遊牧民風バターミルクティー
「なんだか、お腹が空きましたね」
「隔離病棟の患者を皆殺しにしておいて食欲が湧くとはどういう神経をしているんだ」
「最初から空いていただけで湧いた訳ではありませんよ。そう仰るメルヴィッドも食欲が減退しているようには見えませんが」
「何故私が有象無象の死に影響されなければならない」
「今の発言から考えるに、貴方も十分に人でなしですよ」
「私はそれを自覚している分、より危険ではない」
「そうですかねえ」
どちらも同じくらい危険な気がするが、ごっそりと体力を奪われているこの体に居る間は訂正する気にはなれない。
朝と変わらず人通りが皆無の東屋から曇天を見上げ、もう一眠りしようかと横になる。幸い魔法の効果はまだ切れていない、エネルギーや水分を補給出来ない以上、体力は出来るだけ温存しなければならない。何故文明崩壊もしていないごく普通の町中でサバイバル気分に浸らなければならないのだろうか。
阿呆な考えで鈍痛から意識を逸し、床擦れした肉に負担をかけないように体の位置を整えると、薄っすらと姿を現したメルヴィッドが眠るのかと尋ねてきた。
「あまり、この体の体力を削りたくないんですよ」
「ならばまた体だけ休ませろ。今後の確認をしておきたい」
「承知しました」
体に負担にならない体勢を取り、するりとハリーの中から抜けると空腹が収まる。数度ならばいいが、これを短時間に何度も繰り返すと流石に気分が悪くなってしまいそうだ。
ハリーの胸が緩く上下している事を確認してから、完全に姿を現し防衛呪文を追加しているメルヴィッドに向き直る。一晩しか間を空けていないというのに、久し振りに彼の顔を見たような気になった。
こちらも念の為にハリーの上に透明マントを被せた後に目眩ましの呪文を内部に唱え、更に盗聴を妨害する呪文も編み込んでおく。話す内容が内容なだけに、周囲に対して警戒し過ぎるという事はない。
こんなものか、と東屋の警戒を強化したメルヴィッドに同意して、最後に周囲に人影がないか最終確認をする。メルヴィッドの赤い目も、同じように周囲を警戒していた。
「では、今後の予定を聞こうか。あれを使って、何時頃あの連中を殺すつもりだ」
『少々期間を開けたいですね。リリー・ポッターとペチュニア・ダーズリーは血の繋がった姉妹なので、殺害方法は異なっていても昨日の今日では疑ってくれと言っているようなものですから』
「だからといって年単位で空ける訳にもいかないだろう。数ヶ月が限度だ」
『そうなると個人的な理想は年内ですが……ならば、クリスマス辺りに息子を殺すのが一番いいかもしれません。夫妻は更に数ヶ月開けてから殺しましょう』
「幸福の絶頂から叩き落とす気か。あの馬鹿息子の誕生日は何時だ?」
『遠いですよ。ハリーと近かったはずなので、少なくとも夏だとは判っているんですが……簡単に割れると思うので調べますか?』
「いや、必要ない。半年以上なら、確かにそれでは遠過ぎる」
では矢張りクリスマス付近が理想か、とメルヴィッドは独り言のように呟いて考え込み、数秒してからそれでいいと許可を出した。彼の頭の中でどのような状況予測が行われたのか定かではないが、失敗する確率は少ないと見て貰えたのだろう。
しかしすぐ後、ふと何かを思い出したかのようにメルヴィッドの表情が再び陰った。そういえば、と口火を切られたのであの一家の件ではなさそうなのだが、どうも表情に不安が滲んでいるような気がしてならない。
「昨日は次から次へと問題が浮上してそれ所ではなかったから忘れかけていた、私の戸籍の件で確認したい事がある」
『はい、伺います』
「お前の母国の日本だったか、そこでは知らないが、少なくともイギリスでは成年同士の養子縁組は基本的に不可能なんだが、どうするつもりなんだ?」
凄く厭な予感がすると言いたげなメルヴィッドの視線に、私は一瞬言葉を失った。ここに来てまさかの新情報に思考が停止してしまうのは責められない事だと思うのだが、もっとよく考えれば矢張り下調べをしていない私が悪いという結論に達した。
