祈りにも似た姿
不意におれに質問、間、完全自己完結。
これが最近のジェームズの兆候だけど、正直に言うと非常に鬱陶しいとか思う。
少なくとも1年の時はこんな事はなかった。断言していい。
あいつが投げかけてくる疑問二通りで、答えが完全に判りきっているものか、専門知識がないと絶対に解答できないような難問だ。
2年生になっても、しばらくはそんな事はなかった。
9月は、いや、まだなかった。じゃあ先月か? 末にはあんな感じだったし、なら頭か?
「なあ、ジェームズ」
「なんだいシリウス。ぼくは今忙しい」
「ジェームズってさ、いつからそんなになったんだ?」
「人の話聞きなよ」
いつもとは逆のやり取りに、おれたちの間に沈黙が流れる。
先に吹き出してベッドに転がったのはジェームズ。
「あー、まあいいや。今のぼくじゃ、どうしようもない事だし、それで、何だっけ?」
「だから、ジェームズって前そんなじゃなかっただろ?」
「そんなって、だから何がだよ」
「だから! 勝手におれに疑問投げておいて、おれが返す前に自力回収するその無意味な行動だよ!」
ジェームズに勢いよく人差し指を突きつけると、寝そべっていた半身を起こして目を丸くしながら阿呆な面をさせていた。
こいつのこんな表情は久し振りに見る。
そして決まってこの後とんでもない事を言い出すんだけど。
「……そうだったんだ」
「は?」
「ダンブルドアだ! シリウス、ダンブルドアだったんだよ!」
いや、訳わかんねえよ。
今までのジェームズの思考もおれは理解に苦しんで、結局放棄することにしてたけど、これはもうそういうレベルの話じゃない。
完全に話の前後が見えない。いっそ前後なんてないんじゃないかってくらいの発言だ。
電波か? 電波なのか親友よ。
「流石だよシリウス・ブラック! まったく君は天才だ! こういう事を会話させたら君の右に出るものはいないね! ぼくは君の親友でいられて本当によかった!」
「流石だな、ジェームズ・ポッター……こういう訳わかんねえ発言させたらお前に右に出る人間は滅多にいねえよ。なあ、おれたちって本当に親友でいるべきなのか?」
今までは割と冗談混じりだったけど、今回は本当にジェームズを医者に連れて行くべきか否か迷った。
いや、医者っつってもどの種類だ? マグルの総合病院でいいのか? 聖マンゴの方がいいのか? いっそおれの主治医に相談してみるか?
「成程、だからぼくはに違和感を持っていたんだ。そりゃそうだよ、だってぼくは彼の事をちょっとしか苦手じゃなかったんだから! 極端に苦手になった理由は咬み合わない箇所から来る思い込みだったのか。いや、これでスッキリしたよ」
ありがとう、親友! と親指おっ立ててイイ笑顔をするジェームズの脳味噌が、心配になったかと訊かれればおれは首を縦に振るしかないだろう。
午前0時を過ぎた二人きりの部屋の中で、おれたちは就寝もせずに何をやっているのだろうとか思い始めたおれは絶対悪くないはずだ。
「で、ジェームズ。何がスッキリしたんだよ」
「うん、つまりね。ぼくは記憶喪失だったんだよ」
「……は?」
「だけど君の言葉でその忘れさせられていた記憶を探り当てることが出来た。記憶喪失前のぼくを取り戻すことが出来たんだ! いや、それは取り戻したらいけない記憶だったのかもしれないけど、ああダンブルドア! 幾ら何でもこの記憶と感情を消すなんてそこまで彼の事が嫌いだったのかな!? 本当に一人ぼっちになっちゃうじゃないか! いや、リーマスとあと一人が居るんだけどさ!」
「……ジェームズ。お前今日はもう寝ろ」
明日、というか今日の朝一番に。おれが責任持って医務室まで送り届けてやる。
お前ヤバイよ。傍から見たら絶対お近付きになりたくない人間に変貌遂げてるよ。あんまり知りたくないけど、お前の脳内で一体何があったんだ?
