曖昧トルマリン

graytourmaline

魔法使い、四海竜王の餌付けを遂行する

 翌朝、竜堂家の食卓には見事な人参ホットケーキが鎮座しており、それを朝一番に目撃した竜堂続はとても奇妙な表情をしていた。
 キッチンに立つのは、昨日、家の屋根に大穴を空けて異世界から降ってきた男性。
 その男は、かなり大きめのシャツとズポンを着て、エプロン姿で朝食を作っていた。
「おはよう、続くん」
「おはようございます。どうしたんですか、その格好」
「着るものがなくて始くんから借りたんだが、矢張り可笑しいか」
「……いえ、ただ」
 可笑しいというか、これはアレだ。
 彼氏の家に泊まりこんだ女性の翌朝のスタイルと酷似しているのだ。女顔で華奢な彼の場合それが非常に似合っているのが不幸だった。
 これで三十路を超えているというのだから人類とは偉大である。
「ただ?」
「……なんでもありません」
「そうか」
 続の言葉を大して気にした様子もなく、フライパンの中で綺麗な円形になったホットケーキを大皿に移し、空いた所にオレンジ色の生地を流し込む。
 昨夜の終の要望からか、かなり大量に作られるであろうホットケーキをぼんやりと眺めながら、いつの間にか淹れられている紅茶に手を伸ばす。
 一口飲んで、小さく溜息をつく。どうやら食事に関してに文句を付けると言うのはあまりにも無謀なことだと悟ったようだ。
「おっはよ、! うわ、美味そう!」
「終、摘み食いは禁止だ。それと、その弁当を鞄に入れて来るように」
「弁当まで作ってくれたの!?」
「いつも購買や食堂だと言っていたから作ってみたんだが。必要なかったか?」
「いるいる! 弁当なんて久しぶり!」
 飛び跳ねるようにキッチンから出て行った朝から元気な三男坊の後姿を見送りながら、は着々とホットケーキを作っていく。
 しばらくすると、珍しく寝ぼけていない末弟もキッチンに現れ、朝食と弁当を見て嬉々としてキッチンを出て行く。入れ違いに、始が起きてきた。
「おはよう、二人とも。終と余はなんであんなはしゃいでいるんだ?」
「彼がお弁当を作ったからですよ」
 昨日の今日だというのに既に茉理に次ぐ竜堂家のハウスキーパー状態になりつつあるを指し、続が呆れたように言う。
 逆に、始は感謝しているようだった。
「すいません、弁当まで作ってもらって」
「いや、家に居させてもらっているんだからこれ位は当然だろう。あと敬語も出来れば止めて欲しい、そういうのにはあまり、慣れないんだ」
 それに家事以外には役に立たない、ときっぱり自己評価するに始と続は視線を交わした。一体彼はどんな生活を今まで送ってきたのか、と。
「それは……別に、知る必要もないだろう」
 二人に背を向けていたが突然そう呟き、続が何か言おうとしたが、振り向いた彼が静かに微笑ったので口を噤んだ。
 フライパンの中のホットケーキが、また大皿へ移される。
は……」
! 弁当入れてきた!」
「朝ごはん食べてもいい!?」
 長男の言葉を遮って戻ってきた終と余がに向かってそう叫び、絵に描いたようなホットケーキの前に着席する。
 完全に飼い主からの良しを待っている状態の幼い二人に、年長者三人はそれぞれ複雑そうな顔をして以外は席に着いた。
「あれ、は?」
「これだけの量で満足するなら座ってもいいが」
「しない! あと3枚は焼いて!」
「ぼくもまだ欲しい!」
 マグカップにたっぷりと入ったミルクティーを手渡しながら、ならば先に食べていてくれ、一緒に食べると皆遅刻をする、と柔らかく言い聞かせた。
 その言葉に、二人は大人しく頷いての言葉に従った。
 やがて、四人が朝食をとり始めるとは安心したようにまたコンロのほうを向いてホットケーキを焼き始める。
「そう言えば、続は今日講義はないんだよな」
「ええ」
「じゃあ今日一日だけに付き合ってくれないか」
「……」
 かなり嫌そうに顔を顰める続に、始は一応こっちの事もある程度は教えなきゃいけないだろうと説得体勢に入る。
「今日一日でいいんだ、それにおれたちの事も早めに知ってもらわないと、もし理由もわからずに巻き込まれたら大事になる」
「兄さんがそう言うなら」
 背後で繰り広げられる会話を一向に気にした様子もなく、は出来上がったホットケーキを終の皿の上に乗せていた。
「あまり苛めるなよ」
「年下のぼくに苛められて凹むような人ははっきり言って迷惑なだけです」
「続!」
「話し込んでいる所申し訳ないんだが」
 かなり入りにくい空気にひょこりと割り込んできたはまだ熱い空のフライパン片手に二人を見下ろした。
 はらはらと年下の二人がを見守る中、彼は普通に普通の事を言った。
「早く食べないと冷めるし、始くんは遅刻するんじゃないか?」
 天然発言をかました黒い瞳の持ち主の視線の先には、時計。
 確かに、そろそろ食べ終えないと学校に遅刻する時間だ。現に目の前の弟たちは慌ててホットケーキを片付け始めている。
 先程までの心配をしていたというのに、なんとも切り替えの早い弟たちだ。
「……そういう事で、後は頼んだぞ。続」
 結局拒否権もなく家長命令でこの天然の世話を頼まれた続は、かなり重い溜息をつくと冷めたホットケーキを食べ始めるのだった。
 なんだか、昨日の夜もこうやって食事をしていたな、と思い返しながら。