血は流れていないが、気分的に血の気が引いて目の前が暗くなる。透過した顔面が蒼白になるのをメルヴィッドも感じ取り言語による応答は必要なくなったらしい。
「……そんな事だろうと思ったが、まあいい」
『も、申し訳ありません。この始末は近日中に』
「いいと言っているだろう。今朝の間抜けぶりを見て、嫌な予感はしていたんだ」
訊いて正解だったと溜息を吐きながら髪を掻き上げたメルヴィッドが、やや間を置いてもう一度溜息を吐く。
「気は進まないが、サバを読むか」
『しかし、彼女には成人と言ってしまいましたし』
「そんなもの私が畳み掛ければどうにでもなる。あの手の女は顔のいい若い男に騙されやすいからな、接点さえ持ってしまえばこちらのものだ」
羨ましいようで実は全く羨ましくない言葉を聞きながら、私はもう一度深く詫びた。
しかしまさか、イギリスが成人同士の養子縁組がほぼ不可能だったとは迂闊を通り越して底まで抜けた間抜けだ。メルヴィッドは寧ろ成人同士で可能な日本の方が変だと言っているが、変なのだろうか。改めて指摘されるとよく判らない。
「とは言っても、私もこの程度なら腹を立てない。お前にしては随分やった方だとそれなりの評価をしているから、多少の問題点には目を瞑ってやろう」
『ここまで、という事は、この先にまだ問題点が?』
「ある。寧ろこちらの方が問題だ」
蛇に睨まれた蛙というのは、こういった心境なのかもしれない。
ただ一点違う事があるとすれば、蛙である私は死なないので蛇であるメルヴィッドに殺されない代わり、永遠に睨まれたままという事だろうか。
現実逃避するべきではないと判っているが、どうしようもない事だってあるのだ。出来る事ならばもう少しだけ逃避させて欲しいが、そんな事をメルヴィッドが許すはずもない。
「養子縁組という事は、要は存在しない私の戸籍をあの女の元に移すという事だろう。あの老害のトム・リドルのものならばまだしも、私自身の戸籍をどうやってでっち上げるつもりなんだ」
『ああ、その事ですか。一応、そちらの方については考えがあります。ただ違法すれすれと言うか、完全に違法なんですけれど』
「お前の予測は本当に突飛だな、何故こちらの件については考えがあるんだ。まあ、愚痴は後にするべきか。それで、どの程度の違法性なんだ。今回の戸籍ロンダリングレベルの違法性なら構わないが」
『簡単な書類偽造だけなので、多分そのレベル、ですかね。一つだけ確認しておきたいんですが、メルヴィッド……というよりも、大元の貴方であるトム・マールヴォロ・リドルは在学中の徴兵や従軍の経験、ありませんよね?』
「軍というと、マグルのか? マグル共が戦争をしていた事は知っているが関わった経験はないな、自分から巻き込まれに行かない限り他の魔法使いもないはずだ。だが、それに何の関係がある」
『直接は関係ありませんが、その範囲まで経験がないのなら多分大丈夫です』
多分か、と茶化すメルヴィッドに多分だと苦笑を返す。そういった表情が出来るのならば大丈夫だろうと判断してくれたようで、続きを促すように首を傾げられる。
『私の世界では、いえ、私の世界のイギリスでは、魔法使いや魔女は基本的に非魔法族の世界に戸籍を持っておらず、魔法省のみが一元管理しているんです。尤も、この事実はあまり知られてはいないようなんですが』
「初耳だな、そうだったのか?」
『そうだったんですよ。ただ、今のような平和な時代だと両側を知っている人間でなければ若干気付き辛い仕組みをしているので、大半の魔法使いが知らないのも仕方のない事なのかもしれません。ホグワーツでは社会のシステムや納税の事なんて勉強しませんし、そもそも魔法界自体、税があるかどうかも不明確ですから』
しかし税収がなければ魔法省が機能するはずないので、きっとどこかしら、恐らくイギリス魔法界唯一の金融機関であるグリンゴッツ辺りで勝手に納税されるシステムになっているとは思うのだが。口座を作る際に契約書の細かい文字列の中に紛れ込むように書いてあるとか。そもそも金融機関が一箇所しかないという事が既にアレだが。
