祈りにも似た姿
そう言うだけ言って、反論する言葉すら耳を傾けず、ジェームズはおれにさっさと透明マントを寄越して談話室から出て行きやがった。
それと丁度入れ違いに、今度はリーマスが部屋から談話室にやってくる。
「リーマス、どっか行くのか? もうすぐ就寝時間なのに、減点されるぞ?」
「君に言われたくないよ、ところで片割れの馬鹿眼鏡は?」
「馬鹿眼鏡って……ジェームズならクィディッチの事でキャプテンに相談したいことがあるからって出掛けたぞ」
「ふうん。じゃあ、彼が今日起こしたへの行為は後で尋問するとしよう」
声をかけてみるけど、軽くあしらわれる。そして恐ろしいことを呟きながら談話室を出て行くリーマスの後姿がそこにはあった。
……なんかおれ、最近こういう態度取られる事多くねえ?
「いいけどさあ、別に」
談話室の扉が閉まる寸前、おれも寮から出て少し遠い場所で歩いている級友を尾行することにする。勿論、透明マントをかぶって。
ジェームズはさえあの部屋の近くにいなければ合言葉も上手くいくだろうと言って、今日の変身術の授業でピーターの失敗をそれが当然だというようにあいつに罪を押し付けていた。
するとその後、授業時間中だというのにリーマスが怒鳴るわ、は自分ではないと始終主張するわ、稀に見る珍事が起こった。結局マクゴナガルはいつもと同じように罰則をに言い渡すって言ったけど、そういやジェームズも珍しくこの展開に驚いてたな。
そもそもあいつが犯人じゃないって主張したのって一年の、一番最初の授業だけじゃなかったか?
あの時もジェームズの提案でピーターの失敗を押し付けて、あいつはおれじゃないの一点張りだったな。確かにあいつの所為じゃないが、態度が態度だから信用されるはずない。
ついでに中々あいつを信用しないその教授にキレて、重傷を負わせた所為で学校内の評判が急激に下がった事も覚えている。
今じゃ誰もあいつをダンブルドアの孫だなんて思っていないしな。そもそもダンブルドアからも何も言ってこない。
……あの二人が血繋がってるって、嘘なんじゃねえの?
って、考え事してたらいつの間にかリーマスの奴あの部屋の前で立ち止まってやがる。
でももう少し、距離縮めても大丈夫だよな?
もいないしな。うん、大丈夫だろ。
足音を立てないようにリーマスの背後に回ると、赤毛の子猫が首の鈴をチリンチリンと煩く鳴らしながら調子の外れた歌をうたっていた。
目の前に人間が居るというのに、合言葉はとも何とも聞かず、ひたすら歌ってやがる。そういやこいつ、おれとジェームズが下見に来た時は昼間だってのに普通に寝てやがったな。しかも話しかけても起きる気配すらなかったし。
リーマスが誰も居ないか何度か辺りを見渡してから、合言葉を言って鍵を解除する。
「いつもならがいるから大丈夫なんだけど」
ノブに手をかけたリーマスも意味不明なことを言って、深呼吸をした。
何だ? そんな凶暴な猫なのか?
それともあいつにしか懐かないのか?
意を決したようにリーマスが部屋の扉を開くと同時に、一匹の金茶の子猫が部屋から飛び出してきた。慌ててそいつを避けると、リーマスがそいつの首根っこを押さえて部屋の中に入って行く。
足音を立てないように、おれもその後に続いた。すぐに扉が閉まって鍵がかかる。
「やあ、ノリスにバルサム。君たちがティブルスを抑えていてくれたのか、助かったよ」
小さな灰色の猫二匹が、さっき逃げ出した猫と同じ色の猫を必死で押さえ込んでいた。部屋の隅のバスケットにその様子を黙って眺める灰色の猫と白い猫。
猫ってこんなに個性が出る生き物だったんだな。
「ああ、もういいよ。鍵もかかったみたいだ、離して上げて」
リーマスが手の中の猫を下ろしながらそう言うと、ノリスとバルサムとかいう猫二匹が未だに叫び声を上げている猫の上から退いた。途端にそいつは扉の方に駆けて行き、今下ろされたばかりの猫と一緒に煩いくらいに鳴き始める。
こんな鳴いて咽喉とか痛くなんねえのかな。
「ティブルス、タフティー、君たちが外に出られるのはもう少し先だよ。それに今は雪が降るくらい寒いから出ないほうがいいんだ、ってぼくが言っても通じないだろうけど。ねえ、不思議なんだけどなんで皆しての言うことだけはお行儀良く聞くんだい? が扉を開ける時は皆して大人しく待ち構えてるのは恩人って認識してる証拠なの?」
完全に独り言になっているリーマスの傍に、さっきまでバスケットの中で我関せずといった素振りをしていた白い猫が寄ってきた。
リーマスの膝に前足を乗せて、一声だけ鳴いた。
ニャーとかいうよりも、まだミーとかいう段階の鳴き声だった。
「スノーイー、慰めてくれるのかい?」
そう訊ねると、事もあろうにその猫は首を横に振りやがった。
リーマスは変な顔をして、おれは思わず吹き出すのをこらえ、部屋の隅のなにもないところに移動する。何故か、ノリスとかいった猫が、こっちをじっと見てきやがる。
まさか、バレてないよな?
