曖昧トルマリン

graytourmaline

祈りにも似た姿

 目の前のテーブルに置かれた灰色の毛玉を、ジェームズが摘み上げた。
 ミーとか言って、そいつが鳴く。
「成程、これががご執心の子猫ちゃんか。名前は何ていうの?」
「あー、確かポーズだったかな」
「性別は?」
「そんな事まで知るかよ、自分で調」
「あ、男の子だ。しばらくよろしくね、ミスター・ポーズ。そして取りあえず黙ってもらおう」
 相変らず人の言うことを気かずわが道を突っ走るジェームズに、おれは突っ込みを入れる気力もなくベッドに沈む。
 子猫の鳴き声が止んだところを見ると、どうやら早々に魔法をかけたらしい。
「何だ、随分疲れた様子じゃないか。そんなに手を焼く作業じゃなかっただろ?」
「まあ、作業自体はな。たださあ」
「どうせ君の事だから似の猫だかニーズルだかに目を付けられたんだろ。この子はどっちだろうね?」
 またもや言い終わる前に自己完結させる親友、ジェームズ・ポッター。
 しかも毎度の事ながら当たってやがるし。
「本当にわかりやすいよ、シリウスって」
 人見知りして怯えてる子猫を懐かせようと奮闘しながら、おれには適当な返事。
 ジェームズ特製ネズミ捕り付不思議ポケットから取り出した猫じゃらしでポーズの気を引こうと必死になってやがる。
 本当に何入ってるんだよ、お前のポケットには。
「あのね。ぼくのポケットを四次元呼ばわりするけど、流石に猫も飼ってないのに年中猫じゃらしなんて持ってたらただの変人かなんかの変な宗教の信者みたいじゃないか」
「つーかむしろ、お前の頭の中が四次元だって」
「この猫じゃらしはね、フィッグって人から借りたのさ。彼女猫好きらしくて。シリウスも知ってるだろ? あのスクイブのさ」
 今こいつ、おれの言葉を完全にスルーしやがったな!?
 人が一人で苦労して子猫を拉致してきたっていうのにその態度はなんだ!
「苦労してるのは君だけだから。ぼくだったらのいない場所から猫一匹持ってくるのにそんな疲れたりなんてしないよ、絶対に」
「どうせおれは要領悪いよ」
「君の場合は直進に行っても大概どんな事でも上手くいくからねえ、そういう才能は非常に羨ましいと思う。というか、きっと本能なんだろうけど。その方が羨ましい」
 褒めてるのか? 貶してるのか?
 いい加減そこのところはっきりさせてほしいな、ジェームズくん。
「褒める貶すじゃなくて、素直な気持ちさ。はっきり言ってるだろう? 羨ましいって」
「なにがだよ、嫌味にしか聞こえねえぞソレ」
 おれの知ってるジェームズ・ポッターという人間は、今まで会ってきた人間の中で最も理想に近い人間だ。
 成績は優秀どころの騒ぎじゃない。クィディッチは二年生にしてレギュラー、しかもチェイサーなのにシーカーを差し置いてスタープレイヤー。
 家柄も良くて金持ち、容姿も並みの男と比べたら相手が可哀想。性格は社交的で明るい上にリーダーシップも取れる。人としての理想だろう。
「おれさ、視力とその癖毛以外でお前の欠点がおよそ見当たらないんだけど?」
「シリウスはそれを本心で言ってくれるから嬉しいな、だけど一応言っておくとぼくの癖毛は欠点じゃなくてチャームポイントだよ?」
「毎朝鏡の前で四苦八苦してるのにチャームポイントかよ」
 こいつの毎朝の日課の癖毛直しにどれだけ時間がかかってると思ってるんだよ。
「違うって、何度も言うけどあれは寝癖を直してるんだよ! 寝癖と癖毛は別物!」
「おれからしてみれば鏡の前に立った前と後で目に見える違いはないと思うけど」
「うるさいなあ、いいんだよ。ぼくとが理解できてるから」
 ……ちょっと待て、なんでそこでなんだ?
 っつーか何だ? はジェームズの寝癖と癖毛の違いが理解できるのか?