この辺で想像は止しておこう。私は経済について詳しくないし、あまり深く考えると怖い上に、もう私にとっては関係ない事なので忘れ去ってもいい事柄である。
『まあ、税の事は置いておきまして。メルヴィッドの時代は第二次世界大戦真っ只中ですから、非魔法界側に戸籍を持っていたら確実に徴兵されているはずなんですよ』
「そういう事か……しかし、魔法省が召集状を握り潰した可能性もあるだろう」
『別に問いかけは構いませんが、貴方、既に私の言いたい事とやろうとしている事を十割方判った上で訊いていますよね?』
「答え合わせのようなものだ。構わないのならいいだろう、続けろ」
『メルヴィッドがそう仰るのなら続けましょうか。それで、握り潰しですが、流石にそのような乱雑な手段を用いては国中の騒ぎになります。徴兵や配給を行うべき人間がいない、しかも数人ではなく大量に行方が知れないとなれば、露見に繋がる可能性が高まります。魔法界としても、それは困るでしょう』
「露見したなら消せばいい」
『情報を消すんですか、人を殺すんですか、そのどちらも割に合いませんよ。さて、戸籍関係について魔法界の基本方針なんですが、ひとまず、ホグワーツに入学した生徒は休暇中を除き非魔法界の戸籍が一時的に自動抹消されます』
「休暇中は除かれるのか」
『長期休暇中は除外されないと私は日本に帰省出来ませんし、一般生徒も海外旅行が不可能になりますから。メルヴィッドの時代は戦時中なので一般人の海外渡航がほぼ不可能だった事と徴兵回避の為に申請制を取っていたと思いますよ』
魔法界重視のメルヴィッドはあまりそういった点を気にしなかったのか、言われてみればマグルが戦争中だから休暇中は外出を避けろと勧告が出されていたと呟く。
『毎年ホグワーツから卒業生が出ますが、大部分は魔法界の組織に就職します。今更非魔法界の社会に出ろと放り出されても、あの教育方法では土台無理な話ですしね。そうなると非魔法界での戸籍は必要ありません、精々自動車免許の取得や更新程度でしょう』
「しかし、別にあってもいいのだろう?」
『駄目という事はありませんが、人生の大半を魔法界で過ごす事になりますし税金やら年金やらを両世界に納めるのはマネロンのような犯罪目的でもない限り割に合いませんよ。どちらか片方に納税義務を果たしていればもう一方に納税する必要はない、という前提でしたらまた話は変わって来ますが、魔法省は他機関に感知されない完全に独立した一つの組織で世界ですから、有り得ません』
「しているように見せかける、くらいは出来るだろう」
『数人ずつ数年なら兎も角、数万人分を何百年に渡って毎年見逃す程、イギリス人はどうしようもなく愚かなんですか?』
「そこまで馬鹿ではないだろうな」
流石にここで、マグルだから、という言い訳はメルヴィッドも採用しない。否、彼は元々終着点が判っていて言葉遊びをしているだけだ。私と問答する事で自分の考えを整理し直しているに過ぎないのだろう、相手が私という点で効果があるのかは甚だ疑問ではあるが。
兎に角、現代は管理システムの移り変わりが激しく、紙媒体から電子媒体へと変わって行くこれから先は更に激流となる。その度に監査に晒されて尚、複雑な偽装を貫き通せる程、魔法界の力は強くないのだ。
だから、金銭を入れた入れないの偽装をするくらいならば、いっその事大元から絶ってしまった方が早い。一括りの札束の方が一つの戸籍よりも価値がある分、目が厳しい。
「徐々に雲を掴むような言葉になって来たな」
『では、別方向から簡潔な言葉に直しましょう。非魔法界に戸籍があるままだと、ダンブルドアを始めとした超高齢な魔法使い達の処遇も困ります。故に非魔法界に魔法使いの戸籍は存在しない可能性が非常に高いんです』
「成程、簡潔だ」
