祈りにも似た姿
「ジェームズ、それってあいつらを毛嫌いしてるおれへの嫌がらせか?」
昼食が終わって、次の昼寝の授業こと魔法史までの時間を適当に潰していたジェームズの目に入ったのは、何故かよりにもよっておれがホグワーツで最も嫌っている人間二人組みだったらしい。
しかも悪戯しかけるでもなくこっちから近寄るって、嫌がらせだろ。おれに対しての。
「うん、嫌がらせだよ」
「……おい!?」
あんまりサラッと肯定しやがるから一瞬考え込んだじゃねえか!
理由は何だ!? おれに嫌がらせるする理由は何なんだよ!
「ぼくは別に嫌じゃないし。何より嫌がる君と見ていると楽しいんだ。ぼくが」
「って、全部お前の都合じゃねえか!」
おれはお前の玩具じゃねえんだよ!
「だってさ、アレだよ、ぼく小さい頃に両親に教えられたんだ。人の嫌がることを積極的に出来る子になりましょうってさ」
ジェームズ、それは本気か? 本気でその言葉の意味を取り違えてるのか? 視力と一緒に脳味噌まで歪んでんのか? むしろ発酵してないか?
「お前のために週末に脳外科の予約取ってやるよ」
「それより君を眼科に連れていく方が先だね」
「だからさ、目がイカれてるのはジェームズの方だって」
あのがお姫様なんかに見えるかよ。
……いや、もしかしたらきちんと見えてるのかもしれないな。で、脳が腐ったか電波を受信させられたかで在り得ない幻覚を作り出してるとか。
「じゃあやっぱ行くなら脳外か」
「シリウス・ブラック、君は今ぼくにとっても失礼な事考えて結論出しただろ」
「いや、そうでもない」
だってよく考えてみるとジェームズって時々電波系統の話をするもんな。
前振りなく急に話を変えたりなんてよくある事だし。それに心も読めるし。
親友としてもう少し早く気付いてやるべきだったのかもな。医学的に手遅れだったり末期だったりすると洒落になんないし。
「……いいけど。君がアレなのは今更だし」
「アレってなんだよ」
「アレはアレさ」
いや、訳わかんねえって。
「はっきり言うと君怒るから」
怒るようなことなのかよ!
どうで馬鹿とか、考えなしとか、単純とか、行動丸読みできるとか、感情で先走るとか、フォロー大変だとか、阿呆とか、ぼくの苦労も察しろとか、犬っぽいとかだろ。
「きっと君の今考えたこと全部だよ。あ、スネイプ、相変わらず顔色悪いけど日光なんか浴びたら溶けるんじゃない? 土の下に帰らなくて大丈夫?」
「……」
なんか、今のジェームズの軽くあしらわれた台詞に凹んだかもしんねえ。
っつーか、自分の考えにか。
「なんの用だ、ポッター」
「お姫様のご機嫌は如何だった? あの様子だとそんなに悪くは見えないんだけど、ってか最近機嫌よさそうだよね、ワザとらしく聞いてみるけど何かあった?」
「に何の用だ」
「ほら、シリウス。やっぱり判る人にはお姫様で伝わるんだよ、ってスネイプストップ!」
おれの方を振り向きながらスネイプのローブを掴んで離さないジェームズはある意味凄いと思うのはおれだけなのだろうか。
視界の端では黒くてチビの人間が見ていて哀れなくらいに、必死にローブと手を離そうとしているけどジェームズの手はびくともしない。
まあ、スネイプがジェームズに勝てるはずなんてないんだけどさ。
……あ、そういや思い出した。
確かスネイプ、先週リーマスの事パシリにしやがったよな。
あの報復、まだしてなかったな。
「スネイプ、ちょっと面貸せ」
「断る。ぼくはこれから薬草学だ」
スネイプのくせにそう言うと、ジェームズの腕を無理矢理振り切って外に出ようとしやがった。
おれが立ち塞がると、ポケットの杖を握りながら睨んできやがる。
