魔法使い、四海竜王を構うも凹ませる
現在竜堂家には二人の男しか存在していない。視線の主が自分であるはずはないので、彼はもう一人の方を振り向いて首を傾げる。
そして気付く。
「すまない、もう少し待ってくれ。掃除が終わったら構ってやるから」
「そんな事をしていたら皆帰ってきてしまいます」
猫だと思っていた彼はどうやら犬だったらしく、今や完全に自分の気持ちに素直になりリビングのソファの上で全力で構えと主張する続にどうしたものかと反対側に首を傾げた。
「それに洗い物が終るまでとは言いましたから」
「洗濯が終わるまで待っていてくれてありがとう。できればトイレや風呂まで含めた掃除が終るまで待って欲しい」
「嫌です。というか、無理です」
独占欲の塊のような続には仕方なく掃除機のありかを尋ねるのを断念した。
彼は基本的に年齢差のある者からの我侭や押しに非常に弱い。裏を返せば、年齢が近いほど我侭を受け付けないということなので、彼と同居している旧友たちは大抵我侭を聞いて貰えなかったりもするのだが、そんな事を続は知る由もない。
「それに今日は茉理ちゃんが来ます」
「だからといって居候のおれが家事を何もやらないのは良くない」
「なら掃除は明日でいいでしょう」
「そういった考えはあまり歓迎しないのだが」
しかし、それなりに家事の出来る続がしきりにそう言うので、は説得を諦める。何せ洗剤の位置やらハンガーの場所やらを全て教えてくれたのはこの次男だ、彼が居なければ竜堂家の何処に何があるのか判らない。
多分炊事以外なら一人暮らしが出来るんじゃないかとは思った。
「続くんは頑張っているな」
「……」
いい子いい子とでも言うように続の頭を撫でるの姿は、普段の竜堂続を知る者から見たらかなりのホラーだった。
事実、頭を撫でられている続はもの凄い不満げな形相でを見上げ、それに絶対に気付いているはというと笑顔でサラッとその視線を流していた。
これが年の功というものなのだろうか。
「『続』」
「え?」
「くん付けは必要ありません。ぼくも呼び捨てていますから」
「続?」
「ええ」
少し機嫌が戻ったらしい青年に、割と単純なんだなとは思った。無論、思っただけで口や表情には出さなかったが。
霊力を把握され、心を読まれていたら最悪殺されていたかもしれないので。
「ところで続、構うと言ったはいいが、おれは何をすればいいんだ?」
「……では逆に聞きますけれど、ぼくに構うと言った時、何をする気だったんですか?」
「将棋か碁かチェスかオセロ。もしくは昼寝」
「全部ボードゲームじゃないですか。あと昼寝は却下します」
将棋や碁盤は探せばあるかもしれないが、チェス盤などという洒落た物はこの家にないのに、一体どこからボードを持ってくるのか、と訊ねようとして、彼は魔法使いだという事を思い出した。
「思考遊戯か他愛ない話をする時はボードゲームが楽だ、勝敗に拘らなければ考えなくても手が動く。カードゲームは相手との騙し合いだから頭を使う上に、初対面の人間と遊ぶと人間関係が悪化する」
「それでなくても二人でカードゲームという選択肢は虚しいですよ」
「花札は割と楽しいぞ? 百人一首に至っては戦争だ」
「、本当にイギリスに留学していたんですか? 貴方の思考というか常識は完全に純正の日本人なんですが。いえ、むしろ今を生きる日本人の大多数は花札や百人一首の前にまずトランプと言います」
異世界から来た所為なのか、はたまたの価値観が少しおかしいのか(昨夜から今朝までの経験からして後者と思われる)どこか天然の入っている男に、続はかなり深い溜息を吐き出した。
「留学といってもイギリスに居るのはここ1年と、11歳からの7年間だけだ。それ以外はずっと日本にいた」
「ぼくが言うのも何ですけれど、それでもその思考回路はあまり普通ではありません。もしかして箱入り息子ですか?」
「そのようなものだ。世間からズレている自覚はある」
勝手にチェスボードをテーブルの上に用意したは、駒を魔法で出現させる。
「そうだ。普通のチェスと、魔法界のチェス、どちらにする?」
「どう違うんですか?」
「ルールは同じだ、ただ魔法界のは駒が喋るから喧しいし駒が駒を破壊するから下品だ。おれは好きではない、多分続との相性も悪いと思う」
「……ま、一度その魔法界のチェスをやってみますよ。気に入らなかったら普通のチェスに変えればいいだけですから」
軽くそう言って、は、ボードは壊すなよと妙な忠告をして駒を杖で叩いた。
すると今まで普通の駒だったものが、急にもぞもぞと動き始め、口々に喋り始めた。魔法を使っては相当長い間動かしていなかったらしく、は駒から悪態を付かれていた。
「」
「気にするな、始めるぞ」
そして、十五分後。
見事に続は口を噤み、怒りに肩を震わせていた。対照的に、はお茶菓子を口に含み、優雅にコーヒーを飲んでいる。
形勢は明らかにの方が有利でチェックメイト間近、だがそんな事は気にしない。続は自分が不利になっているから怒っているわけではない。
「ビショップを」
『嫌だよ! あそこのナイトを動かして!』
『おれはどこ動かしたって一緒だろう! それよりまずポーンをどうにかしろよ!』
『なんでいつもぼくたちばっかりこんな目にあうんだよ! ビショップどうにかして!』
「……」
「だから言っただろう、多分続とは相性が悪いと」
「悪いどころじゃありませんよ、最悪です」
駒は続が一言動かそうとする度に文句を言い、駒同士がぶつかり合うと壊しあいが発生して破片が散らばる。も駒には散々悪口を言われているが、続ほどではなかった。
「とりあえず駒を動かすか降参してくれ、あと9手で詰める」
「……詰めるんですか?」
「ああ、詰める」
「……降参します」
コトン、とキングを指先で弾くとの陣地から歓声が上がるが、彼はそれについて得に気にした様子もなく静かになったところでまた杖を振る。
するとテーブルの上に散らばっていた破片は元の駒に戻り、喧しかった動く駒は普通の駒に戻っていた。こっちの方が落ち着く、と彼は言う。
「強いんですね。チェス」
「家の者に鍛えられたからな、こういうのは得意だ。もう一局打つか?」
「ええ、勿論」
今度は負けませんよ、と宣戦布告する続にお手柔らかにとでも言うように微笑んだは手に取った駒を進めるのだった。
「……」
「……」
「……」
「何だ?」
2時間後。
「少し手加減してください」
「これ以上ハンデを付けると対戦じゃなく指導になる」
「……」
「そう拗ねるな」
「拗ねてませんよ!」
「頭に血を上らせると冷静な判断が出来なくなってまた負けるぞ?」
「貴方って人は……!」
全戦全敗して拗ねる続と、いい加減勝ちっぱなしのゲームに飽きたがいた。