最初からそう言えばいいのに、と視線だけでメルヴィッドが語ったが、私としては高齢なだけならば兎も角、超高齢な魔法使いは極稀な存在なのでその辺りから揚げ足を取られて会話が面倒臭くなるのを予想しての事だった。
軽く息を吐いて思考を切り替える。この話は割とどうでもいい部類なのだ、本来話し合うべき話題はメルヴィッドの戸籍をどうやって作るのか、だったはずだ。
『それで、ですね。戸籍作成の手順と致しましては、まず魔法界でメルヴィッドの戸籍を偽造します、これは専用紙さえ手に入れる事が出来れば簡単なので問題にもなりません。その後は、まあ、法的手段に則るだけなので言わなくても解るでしょう』
「魔法界側からマグルの戸籍を取れるよう申請し、その戸籍で養子縁組か。少々手間だな、マグルの方に直接手を加える方法もあるだろう?」
『メルヴィッド、貴方、養子縁組の基本的な事も知らなかった爺に非魔法界の公的書類を偽造しろと仰るのですか? 幾らイギリスの書類管理が緩いとはいっても戸籍管理を任されている身分登録機関が何処にあるのかすら知らないのではお話にもならないのですよ? 何に気を付ければ足が付かないのかすら判っていないのですよ?』
「落ち着け、判ったから今にも血涙を流しそうな表情で静かに力説してくれるな」
手の平で私を制したメルヴィッドはそう言って視線を逸らした。逸らされる前の瞳に映った私は、彼の言う通り今にも血涙を流さんばかりの表情であった。
半透明なこんな物に迫られるとはさぞ心理的に圧迫された事だろう、と完全に他人事の思考で同情しておく。今日の私は現実逃避が多い。
「結果が同じならば、遠回りだろうがお前のやりやすいようにやればいい。どの道、私自身が動くよりは都合がいいだろう」
『確かにこの体の事もありますし、正規の書類申請のような雑事にしても慣れた私の方が適任でしょうが。何というか、今更になって計り知れない不安が』
「腹を括れ、そもそも私をけしかけたのはお前だ」
『そ、う言われると、括らざるを得ません』
「では決まりだ」
何とか纏まったな、とメルヴィッドも息を吐き、肩の力を少し抜いた。彼の中でも当面の問題は解決したのだろう。
髪を掻きあげて赤い瞳が一度、外の景色に向けられる。防衛呪文のお陰で、この場所だけが静かだった。
「残った時間で何をするつもりなんだ」
『息子にはクリスマスが近付いた頃に時限式の魔法を掛ければ終わりですから、猶予期間は夫妻の為の下準備と、また地味に情報収集をするつもりです。闇の陣営に関する裁判の傍聴記録と神秘部の予言は最低限入手しておきたい情報ですし、出来る事ならば魔法界で発行されたメディアにも目を通したいので』
「確かに情報は何よりも重要な材料だ。魔法省に侵入するならば、前者は認識されないお前の方が適任だな。後者は私がやろう、後々必要なアリバイになる」
『アリバイですか?』
「お前のように、単に設定を加えるだけだ」
弱った獲物を前にした蛇のように笑うメルヴィッドは、私の揚げ足を取る時とはまた違った楽しみがあるのだと無言で告げていた。
『後学の為に、教えて頂いても宜しいでしょうか』
「何、・という人間に罪を着せて周囲を欺くだけだ」
反射的に文句を言ってしまいそうになったが、言い方に引っかかりを感じて開きかけた口を噤む。メルヴィッドの目の奥にある感情が私を試していることを明確に示していた。ここで反論の態度を取るのは、正解でない。
『U.N.オーエン……そして誰もいなくなった。私ではないを人為的に作成する、といった所ですか』
「脚本に手を加えよう、私は死なない元判事役、お前は死ねない医師の役、とでも返しておこうか。詩的な表現だが、爺という事を考慮して及第点をくれてやろう」
『10人ではなく右も左も裁かれなかった犯罪者で溢れていますよ。しかし、メルヴィッドがクリスティをご存知だったとは、少々意外です』
「有名所だからな。ホグワーツ入学前に読んだから知っているだけだ、ミステリーなど下らないという考えは今も昔も変わらない」
