曖昧トルマリン

graytourmaline

泥鰌豆腐

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"g-game-record"
 Day 1:左手薬指切断、損傷数2、未治癒
 Day 2:左耳切断、損傷数2、未治癒
 Day 3:左足指爪引き剥がし、損傷数2*5、未治癒
 Day 4:左下顎第二大臼歯抜歯、損傷数2、未治癒
 Day 5:右手小指骨折、損傷数1、治癒済
 Day 6:右第五中足骨骨折、損傷数2、未治癒
 Day 7:右前腕骨折、損傷数1、治癒済
 Day 8:左上顎第一大臼歯抜歯、損傷数2、未治癒
 Day 9:右耳切断、損傷数1、治癒済
 Day 10:右手親指、損傷数1、治癒済
 Day 11:左下腿骨骨折、損傷数1、治癒済
 Day 12:右足指爪引き剥がし、損傷数1*5、治癒済
 Day 13:左目破裂、損傷数1、治癒済
 Day 14:Not Found

「流石に2週間目ともなると、クリア数が爆発的に上昇しますね」
 夜更かしも連日ともなれば体に悪いので遠慮願いたいのだが、かといってこうして色々と設定をしなければ遊戯が滞ってしまう。乾燥していく目を何度も瞬かせながらモニター上に表示される文字列を追い、早く終わらせようと手を動かした。
 たとえ夫妻が何処に逃げようとも魔法を駆使して毎夜隣室へ招待してはゲームに強制参加をさせる、そんな事を始めて早2週間。あの精神力を考慮して予定では1週間も持たないだろうと思っていたのだが、彼等は中々しぶとかった。
 否、ここで複数形を用いるのは正しくないだろう。思っていたよりもしぶとかったのはあの男、バーノン・ダーズリーだけだった。
 1日目から3日目は例の如く互いに互いを罵り合って、時折ピーター君をどうにかしようとして、結局どうにも出来ずにペナルティを食らっていた。
 変化は4日目からだ。バーノン・ダーズリーはあの日、自ら進んで隣室へやって来た。中途半端な長さのロープを持って。最初は首でも吊るかと期待したものだが、どうやらそうではなく彼はロープをベッド下に隠してゲームの開始を待っていた。多分、待ち侘びていたのだろう。開始直後に妻を縛り上げて、奥歯を引き抜こうとしたくらいには。
 ただ、その日はミッションとの相性が良くなかった。縛り上げただけでは抜歯は出来ず、結局時間切れになって二人は仲良く奥歯を抜かれた。
 これに興味を覚えた私は翌日の設定をかなり緩くしてゲームを開始した。メルヴィッドも文句を言わなかったので、口に出さなかっただけで興味自体はあったのだろう。記録の通り5日目の設定だけが妙に緩いのはその所為である。結果は見ての通り、ペチュニア・ダーズリーは夫に縛り上げられた挙句指を折られゲームクリアとなった。
 損傷数1で治療済と記載されている物は以降全て、同じような方法でクリアされたものである。逆に損傷数2の未治癒はそれでも尚ペナルティが課せられた物であった。単純に破壊が出来なかっただけ、だとも言えるのだが。
 6日目の右第五中足骨骨折は道具不足の為、8日目の抜歯は4日目と同じ理由で。
 バーノン・ダーズリーが斧や鋸、そして自社製品までもを持ち込み始めたのは7日目だった事を考えると、全く人間とは逞しく、生き汚く、怖ろしい生き物である。しみじみとそう言ったらメルヴィッドが元人間で現化物のお前が言うなと即時突っ込んだが。
 確かに彼の言う通り私は化物なのかもしれないが、少なくとも手酷い嘘は吐かない。吐かないというか、単に苦手なだけである。まあ、受け手が感じる結果は同じなのだから同じでいいのかもしれないが。
 しかし、現にチュートリアルで宣言した通り、ゲームをクリアさえすればゲーム中に負った怪我を治す為に純度の高い符水を必ず与えているので、治癒済と記載されている場合はたとえ、どの部位が消失しようと完全に元の状態へ戻している。あれは嘘でした怪我は治りませんなどと私の品性を落とすような事は言わない。それがバーノン・ダーズリーの残虐さに拍車をかけている、と指摘されれば否定はしないが。
