翼が二つ、肉塊が一つ
煉瓦の敷き詰めてある屋根の上に座り、真っ青な空を見上げてはそう言った。
ホグワーツの中では高く位置する塔の、更に屋上までよじ登った二人は遠くまで広がっている森を眺めながら風に吹かれている。
「でもいいの? 授業エスケープして」
「午後からはきちんと出るつもりだから、問題はないだろう」
朝食を取っていないから、と言って鞄の中から頭ほどの大きさがあるレーズンやクルミの入ったパンとミルクを取り出して遅い食事をし出すと、どこからか鳥たちが飛んで来てそのおこぼれをつついていた。
中には誰かに飼われていると思われるフクロウもの肩にとまり、千切ったパンを次々とさらっていく。もしかしたら、彼の食べている分よりも鳥が持っていく分の方が多いのかもしれない。だからこその、この大きさなのだろうか。
「ここにはよく来るの?」
「週に一回程度は。もっとも最近は、謹慎もあってなかなか来れなかったが」
ゆっくりとが食事を取っている間、ハリーが見たこともないような美しい鳥は頭上を舞い、手の平におさまってしまう小さな鳥は膝の上で高く鳴いていた。
何羽かの鳥はハリーの肩にもとまったが、大部分はに寄り添うようにして久々の再会を喜ぶかのように歌っている。
「は鳥が好きなの?」
「森に住む生き物たちから一本の草まで。人間ではない存在ならば、何でも好きだ」
「じゃあ、人間は嫌いなの?」
「まあ、好きではない。おれ自身も含めてな」
いつの間にかほとんどなくなってしまったパンの残骸を手の平に乗せて鳥たちと戯れながら、は苦笑して屋根の上に立ち上がった。
「危ないよ!」
「大丈夫だ」
黒髪を風に柳の葉のように流しながら笑った少年は高くまで澄んだ空を愛しげに見上げ、腕や手の甲、指先に羽を休ませながら鳴く鳥たちに微笑する。
その仕草は、見上げている所為かもしれないが、彼の本当の年齢よりもずっと大人びて見えた。
「どうせ、何処へも逃げられやしない」
それはどういう意味の言葉なのか、そう尋ねようとした言葉は終業のベルにかき消されてしまう。
そしてそれを合図にするように鳥たちは微笑う少年から一斉に羽ばたき、空の光の中へと消えてしまった。
残された羽毛がゆっくりと落ちていって、彼等を見送るように顔を上げたの横顔が強く印象に残ってハリーは一瞬胸が高鳴るのを覚える。
「どうした?」
白い日の光を遮るように笑ったその表情に、思わず手を伸ばしてしまった。
「天使みたいだった」
周囲を舞う羽毛はとうに無く、今ならまたが人間に見えたけれ、ハリーには先程まで自分の隣で飛び去っていった鳥たちを見送っていた少年が、羽ばたけず取り残された天使に見えてた。
片方の目を覆うように巻かれた包帯が、痛々しく見えてしまう微笑が、それを一層強くさせる。
「あっ。ご、ごめん!」
「翼を生やした人型の生物は多いのに、お前には、おれが天使に見えたのか?」
優しく苦笑したはローブに付いていた一枚の白い羽を風に飛ばして、ハリーの髪を緩やかに撫でた。
「うん。傷ついて、それでも空に翔びたそうな天使に見えた」
「翔べない天使、か。ハリーの感性は詩人だな……人ならざる者が人の手の届く場所まで降りれば、あとはどうしたって肉塊となるだけだろうが」
「?」
「いや、なんでもない。もうしばらく、ここに居てもいいか? 今日は風が穏やかだ。ただ吹かれているだけで、気持ちも落ち着いて穏やかになる」
体中で風を取り込むように背伸びをしたに頷くと、彼は安心したようにまた笑って青すぎた空に向かってゆっくりと手を伸ばす。
やがて、始業のベルが鳴った。