曖昧トルマリン

graytourmaline

魔法使い、四海竜王の陰謀を知りつつも流す

「……大体の経緯はわかったわ」
 の淹れたお茶を静かに飲みながら、続はリビングで昨夜からの出来事を簡潔に話した。といっても、そう大した事ではないのだが。
「つまりさんは異世界の魔法使いで、満月の日に帰るまでここで預かることを始さんが決定したのね。それで、あの人にオトされた続さんは邪魔な三人をさっさと学校に追い出して、二人きりの時間を今まで過ごしてきた、という事ね」
「茉理ちゃん。若干ニュアンスが異なっている気がしてならないのはぼくの気のせいなんでしょうか?」
「気のせいよ」
 の経緯よりも続と彼の関係のほうに重点が置かれた会話に、流石の続もかなり複雑な心境で突っ込みをいれた。
 しかし、茉理はそれを流せという。
「でも間違っていますよ。ぼくが彼にオトされたのは兄さんたちが出て行った後ですから」
「……オトされた自覚はあるのね。というか、それってついさっきって事じゃない」
「ええ、まあ」
 茉理にお茶を出した為、キッチンで再び片付けをしているのがいないのをいい事に、完全に本音を暴露している続に呆れる茉理。
 そんな顔とスタイルはいいが性格に難のある独占欲のかなり強い次男に惚れられたを不憫に思ったのか、隠しようもない溜息が出てしまう。しかし続は気にしてはいない様子。
「とりあえず現状は判ったわ。さんが帰るまでは私はこっちに来なくていいのね」
「いえ、出来るだけ来て下さい」
「だって、私がいると邪魔でしょ?」
「邪魔なんて言っていませんよ。むしろ危険なのは兄さんですから」
 言外に邪魔なのは兄さんなので抑えておいてくださいと言っているも同じなので、茉理は面倒くさそうに首を横に振った。
「人の色恋沙汰に首を突っ込みたくないの。でも、始さんまでさんに気があるの?」
「兄さんの場合は恋愛感情はありませんよ、まだ」
「まだって事は、いつかは?」
「ええ、絶対にオトされます。というよりも、がオトします。無意識に、一瞬で」
「……タラシなのね。しかも無意識っていうのがかなり手に負えないわ」
 とてつもなく不名誉なレッテルを張られているは、それでもキッチンで洗い物に勤しんでいる。二人の会話は続いた。
「そうね、大体の事情は飲み込めたわ。じゃあ、私は元の世界に帰るまでこっちには来ない事にする、面倒なことになりそうだしね。始さんは自分でどうにかしなさい、続さんのお兄さんでしょう」
「一応ぼくの認識としては茉理ちゃんは兄さんとくっつくと思っているんですが。いいんですか、浮気の範囲内だと思いますけれど」
「そりゃあ私だって始さんとくっつきたいわよ」
 低く、唸るように返答した茉理は、思い切り息を吸い込んで捲くし立てた。
「でもね! 私だって少しは夢を見ていたいお年頃なんだがら、気があるならデートの一つも誘って欲しいの! 私からでもなく、合コンで出会う他の男でもなく、始さんから!」
「……兄さんにそう言う事を求めるのは間違っていると思いますよ。精々思いつきで映画館に行ったり食事に行ったりするのが関の山でしょう」
「だから言ってるじゃない。私は夢を見ていたいの、もう少ししたら現実を見るようにするわ。それとさん相手なら浮気も構わないわよ、始さん落とされても行動できないでしょうから」
「まあ、それもそうですね」
 将来嫁となる従姉妹と腹心と思われていた弟からこんな扱いを受けているとは露知らず、竜堂家家長は今の時刻、学院の教壇で真面目に世界史を教えていた。
「それじゃあ私はさんに一言言ってから帰るわね」
「余計なことは吹き込まないで下さいよ?」
「この期に及んで何を吹き込むって言うのよ。続さんの口の悪さと過激な性格を普通に受け入れて、竜に変身するのを流した人なのに」
 確かに、それもそうだと続は浮かせていた腰を元に戻し、すっかり冷めてしまったお茶を啜った。紅茶も美味しかったが、日本茶を入れるのも上手いらしい。
「それじゃあ、私のこと始さんと終くんと余くんによろしく言っておいてね」
「ええ、わかりました」
 リビングから見送る続に軽く手を振って、キッチンへと姿を現した茉理に気付きは新しくお茶を用意しようとしていた手を止め、もう帰るのかと笑いかけた。
「ええ。あの、さっきはすいませんでした」
「ああ、あれはもういいから」
 そう言って、少し腰をかがめ茉理の頭を撫でる。
 一瞬で、茉理の顔面が赤くなった。
「そ、それじゃあ私はこれで!」
「そうか……まだ明るいが、帰り道には気をつけて。茉理ちゃん美人だから」
「ありがとうございます!」
 慌しくキッチンから出た茉理は、そのまま一直線に玄関へと走り、心臓を押さえた。
「た、確かに彼は厄介だわ。無自覚で天然のタラシなんて!」
 笑顔だけで危うくオトされる所だった、と安堵して靴を履くと彼の居るうちは二度とこの敷居を跨ぐものかと心に固く決意し、茉理は鳥羽家へと帰っていった。
 一方、キッチンに一人残されたは湯気の立つ急須を前に首を傾げ、新しく淹れたお茶に向かってまた独り言を呟いていた。
「今更だが、結局おれはリビングへ出て行くべきだったのか?」
 もう蒸らしもいいかな、と面倒なので急須ごとリビングへ運ぼうとするは先程のリビングでの二人を思い出し、更に呟く。
「それにしても割と腹黒い会話だったな。まあ未成年だから、うちのに比べると二人とも可愛いものだが」
 やはり二人の霊力は思い切り漏れていたようで、今までの会話は筒抜けているのだった。