「何故だい!? 親友! 今のぼくが寝れると思うかい!?」
いや、何故じゃねえ。あと無理矢理でも寝ろ。
見るからに脳内麻薬出してそうな親友をこのままにしておく訳にはいかない。いや、親友でなくても、ジェームズ・ポッターを知る人間なら誰だってそう思うはずだ。
「やっと思い出せたんだ! 、いや、の事を。彼は覚悟が必要だって言ってたけど、まさかここまでだったなんて。でも、ぼくは思い出せた!」
「ジェームズ。誰もいない方向見て語るのは止めろ、恐いから」
「忘れる覚悟があるなんて啖呵切って聞き出した後に結局手の平を返したけど、それでもぼくを怒らなかったのは、本当は忘れて欲しくなかったんだ。ああ、本当に、君はいつまで経っても判り難い人間なんだから困った人だ」
「またシカトか。あとなに言ってるのか全然理解できないんですけど、ポッターさん」
それと、もう少し声のボリューム落とさないと近所隣部屋に迷惑だ。
「……そうだ、シリウス」
おれの心の言葉が通じたのか、ジェームズは急に声を小さく、というか、いつも通りの声量にして、おれに向き直った。
「ぼくたった今、用が出来たから出かけてくるよ。じゃあおやすみ」
「って、行き成りか!」
手を振って透明マント片手に部屋を出て行こうとするジェームズの肩をおれの手が掴む。
いや、だって、今のこいつを外になんて出せるわけないだろ?
「なんだ親友。君も一緒に来たいのか? 今回は残念だけど」
「じゃなくて、ジェームズ。もう少し冷静になれ、何かさっきから変だぞ、お前……急にの事ファーストネームで呼んだりしてさ」
「真逆だよシリウス。今までが、この一ヶ月間のぼくが変だったのさ。だってぼくの中の歯車が食い違って……いいや、ぼくの記憶の歯車が必要以上に持って行かれていたんだ。に関連した、持っていく必要のない歯車まで持っていかれていた。あれもこれも、本当はぼくの物なのに!」
言った途端に、それとももしかして彼はここまで全て予想していたのだろうか!? と叫んで、盛大に嘆く演技をしてみせる。
ジェームズの言っている事が9割以上理解出来ないでいるおれに、ぴたりと演技を止めて見せたジェームズはとんでもない言葉を吐き出しやがった。
「ぼくはね、今から彼に……に会いに行くんだ」
とうとうジェームズが壊れた。
しかも、本格的に、修復できるかどうか判らないくらいに壊れた。
「壊れてないよ、むしろ今が正常なんだ」
「異常な人間は自分の事を大抵そう言うと思うぞ?」
「仕方ないね。分からず屋のシリウスにはハッキリと言った方がいいみたいだ」
肩に置かれていたおれの手をどかし、代わりにジェームズの手がおれの肩に置かれる。しかももの凄い勢いと力で、両肩に。
ヘーゼル色の真剣な眼差し。
「シリウス。ぼくはが好きだよ」
「……はあ!?」
いやいやいやいや、待て待て待て待て!
思考ぶっ飛び過ぎだぞジェームズ!?
大体今から1時間くらい前まではが苦手って明言してたじゃねえか! アレは何処行きやがった!? 棚の上か? 宇宙の果てか!?
「言いたい事が表情に如実に表れてるね。簡単だよ、君の一言が切っ掛けでぼくの中の彼の謎が解けて、介入者の正体も判明したから、好きと嫌いの判断が下せるようになったんだ。いや、好きか嫌いかなんてもう判断ついてたんだけどね」
もう何から訊けばいいのか全然わかんねえんですけど?
「取りあえずの謎と、介入者って?」
「彼の謎についてはぼくは言う権利を持ち合わせていないけど、介入者はダンブルドアだ。特にぼくらは念入りにやられたからかもしれない」
「話が見えねえ」
ボヤくおれの肩から手を外し、透明マントを羽織ながらジェームズが笑った。
「心配しなくてもシリウスの事が嫌いになったわけじゃないよ。ただと友達になりたいだけなんだ、いいよね?」
「……おれがジェームズにそう言うのがいいとか駄目とか言う権利なんてねえだろ」
大体止めてもお前は行く男だ。
確かに寂しいとか腹立つとかは思うけどさ、おれがジェームズ縛る権利なんてない。
ジェームズだって、おれが好き勝手なこと計画してる最中に呆れる事はあっても、頭から否定とかは今まで一度もしたことはない。
とジェームズがつるんでるの想像するだけで、すっげえ嫌だけど! 全力で邪魔したくなる程嫌だけどな!?
