曖昧トルマリン

graytourmaline

凍えた指先で

 安心したのか、毛球のように体を丸くして静かに眠る6匹の子猫。
 全員が灰色や白の単色の体毛をしているが、それ以上にどれも違う空気を持っている。スネイプは隣で同じ色の猫は見分けが付かないと言っているようだが、多分そのうち付くようになるだろう。
、探したよ」
「ルーピン」
 廊下の向こうから、少し息を切らせて駆け寄ってきたルーピン。
 好んでおれに話しかけるので、変わり者その2とも言うが口に出したことはない。
「……あ」
「……?」
「あ、ううん。なんでもない、それよりそのバスケットどうしたの?」
 ルーピンの視線は一度マフラーを持っているおれの手へ向き、すぐにおれの顔に戻った。けれど、自分のポケットに何かを無理やり押し込んだのを見逃せなかった。
 あれは手袋だ。
「外で拾いものをした。ルーピンこそ、その手袋は? 薬草学で教授から手袋を借りたのはおれだけのはずだが」
「あ、うん。ちょっとね。気にしなくていいよ」
「気にしてしまったから今更気にしないのは無理だ」
 仕方がない、気になるんだ。
 これは。怪我をしている相手を見て気にするなと言われているのと似ている。ルーピンもスネイプも、そしておれもこの気にするなはよく使っているから、結局、気にしてしまう。
 迷惑だと思われても構わないからと、思ってしまう。
「優しいね」
「……?」
「気付いてないから、優しいんだね」
「優しいのは、お前の方だろう」
 そう言うと、ルーピンはポケットから手袋、ドラゴンの皮製のものを俺に手渡した。
 自信はないけどぼくの渡した物ならあの二人も手出ししないからね、と耳元で囁いたが、そうやらスネイプにも聞こえたようだ。
 怒りや、やるせない気持ち、そんなようなものが見える。
「別に君が落ち込むことはないと思うけど、悪いのはあいつらだし」
「落ち込んでいる訳ではない!」
「じゃあ。まあ、そういう事にしておいてあげるよ」
「ルーピン!」
 おれは……この二人は、仲がいいと思う。
 友情という陳腐な言葉で括れないものが、この二人には存在していた。
 軽口を叩ける、それなのにきちんと互いの境界線には踏み込まないようにしている。相手の秘密を探る事もなく、平穏でどこか中立的な仲。
 この二人の人間に挟まれる事は、決して嫌ではない。
 毒や棘のような喧騒はないから。
「拗ねない拗ねない、は優しいから。ね? セブルス」
「拗ねているわけでもない!」
「話の途中悪いが、ルーピンはおれに何か用があるのか? ないならおれはこれから行く所があるんだが」
「「……」」
「何だ、二人とも黙って」
 またおれは何か言ったのだろうか。
「あはは! いや、用っていうのはこの手袋をに渡しに来たんだけど。でもさえ良ければこれから行く所にも連れて行って欲しいな」
「別に、構わない」
 ルーピンは、信用に値する人間だ。最近になってようやく、自分でも時折思うようになった、こんな面倒でどうしようもない性格をしているおれに、わざわざ判りやすく説明をしてくれる、スネイプも同様に。
 だからこんな言葉も、安易に吐ける。
 感謝をしている。けれど、おれはそれをどう伝えたらいい?
 積もりに積もってしまっていて、今ではありがとうなんて言葉では伝わりきらない思いになってしまっている。
 こうやって、この先も悩むのだろうか。
「それより、どこに行くつもりだったんだ?」
「着けばわかる」
「それは当然なんだが」
 困惑するスネイプの向こうに、探していた人間を見つけた。
 ホグワーツの管理人、アーガス・フィルチ。
 遠慮という行動を知らない所為で何かと物を破壊しがちなおれがよく世話になる人間だ。といっても、彼から罰則を食らった記憶は一度もない。
 逆に、怪我をして手当てをして貰った事は何度かある。お礼に事務所を掃除をしたら菓子を貰ってしまい、お礼を更にお礼で返される妙な経験も味わせてくれた。
「どうしたんだ、こんな所に集まって」
 ちなみに彼は周囲の人間が言う程、そういつも生徒を叱っている訳ではない。
 むしろ多くの時間を城内の掃除や見張りに使っていて、生徒を叱るのはたまたま見かけてだったはずだ。少なくとも、例の同室者共が過激な悪戯を始める前は。