正当防衛なのでおれも杖を取り出そうとすると、背後からいきなり頭を叩かれた。
「何すんだよ! ジェームズ!」
「いや、彼はぼくの獲物だから。横取りは感心しないよ、シリウス」
「誰が獲物だ」
「そんな、誰って。君以外にいるの?」
「「……」」
至極、それが世界と宇宙と物理学の常識であるかのような口ぶりの親友。
流石におれと(そしてスネイプの野郎も)絶句した。
確かにジェームズは世界は自分が回してると豪語しそうな奴だけど。そう言われると確かにそうなのかもしれないとか思うおれがいるけれど。
「ぼくの用が済んだら要らないから、残りは君に上げるよ」
「なあ、ジェームズ。おれは時々お前が恐いと思う」
「ま、好きじゃない奴の前ではそうなんだろうね」
うわ、こいつ自覚してやがったんだ。
自覚してないならしてないで問題だけどさ。
「という事でスネイプ、質問というかぼくの疑問に答えてね」
「断る」
「あのさ、シリウスとリーマスとにはもう話したり訊いりしたんだけど。どうやっても腑に落ちないというか、納得できない事があるんだよね」
そんな言葉を完全にシカトして質問事項に入るジェームズの黄金の右手には、今度はスネイプの肩があった。心なしか、ミシミシといっている気がしないでもない。
出来ればそのまま奴の肩が砕けてもいいかなとか、おれは思う。
「ってさ、ぼくには優しさが欲しい人間に見えるんだ。で、他人にはあんななのに欲しがるだけなんてどーよ? とか思ってる」
「つーか、ジェームズ。まだそれ引きずってたのかよ」
「煩いなあ、シリウス。ぼくはこの手の納得行かない事が気持ち悪いし大嫌いなんだよ。それで、セブルス・スネイプくんのご意見は?」
ジェームズがそう訊ねると、スネイプが事もあろうに鼻で笑いやがった。
流石にジェームズの表情も険しくなる。ジェームズってスネイプの事はへの苦手意識と違って彼は単に好きじゃないって常日頃から言ってるしな。
「ポッター、主席の頭脳もその程度のものか。勘違いも甚だしいな」
「うん、それでさ。わざとがそう思わせているんじゃないかって疑ってるんだけど、そこのところは?」
「……」
「君といいリーマスといい、とても判りやすい返事をしてくれて嬉しいね。ついでに主席の頭脳を持たない君に、ぼくのような立場の意見も言っておくよ。彼の傍に寄る事も許されないのだからこれ以上の考えは望めない」
「傍に近づくことを許されないのはお前が本気ではないからだろう」
「じゃあ君は本気なのかい? そして本当に彼の事を理解してやれている?」
そこまで言って、ようやく沈黙。
すぐ隣のジェームズの横顔は、気味悪いくらい笑っていた。
おれは知っている。こういう時の表情をするジェームズには逆らってはいけないと。というか、どんな時でもジェームズにはあんまり逆らわない方がいい事を知ってる。
「成程ね。聞いてくれよわが親友のミスター・ブラック、ぼくの見立てによるとミスター・スネイプは・にかなりお熱らしい」
「ああ、それは一大事だ。美女どころか醜男が魔法もかけられていないただの化物に恋をするなんてボーモン夫人も思いもしなかっただろうな」
「だから化物じゃないって、姫様だって。確かに、三人の行く末が喜劇になるか悲劇になるのかは見物だけどさ、ブロードウェイ化が待ち遠しいよ」
「それもこれも今後のミスター・スネイプの行動によるな。で、ミスター・スネイプ。化物の心を射止める秘訣は? やっぱりお得意の毒薬か? 死ねば化物は永遠にお前のものになるぜ、しかもその結果だとおれたちも嬉しい。嫌な奴が消えるし、親友も戻ってくる」
「貴様ら! それ以上あいつを侮辱するな!」