 残虐さといえば、この所ゲーム外でもバーノン・ダーズリーの暴力は目に見えて酷くなっており、ペチュニア・ダーズリーからは感情が抜け落ち始めていた。丁度、私が出会う前に虐待されていた、ダドリー・ダーズリーが死ぬ前のハリーのように。
 そろそろ彼等が拷問に耐えられなくなり自殺の一つでもして欲しいと願っているのだが、世の中は上手く回らないものである。負傷者の逃げ場であり、拷問巡りの原因でもある符水の純度はもう少し落としておくべきだったと今更後悔する。
「メルヴィッド、今日はどうします?」
 今日も今日とて律儀に私の部屋までやって来たメルヴィッドは、もうほとんど完璧にモニター操作を使いこなして勝手に設定を加え処理をかけている。主に私の魔法力を使って。
「右の、そうだな最近は足ばかりだったから上腕でも切断させるか」
「右上腕切断ですね。骨折なら兎も角、切断となると、道具はどうしましょうか」
「心配する必要はあるのか、どうせ男の方が持ち込む。しかし、そろそろ真新しい場所が欲しくなったな。明日は舌でも切り取らせるか」
「いっそ内臓でも刳り貫きますか、肺とか腎臓とか生殖器とか」
「切断直後にショック死しないか?」
「最初から殺すつもりですから」
 ただ、私自身が手を下さないだけで。この拷問は自死や発狂、殺し合いの呼び水として配置した罠に過ぎない。そろそろ死んで貰わないとネタ切れになってしまう。
「なんだ、飽きてきたのか」
「それもありますが、アイディアが枯渇寸前で困っています。指の何処かを金属やすりで擦り下ろさせてもいいんですが、生肉だから上手くいかないでしょうし。まさか一般人が半月も持ち堪えるとは思いませんでしたよ」
「思ったよりも人間はしぶとい、覚えておけ。化物」
「自分より下の存在が在る限りは地獄の責め苦にもある程度慣れる事が出来るんですね。肝に命じておきましょう」
 誰よりも働き詰めであるピーター君を膝の上に乗せて作業手順の最終確認を始めると、労っているはずなのだが私の方が何故か癒されて行く気がする。メルヴィッドが隣でお前の精神安定方法は手軽でいいなと全く羨ましくなさそうな表情で呟いていた。
 可愛い物に癒されるつもりが皆無のメルヴィッドの機嫌確保の為に用意しておいたシフォンケーキも、たった今最後の一口を食べ切られてなくなってしまう。あの量を平然と1人で完食したのは構わない所か嬉しいのだが、流石に幾ら口当たりが軽くても20cm型で作ったケーキが瞬殺されるのは予想していなかった。
 赤い視線が次のお茶菓子を求めて私へ向けられるが、今手元に存在するのは先日彼が受取拒否を起こした例のキャンディーくらいしかない。これを再び差し出したら怒られるだろうか、怒られるだろうな。
 キッチンまで下りれば作り置きのクッキーやマドレーヌ等の焼き菓子が幾つかあるのだが、あと数分もすれば本日のゲーム開始時刻になるので出来ればこの部屋から出たくない。最終確認が未だ終わっていないという事もある。
「あ」
「何だ」
「いえ、ちょっとだけ待って下さいね」
 適当な笑顔で誤魔化してその場を取り繕い、内心溜息を吐く。魔法を使っている最中にも関わらずどうにも忘れがちになってしまう、私が魔法使いだという事に。お茶菓子の存在する場所が判っているのならば、呪文で呼び寄せればいいではないか。
 ひとまず切りの良い所まで確認作業をしようとモニターに向き合うと、不意に視界の端に鈍く燦めく物を見たような気がした。否、気の所為ではない、記憶に留めていないだけで確実に見たと本能が告げる。
、どうした?」
 隣からメルヴィッドが声を掛けるが応対している時間が惜しい。
