曖昧トルマリン

graytourmaline

凍えた指先で

 小さな、暖かい部屋だ。
 合い言葉は好きに決めていいと言うと、フィルチさんは小さな猫のいる絵を扉に掛け、すぐまた事務所に戻った。
 三人でミルクをやり終えると、眠る子もいればまだ構って欲しいと鳴くものもいる。灰色の体毛をした子猫はおれの膝の上でじゃれて遊び、スネイプは大人しい灰色の子猫とせわしなく室内を這っている猫を見比べていた。
「ねえ。どっちがどっち?」
「こっちがタフティーで、こっちがティブルス」
 籠の中で眠っていた白い子猫を見飽きたのか、ルーピンはよく鳴いている金茶色の二匹の猫をおれに差し出して聞いてくる。
「うーん、同じ灰色でもポーズの区別はすぐ付くんだけどね、動かないから。バルサムとノリスは全然判らないや」
「ぼくもだ、あと明確に判るのはそこで寝てる白のスノーイーだけだな」
 ちなみにおれの膝に乗っている方がバルサム。部屋の中を這っているのはノリスだ。そのうちバルサムも飽きて部屋の散策をするだろう
「っていうか、本当にタフティーとティブルスにはうるさくてお手上げ。この中で黙々と寝てるスノーイーはある意味凄いね」
「……が気付いた声はこいつらか?」
「いや、一番強く聞こえたのはノリスとバルサムの声だった。おれを見て最初に体を起こしたのもこの子達だ」
 ヒタヒタと這いながら寄って来たその子猫に困惑するスネイプ。どうも、猫に好かれる体質らしいが、本人はあまり本意ではないといった感じだ。
 ルーピンが微笑ましいねと笑ってた。
「ぼくは普通動物に嫌われるんだが」
「そうなのか?」
「というより、動物に愛情とか、そういうのを持てなかった」
「過去形ってことは、今は持ってるんだ?」
「うるさい」
 こういう時、こういう空気に触れる時、あれだけ深みに嵌っても尚、人間という生き物を信じてみたくなる。愚かな事かもしれないけれど、おれも同じ愚かな人間なら信じた方が結果は変わるのかもしれない、そう思う。
 少なくとも、信じて行動しなければ結果は変わらない。
 行動をしなくても変わっていくかもしれないが、それはあまりに小さくてきっとおれには理解出来ないだろうから。
「あ、そろそろ夕食の時間だ。二人はどうする?」
「ぼくは欲しくない」
「今持っている携帯食料で十分だ」
「じゃあ決まりだね、ぼくちょっと厨房忍び込んで夕食失敬して来るよ」
「「貴様は一体何を聞いていたんだ」」
 まあ、ルーピンのこういった行動は今に始まった事でもないが。
 廊下へと出て行ったルーピンに怒鳴るいつものスネイプの姿を眺めながら、いつの間にか眠ってしまった子猫たちを魔法で出した大きめのバスケットに寝かせる。
 まだ起きていた灰色の三匹の内、バルサムだけが元にいた、スノーイーが眠っている捨てられたバスケットの中に戻って体を丸めた。
 スノーイーを大きな方に移しかえても、バルサムはフイと視線を逸らして大丈夫だと強がった。手の平に乗る小さな体を撫でると、まだ細い尻尾がぺしっと手に当たる。嫌がっている様子ではないから、おれはそのまま背中を撫で続けた。
 少しだけ、おれにはその心境が判るような気がする。
 猫と人間の思考回路が違うことは置いておいて、だ。
「ところで、
「……ん?」
「授業のある時はどうするんだ?」
「ああ、その事か」
 あまり本意ではないが、一応考えはある。
 おれが杖を振ると、近くにあった例の手袋が跳ね起き意思を持った様に一人でにふわふわと浮いてはやる事がなさそうにクラゲのように漂ったりした。
……お前にとって手袋とは何だ?」
「防寒具兼装飾品だろう?」
「もういい、聞いたぼくが馬鹿だ。好きにしてくれ」
 スネイプの好意を無駄にしたような気が、一瞬したけれど。まんざらでもなさそうだったのでおれは言葉通り好きにする事にした。
 けれど、本当はこんな事をしたくはない。
 拾ったからにはそれなりの責任が付いてくる。餌や掃除は勿論、躾やトイレの世話も。
 出来るだけの事は魔法ではなく自分の手でやろうとは思っている。どうせする事もない、その分の時間を全てこちらに回しても、誰も文句は言わないだろう。
 暇潰しというには重い、けれど心地いい時間。ある程度自立出来れば、家に連れて行っても暮らしていけるだろう。
 もっとも、彼等が望めばだが。
「明日、新しい手袋を用意しよう」
「……?」
 突然の呟き。
 別におれに向って発したものではないようだが、大きな独り言の様に聞こえた。
「いくら手袋でも、一組では6匹の世話は大変だろう」
 そんなスネイプの言葉に、おれはきっと笑ったのだろう。