいいですが、手入れされた花を愛でに遠くに行きたくなったら是非行ってみて下さい。貴方の鞄もちゃんと入れてありますから。
別に、何処かに行けと言っている訳ではないんですよ。ただ、少し、貴方にとって辛い内容をお話しなければいけない事があったので、聞きたくないのなら何処か遠くの景色の良い場所にでも逃げて欲しいと思っただけです。
ええ、そうです。貴方を殺した、と思われるエメリーン・バンスの事です。やっと裁判が終わりました、先々週の事です。
嫌疑不十分で、不起訴になりました。
何故かって、出来る事なら私も知りたいです。検察からは、保管庫の証拠品が全て消失したと、信じられないような説明をされました。採取した指紋はデータとして残っていましたが、それ以外は物証から調書まで何も彼も、ですよ。
ねえ、こんな事って有り得ますか?
……実は、今まで貴方に黙っていた事があります。私の周囲で、不思議な事が起こるんです。まるで、超能力や魔法でも使ったかのような。
いえ、以前にもいたんです。貴方よりも先に私を見付けてくれた方と、その後に来た悪魔みたいな化物達が。そんな、不思議としか言いようのない力を持っていました。
もしかしたら、エメリーン・バンスもその1人なのかもしれません。彼女を、一度だけ見た事があるんです。貴方の亡くなった年の春に、その、化物達と一緒に。
警察には、言っていません。言ったとしても子供の証言で信用して貰えませんから。魔法や超能力なんてと鼻で笑われるのがオチです。
貴方を慕っている私は、彼等にとっては今や中世の廃すべき異教徒も同然の扱いになっています。それが嫌だとか、そういう事は一切ありません。
ただ、私の言葉を信じてくれる人は、もう一握りもいません。最初に私を見つけてくれた人と、今回、私を引き取ってくれた人と、この2人ですから一握りという表現すら多過ぎるのかもしれません。
いいえ、でも、2人もいるんです。まだ、私を信じてくれる人が。
……今度、改名をしようと思っているんです。
何を唐突にと思われるかもしれませんが、ずっと以前から考えていた事でもあるんです。お話しましたよね? ハリー・ポッターという墓が、既に私の両親と共にある事は。私は、もう私がハリー・ポッターという名前である必要性を感じなくなっているんです。
名前も、もう決めているんですよ。
・といって、まるでイギリス人の名前ではありませんが、そうですね。確かにそうです。この名前は、私を初めて見つけてくれた人が名乗ったもので、了承も得ずに勝手ながら頂戴しました。
きっとこの先、奇妙なこの名前の事で嘲弄されたり、驚かれたりするでしょう。それでも私はもう、ハリー・ポッターの名を墓に入れてしまいたいんです。
……貴方は、今どんな顔をしているんでしょうか。ちょっと、想像が付きません。でも、貴方は、貴方にだけは私の変化を受け入れて欲しいんです。私の英雄、貴方には。
ああ、もう迎えが来てしまったみたいです。
あの林の先、遠くに見えるでしょう? 背の高い、綺麗な男性。彼が今度、私の里親になるメルヴィッドさん。メルヴィッド・ルード・ラトロム=ガードナーさん。私と同じで、少し変わった名前。記憶喪失の孤児で、なのに勉強を頑張って、大学を飛び級で入学して、首席で卒業して、今は薬剤師をしているんですって。
彼にも、私と同じような、不思議な力があるんです。だから、今度は上手くやっていけると、思っているんです。
それじゃあ、また。来月。
どうか、これからも安らかに。出来る事ならば、貴方を忘れない為に遺髪を入れたペンダントを持つ間だけでも、私を見守っていて下さい。リック、リチャード・ロウ。
私の、私だけの英雄」