 設定確認画面を含む全ての画面を強制停止後に削除、唯一残った監視画面を複製して屋内全体に切り替え、私の視線が捉えたはずである物を瞬時に探し出す。
 場所はキッチンの裏口、ペチュニア・ダーズリーの手元。足取りからして向かう先は、リビングの、バーノン・ダーズリーの元。
「メルヴィッド、モニターの操作方法は判りますね」
「当たり前だ、何だ一体。急に」
「面白そうで嫌な予感しかしないので早急に帰宅して下さい。娯楽のおまけとしてモニターで観察する分には構いませんが、干渉しないでいただけるとありがたいです」
 理由を問おうとしたメルヴィッドの視線も私と同じ場所に向かい、瞬時に全てを悟る。不満そうだった顔が一転して面白い物を見た子供のように輝き、次の瞬間には周囲に散らばったお茶菓子のゴミも含めて彼の居た痕跡全てが消失していた。
 全く以て、頭の回転が早い彼には助かってしまう。出来る事ならば私も一緒にお茶菓子でも食べながら面白可笑しく監視を続けたい所だが、最早そうも行かない。
『バーノン、ちょっといいかしら』
『何だ。そろそろ時間だぞ、早くしろグズめ!』
 音声だけ聞けば、それは1週間程前から繰り返されて来た遣り取りだった。しかし視覚は普段と違うそれを認識していた、これが認識出来ないという事は日常の中に組み込まれ過ぎて判断力が麻痺したのであろうか、それとも何処か別の場所にでも置いて来てしまったのであろうか。あの左の指や耳のように。
 バーノン・ダーズリーには、妻の右手で光っている物が理解出来ないのであろうか。
『ねえ、バーノン。私もう無理よ』
『何が無理だって? 心配する事なんてないだろう、怪我をしてもあの妙な水を飲めば治るだろう。何の役にも立たないお前は黙って』
『ねえ、だから……無理だって言ってるのよ!』
 絶叫と共に錆びて切れ味の鈍くなった手斧が振り上げられ、下ろされる。
 赤銅色の刃は形を崩しながらも目標の頭蓋骨を変形させ、叩き潰す。脳味噌と言う名の桃色の肉が弾けてリビングの壁やカーテンを濡らし、崩れ落ちたバーノン・ダーズリーであった物の窪んだ頭から血液が噴出して赤い水溜りを作っていた。
 それに馬乗りになり追撃しやすい位置を取ると、通過したキッチンから拝借して来たであろう包丁を再び振り上げ勢い良く肉に突き刺さし始める。刺す度にバーノン・ダーズリーの手が動いているように見えるのは、恐らく気の所為ではない。刃先が分厚い脂肪層の先の内臓を傷付けたのだろう、傷口からも鮮やかな血が少しだけ溢れていた。
『人の話を聞きなさいよ! いつもいつもいつもいつもいつもいつも! 何で私ばかりこんな目に遭わなくちゃいけないの!? お前が死ねばいいんだ! 一度くらいお前が死ね!』
 余程ゲーム中の扱いに腹を立てていたのだろう、彼女は上がった息を整えて包丁を握り直すと今度は崩れた顔面に向かって刃を立て始める。もう鼻も眼球も、頭蓋骨に守られていない部分は見事に切り刻まれていた。更に頭も欠けて破壊された脳もそこら中に飛び出しているのだからスプラッタの極みである。
 男であった物がただの肉の塊になり血もこれ以上噴出しなくなった頃、ようやく手を止めた発狂女は包丁を投げ出し、再び斧を手に取った。まだやるらしい。
 更に数分が経過、潰れた肉塊のような何かにしか見えない死体を前に最早完全に鈍器と化した手斧を重力に任せぶら下げ、彼女の動きがやっと静止する。しかし不気味に過ぎる静寂も、ほんの一瞬の事だった。
 欠けた手斧の刃に肉片を付着させたまま、ペチュニア・ダーズリーの目線が宙を泳ぎ、やがて固定される。リビングの、この位置からの角度、間違いなくハリーである私が居る、この部屋だ。
『魔女の子だ。あれを殺さないと、そうだ。あれが全部悪いんだ!』
 そもそもの原因は虐待と詐取を始めた彼女自身だという事以外は大体正解なのだが、それにしても何故思考放棄をした人間は勘で正解に辿り着くのだろうか。
 さて、随分と唐突な展開になって来たが、まあ何とかなるだろう。