 掃除道具を手に持った顔を見てみると、また胃が荒れているようだった。
「探していた」
「私をか?」
「頼みがある」
「……部屋で聞こう」
 彼との会話は、正直とても楽だ。
 余計なものを一切省いた短い会話。自分の気持ちを表さなくて言い分、彼との会話はおれにとって楽なものだった。
「ミスター・スネイプはともかく……ミスター・ルーピンもか?」
「この前の爆弾騒ぎ、主犯はブラックだ。ルーピンはその時おれと居た」
「……ならいい」
 ルーピンは、おれやスネイプ程彼と仲は良くない。
 かと言って、しょっちゅう城の備品を破壊しているブラックやポッターほど追いつつ追われつつという仲でもない。普通は、こういうものだ。
「お茶でもいれるか?」
「おれが欲しいものは茶ではない」
 スネイプが驚いた顔をしてフィルチが生徒相手にお茶を出すのかと言った。
 ルーピンは、それを即答で断ったおれに苦笑している。
「……空き教室か」
「ああ」
「私に頼んで手に入る物はそれくらいだからな」
 フィルチはそう言って、ホグワーツの見取り図を机の上に取り出した。
 これには二人とも驚いておれを見たが、そんなに珍しい事だったのだろうか。確かに、彼はこの地図を他人に見せたがらないとは聞いていたが。
「何に使うんだ」
 短い問いに、おれは指で答えた。
 その先には例のバスケットがあって、フィルチが中を見ると一言、酷い事をする生徒もいたものだと呟いたのが聞き取れる。同感だ。
「ここがいいだろう。寮塔からは少し遠くて狭いが、年中暖かい部屋がある」
「へえ。あ、こんな所にあるんだ。でも、そんな都合のいい部屋、本当にあるとはね」
「しかし夏は地獄だな、ここでいいのか?」
 三者三様の意見、おれはそれに頷いた。
「冬の休暇までで構わない」
「……みんなが引き取るの?」
「おれが校内で里親を探せる立場だと思うか?」
「いや、せめてぼくらに頼ってみようよ……ぼくらも極端に人望があるわけでもないし、多分皆ペットショップで買うからそういうの、無駄だろうけど。でもさ、探してみようよ」
 多分、おれは今、無駄だと判っているのにどうしてするのかという顔をしただろう。別に、そう考えているわけじゃない、けれど、おれの場合は感情と表情と言動が何故か一致しない事がよくある。一致する方が、珍しい。
 けれどそれはすべての人間に言える事だ。丁寧な口調で笑いながら怒ったり、とても親切に聞こえる言葉で誰かを傷つけたり、自分が可哀相だと泣きながら弱い者を殺してみたり。
 不可解だ、そして何より不愉快だ。目の前にいつ彼等と接して、人間はそれだけではないと判っていても、そうだと思わせる方の事が圧倒的に多い。そういう環境で育ってきたし、いまも育っている。
 人間に追われ、殺され、恨んできた者たちの中には、人間だったものもいる。
 何故人間は同族を楽しみながら殺すのか、思想や思考が違うだけで石を投げ斧を振り下ろすのは何故なのか、勿論全てがそうでない。けれど、おれの家に居る彼等は、ほぼすべてがそういう事の被害者、もしくは加害者に仕立て上げられた被害者だった。
 自分たち自身を高等な種族だと分析するのは人間だけだ、自らの種族を称賛して同意して、褒めてけなして殺す。それらはすべて同じ高等な種族の中でのみ行われている事に気付いているのか。完全に違うものに認められて、それは証明されるのではないか。
 同族ではなく異種族に癒しを求める人間は、既に同じ種族の人間に愛想を尽かしているのではないか。
 低能であったから高等な脳を持ったのか、高等な脳を持っているから低能になったのか。どちらにしても低能には変わりなく、空しいまでの自画自賛でしかない気がする。
 そんな人間達に、この小さな命を託せるか?
 おれに拾われたと判ったら、逆に酷い仕打ちをうけるんじゃないか?
 殺されて、しまうのではないか?
 けれど、おれもその人間の一匹だ。
 いつかきっと、なんらかの理由で自己正当化して……彼等を殺してしまうだろう。
 誰にも必要とされていないおれに、生きる価値はあるのだろうか。
「……考えておく」
 結論の出せない長い思考の後、それがおれに出せた精一杯の言葉だった。