曖昧トルマリン

graytourmaline

魔法使い、四海竜王の従姉妹に凹まされる

 昼食を黙々と食べている目の前の男に、は表情は変えずに溜息を漏らした。
 彼の機嫌が悪いのは、非常に子供っぽい理由で、ゲームに一勝も出来なかったからである。確かに全戦全敗なんて結果になれば機嫌ぐらい悪くなるだろうとは思うが。
 かといって、わざと負ければ絶対に気付かれるし、僅差で負けるという芸当は常に格上とゲームをしていたに出来る技ではない。
「続、拗ねるか食べるかどちらかにしてくれ。暴食は体を壊す」
「そんなヤワな胃じゃありません」
 完全に拗ねている続に、最早溜息しか出てこない。
 そういえばこの位の年の子を相手にするのは初めてだな、と現実逃避まで始めてしまう。
「でも、体に良くない」
「……」
「な?」
 相手が二十歳間近の青年だろうが、神様だろうが、竜王様だろうが、は続を完全に子ども扱いしている。それについては、別に続も嫌ではなかったのですんなりと受け入れていた。ただし。
。くどいかもしれませんが、貴方は本当に三十を越しているんですか?」
「そんなに信じられないか」
「いえ、の言葉を信じたいのは山々なんですが」
 どうやっても、続には目の前の男が自分よりも一回り以上年上に見えないのだ。言動はともかく、顔が。
 ついでに仕草が女性的な所為で同性なのかどうかも時折疑わしくなる。特に、今のように覗き込むように顔を合わせられ、微笑しながら小首を傾げられると。
 そういえば、さっき自分はそれで彼にオトされたんだと妙な回想もしてみた。
「続?」
「いえ、もういいんです。大人気なくてすいません」
「……あのな、続。おれは別にその事については気にしていないぞ?」
 朝食の時とは違い、正面に座っているは続の頬に触れ、親指が目元をなぞる。
 驚いて顔を上げる続を気にした様子もなく、は心配しているような瞳と呆れたような表情で口を開いた。
「ただ、いくら丈夫だと言っても、暴食が体に悪いという事に変わりはないんだ。今まで生きてきた中で、一度も体調を崩さなかったという訳ではないんだろう?」
「ええ、まあ」
「機嫌が悪くなる事なんて誰にでもあるし、それはすぐに治る。けれど体調はそうはいかない、自分の意思だけで治す事は出来ないんだ」
 頬に触れていた手がゆっくりと離れる。呆然としている続を他所に、食べかけの昼食を置いたままは立ち上がりキッチンから出て行こうとする。
 慌てて続も何事かと腰を浮かせた。
「別に座っていてもいいぞ。迎えに行くだけだから」
「迎えに行くって、誰をです?」
「多分、従姉妹の茉理ちゃんという子だろう」
「え?」
 キッチンのドアを開ける音と同時に、玄関の方からこんにちはーと元気の良い女性の声がしてきた。首を傾げそうになった続だったが、そういえばは霊力の把握が出来ると聞いたので、きっと今回もそれだろうと納得する。
「あ、続さん……じゃない?」
 一方玄関ではボーイ・ミーツ・ガールが起きていた。一方がボーイという年齢ではないが、外見がボーイなのでその辺りの疑問は不問とする。
 大荷物を抱え、靴を脱ぎながら家に上がりこもうとしていた少女の見上げた先には、その見知らぬボーイが立っていた。
 一瞬、家を間違えたかと思ったが、そんなはずはない。よくよく見てみると、その人物は見知ったパーカーを着ていた。彼女が、何度か洗濯をした覚えのあるものだ。
「初めまして」
「ええと、こちらこそ。初めまして、鳥羽茉理です」
 落ち着いた物腰で綺麗な顔立ちをした人だな、と思うと同時に、流石続さんは目が高いわね、とも賞賛する。
「すみません茉理ちゃん。これにはちょっと事情があって」
「ううん、気にしてないわ。でも私だって女なんだから、きちんと連絡してくれれば、気を利かせて今日は来なかったのに」
「……え?」
 明らかに勘違いしている茉理の発言に、続は慌てての方を振り返った。
 彼は、彼女に自分がどう映ったのか理解してしまったようで目に見えて凹んでいた。茉理は続の方を見ているのでまだ気付いていない。
「茉理ちゃん。違うんです」
「綺麗で優しそうな子ね、それに二人とも凄くお似合いよ。やっぱり何だかんだ言っても世話好きな続さんには年下の女の子が似合ってると思うわ」
「いえ、だから違うんです」
「あら、照れ隠しなんてしなくていいのに」
「違います」
 がっしりと茉理の肩を掴み、項垂れている続は、茉理に年下の女の子と追い討ちをかけられて完全に沈んでいるに申し訳なく思った。
「茉理ちゃん、彼はといいます。名前から判るように、男性です」
「お、男の人!? 本当に!?」
「それと年齢ですが、彼はぼくらより一回り以上年上です」
「……信じられない」
「ぼくもそう思いました。でも現実はそうなんです」
 なんとか気力で立ち直ろうとしているに突き刺さる二人の言葉。
 悪気のない分、それは非常に痛かった。
「……、あまり大丈夫ではないと思いますけれど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……多分」
 精神的に刺殺の一歩手前まで来て涙腺が緩んでいるらしいは、目元を押さえながら壁伝いになんとか立ち上がっていた。
 ショックの大きさとしては、きっと昨夜の竜堂家の食事事情と同じくらいの大きさだろう。最早異世界へとやってきて、着地地点が竜王の住処とかそういう事は彼の中では些細な出来事となっていた。
「取りあえず上がってください。詳しいことは中で話しますから」
 まだ完全に立ち直れていないを片腕で支え、もう片方の腕で茉理の持ってきた荷物を持ちながら続はキッチンへと歩いていく。
 後に続いた茉理は、とても微妙は瞳をしてそんな二人を眺めていた。