「ぼく一年の時に一度さ、朝寝坊しそうになった事あるだろ?」
「あったっけ?」
「あったんだよ。で、着替えはしたけど、髪はいいかな? とか思って朝食行ったんだよね、そしたらに髪くらい梳かせって言われたんだ。ちなみに同室なのに君はその日一日気付かなかった、そう言えばポーズ、君の毛並みも中々のものだね」
 うわ、なんかそれ聞いて凄い屈辱。
 ジェームズの親友として、何かに負けた気分がする。
「そうそう、話変えるけど、って男だけど髪が凄く綺麗だよね」
「そうか? とてもそうは思えねえけど」
「綺麗だよ、あれは。シリウス一度だけ触ったことあるだろ? どんな感じだった?」
「そのすぐ後に殴られたから感触や感想なんて覚えてねえよ。大体一年以上前の話だし」
 そうだ、あれは忘れもしない入学式の日、同室になってすぐの事だ。
 組み分け帽子に組み分けされなかったのもあるし、グリフィンドールには不似合いな奴だったし、海外から来た人間だったから、物珍しくて話しかけたんだよな。
 で、シカトされたからこっち向かせようと髪掴んだんだよ、で思い切り突き飛ばされた。というか、吹っ飛ばされた。あんな小さい体のどこにそんな力があるんだってくらい、部屋の隅から殴られてドアごと吹っ飛んだ。
「いやあ、あれは今思い出しても笑えるよ。ショーテー一発でシリウスは夢の国の住人に、ピーターは真っ青、リーマスは呆然、ぼくは大笑いしてるのに、肝心のは溜息一つついて何事もなかったように風呂に入ってベッドイン。自己紹介すら全くなし」
「おれにとってみれば全然面白い記憶とはいえないんだけど?」
「急所に入ってたら死んでたかもねー。ほらポーズ、怯えてないでこっちおいで。リーマス来たらまずいから隠してあげる」
「いや、本当に笑い事じゃねえよ」
「あ、そうだシリウス。透明マント返してよ、ポーズ隠すからさ」
 そして人の話を聞け。
「ちなみにシリウス・ブラック君に補足説明をしておこう。ショーテーっていうのは拳じゃなくて手の平の手首に近い部分で攻撃する打撃技の一つなんだよ、しかも殴った方は怪我をしにくく威力は握り拳の場合より上らしい」
「お前またそんな要らない知識を……」
「補足説明その2、彼の生まれ故郷では神も髪も同じ発音をするらしい。確か語源は違うってあったはずけど、髪は神にどこか繋がっているっていう書物もあった。髪を神聖視するのは他の国でもある事だし。が髪に触られるのを嫌がったのはそこかもね」
「にしても嫌がりすぎだろ。こっちでもマグルの伝承に魔法使いが髪切ったら能力無くすとか馬鹿げた事が書いてあったりするけどさ」
 それに比べたって、あれは大分異常だぞ?
「あと日本人は潔癖症だとか聞いたことは確かにあるけど」
「それは正しいかもね。彼は毎日必ず風呂に入り、体の手入れを怠らない」
 ……毎日風呂に入るって、なんでそんな事知ってやがるんだよ。ジェームズ。
 おれはお前の方が恐いと思うぞ?
「簡単さ、彼が清潔だからだよ。少なくともスネイプみたいに脂ぎってない、ついでに同じ服を連続で着た日もなければ、爪も伸びてない。あと顔が可愛い」
「視力が歪んだお前に顔なんて関係ないだろ。それに同じ服って、いつも同じようなシャツにローブだろうが。あとあいつの顔の事からいい加減離れろ」
 お前はどうやって見分けてるんだよ。
「服装チェックは簡単だよ、彼の衣服は常に完璧なアイロンがけがされているからさ。それどころかのり付けまでされてる、他の生徒と違ってね」
 あのさ、それって完全に贔屓じゃねえの?
