曖昧トルマリン

graytourmaline

魔法使い、四海竜王に鉄拳制裁を決行する

 掃除している自分の背中を不機嫌全開で睨んでいる視線。
 振り向かなくてもそんなもの誰から発せられているものなのかすぐに判る。
 判るからこそ無視、そして彼はまた不機嫌になっていく。
 この場に竜堂家の三男坊でもいたら、迷う事なく逃げるのであろうが幸い彼は既に学校へ行ってここにはいない。
 また末っ子であれば何かとフォローに回ったりするのだが、不幸な事に彼も既に学校の授業に出ている。
 ちなみに今回の場合、彼の窘め役たる長男は当てにならない。というのも、どうやら彼が怒っている原因がその長男にあるようなので。
「……なあ、続」
「……」
 試しに話しかけてみるがまるで無視。
 拗ねている子供の反応なのでも気には止めない。
 なので掃除を続行。
「……」
「……」
 お互いに沈黙。
 続の沈黙がピリピリしだしたのでお茶でもいれ直そうかとリビングを出る。すると、何故か続も付いてくる。
 キッチンでお湯が沸くのを待っている間も、自分の席に陣取ってその背中を無言で見つめていた。親離れしていない鳥の雛みたいて可愛らしいな、とは思った。
 もちろん、思っただけだが。代わりに口にした言葉はというと、
「なあ、続。そんな顔ばかりしていると折角の綺麗な顔が台無しだぞ」
「だから何で貴方はそうなんですか」
 あまり、代わりになるような言葉でもなかった。
「いや、元が綺麗だから怒った顔や呆れた顔も綺麗だとは思うんだが」
「そういう下らない事は女性に言って下さい、女性に」
「素直な感想を述べただけだが?」
の場合は素直過ぎるのも問題です」
「そういうものなのか、難しいな」
「ああもう本当に意思の疎通がはかれない」
 珍しく愚痴を零す続には目もくれず、は普通に沸騰したお湯をティーポットに移し、普通に紅茶を蒸らしていた。
 戸棚から茶菓子を取り出し、続の目の前に置いておく。
 透き通った紅色の液体が二つのティーカップに注がれた後、片方を続の目の前に差し出し、もう片方を自分が使っている椅子の前に置いた。
「それで、何を拗ねていたんだ?」
「別に拗ねてません」
「おれが始くんと外に出るというのを気にしていたようだが」
「貴方って人は……そこまで判っていて、何でさっきみたいな台詞を吐くんですか」
「……すまない、気付かなかった」
 沈黙の後、静かな音を立ててカップが受け皿へと戻された。
 真摯な面持ちで続を見据えた黒い瞳の持ち主は手元の湯気をじっと見つめながら、少し後悔したような口調で呟く。
「始くんを横取りされたみたいで嫌だったんだな」
「見当外れの見解をありがとうございます!」
 力一杯否定した続に、キョトンとした表情では首を傾げて見せた。
「なんだ、違うのか?」
の恐い所はそれを冗談ではなく本気で言っているという所ですね」
 目に見えるほど肩を落として大きな溜め息を吐き出す続の姿を見て、は困った様子で頬杖を付く。開いた方の手でポスポスと目の前の頭を撫でてみた。
 続は一度顔を上げ目の前の男性に微笑まれると、また俯き、肩を落として大きな溜め息を吐きだす。
「本気だから、こちらも怒るに怒れないんですよ」
「……続」
「機嫌が悪かったのは貴方を兄さんに取られたみたいで、それが嫌だっただけです」
 はそう言えばと昨日の続と茉理の会話を思い出し、更に朝食の席で自分が席を外した瞬間長男と次男が大気が軋む程の威圧感を発していた事を思い出した。
 前者はともかく、後者は自分に関係ない事だと割り切っていたが、どうやらそうでもないらしい。さぞ弟たちは困っていただろうと推測される、特に三男あたりが。
 下の二人には後で詫びを入れようと決心して、とりあえず目の前にいる上の二人のうちの片方をどうにかするべく彼は椅子から立上がり、彼の脳天へ鉄拳制裁をした。
 無論、そんな事をしても痛いのはの拳の方だが、とりあえず続は今の行動に驚いた様なので彼の中では良しとする。
「だったら黙ってむくれていないで、一緒に出かければいいだけの話じゃないか」
「……え?」
「それとも明日は忙しいのか?」
「いえ、空いていますけど……いいんですか、一緒に行って」
「構わないんじゃないか? 今朝始くんと話した時にはこの辺りや街の方を案内するような口振りだったし、別に続が一緒に居て困る事でもないだろう」
「まあ、確かにそうですけど」
 きっと兄さんは違うと思います、とは続けず言葉を濁す。
 朝食の席で何年ぶりかになる伯仲ガチンコ対決を知る由もないと思い込んでいる続はその時の兄との無言の会話を思い出した。
 ……全身で邪魔をするなと言っていた気がする。
「でもそう言われると邪魔をしたくなるんですよ」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
 何もという割には先程に比べて随分上機嫌になっている続に対して、は無言で茶菓子を摘みながらふと時計を見上げた。
「ところで続」
「はい、なんですか?」
「時間は大丈夫なのか」
 その言葉を発した瞬間、目の前の青年の上半身が回転して壁の時計を確認。続いて腕の時計を確認したかと思うと、もの凄い早さでキッチンを退出、いってきますという声と共に竜堂家の次男は登校して行った。
 そんな続の一連の行動を目の当たりにしても、穏やかにいってらっしゃいと呟いたはカップのお茶をすべて飲み干してから席を立つだけ。
「さて、掃除の続きでもするか」
 流し台に二人分のティ-カップを運び、水を張るとそのままキッチンを出て行く。
 続は余程慌てて出て行ったのか、先程よりも少し散らかっているように見えるリビングで掃除を再開させたは、ふと思い出した様にポツリと呟いた。
「……それにしても、面白いなあ」
 それが何に対しての言葉だったのかは、本人のみぞ知る。