魔法使い、四海竜王を一匹オトす
兄と弟二人が家を出た後、律儀に見送りをした相手に、続はそう言い放った。
そんな彼の態度は少々大人気なくも見えるが、にとってみれば竜堂家一同は皆家主で年下の可愛い坊やという認識なので特に気に留めた様子もなくにっこりと笑うに留まった。
「わかった。じゃあおれは洗い物をしてくるから」
三十路を過ぎた彼にとってみれば、十九や二十歳の青年など、どれだけ威嚇されても可愛いものとしか映らない。多分、彼の瞳には喧嘩腰で突っかかってくる絶世の美青年も顔立ちのいい子猫のように映っているのだろう。ある意味病気だ。
しかし、の場合は美形にもつっかかりにもかなりの耐性がついているので、そういう反応を返すのは尚更だった。
「……」
そんな反応をされて面白くないのは続だ。
彼は自尊心が高く、割と苛めっ子体質のようなので、こうやって自分の発言を普通に流されるととても面白くないのだ。のような反応を返す人間に会った事がなかったので、余計に面白くないらしい。
「別についてこなくてもいいぞ、おれ一人でやれるから」
「そんな事ぼくの勝手でしょう」
「……構って欲しいのか?」
「なんでそうなるんですか!?」
実際はそうなんだが、それを認めたくないのか無意識なのか、続は全力で否定した。
対して、何やら不思議そうに首を傾げるのはだ。続からは明らかに構って欲しいというオーラが漂っているのだが、本人はそれを頑なに否定している。
「難しいお年頃というやつか」
「貴方何わけのわからない事を言って勝手に納得してるんですか!?」
この反応は誰かを彷彿させるな、とは続の言葉を普通に流して自分の世界にいる同居人たちを思い出してみる。
……誰も彼もが言動全力で構って構ってと言って突っ込んでくる記憶しかない。特に犬みたいな元同級生約二名が。
「あ」
「なんですか?」
「いや、なんでもない」
そう言えば一人だけ続みたいなタイプのがいたな、とは納得した。
構え、とボソリと呟いてじっとこっちを見続ける、プライドの高い猫のような人間が。構うと怒るのに構わないと拗ねるのだ。
性格は随分違うみたいだが。
「洗い物が終ったら構ってやるから」
「は!?」
「ああ、でも続くんは始くんに頼まれた事をしないといけないんだったな」
「ちょっと待ってください、」
「なんだ?」
「ぼくが何時、構って欲しいなんて事を言いましたか?」
「自覚がなくて怒る所もよく似ているな」
ふわふわと笑う男に、続の脆い堪忍袋の緒が切れ、無理矢理の肩を掴んでこちらに振り向かせた。力が強過ぎたかもしれない。多分、肩には痣が出来ただろう。
「貴方は!」
「どうした?」
かなり強い力で掴まれているというのに、痛がるどころか柔らかく微笑んで首を傾げる姿を見て、続は思わず言葉を詰まらせる。
「なんでも、ありません」
流石に大人気ないことに気付いたのか、の肩を離してバツの悪そうな顔をした。
は足を止めて振り返る。自分より背の高い年下の青年を見上げ、腕を伸ばした。
「怒ってない」
クシャクシャと髪が撫でられる。続は諦念したようだった。
怒るだけ無駄、こういうのを受け入れるのもから見た子供の甲斐性だと言い聞かせる。案外すんなり自己暗示はできた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です……よ」
溜息と共に吐き出された言葉は、言い終える前に詰まってしまう。
続の顔を覗き込むような形でが目の前にいたのだから。
「着替えを用意しておきますから終わったらリビングに来てください!」
「……着替え?」
「今日一日その格好でいるつもりですか!? ぼくの服貸しますよ!」
回れ右をして階段から叫ぶ続に、はそうかと頷いて、ありがとうと言って笑った。続のサイズでも大きいだろうという事は口にしない、幾らマイペースなでもそこまで空気が読めないという事は無かった。
「……ぼくは何を考えているんです」
自室のドアを勢いよく閉め、なぜか鍵までかけた続は一人項垂れ、クローゼットの前で悩んでいた。顔は赤く、心臓が脈打っている。
「彼は一体何者なんです!? 自分がどんな容姿をしているのか自覚を持ってください!」
不本意にも三十路を過ぎた男にオトされた事を自覚したはいいが、プライドが高い所為か八つ当たりを開始する竜堂続、19歳。
家自体は古いが造りがしっかりしており、ほぼ防音の部屋なのでに気付かれないのをいい事に、かなり暴走をしている続だったが、キッチンで洗い物をしていたはちゃんと次男坊の異変に気付いていた。
「普通の人間相手ならこれくらい離れれば気付かないんだが……矢張り竜王の霊力は厄介だな。おれみたいなのが相手だとプライバシーがほとんどなくなる」
まだまだ春真っ盛りの青年から放たれる乱れた霊力が階上からだだ漏れて来るのを感じ、は洗い物をしながら独り言を言っていた。