「と、ぼくも最初は思ってたけど。リネン室のハウスエルフに訊いてみるとどうも違うみたいなんだよね、洗濯された後で自分でアイロンかけてのり付けしてるらしいよ。彼って意外と家庭的だね」
「……」
 いや、それは駄目だジェームズ。
 あいつがアイロンかけてる姿なんておれは想像出来ない。
 アイロン片手にアイロン台の前に座った途端になんかの儀式が始まりそうだ。スチームの蒸気が黒く染まるイメージしか出来ねえよ。
「アイロンで黒魔術?」
「シリウス、今魔法使いとして在り得ない事を考えなかった? いくらでも流石にそれは不可能だと思うよ?」
「そうだね、第一はそんな事頼まれても絶対やってくれないよ」
 その気配だけで人を氷点下の世界におさそう出来そうな、背後からの聞きなれた声。
 思わずおれもジェームズもその場で固まり生唾を飲む。出来れば振り返りたくないというのがおれたち二人の心境だろう。
「やあ、ジェームズ。それにシリウス」
「や、やあリーマス、どうしたんだい? そんな、背後にカオスを従えて」
「カオス? ジェームズはこんなに笑顔でいるぼくのどこにそんなものが憑いているなんて考えるんだろうね。そう思わないかい、シリウス?」
 ど、同意を求められても、なあ。
 どう見たって今のリーマスの背後には冥界に通じる門が具現化しているようにしか見えないんだけど、それはおれの気の所為じゃないよな?
 チラ、とジェームズを見ると、余計なことは言うなとばかりに首を真横に何度も振ってやがった。おれも真冬なのに汗を拭いながら頷く。
「そ。ういえばリーマス、今までどこに行ってたんだい?」
「うん、ちょっと私用がね。ああ、そうだぼくはジェームズを探していたんだよ」
 地雷を踏んだのか元からその話をする気だったのか、おれたちの方に歩いて来る。
 何なんだろうなこの、威圧感? 横目で見るとジェームズの顔色が悪い。
 まさか今日のへの事でリーマスがここまで怒るとは考えていなかったんだろうな。ははは、友よすまない、おれは逃げる。
「ええと、おれ実は今からピーターに用が」
「シリウス。ピーターならさっき談話室で会ったけど、ジェームズとシリウスに課題くらい一人でやれって言われたと嘆いていたよ」
「いや、それは」
「こんな事を教えてくれたんだ。ついさっき、シリウスが灰色の小さな生き物を外から連れてきた、って。捨て猫でも拾ったの?」
 うわ、今部屋の気温が急激に下がった。
 気の所為じゃないって、だってリーマスに加えてジェームズまでおれを睨んでやがる。しかも絶対零度の怒りに満ちた目で。
 すまん。確かに、おれが悪い。連れ去ったのに猫を隠しもせず普通に帰ってきたおれが悪かった。おれが迂闊だった。とリーマスに見つからなければ大丈夫とか普通に思ってて悪かった。
 悪かったから、誰かここから助けてくれ!
「よかったらその子見せてくれないかな? ぼくも興味があるんだ」
「いや、多分それはピーターの見間違い」
「ピーター以外にも君のファンとか色々なグリフィンドール生が灰色の生き物を大事そうに連れたシリウス・ブラックを目撃しているんだけど、もしかしてホグワーツでは空気感染する視神経系の病気がかなり以前から流行っていたのかな?」
 完全に笑っていない目でじりじりとおれとの距離を縮めていくリーマス。
 なんか凄い恐怖なんですけど?
