曖昧トルマリン

graytourmaline

内緒ではなくなった話

「まあ、それ以降はぼくが何かと理由つけてを追いかけ回して今に至ってる」
「はあ……」
「何を話しているんだ」
「あ、。あがったの?」
 長い黒髪が含んでいた水滴を柔らかいタオルで拭いながら歩いてきたに、リーマスはやんわりと微笑み返してハリーに先にシャワーを浴びるように言った。
 戸惑うハリーに「着替えは出しておくからねー」とだけ言うとベッドを飛び跳ねて渡り、少年の隣にバフンと座る。
「近付くな、汗臭い」
「あー、って何気に暴言」
 クスリと笑ったリーマスには不機嫌そうに顔をしかめた。
「冗談だよ、これ以上は近付かない」
「それで、何の話をしていたんだ?」
とぼくが初めてこの部屋で会話した時の話を、ちょっとだけ全部」
「……」
 窓の外を眺めながら、は無言で居続ける。
 深い緑色の、生地の厚いパジャマからちょこんと指先を出した状態で黒絹のような髪を乾かしていく姿に、リーマスは優しい視線を向けた。
「話したのか」
「うん、でもハリーは受け入れてくれた。訂正、知ってて認めてくれてた。でも、未来なのに過去形なんて変な気分だね」
「そうか」
 横目で見た少年の瞳が微笑う。
 それは本当に微かな笑いだったけれど、この一年でその小さな表情の変化をリーマスは読み取る事が出来るようになっていた。
 言葉も、以前に比べれば随分多くはなったけれど、なによりもの心を読み取るにはたまに彼の目を見つめる事が一番いいのを知る。それでも、怒りや不快感といったものは観察する必要もないくらいに彼の表側に出てくるのだが。
「やっぱりが気に入っただけあるね。とても素直で、優しい子だよ。子って変かな、年上だって思えないんだ、あんまり」
「……そうだな。とても強くて、優しい瞳をしている」
「リリーによく似てるしね」
「ルーピン」
「わかってる。でもリリーも気付いたよ、きっと」
 悪戯っぽい表情を浮かべたリーマスに少年は僅かだが、呆れたような感情を瞳に宿した。
「でも何でだろう、セブルスには未だに話せないんだよね」
「スネイプが宿しているものはハリーとはまた違う。それだけのことだ」
「そっか……じゃあジェームズやシリウスやピーターは?」
「おれに訊くな。おれは、お前程あいつらのことを知ってはいない」
「ぼくだってあの三人の事は、が思っている程よく知らないよ」
 口に出して気付いた事だが、それはつまりリーマス自身、よく一緒につるんでいる三人に心を許していないという事でもあった。
 それは未だ親友という名の知り合いでしかないことを示しているようであって、しかし、親友というのは互いの全ての秘密を共有しなければいけないものなのかという疑問もわきでてくる。
「あまり考えるな、深みに嵌まるぞ」
「うん、そうするよ」
「言った側から嵌っているな、懲りない馬鹿だ」
 シリウスに言った時よりもかなり柔らかく、優しげに言葉を放ったにリーマスは喉で笑った。
 こんな言葉の応酬すら、彼の側につくようになった当時では考えられなかった事で、そう思うと、も随分成長したのだな、などと母親や父親じみた事を考えてしまう自分がいて更におかしかった。
「でもさ、……怖いんだ」
「……」
「シリウスの君に対する態度を、ジェームズが君に向ける視線に僅かに含んだものを、ピーターが君を目にした時の反応を、他の生徒たちが君に向けるものを感じると……とても怖くなる。絶対に言えないって」
 臆病で、卑怯でごめん、と謝るリーマスに何を謝る事がある、と口に出して言われる。
「自発的にならなくてもあいつらはいずれ気付くだろうしな」
、普通こういうときは嘘でも大丈夫とか言って気持ちを浮上させてよ」
「気休めにしかならない言葉を簡単に言える程、おれはまだ器用ではない」
 憮然というを見て仕方なさそうにリーマスが力ない表情を浮かべた。彼が器用ではない事くらい知っているので、その言葉はそこで止まる。
「でも、彼等に何を言われても、それでもぼくにはって友達がいるから」
「……おれとルーピンは友人だったのか?」
「少なくとも知人以上だとは思っていて欲しい所だよ、かなり切実に」
 真っ白なタオルを頭にかぶせたまま考え込んだ長髪の少年はすぐに「一般的に言われている友人の定義とは一体何だ?」と大きな黒い瞳を向けてきた。
 リーマスが、彼を見て好奇心の強い野良猫のようだと感じるのは、こんな時だ。
「そうだね。適度に話をして、適度に仲良くして、適度に喧嘩するのが友達じゃない?」
「……」
「あとは、相手を信用しているってところかな?」
「信用」
 信じるという言葉の辞書的な意味を探ったは益々判らないといった表情で目の前の少年をしばらく見つめ、言葉を紡ぐ。
「ならば、おれはルーピンが友人だと思っていいのか?」
「……」
「どうした?」
「……ううん、否定されるかと思ってたから」
 びっくりした、とベッドの上で背を丸めながら微笑んだリーマスには不器用に微笑み返した。
 その笑みは少しだけ悲しげで、些細なそれに気付いた鳶色の髪の少年は「それに安心した」とゆっくりと付け加える。
はぼくを信じてくれるの?」
「頼りにしている。おれが知っている人間の中では一番……それでは駄目なのか?」
「……十分過ぎるよ」
 たまに、は予想していない言葉を向ける事がある。そして、その予想の大半はあまりいいものではないけれど、ごくたまにこんな言葉をくれる時、真っすぐで口数が少ない彼だからこそその言葉は本心であるから、嬉しい。
 窓に映った自分の頬が微かに赤くなっているのを見て、リーマスはどきどきした。彼は敏感な癖に鈍いから気付いていないだろうけれど、リーマスの中では既には友人以上の存在になろうとしている。
 これを、言葉に出したらきっとは自分の期待通りの反応してくれるのだろう。そう考えると、内心笑いが止まらない。

「なんだ」
「大好き」
 コソ、と耳元で囁かれた言葉に、は耳や首筋まで一瞬で赤くして小さな肩を震わせた。
 思わずぎゅっと抱き締めたくなるような、そんな反応を示すを隣でじっと見ていたリーマスはその気持ちをぐっと押さえて意地悪な笑みを浮かべるに止どまった。
「もう一度言う?」
「からかうな!」
 手元にあった枕をおもいっきり投げ付けたはそのままリーマスをベッドの上から蹴落とし、シャワーを浴び終わって部屋に戻ってきた途端なにが起こったのか判らないハリーにロクに挨拶もせず、ベッドに潜り込んでしまう。
「リーマス、今度はなにがあったの?」
「んー、ちょっとね。、髪が乾いてないのに寝ると明日凄いよ?」
「うるさい!」
 毛布を羽織ってそのまま本当に終身の態勢に入った少年にリーマスは笑い、ハリーは一体どうすればいいのかわからないまま、ただただ夜は更けていく。