『ミステリーにファンタジーが絡んだら、ただのホラーになりますからね。今回や、これからの起きる事件のように』
「起きるではなく、起こすのだろう?」
長い足は組まれ、美しい目が私を正面から見下ろす。ハリーの事で離脱の機会が失われた事もあるがお前にばかり振り回されるのも面白くないからな、とメルヴィッドが笑いながら告げる。
「気に食わないか?」
『まさか、怒る要素が何処にあるのか判りません。存在しない明確な悪役を作る、というだけでしょう。ハリーの体を持った私がそれに依る被害を受ける可能性も低いでしょうし、賛同します』
「そう来るだろうと思っていた」
『となると、後ろで糸を引いていることを印象付ける為にもハリーがと接触した事実を付加した方が何かと都合がいいですね。まあ、事実私自身と接触したので嘘ではありませんが』
「民族衣装を着たアジア系の女、辺りが妥当か」
『ハリーの受けた第一印象はその通りでしたから、誤情報ではないというのがまた相手の混乱を招きますね。メルヴィッドは性格的に考えての事を多少調べるでしょうから、黒い着物の日本人男性、辺りですか』
「男性ではなく老人だ、事実だろう?」
『それはもう間違いなく。枯れ切った爺ですとも』
要は私ではない私こと、第三勢力を匂わせた黒いアジア人達がメルヴィッドとハリーの背後で暗躍している風に印象付け、ダンブルドアとヴォルデモートを振り回そうという魂胆らしい。
しかし、振り回し過ぎるとボロが出る、この辺りの細かい調整は私には無理なので、提案をしたメルヴィッドに一任しよう。その考えが雰囲気で伝わったのか、メルヴィッドも何も言わない私に対して、お前は間抜けだからそれがいいと同意を示した。
「必要書類が揃ったら私もすぐに動く、クリスマス前に動く予定ならば12月半ばまでは余計な事をせずに情報収集だけに徹しろ。連絡もこちらから直接出向いて寄越す」
『判りました。私の方は基本的に平日は深夜に動く予定なので、メルヴィッドがお出でになるのは朝方と思って大丈夫ですよね』
「大体今朝くらいだと思っておけばいい。耳元で声がしても顔に出すなよ」
要約すると反論せず黙って聞けという事だろうが、しかしこれには反対しておいた方がいいだろう。私は協力者であって、下僕であるつもりはない。
『内容に納得行かない場合はその場で意見を言わせていただきますよ?』
「周囲に変人として見られるぞ」
『寧ろこのハリーを見て、まともと判断する方が異常ですよ』
「……それもそうだな」
赤い瞳が透明マントの下の、相変わらず痩せ細ったハリーの体を見つめ、哀れみの感情を目尻に宿した。先程は軽口で人でなしと言ったが、本当に彼は一度入れ込むと情に厚い。反面、どうでもいいと分類したものに対しては冷淡なのだが。
そこで、ふと思いついた。本当にどうでもいい事なのだが、今のこの雰囲気の中で尋ねたら怒られるだろうか。思いつつも、既に思ったことは口に出ていた。
『そういえば、リリー・ポッターが男性と面会謝絶になっている事に関しては疑問に思わなかったみたいですね。ああいった精神破壊にまで及ぶ性的拷問も、闇の陣営的には許容範囲内なんですか?』
「お前は闇の陣営を何だと思っているんだ? 確かにマグルを嫌悪しているが、そんなやり方は一度として指示をしていないし、認めてもいない」
『まあ、貴方は紳士なのでそうだとは思っていましたが。しかしそうなると、貴方の将来が部下の手綱を取れていない事に不安を覚えます』
「手綱が取れていないのはあの老害だ。私を同類として見るな」
『いえ、そうは見ていません。ただ、主の命令を無視する暴走馬さながらの死喰い人の生き残りが偶然メルヴィッドを見かけた時の反応を思うと、言い表せない不安が』
「それならば問題ない。どうせ他人と振り分けられる」
私の言葉を遮ったメルヴィッドは、また蛇のように笑いながら、しかしそれ以上は両手の平を軽く上げるだけで何も言おうとしなかった。
お楽しみはもう少し先、という事らしい。
勿論、それが本当に楽しいかどうかは別として。