「……ああ、そうか。だね。彼は今日はまだ用があってね、マクゴナガルと話が終わったら来ると言っていたから、君たちが眠ってから来るんじゃないかな」
そう言うと、その場にいた猫全員が一斉にリーマスの方を向く。
こいつら、人間の言葉判るのか?
猫じゃなくてニーズルなのかもな。
「彼、夜更かし苦手なのにね。それくらい君たちのことが好きなんだよ。さてと、ぼくも彼の代わりに用を終わらせなきゃ、今の時間に教授に見つかったらうるさいだろうし」
それだけ言うとリーマスは床に転がっていたボロボロの手袋を杖で修復し始めた。
金茶色の猫二匹が、その真新しい手袋目掛けて突進していく。やっぱり犯人は君たちか、と不気味に呟いてリーマスが暗い笑いを浮かべていた。
おれもだけど、猫もそんなリーマスから距離を置く。
「いいけどさ、にはすぐにボロ布みたいになるとか言われてたから……あれ、ノリスにバルサム。そこに何か居るの?」
げっ、マズイ。
灰色の猫二匹が、透明マントを使っているおれから視線を逸らそうとしない。
しかもバルサムの方は毛を逆立てて唸り声まで上げてやがる。
ここでリーマスにバレたら、最悪おれ、殺されるかもしれない。
今更だけど何でリーマス出た後でこの部屋に入らなかったんだよ! おれの阿呆!
「君たち二匹ってなんだかに通ずるものがあるよね、よく三人して何もない所をじっと見てたり、会話してたり鳴いてたりもするし。猫は霊感が強いからって彼が言ってたけど……はい、ここに新しい水と餌を置いておくから」
幸い、この二匹がこういう行動をするのはいつもの事らしかった。
それはよかったんだけど、逆に不気味でもあるよな。何もいないところをじっと見て会話してるって、しかもも一緒にかよ。
「それじゃあぼくはもう帰らなきゃいけないけど、ありがとう、ポーズ。君はいつも別れ際には絶対甘えてくるよね、帰って欲しくないっていう自己主張?」
さっきまで全然動かなかった最後の一匹、バスケットの中の灰色の猫がリーマスに擦り寄っていた。リーマスはそいつをバスケットに戻し、再び部屋の外に出ようと必死の金茶の猫たちを例の手袋で押さえつけ、残りの猫に、また明日ねと言って部屋から去っていった。
もう、いいよな?
マント取って大丈夫だよな?
「あー、危なかった」
声を出した瞬間、あの手袋に抑えられてた金茶の子猫どもがびくりを跳ねた。
マントを取ると見知らぬおれにその二匹だけが威嚇を始めやがった。灰色の二匹は警戒したまま、残りの灰色と白いのはバスケットの中で完全に他人事。
呆れる程二匹ずつ似ていて、それ以外が全く似てねえ。こいつら、本当に兄弟なのか?
「とりあえずその白いのか灰色の持ってくか」
ほかの奴らは危ない。
特に灰色二匹は連れて行くべきじゃないと思う。
「スノーイーとポーズ、だっけか?」
名前を呼ぶと、スノーイーの奴が耳を動かしてこっちを見て、すぐ逸らした。
そしてバスケットのかなり隅の方に行って、どこまで小さくなれるんだってくらい身体を丸めてから寝る態勢に入りやがった。
ポーズに至っては反応すらしねえ。完全にシカトしてやがる。
うわ、何かすごい馬鹿にされた気分。
足元では金茶が二匹威嚇してるし、その後方支援かどうかは微妙だけど灰色二匹が明らかに殺気立って狩る体勢とってやがるし。全然恐くはないけど。
「あのなあ、別にお前らに何かしようって気はねえよ。ただちょっとお前たちの、弟か? そいつを借りるだけで。後でちゃんと返すって」
一応弁明みたいなことをしてみると、意味がわかったのかわからないのか、金茶の猫が飛び掛ってきた。爪はズボンに引っかかるわ、牙も小さくて顎の力もないわで全然痛くはないけど。
でも、流石にこのまま動いたらこいつら振り回されて怪我するよなあ。
爪とか折れたりするかもしれないし。
「仕方ねえな」
杖を取り出して、面倒だから子猫四匹を気絶させる。
金茶と灰色の毛玉を二つずつ拾い上げてバスケットに入れて、代わりに一番小さい灰色のを取り上げる。見たところこいつが一番大人しそうだし、あんまり鳴かなそうだ。
鳴き声でリーマスにバレたら元も子もないしな、リーマスにどうやってバレないようにするかジェームズ見つけて相談してみよう。
「じゃあな、お前たちの弟は三日くらい後に無事帰ってくるから安心しておけ」
唯一気絶していないスノーイーがむくりと顔を上げて、おれの手に噛み付こうとした。
「ふーん、いい度胸してやがる。やっぱりお前ら兄弟か」
兄弟たちに埋もれて身動きできなくなっているスノーイーは鼻先に思い切り皺を寄せて猛獣の子供みたいに唸っている。
どうするおれ。猫の生霊にもしかしたら呪われるかもしれないぞ。
「別に取って食ったりしねえよ」
とりあえずその猫の鼻先を指で弾いて黙らせると、猫を抱えたまま立ち上がる。
そろそろ部屋に戻った方がいいだろう、ジェームズも戻ってくる頃だ。
「さあて、がどんな反応するか楽しみだ」
さっきとは打って変わって煩い猫の絵の鳴き声を聞きながら、おれは部屋を後にした。