そう言って、スネイプが杖を構えるより早く、ジェームズがそいつの身体を思い切り突き飛ばした。当たり前のようにスネイプは無様に床に転がる。
追い討ちをかけようとするおれを、ジェームズが遮った。
まだこいつは、あいつの獲物らしい。
「取りあえず今日はこれだけにしておくよ、君の一世一代の大カミングアウト。シリウス曰く校内異類婚姻譚を急いで流布しないといけないようだからね」
そうやって台詞を投げ捨てると、ジェームズは逃げるように去っていくスネイプの姿を、笑いながら見送っていた。
スネイプの影も形もなくなると、ジェームズはおれの肩を叩いて、またニヤリと笑う。
「さ、そろそろ移動しないと授業に間に合わなくなる」
「そうだな、って言っても魔法史だけど……って、どうしたんだ、ジェームズ?」
「しまった。ぼくは馬鹿だ」
「お前は馬鹿じゃねえだろ。視力は悪いけど」
大体お前が馬鹿だったらおれを含むほかの人間はどうなるんだ? 人間としてみなされないんじゃないか? 猿と同レベルか? 単語を幾つかを理解するだけで新聞記事に載るような、そんな存在か?
「いや、ぼくは馬鹿だよ、そして君もねシリウス」
「だから、理由はなんだよ」
「今日、医務室は開いていないんだ。校医はいないんだよ!」
「……で?」
そういえばそうだった気もするけど、それがどうしたってんだよ。
「で? だって!? よく考えてもみろよ? ぼくはてっきりスネイプは医務室に行くと思っていたんだ! だから廊下の向こうに消えるスネイプを見送ったんだ!」
「……だから?」
「ああもう君は考えられないほど大馬鹿者だな! 本当に脳味噌がその頭蓋骨の中に入ってるのかい!? もしかしたらオートミールかヨーグルトでも詰まってるんじゃないかとはぼくは時々思うよ!」
「おれはお前に時に人間として思われてなかったのかよ」
「当たり前だろ! そんな事すら知らないのか!?」
「おれってば親友に酷え言われよう」
「一々煩い!」
そうしてまた頭を叩かれるおれ。
おれが馬鹿とか言われる原因の一つは、よくおれを無意識なのか貶しているジェームズが原因なんじゃねえかとか時々思う。
「いいかい、ぼくらの次の授業は?」
「魔法史だろ?」
「じゃあスネイプの次の授業は?」
「……あ、薬草学っ!」
そうだよ! 薬草学じゃねえか!
あいつジェームズが呼び止めた時外に出る気だっただろ、おれ!
「えーっと、で? あいつ城の中に戻ったけど、それがどうかしたのか?」
「……所詮君はそこまでなんだね。まあ、それが君が君たる所以なのかも」
今、もしかしなくても、おれ馬鹿にされたよな。
「あのさ、今スネイプの行った方向。医務室でもスリザリン寮でもないんだよ」
「じゃあ……どこだ?」
「本当君って……ああ、もういいよ。今回に限ってぼくも馬鹿だから、あのね、スネイプの向かった方向って例のあの猫の部屋だよ。でさ、次授業あるじゃん、もしがあそこに居なければ合言葉聞けたかもしれないんだよ」
「……あ」
「納得する面も馬鹿だね。ああ、本当に君もぼくも呪われてるんじゃないかって思うくらい馬鹿だ、感情的になるとすぐ周囲が見えなくなる」
「ジェームズ、感情的になってたのか?」
あれで? あのスネイプとの会話で?
「まあ、君の感情的とは随分違うけどね。でも結果は大体同じだから」
いや、でも違いすぎるだろ。
手が出ない分お前のほうが大人だと思うぞ。
そしたら、またジェームズは人の心を読んで苦笑いしやがった。
「当然だろ。それにぼくと君が違う人間だから」
その言葉におれは渋々納得し、一緒だった気持ちワリイよ、とだけ応えた。