「ありがとう、親友」
「いいからおれの気が変わらないうちに行け。珍しく大人な態度取ってるんだからな」
ここで本当に珍しいなとか、軽口叩いたらシバいてやろうかと思ったんだけど、ジェームズの野郎はここ一年くらい見なかった笑顔でまた、ありがとう親友と言ってくれやがった。
仕方がないので、おれも生返事を返す。
ジェームズが透明マントを羽織ろうと近くの引き出しを空けようと屈むと、丁度リーマスと、完全に寝ながら歩いてるピーターが部屋に帰ってきた。
そして何故か背後には険しい顔のマクゴナガル。
「お、おかえり? リーマス」
ジェームズがマントを探している体勢のまま固まっているので、おれが疑問系でリーマスに挨拶するけど、完全なまでにシカトされた。
ピーターはフラフラと自分のベッドに行って、そのまま潜り込んですぐに寝ちまう。やっぱり元々寝てたんだ。
マクゴナガルは、なんかもう、人間の一人や二人なら魔法なしで殺せるんじゃないかとか思うくらい凄え形相でおれたち、というよりリーマスとのベッドを数秒睨んで、無言で出て行った。
当たり前だけど、気まずい沈黙が流れる。
「あの、リーマス。一体何が」
「……」
鳶色の髪の間から覗いた、リーマスの瞳が、殺気に満ちてた。
今まで、怒った時や、呆れられた時に向けられた視線とは全然違う。こんな目、向けられたのは、初めてだ。血が、静かに下りていくのが判った。
リーマスから視線を逸らせずにいると、視界の端で何か黒いのが動いた。妙に真剣な顔をした、ジェームズだった。
「に、何かあったの?」
リーマスの肩が跳ねた。
俯いていたままの顔が上がる。顔色は最悪で、今にも倒れそうなほど青白かった。
ただ、目だけは暗く光っていた。それはまるで、リーマスのもう一つの姿である、狼のように。
「あってるよ」
掠れた咽喉で唸るような声に、ジェームズが歩み寄る。
二人とも、顔色が悪かった。もしかしたら、おれも悪いのかもしれない。
「彼は今どこ? ぼくに会いたいんだ、会って伝えたい事があるんだ」
「……っ!」
「リーマス!?」
鈍い音がして、ジェームズが倒れる。
それに圧し掛かるリーマスが、細い腕でジェームズを殴ろうとした。
宙を動いて振り下ろされたリーマスの腕を遮るジェームズの手。
一瞬の力の拮抗。
リーマスがジェームズの手を解き、首を絞めようとする。
脚を振り上げて、圧し掛かるリーマスの腹部を蹴りつけるジェームズ。
勢いのままベッドで背中を打つリーマスと、冗談ではなく本当に絞まっていたらしく息を整えるジェームズ。
何だ? 今、おれの目の前で何が起きた?
「リーマス、それじゃあ判らない。今、彼に何が」
立ち上がって、またリーマスとの距離を縮めるジェームズ。リーマスは小さく蹲ったまま動かなかった。
震えながらボソボソと何か呟いてたけど、それが徐々に大きくなる。
「……よう、……うしよう、どうしよう、どうしよう。彼自分の事なんて眼中にない、ぼくもそうだったけど彼は冷静になったって自分の体はどうなってもいいって思ってる、死んじゃうかもしれない、どうすればいい? 嫌だに死んで欲しくない、戻って来て」
「おい、リーマス?!」
「リーマス! リーマス・ルーピン! しっかりしろ!」
リーマスの様子がおかしい。
に何かあったのかは理解できたけど、相当混乱してる。いや、だけどマクゴナガルは冷静だった。城で他の教授陣が起きてる様子もない。
一体何があったんだ?
くそ! 嫌な奴だけど流石に死なれると気分が悪い!