「リーマス。シリウスに詰め寄ってるところ悪いんだけど、それきっと灰フクロウだよ」
「……フクロウ?」
 ぴたり、とリーマスの足が止まる。威圧感と部屋の温度低下も止まった。
 リーマスの目を正面から見ながら大真面目な顔で大嘘をつくジェームズには、正直恐いものがある。出来れば今すぐこの部屋から脱出したいとか普通に思う。
「そう、灰フクロウの雛。五年生の先輩のペットなんだけど、一週間くらい前に突然居なくなったってちょっとした騒ぎになったじゃないか」
「そんな事あったっけ?」
「あったよ、レイブンクローで。ね、シリウス」
「ああ、そうだな。嘘だと思ったらレイブンクローの連中に聞きにいけよ」
「……ふーん、二人がそこまで自信を持って断言するなら本当なのかもね。そのレイブンクローのフクロウをグリフィンドール寮に持って帰ってくるっていう疑問は置いておいてね」
「こんな時間に他所の寮に行くのも迷惑だろ。取りあえずグリフィンドールの五年の先輩に預けておいたよ、明日休みだし持って行ってくれるって」
「ああ、なんだそうだったんだ」
 背後に見えた扉の幻覚も消え失せ、リーマスが笑顔で言う。
「君が動物拾うなんて珍しいから、ちょっと見せてもらおうかって思っただけなんだけど。もうここにはいないんだね、残念だな」
 杖でドアノブをトントンと叩いてから自分のベッドに向かったリーマスに、おれとジェームズは見えない所で安堵しリーマスには絶対バレてはならないと固く決意した。
「……あれ?」
「どうしたんだよ、リーマス」
「ねえ、なんでのベッドの枕元に子猫がいるの?」
「「嘘!?」」
 リーマスの暢気な言葉に思わず慌ててのベッドを覗き込み、ジェームズは透明マントの下を確認……してしまった。
 マントの下で出口を求め彷徨っていた子猫のポーズは這い出して、リーマスの所までかけて行った。声が出ないことに気付いたリーマスが杖を一振りして元に戻し、部屋の中で唯一の安全圏になりそうな小さな籠の中に大切そうにしまう。
「うん、嘘だよ。のベッドに猫がいるなんて」
 部屋の室温は急降下どころか瞬間冷凍。むしろフリーズドライ。
 水分不足で死にそうなんですけど? 誰か水をコップ一杯くれませんか?
 俯いているリーマスの表情を見たくない。多分見たら石化して死ぬ。
「まさかと思ってカマかけてみたんだけど、本当だったとはね……」
「あの、リーマス?」
「二人とも、遊び半分でそんな事ばかりしてるといつか酷い目に遭うよ?」
「ふむ、それはの受け売りかな?」
 絶対零度の中で箱を抱えて部屋を出ようとしたリーマスを、さっきよりも顔色のいい、でも絶対に腹が黒いジェームズがそう言って呼び止めた。
 リーマスが振り返る。瞳には氷みたいな怒りがあった。
「成程、君の意見な訳だ。でも、よく考えてみればそうだよね、は世界が不平等な事を知っているから。ぼくと同じく世の中が善行には善行、悪行には悪行が返ってくるなんて馬鹿げた考えは持っていない」
「けどこうも言ってた。完全な善悪は世界に存在しない、ただその人間の都合によって善になったり悪になったりするだけだって。世界に存在するのは大なり小なりの変化だけで、皆それを作り出しながらも当てられて、そしてまた変化する」
「なんか前半部分それに似たような言葉をどこかで聞いた覚えがあるなあ……後半はオリジナル? 他の誰かの名言? それともぼくが思い出せないだけ?」
「ぼくが知るはずないだろ、そこで暇そうにしてるシリウスにでも聞いてみれば?」
 いや、おれも判んねえよ。
 確かに会話に入っていけなくて暇なのかもしれないけど。おれはジェームズみたくそういうマグルの、しかも書物の知識とか皆無だし。
「シリウスに聞いて得ることが出来るのはそういう知識じゃないよ、もっと本質的に大事なものさ……って、ポーズ持って行っちゃった。リーマスも人の話を少しは聞こうよ。ああ、ぼくの周りには自分のペースで突っ走る人間ばっかりだ、ぼくもそうかと問われればそうだけどさ」
 独り言なのかおれに何か意見を言って欲しいのか微妙な事を呟くジェームズに対し、おれは何もしないという行動を取った。それでもジェームズは喋り続ける。
「本当にリーマスはの事になると目の色を変えるね。彼の肩を持つ」
「そうだよな。何でだろうな?」
 そしてまた固まる部屋の空気。
 おれ、ジェームズの気に触るようなこと何か言った?
「……シリウス。シリウス・ブラック! 君、その疑問本気で言ってるの!?」
「は?」
 いや、本気もなにも。
 おれは本当にリーマスが何での肩を持つか理解できないんだけど? それが何かいけないことなのか?