 現場の空気は殺伐とした文字通り血みどろの修羅場だが、脳内解説では寧ろ、ホーム・アローンのスプラッタ・ホラー風である。
『魔女の子め!』
 斧という名の鈍器を持ち、遂に彼女がこちら目掛けて動き出した。というか、ぎこちなく走り出した。体格が細過ぎる割に足が速いのが意外である。
 血を滴らせ、付着していた肉を撒き散らしながら階段を駆け上がってくる彼女を確認してモニターを消去。ピーター君と四次元バッグを掴み扉の死角に入り込む、本当ならばタイプライターも欲しい所だがしまう時間が惜しい。タイプボールはバッグに入っているので最悪本体を破壊されても何とかなる、金額的には惜しいが無事である事を願い置いて行こう。
 錆びた刃が床を引っ掻く音が止んだ瞬間、部屋のドアが勢い良く開かれた。死角の為表情は見えないが、大きく舌打ちが聞こえ何処に行ったと怒鳴り声が上がる。本物の鬼女よりも鬼女らしい声色と気迫、多分彼女に出会ったら鬼だって泣いて謝るだろう。
「殺してやる! 魔女の子め、あの悪魔め!」
 高らかな宣言と共に扉は乱暴に閉まるが、勢いが付きすぎて再び半開きになる。足音は隣室のダドリー・ダーズリーの部屋へ向かっていた。
 あれが再びこの部屋にやって来るとも限らない、行くならば今であろう。
 気配と足音を殺し、部屋を出た。瞬間、視線を感じて振り返ると、息子の部屋の扉に手を掛けたまま鬼女が嗤ってこちらを見ていた。瞳孔開きっぱなしの笑みで片手には肉片付きの斧、これは私でも流石に少し怖い。
 重ねて問うが、何故狂人の本能は常人より鋭くなっているのだろうか。
 両足に力を込めて走り出すと当然彼女も走って付いてくる。野生の獣が相手ならば背を向けて逃げると本能的に全力で追って来るので禁止事項となるのだが、相手は理性をかなぐり捨てていても一応は人間なので、逃げなければ殺される事は間違いなかった。
 何やら背後で喚いているようだが命の危機とあって聞いている暇はない。階段を駆け下りてそのままリビングに突入し、血の海を走って渡り窓枠へ直進する。因みに窓ガラスは既に粉々に砕けて処分されているので、進路変更は不必要。全速力で屋外へ逃亡する。
 肉体派を自称するのならば迎え撃たないのかと問われるかもしれないが、5歳時が親子程年齢の離れた女性を殺すのは一般的に見て難しい。私ならば簡単だが、ハリーではほぼ不可能である。考えられるのは高所からの突き落とし、くらいだろうか。正面から挑んで必殺するような事は、奇跡でも起きない限り無理である。そして、奇跡は起こらないから奇跡と呼ばれるのだ。四六時中起こっていたらそれは奇跡でも何でもない。
 そんな奇跡を気紛れで起こして殺してしまってもいいのだが、そういった統計確率的にありえない現象が起こればどうなるか。決っている、ダンブルドアに目を付けられるではないか。唯でさえ今も目を付けられているのだ、これ以上監視を増やされては堪らない。
 しかし逃げたはいいが今現在、時刻が最悪というのが大きな痛手だ。深夜の道路に人影はなく、周囲の家々も明かりは何処も灯っていない。灯っていたとしても、呼び鈴を鳴らし駆け込んで警察を呼んで貰う前にペチュニア・ダーズリーに発見されるのがオチである。
 籠城目的ならば公衆電話の方が良手であろう。記憶では、もう少し先にあったはずだ。
「……うん?」
 ふと辺りが静かな事に気付いて速度を緩めながら振り返ると、そこにはもう誰も居なかった。もしかしなくても速く走り過ぎたのだろう、撒いてしまったようだ。
 常軌を逸した狂人とはいえ体力は気力で補えない。日頃の運動不足もあるが、左足の爪が全部剥がれていたり、右足を骨折していてはそう速くも走れまい。
 しかし念の為に速度を上げて近くの公衆電話まで走って行く事にしよう。真夜中の公衆電話は嫌でも目立つ、警察への通報は少しでも早い方がいい。
 頬を撫でた真夜中の風は、先程踏み潰した肉片のように生温かった。