「嫌だ、どうしよう、誰かを止めて。先生たちは諦めた、早くしないと……!」
「リーマス!」
乾いた音が響いて、リーマスの頬が赤く腫れる。
おれの右手も、思い切り叩いた所為で赤くなっていた。
目尻には涙が浮かんでいたけど、瞳は正気に戻ってる。ジェームズが質問を続けた。
「リーマス、ゆっくり深呼吸して……落ち着いた? なら話して欲しい、彼に何が起こってるんだ?」
「あ、ジェームズ。ジェームズ、どうしよう。が猫を探しに外に出たんだ。ぼくも止めなくて、でもしばらく経って冷静になって考えたら、こんな吹雪の中で一人で猫を探すなんていくら彼でも死んじゃうよ!」
「猫? どういう事? ポーズはもう君が返したんだよね?」
「か、鍵……あの部屋の鍵が閉まってなくて、扉開いていて、ポーズ探しに出たノリスとバルサムが行方不明で、ノリスは見つかったんだけどバルサムが居なくて。城内全部探したけど居なかったからって、一人で外に探しに出たんだ」
……え、ちょっと待て? 今鍵が開いて
「シリウス! シリウス・ブラック! どういう事だ?!」
「待てジェームズ! 今思い出してる!」
ポーズを拾い上げた後、スノーイーが噛み付こうとした。
それであいつをそのままにして、部屋を出る。
帰りに、背後で確か部屋の入り口の猫の絵が煩く鳴いていた。普段は寝てばかりの猫だったあれは、一体なんて鳴いていた?
思い出せ、思い出せ! 思い出せ!
『気をつけて! ドアがしまっていない!』
「……!」
「シリウス、お前……!」
「待ってジェームズ! それより、それよりお願いだからを止めて、彼あの子が見つかるまで帰らないつもりだ。全部背負い込んでる、全部自分の所為だからって言ってる」
畜生が! ふざけやがって!
「シリ……」
「ジェームズ! リーマス頼んだ! おれは探しに行ってくる!」
ベッドの端に脱ぎ捨ててあったコートを羽織って、ジェームズのコートも失敬する。
あいつの真新しい小さなコートはベッド脇に放置されたままだ。ああ馬鹿だよ、しかも大馬鹿だ! 普通コートがあるのにこの時期に室内着だけで外に出るか!? おれ以上に後先考えなさ過ぎだ!
「君一人で大丈……」
「尻拭いくらい自分でさせろ」
走るおれの背後で、ジェームズが了解とだけ言った。
振り返る暇なんてない。リーマスはジェームズに任せればいい。おれは談話室と反対の方向へ走って、秘密の抜け穴から寮の外に出る。
玄関ホールを使って外に出るのはヤバイ気がする。リーマスは教授はいないような事を言ってたけど多分誰かいる、そんな気がする。
用心に越したことはない。今の状況なら尚更だ。
「外に通じる一番近い道はどこだ?」
明かりを灯すとバレる可能性がある。上の松明の明かりを頼りに足音を立てないように出来るだけ速く走る。教授や、他の人間がこの周囲に居る様子はない。
一度立ち止まって、ここからがいないか確認してみる。
あいつが杖使ってルーモスでも使ってればすぐに。
「……居た」
窓の外。吹雪に阻まれてチラチラしてるけど、それは間違いなく杖の光だった。
頼むあのまま動かないでいてくれよ、この近くに外に出る抜け道があるんだ。今あいつのいる場所は大体どこら辺だ?
あの辺りは多分城壁の壁際。まさか、あの場所は最初にあいつが……
外を確認しながらまた走り出す。何度目かの窓を眺めた時、突然その光が消えた。
「……マジかよ」
テメエの頭イカれてるのかとか、今の時間と天気と気温考えろよとか、猫一匹に命かけるなとか、真性の馬鹿じゃねえのとか、本気で死ぬ気かよとか、リーマス心配させてんじゃねえとか、今度こそ退学になるぞとか、一瞬で色々思い浮かんだけど。
そんな頭の中に反して、心臓は爆発すんじゃないのかと思えるくらい異常な速さで脈打ってた。
判ってる。これは全部、おれの所為なんだ。