「シリウスってこの手の事は意外に鈍いんだね。今まで付き合ってきた女性に本気になれない訳だよ、うん」
 それは向こうが強引に付き合おうとするからなんだよ、おれは付き合う気なんてないって言ってるのに。
 大体それとリーマスと何が関係あるんだよ。
「そんな顔するなって、今までの女の子全員が自称彼女な事くらい知ってるさ。ぼくの方が彼女たちよりは君との付き合いが長いから、少しは君の事理解できてるはずだよ」
「まだ彼女なんて呼べる女は要らねえよ。そんなのと相手するより悪戯してた方が楽しい」
「遊び盛りな12歳健康男児としてはとても健全な意見なんだろうね。最近の女性は早熟過ぎる節がある。勿論リリー・エバンズ、彼女を除いて」
 げ、まずい。
 こいつリリーの事になると視野がかなり狭くなって話が長くなるし耳まで聞こえなくなるから嫌なんだよ。寝ると怒るし、惚気なら一人で壁に向かって語っていて欲しい。
 告白したいとか、でもできないとかグチグチとおれにむかって話すそれは完全に拷問だ。
「それでリーマスはの事どう思ってるんだよ、あれだけ庇ってるから嫌いじゃない事くらいはおれにだって判るけど」
「君、今あからさまに話題を戻そうとしなかった?」
「いやしてねえよ、大体話振ったのお前だろ」
「棒読みなのが気になるけど……ま、いいや。リリーへの愛は寝ていても語れるからね」
 こいつの場合それが比喩じゃないから恐いよな。恐いというか、迷惑か。すごい迷惑。
「でさ、さっきの続きだけど、リーマスっての事好きなんだよ。男女関係と同じ意味の好き。ゲイというよりも性別関係なく二人がたまたま男同士だっただけかもね。そういう意味では問題ないのかも」
「はあ!?」
「補足じゃないけどもう一つ、さっき髪と神の話をしたよね。突飛な思考に聞こえるかもしれないけど、ぼくは彼の髪に神が宿っているように思えるんだ、彼は普通の人間と一線を隔した部分がある。それがぼくには神聖なものに、ぼくの本能がそう感じるんだ」
 おれはとうとうこの親友の脳味噌が腐ったのだと哀れに思った。そんな言葉を流せばいいのに、それでも思わず言ってしまう。
「ジェームズ、お前こそ本気で言ってるのか? 正気か? 寝惚けてたりしないか?」
 あいつは普段どおりの普通の顔で首を傾げやがった。
「本気だし正気だし起きてるよ、ところで君が信じられないのはどっち?」
「両方共だ」
「フィルター外してちゃんと現実を見なよ、あれは絶対恋をしてる目だ。で、恋されてるは普通じゃないと思う、君がよく使う化物っていうよりはもっと高尚な存在っぽい」
「お前、脳外科じゃもう間に合わないかもな」
 呟いたおれの頭を、またジェームズが叩く。
 おれがなにか言おうとすると、視線で口を塞ぐ。どうもおれはこの手の視線に弱い。
「信じたくないならそれでいいけど。とにかく、ぼくは彼に違和感を感じる、そしてその違和感の正体が全く判らない。違和感の正体は彼の本質のような気がするんだけれど、それが全く理解できないでいる。だからこそ、ぼくは彼が好きでも嫌いでもなく、苦手なんだ」
 ジェームズが真面目な顔をして、窓の外に視線を移しながらおれにこう言った。
「彼の謎と、そして違和感は他の人間に比べて根深い感じがする。そしてそこにはまったく別の第三者が介入している気がしてならない。が何者なのかぼくが理解するか、介入者の存在が判明しない限りは、大切なリーマスを彼の傍に置く事は出来るだけしたくない」
 なんかさっきからよく判らない小難しい理屈を並べたかと思ったら、最後の最後にリーマスは渡せないかよ。
 なんか姑みたいだな、いや、おれもは嫌いだから最終的なジェームズの意見には賛成なんだけど。
「シリウス・ブラック。それでもぼくは、少なくともこれだけは言えるんだよ」
 視線を窓から戻しながら、ジェームズの野郎は杖を取って一振りした。ドアの方から静電気みたいな音がしてドアノブが少し焦げていた。
 リーマスがやったのか。よかった、不用意に触らなくて。
「彼の存在ではなくて、彼自身の思考、の考える普通の次元は、ぼくらの考える普通とは違う。高くも低くも、ね」
「なんだよ、その高い低いって」
 わけわかんねえ事ばっかり抜かす目の前の親友に枕を投げると、そいつは軽々とそれを避けてニヤリと笑っただけだった。