曖昧トルマリン

graytourmaline

祈りにも似た姿

 厨房から菓子を抱えて出てきたリーマスに、おれとジェームズは気付かれないよう透明マントを羽織って尾けていた。
 相変わらずジェームズは用意がいいというか、そう言えばこの間、こいつ虫が煩いからって理由もなくマグルの殺虫剤をポケットから取り出して部屋中にバラ撒いてたな。
 機会があれば、一度ジェームズのポケットの中を見てみたいとか普通に思う。
「言っておくけど無断で漁って翌日君の手首がなくなっても保障しないよ」
「ジェームズ」
「いいかげん人の心を読むのは止めてくれ?」
 いや、っつーかお前。ポケットの中で何飼ってるんだよ。
 指どころか手首なくなるって。
「お前まさか違法な」
「ああ、大丈夫。動物じゃないから」
「……?」
「ネズミ捕りだよ、ネズミ捕り。ほら、ネズミが餌取るとバシーンって」
 ……いや、ジェームズ。
 ネズミ捕り自分のポケットに仕掛ける奴もどうかと思うぞ、おれは。
「お前な」
「しっ、リーマスに気付かれる」
 お前だって散々喋ってたじゃんかよ!?
 畜生、理不尽な親友め!
「あれ、もセブルスもどうしたの?」
 廊下を丁度曲がろうとしたところでリーマスが立ち止まった。
 もっと距離を詰めてもいいような気がするんだけど、ジェームズの野郎は止まりやがる。こっちは透明マントで姿まで隠してるっていうのに。
「……ぼくは甘いものは苦手なんだが?」
「心配しなくていいよ、これぼくらで食べるから。セブルスはこっち」
 スネイプの野郎、リーマスの事パシリにしやがったな。
 今度会ったら只じゃおかねえ。
 って、今一瞬の奴おれたちの事見なかったか? いや、気のせいだと思うけど。大体透明なおれたちをどうやって見つけるって言うんだよ。うん。
 いや、待て。でも相手はだ。人間の皮被った化け物だ。
「どうしたの?」
 リーマスの体から見えたの目。間違いなくおれたちを見ている……気がする。
「……尾けられたな、ルーピン」
「え?」
「……!?」
「シリウス、逃げるよ」
 なんで判ったんだよ!?
 今はそれどころじゃ、ああ、もう透明マントも意味ない!
「やっぱり、彼にはバレバレだったねえ」
 透明マントをポケットにしまいながら余裕顔のジェームズ。だから、お前はなんでいつもそうなんだ? もっと他に慌てようがあるだろ?
「あいつ、いつから気付いてたと思う?」
「うーん……少なくともリーマスが見つけた時には」
「お前、そんな事マジで言ってんのか!?」
 リーマスがを見つけた時っておれたちからも、勿論からも、お互いが確認できなかったじゃねえかよ。
 ……いや、確かにあいつは普通じゃないけど。色んな意味で。化け物だけど。
 つーかどんな神経してるんだよ。本当に生物なのかよ、もしかしてどこかにセンサーとかついてるんじゃねえだろうな。
「ぼくの言ったこと疑ってる割には真剣に悩んでるね」
「うるせえ、全部が悪いんだよ」
「相変わらず理由もなく凄まじい責任転嫁……って、あれ。だ」
「ああ?」
 あいつ、こんな所に何しに来たんだよ。
 別におれたちを追ってくるような奴じゃないと思ったんだけど。
「……シリウス、ちょっと隠れよっか」
「はあ? って、おい! ローブを引っ張るな!」
 伸びるって!
「はいはい静かにね、彼にバレるから」
 おれを柱の影にかなり強引に引っ張り込むと、ジェームズは間抜けな顔で「あれ?」とか言って首を傾げた。
 つーか、そんなに身を乗り出してに気付かれるだろ!
「……うーん。病人を問い詰めるのは、ぼくのポリシーに反するんだけど」
「おい、ジェームズ。なに一人でブツブツ言ってんだ」
「いや、今日はちょっと日が悪いような、でも訊くのは今しかないような?」
「はあ?」
「つまりは今とても気分が悪そうって事だよ。機嫌じゃないよ、気分、がね」
 ……?
「なんでそんな事わかるんだよ」
「あそこまで青白い顔してれば誰でも病人だってわかるよ。まあ、は年中機嫌が悪そうだからアレなんだけど」
「いや、髪の毛に隠れて見えないから。普通」
「それは単にをちゃんと見ようとしていないだけさ、シリウス。その証拠に髪の毛越しじゃなくても目はきちんと合うだろ。大体彼は血色いい方だしさ」
 が血色がいいとか言い切ったジェームズはあいつが消えた男子トイレに耳を当てて中の音を聞き取ろうとする。まあ、そしておれもそれに倣うわけだ。
 ……こんな姿は死んでも他人、特にスネイプとかには見せたくない。
 いや、だってトイレだぜ? 空き教室ならともかく、トイレ。
「シリウス、何か聞こえる?」
「いいや、全然」
「そっか、シリウスなら聞こえると思ったんだけどな」
「なんだよ、その根拠は」
「うーん。ほら、シリウスって犬っぽいし?」
 その時、おれはこの日何度目かのこのロクでもない親友をどうやって締め上げるかという計画を立ててみる事にした。
