魔法使い、四海竜王の前で半裸となる
「こちらに来てまで、同性に怒られるとは思ってもみなかったな」
目の前で半裸になっている男性に対し、青年は顔を赤くしてかなり大声で怒鳴っていた。
竜堂家が普通の団地サイズの家だったら、今頃近所から苦情が来ているだろう。
「という事は、向こうでも同じようなことがあったんですか?」
「ああ、学生の頃だが予告もなく目の前で着替えるなと怒鳴られた」
「そりゃあ、怒鳴られますよ」
続はその言葉を重く受け止めて、目の前で着替えを始められたその人間に同情した。
何故か、そう何故なのか、の着替えは目に毒だった。というよりも、服を脱ぐ仕種、そして半裸が目に毒だった。
全裸や水着姿ならきっと耐えられるだろうに、何故か半裸が駄目だった。
もしかしたら、ただ単に個人の趣味や嗜好なだけなのかもしれないが。
「何故だ?」
「いや、何故って」
鏡の前に立ってみてくださいと言ってもきっとは気付かないと思うので、続はどうしようかと彼を直視しないように気をつけながら言葉を選んでいた。
「服を着ていれば脱がそうとする輩もいれば、脱ぎかけていると踵を返す奴もいた。一体何がしたいのかよく判らん、判りたくもないがな」
「脱がそうとするって……大丈夫だったんですか?」
向こうの世界がどうなっているのかは判らないが、はイギリスに留学していたというので恐らく寮生だろう。そんな中でよく彼が何事もなく学校生活を送れたなと、過去の事だが続は心配になった。
はというと、とても懐かしそうな瞳をして、綺麗な笑みを浮かべながらこう言う。
「別にこれといって、やましいことはされなかったな。向かってくる不埒な輩は全員殴り飛ばしてヤキを入れた後、城の屋上から一晩吊るしたから」
「……は!?」
結構間を空けて、続はの懐かしい学生生活の思い出に疑問の声を上げた。
多分、彼は普通の人間だ。魔法使いで霊感があるということ以外これといった特殊な能力があるわけでもなさそうだ。だというのに。
「殴ってヤキ入れて吊るしたんですか?」
「懐かしい思い出だ。特に下着を盗んだ奴は性質が悪くてよく半殺しにしたが、中々反省しなかった。いや、今もしていないか」
「あの、ちなみに魔法は?」
「魔法を唱えていると隙が生じるから、物理的に始末していた。魔法を使って相手を倒すよりもコレを使ったほうが確実に仕留められる自信はある」
一番は両者の合せ技だがと、どこからか取り出した日本刀片手に語るその正しさは続は素直に認めた、が、何かが違う。
「、貴方本当に魔法使いですか?」
「不本意だがれっきとした魔法使いだ。そうか、続くんはおれが魔法を使うところを見ていないから信じられないのか」
「いえ、そうではりませんが」
言い澱んだ続に、何が言いたいのか理解できたらしいは微かに笑った後、獣のような目付きをして口元を隠した。
視線を逸らしている続にも、彼の纏う雰囲気が変わったことに気付く。
「生死を賭けた殺し合いには卑怯も糞もない。魔法使いの多くは後衛だ、単体では前衛相手に生き残ることは難しい」
「……、貴方は」
「武道を叩き込んで貰った師の請け売りだ」
職務上危険な所にはしょっちゅう出入りしていたからな、と続け、だから自分の身は自分で守れないと話にならないんだと言った。
「平和な中での魔法は役に立つが、緊急事態に陥った場合がどうも頼りない。隙が大きい上に、杖を持っていないと大半の魔法が使えないという難点もある。しかし、魔法界ではあまり歓迎された意見でないな」
尤も、それが魔法使いたちの弱みになる日が来ようともおれには関係のない事だ。と締め、は纏っていた空気をいつものものに変化させる。
「そういえば、始くんが言っていたおれに話さなければいけない事とは?」
「ああ……その事ですか」
がどのような思考の持ち主か知り、思い込みだった後衛から現実的な前衛に転身して微妙な気分に浸っていた続は、やっとその事を思い出して説明をし始める。
「ぼくらの前世が竜王というのは既に御存知だとは思うんですが、それが原因で普通の人間よりちょっと身体的能力が優れているんです」
「具体的にはどのくらい?」
「そうですね……戦車くらいなら片手で持ち上げて放り投げる事ができますよ。銃で撃たれたくらいでは死にませんし、死に瀕する事が起こると竜身に変化します」
「そうか。それで?」
驚く事なく言葉を受け入れたに、続はまた微妙な気分に浸りながら説明を続けた。
「問題なのは、ぼくらの血をめぐって子悪党がウロチョロしている事なんです」
「判った。おれが続くんたちの弱みにならないようにすればいいんだな」
「いえ、ぼくが言いたいのはそうではなくて。もし脅迫材料として拉致された時には混乱せずにぼくらが救出しに行くまで待っていて下さいと言いたかったんです」
「……最大限努力はする」
前半の間に手を出して事態を悪化させないようという言葉が入っている事に気付き、思わず続の表情が綻ぶ。逆に、前衛として常日頃から鍛えているは大人しく待つのかと、かなり渋い顔をしている。
住む場所を与えて貰ったのに、そんな恩を仇で返すような事をしたくはないのだろう。
「もしも、ですけれど。拉致されたらその後の判断は任せますよ、子供でもありませんし、実戦経験があるようですから。取りあえず無事で居てください、多分余くんなら貴方の場所が判ると思うので迎えに行きます」
「判った。場合によっては帰ってくるかもしれないが」
先程よりも大分楽な表情でこくりと頷いたに、不逞な輩ですから手加減しなくていいですからねと続が過激な念を押しておく。
それに対しても、は子供のようにコクンと頷いた。
「ところで、一つお願いがあるんですけれど」
「どうした?」
「あのですね、ぼくと話し始めてから完全に貴方の手が止まっているんです。そろそろ着替えを終わらせて欲しいんですけれど」
「ああ、すまなかったな」
別に同性だから気にしないのに、と呟きながらは続の服に腕を通し始めた。
やっと続は、正面からを見る事ができたのだった。