 いや、結局は未遂に終わるんだろうけど。未遂というか、仕返しされるというか。
「……って、お前はなにやってるんだよ! ジェームズ!」
「いや、やっぱり直に見た方がいいな、と思ってね」
「時々無謀な事するよな……おまえって」
「君ほどじゃないさ」
 ジェームズの野郎は人間としてありえない感覚を持っていそうなのいるトイレのドアを少しだけ開けて中の様子を探る。
「おい、どうなんだよ。ジェームズ」
「うーん?」
「首傾げるなって、見えるのか。見えないのか?」
「いや、うん」
 歯切れの悪い返事しかしないジェームズに見切りをつけ、おれもその隙間からがいるかどうかを確認する。
 ……ああ、うん。
「確かに返答しづらいな。あれじゃあ」
 あいつは、鏡の前で俯いたまま手を拭っていた。
 ジェームズの言っていた通り、顔色が悪いような、けどスネイプと同じようにあいつも地肌が土気色なだけのような。
 後者だろ、どう考えても。むしろあいつの肌が人間の色している方が驚きだ。
 血色いいと言い切ったジェームズには、やっぱり明日にでも新しい眼鏡をプレゼントした方が良さそうだな、乱視用の。
「なにやってるんだ? あいつ」
「さあね。でも多分バレたよ」
 悠長な事を言うジェームズを小突き、を確認。
 こっちを見ていないから、多分気付いてないと思うけど、そもそも何でジェームズはがおれたちに気付いているかいないのか判るんだ? それの方が不思議だ。
「……いつまでそうして見ているつもりだ」
「あ、やっぱりバレてた?」
 だから何なんだよ、ジェームズ。その余裕の笑みは。
 少しはの反応に驚けよ! って、おれも驚いてないけどさ、いい加減慣れたから。
「いや実はね、今日はシリウスが君に愛の告白を」
「ジェームズ吊すぞ」
 笑うな。心底楽しそうに笑うな。
「はいはい、実はね。君さ、猫かなにか拾ったでしょ?」
「それがどうした」
 あっさりと肯定をされて、顔を見合わせるおれとジェームズ。
 いや、まさかこんな簡単に判明するとは思わなくて。
「ううん、それだけ」
 不審そうに眉をしかめる
 まあ、こいつが眉をしかめているのはいつものことなんだけど。なんつーか、こいつにだけは不審者扱いされたくねーよな。
 いや、不審者に不審者扱いされるって事は、おれは正常という事か。うん、納得。
 で、その不審者を楽しそうに見ているおれの親友はどう分類するべきだ? こいつもこいつで時々訳わかんねえ行動するけどさ、でもこいつに些細な復讐をするにはジェームズの助けは必要だと思うし。
 別に、おれ一人でやろうと思えばやれるぞ? 一応、念のために言っておくけど。
 ただジェームズがおもしろがってちょっかい出すだけでさ。
「くだらない事でおれに近付くな」
「君にとってはくだらないコトでも、ぼくらにとっては大事なコトなのさ」
「お前たちの、ではなく、ブラックの、ではないのか?」
「鋭いね。ぼくの心を読んだのかな? それともシリウス?」
 おいジェームズ、それって遠回しにおれが何も出来ない人間だって馬鹿にしたの言葉を肯定してないか?
 確かに、おれはお前としょっちゅうつるんでるけど、別に何もできないわけじゃないぞ!
 むしろ平均以上の事は大抵できるんですけど!?
「……」
「うーん、だんまりか」
「ジェームズ、そんな奴放っておいてさっさと行こうぜ」
「そう急かすなってシリウス。ぼくはもう少しと喋っていたいんだから」
 こんな奴と話してなにが楽しいんだよ。
 あとはの拾った猫にちょっと悪戯する計画を練るだけだってのに。まあ、猫には罪はないんだけど、精々自分を拾った主人を恨め、別に命までは取らないし。ついでにはその猫どもに取り付かれて死ね。
「おれは先に部屋に帰ってる」
「了解」
 相変わらず軽薄な返事しやがって……って、なんかこっち見てるし。
「ブラック、人にものを尋ねたい事がある時は他人の口を使わず自分の口を使え」
「……!」
 おい、ちょっと待て。
 いくら何でも今のは許し難い発言だぞ。いや、こいつの発言は全てが許し難いんだけど! そうじゃなくて!
 ああ、なんかもう色々腹立つ!
「シリウス、ストップ。さすがにトイレで杖はまずいと思う」
「ジェームズ!」
 止めるんじゃねえ!
「いや、ね。ぼくはトイレの床に伸びた君を担ぎたくないって言ってるんだけど、衛生的にお断りしたい気分にさせてくれるから」
「……」
 おい、お前の中ではおれはこいつに負けるの前提なのかよ。
 畜生。言い返せねえし! あとで絶対グチってやる! あとスネイプで憂さ晴らしだ!
 トイレの扉が壊れるくらい乱暴に閉めて、廊下の石畳を力任せに蹴る。
 それで何がどうなるわけじゃなけど、とにかくこの怒りをどかにぶつけないと治まりそうもない。スネイプでも見つけて発散させるか。
「ったく、つまんねーの!」
 張り上げた声は石造りの廊下を反響して、夜の中に消えていった。